涼しい…
気持ち悪い。頭痛い。
眠い…。

…?ここどこ。

手、痺れてる。
何か握りしめてる。

視点があってくると、口元にあるタオルじゃないモノを握っているのに気がついた。

白いシャツ?。
うーん?。

誰?

貴方は誰?

ここ……?

目の前に白いYシャツ?なんで?。

Yシャツの肩辺り?握りしめてる。

肩?私の手の上に重ねるようにそっと手が握られてる。何で?

……?


枕に体操着?。

肩から制服のブレザー?。

誰の……?

何で私、ここで寝てたの?

あれは…夢?



向かい側から埜々香と…男バレの先輩だと思う人との会話が聞こえた。

-なんであんな事したんだ。-

-必要だったからよ。伊織は迷ってた。色々な事に。-

-わざわざ仲違いさせる必要があったのか?-

-あったわよ。半年も前から付き合ってるのに!!。
ずっと、伊織に…尻拭いばかりさせて!。-



「……!!」
-…ああ、夢じゃないんだ。- と冷静な頭の片隅。 
…焼けるような喉の痛みに手が震えた。


-伊織、ずっとずっと前から苦しさを隠してたのに!!。-


涙がにじんでくる。
…意識が戻ってくると、急に吐き気が襲う。
ダメだ。気持ち悪い。

ベンチに寄りかかって本を読んでいる人。背中?
『……目が覚めた?。大丈夫?』見た事がある顔。聞いた事がある声。


パッと手を離した。
「……ダメ!吐く!!。」 

『えぇっ?』

急に起き上がり、渡り廊下の水盤に走り込んだ。

「伊織!!」

痛くて、何も食べれなくて水分だけしか取っていなかったからか、胃液位しか上がってこなかった。

痛み止め……2回はダメだったかな……。

「…ねぇ?伊織、痛み止め…何回飲んだ?」
埜々香が心配そうに、そして…怖い顔で聞いてきた。

「…飲んでない。」 

「……伊織。」

「……嘘つきだな。伊織ちゃん。痛み止め、複数回・短時間で飲んだでしょ?。」
ギクリとした。また、心臓の音がする。

「飲んでない!。」
水道水の出しっぱなしの音と、私の悲鳴だったかもしれない声が渡り廊下に響いて…。
ごまかそうと水を口に含むけど、喉元まで下がると吐き気がこみ上げる。


「はぁ-……伊織ちゃん……。なんでそんなに我慢するの?。無理すれば、プレーにひびくんだよ!!君だけがプレーしてるんじゃない!!。チームだろ!!。」

「もう、やめて‼️ 兄さん!!。もう、帰って!!。」

「心配だから、言うんだよ!!あんなに青い顔してるのに!!」

何も聞こえない‼️。言われたくない‼️。 
「やめて‼️」


気持ち悪さが残っていても…ここに居たくなくて、逃げようと後退りを始めた時、誰かにぶつかった。

『兄妹喧嘩はやめろ!!。』

『新名。……君は逃げちゃダメ。』
静かに言った彼の声が頭の上か聞こえた。

逃げようともがく私を逃がすまいと、腕がお腹と首に回るように抱きしめられていた。

兄…妹?……良く見れば、横顔が似ている気がする。

それより、首に回った腕が苦しい!

「んっっ!…苦しい!」
彼の腕を、バシバシ叩いた。 
思わず彼の手首をつかみ、噛みついた。

『えっ? !痛ぇ- !!!!!!』

腕が緩んだ隙にスルリと逃げ出した。
……どこでもいいや。

『また逃げた!!』彼の声が響いた。

「待って!伊織!」



-ヤダ。待たない。-




ぐるりと廊下を迂回し校舎をかけあがったら、
そーっと屋上まで上がって遣り過ごそうとドアを開ける。

春の風が緩やかに吹いている…。

茜色の夕日が差し込んでいるグラウンドで野球部がまだ部活をしている。

立っているのにも疲れて屋上のど真ん中で座り込んだ。
肩の痛みも少し良くなった気がする。

ふと?気がつくと、何故か裸足。

-何で?裸足?。
足を投げ出した。
-……もう、いいや。-
……少し吐いたから…ほんの少しだけ楽になった。

身体だけ……。


縛り上げていた髪をほどいた。 
縛っていてもボサボサだった髪は…風が緩やかに鋤いてくれた。

しばらく髪に風が抜ける感じが欲しかった。考えたくなかった。
風が髪の間を通り抜ける。

-涼しい…。
…屋上って。イタイ。なんで、ジャリジャリしてるの?。-

違う事を考えても、何だかモヤモヤしている。何だか悲しかった。
泣いたところで何も解決しない事なんてわかっているけど、悲しかった。
ポタポタと涙が落ちる。

-泣いていても声が出ない。-
苦しい!苦しい。



……
どれだけ経っただろう。薄暗い。


-何にもないや。どうやって帰ろう。……-
全部、部室にあるはず。
明日まで、ここに……。って思ったら、急に怖くなった。
…お兄ちゃんに……怒られる。
イヤだ。怖い。

またグズグズと涙が出てくる。
「……疲れたよー。……帰りたいよー。……誰か来てよー。…暗いのイヤだー。
もう!!……何で?何なの!!」

声にならない。
-苦しい。-



『……はぁ、居た!。』

何故か汗だくの彼が屋上の入り口に立っていた。

「……」

『帰ろう。一緒に帰るんだ。』

「……嫌だ‼️」

『……さっき、“帰りたいよ。・誰か来てよ。”って言ったじゃん⁉️』

「……」とっさに、顔を背けた。
明らかに自分が喧嘩を売っている顔になったのが分かったから。



『……そんな顔色して……帰ろう……。』彼の困った声に、またポタポタと涙落ちる。彼の顔も見れない。

『その……暗くなるよ……』


帰りたい私。
迎えに来てくれた事が嬉しい私。
引っ込みがつかない私。
どうしていいか分からない私。


「うぅっ……えぅっ………何で?どうして?何なの!信じてたのに!!バカじゃん私!!。」

……叫んでいたかもしれない。訳がわからない!!。

「……もう!イヤ!!」


ギュっと強く背中から抱きしめられた。
『……泣いていてもいいから、一緒に帰ろう。』
抱きしめられた背中が、温かだった。
声を出して小さな子どもみたいに…泣いた。


手を引かれ俯いて歩くも、途中で足を止めてしまう私の顔を覗き込み、
-帰ろう。一緒に帰ろう。- 
と、繰り返す声。

声も掠れて…。タオルでこすってしまったから、瞼も腫れて酷い顔だろう。彼は何も言わなかった。



四阿まで着いた時、「この!!バカ!!」って埜々香に怒られた。

「座って!ここに!!」と、腕を引かれ「ぎゃ!!痛い!!」って声がでた。

ギョッっとした顔の埜々香。涙目の私。
苦笑いをする二人の彼の顔が見えた。

「何で逃げるの?」
「……うん」
「暗い校舎、怖いでしょ?」
「……うん」
「早く帰ろう。」
「……うん」
ほどいて、ボサボサの髪を痛いくらいに……とかして緩く編んでくれた。

「ちょっと!男二人!!向こう向いてて!!」
と、冷たい練習着を、“ばんざーい!”って……ひっぺがした。

ギョッっとした彼らはクルっと、回れ右をした。

埜々香に「何するの!!」と、声を荒げれば、
「元気じゃん。部室閉めちゃったから、ここで着替えるしかないじゃん。早く着替えて帰ろう。」と、笑う。

また、ポタポタと涙が落ちる。

荷物……確かに全部ここにある。


「…埜々香……。」と、グズグズすると、
「泣くな‼️」 
と、怒られる。

「帰りたい……」

「…あんた逃げるから帰れないんでしょ!はい!スカートはいて。ほら!靴下!
シューズ!カバンに入れて‼️。
はい!男達! 伊織のカバン持って!リュックも!帰るよ!。」



『……待って俺、……カバン無い。』

「オレも着替えてない。」



「……はぁ?」


ちょっとだけ笑えた。


『泣いた烏《からす》が、もう笑ったね…。』

「じゃあ、玄関で。」と、彼らが言った。



「伊織…ごめんね。帰ろう。」
埜々香が言った。

「…ううん……埜々香。」

「もー伊織、逃げたから、真っ暗じゃーん!!」

「ごめんなさい…」

埜々香がニカッと笑った。
また少し笑えた。
笑わせようとしてくれる埜々香。




「……あのさ灘生さんの事だけどさ…。
“知られたよ。”って言っておいた。
彼女もパニックになってたけど、“友達としてやる事違う”って言っちゃったんだ。
まぁ、近くに例の彼氏いたけど。
睨まれたよ。
アイツはダメ。フェアでないよ。ズルい。
良い男かもしれない。カッコいい男かもしれない。
でも、アイツだけはダメ。あの子もダメ。
……でも、でもね…私のやった事もひどいかもしれない。
…その…さ、
許してもらえるかわからないけど…友達の1人として、登録して…欲しいなって。」


“私、友達…少くてさぁ~”って、苦笑いする埜々香。

「……ありがとう…埜々香。
とも…友達登録しておくよ。
……バレーもレギュラーがんばろうね。センターコートに立てるように。」
また、ポタポタと涙が落ちる


「また~伊織。泣かない!!醜くなるよ!!」


「…う、うん……」
相変わらずグズグズとしてしまう。

「…ごめん、今日はムリ……」


「仕方ないな。今日だけだよ?」

私の手を握り、繋ぎなおして……
小さな子どもみたいに手を繋いで。
「さあ、伊織。帰ろう。」

「…………うん。」


生徒玄関で待っていてくれた彼らは、また泣いてる!!って笑った。

「伊織、カバンちょうだい!」
「えっ?」

奪うようにもっていかれたカバンは…
「はい!宗馬先輩!!」
と、ドッカリと押し付けらた荷物に…先輩がよろけていた。


……離れた手が寂しかった。

私の顔を覗き込み、ニタリと笑った埜々香が
-寂しんぼさん!どうぞ。-
と、手を出してくれた事が、嬉しかった。


駅までの帰り道、埜々香がそっと耳元で教えてくれた。
「あのね……それと……なんだけど…
…あの2人ね。1人は私の兄。3年特進。石見 進。
もう1人は吹奏楽部の3年生。宗馬 海里さん。兄さんと同じ特進だよ。因みに、成績ナンバー3に入る秀才だよ。
…宗馬先輩、中学までバレーしてたんだよ。」



「……うん」-宗馬先輩…って言うんだ。-

「知ってた?」

「えっ?…ううん……」

「……あのさ……兄さんの事なんだけど……」


「……うん」……-名前…海里って言うんだ。-


「伊織の彼氏候補に入れてくれない?。」

「うん…………。えっ?。は?待って…?なんて言ったの?」
涙が引っ込んだ。



「……兄さんさ、伊織の事…知りたいんだって。“協力してくれ‼️”って言われたんだけど……。」

-あぁ……お兄さんの事……-

「でもさ-…。
宗馬先輩……伊織の事…好きみたいだね。」

-えっ?-

「兄さんに…触らせなかったし…。阻止だよ。阻止。
兄さんに…協力するのイヤだったんだけど、……なんか兄さん可哀想になっちゃってさぁ-。
でも…兄さんへの協力はここまでで終わり。
自分の口から言わないと意味無いもんね。
あとは、兄さん次第。」

「う、うん……」

こそこそと会話をしながら歩いている私達を、
先輩達が、交互に振り返り振り返り先を歩いている。
会話を気にしている顔が少しだけ…まだ少年の悪戯っぽさが残る宗馬先輩の表情が、なんだろう?くすぐったく感じていた。


「……埜々香は、お兄さんと私が付き合ったら、嬉しいの?」|


「分かんない。でも、伊織だったらいいな。って…思える。」

「それって私の事、知ったからじゃない?」

「そうかな?」

「どんな性格か、どんな顔か分からないとイヤじゃない?。
……私も、お兄ちゃんの彼女に会うの嫌だったし。
埜々香、お兄さんの事……大好きみたいだね。」

「えっー⁉️そう見えるの⁉️」


“くすり”と笑った私に、埜々香が“あっ!”っと目を見開いて言った。
「伊織、今の顔…いいよ。私も惚れる!」

「埜々香…“醜い”って言ったじゃん。」

「えーそれはー…グズグズ言ってたから。」


お互いにクスクスと笑った。

「でもさ…私、付き合うって分かんないんだ。付き合った事ないんだもん。
それって…嬉しかったり、楽しかったりするの?。
好きが分からないよ。
いいな。って片思い?みたいな事しかなかったから、想われるって未知。」

「片思い?…って、何で!"?マーク"つくの!?。
…伊織は不思議ちゃんだわ。今まで何んだったの?。」

埜々香が笑った。

「だって…それは、好きなの?。どうなったら、好きになるの?」

前を歩いていた先輩達が振り返り、先輩達も笑っていた。 
-聞こえてたのかなぁ?-

 
憂鬱だった気持ちが少し楽になった頃に……

…駅が見えた……。
ちょっと心が痛くなった。重苦しさが、戻ってきた。

繋いだ手を離すのが……イヤだった。










-不安


頭に入らない新書を読んでいると、石見兄妹の会話が聞こえた。


-なんであんな事したんだ。-

-必要だったからよ。伊織は迷ってた。色々な事に。-

-わざわざ仲違いさせる必要があったのか?-

-あったわよ。半年も前から付き合ってるのに!!。
ずっと、伊織に…尻拭いばかりさせて!。-




-最初は……滑稽だったわよ。

私が知ったのは2月だった。
第2体育館で二人が楽しそうに会話してるのを!!
寒い日だった。
伊織、待ってたのよ!!。
玄関で‼️。長い時間…。
あんな子と友達ってかわいそう……って。
知らないのかな?って!!。
そう、知ってれば、帰るでしょ?普通!!。
しかも、この時期まで教えないって、どういう事なの?。
ずっと、伊織、待ってた!!。
泣いてたのも……知ってた!!私!!。

……春に伊織、レギュラーになったじゃない?。まあ、元々実力もあったけど、すごく努力してた。みんなの見てないところでね。
知ってる?誰もいなくなった体育館で、1人で練習してるのを!!。
それを仲間達は……ただ、嫉妬してただけだった。
“どうやって取り入ったんだろうね。”って陰口ばかりだった。
“学校一番の可愛い子と親友だからじゃない?。
何それ⁉️
“騙しているあの子”と友達ってだけで!!

出来ないくせに!努力も嫌がる。派手なパフォーマンスばかりに目がいっていて、基礎なんてバカにしていてサボってばかり。
“コネ使ったんじゃない?”って。
どんなコネなの!?。
先輩も同級生も関係なかった。
伊織に直接言わない分、陰湿だった!
実力もないくせに!!。

伊織、何も言わなかった…。 
……何でなの?。

ずっとずっと前から苦しさを隠してたのに!!。-


-……そりゃ、あれだ……伊織ちゃん“ 新名ツインズ “の妹だからな。
男子監督は知ってるだろうな。指導者、代わってないし。でも、女子は…-

-はぁ?なによそれ!!-

-それより。お前は…陰湿組か?。-

-私はそこまでバカじゃないし!。実力あるし!。-


まくし立てる妹の声に反して、石見は冷静だった。
妹の方は、悲鳴に近かったかもしれない。


“ 新名ツインズ?… ”
何の事だ?
石見は知っている。


握りしめていた手が……正確には彼女の手に力が入ったのを背中に感じた。

そっと振り向いて顔を覗くと涙があふれそうになっていて…。
-聞いていたかもしれない-
直感だった。
『……目が覚めた?大丈夫?』
何もなかったように……平静を装って。

でも、彼女はパッと起き上がり
「……ダメ!吐く!!」


『えぇっ?』
彼女は、……そう、例えるなら“脱兎の如く”スルリと俺の前から消えた。

「伊織!!」

渡り廊下の水道に追いかけて行く石見兄妹が見えた。

慌てて自分も追いかけて呆然とした。

水盤に顔を伏せて…。嘔吐?。


「…ねぇ?伊織、痛み止め………」

「…飲んでない。」 

「……伊織。」

「……嘘つきだな。伊織ちゃん。痛み止め、複数回・短時間で飲んだでしょ?。」


「飲んでない!。」
水道水の出しぱなしの音。

痛み止めってなんだ?

顔色が……また悪くなってる。誤魔化すように顔を洗ったりしていたけど、水を飲むと、また吐く。

どういう事なんだ?
彼女を挟んで何の兄妹ケンカ?。
何故?痛み止めを複数回のんだの?
…肩?
でも、嘔吐するほどに?
あれから、10日ほどしか経ってない。
どういう事なのかさっぱりわからない。


「やめて‼️」

彼女の声に我に返った。

『兄妹喧嘩はやめろ!!』

後退りしている彼女。また逃げられて…手が届かなくなるんじゃないかと、不安が襲う。
『……逃げちゃダメ。』
思わず抱き寄せてしまった。逃げないように強く…。

   

あの時、

正直、噛みつかれるなんて思ってなかった。

あんなにスルリと逃げられるなんて考えもつかなかった。


思わず、『また逃げた!!』と、大声を出してしまって。

石見兄妹が、“まさか⁉️”と呆然としているのを横目で見ながら慌てて追いかけるけど…

足音もほとんど無く、風のように逃げて行く。
渡り廊下を曲がり切ったところで見失った。

“速い‼️”
ここは1階だから、上に上がって行ったのは分かるのだけど、見失うなんて!!。
俺だって…足速いほうなのに!!。女の子に負けるの⁉️。


『…クソっ!また逃げられた!!。』

後から追いかけて来た石見が…独り言のように言った。
「あれが、新名ツインズなんだ。音がないんだ。だから、有名なんだよ。
でも…まさか、妹まで…」

面白いオモチャを与えられた子どものように。
嬉しそうに。羨望のまなざしで。楽しそうに笑っていた。


「…お前、歯形残ってるんじゃね?。がっちり噛みついていたし。
笑っちゃったよ。」

手首を見ると、親指の付け根と手首の間にガップリと歯形が…しかも、くっきりと跡が残っていた。
多分、明日には青く内出血が出そう。

『…喰いちぎられるかと思ったよ。痛かったし…逃げ…。』
 
「噛みつかれた挙げ句、逃げられたしな!!。2度目だなぁ~。」

 “!!”
逃げられるところを同じヤツに、何で!、2度も見られなきゃならんのだ!!。

『くっそっ!!…探してくる!。』
意地だった。


石見がニヤリとした。

「…今回だけ譲ってやるよ。撃沈したら、骨は拾ってやる。
今、俺が行ってもダメ。嫌われそうだし~?。それはヤダ。嫌われたくない。欲しいから。ゆっくり口説くよ。無理強いはしない。
探せよ。悔しいんだろ?。
…暗くなる前に連れて来なきゃ、俺が行く。」

はっきりと意思表示した石見。

-いる場所も知ってる…。-

意地悪そうに言って、妹の肩を抱き、後ろ手を振った。
-兄さん!!-。
石見妹が非難じみた言葉を兄に向けていた。


…あんなに、はっきりとした意思表示なんて…俺は……出来ない。
だから逃げられたのか?。

石見が知ってる。なんで知ってるんだ!!。
訳の分からない嫉妬。


『……』

渡り廊下でつながった広い校舎。校庭。体育館。グランド。
1つづつ潰している時間なんてない。
一番、可能性があるのは校舎。
でも、渡り廊下でつながった校舎は…広い。

…時計を見ながら20分あれば回れる…。いるところなんて限られてる。

教室・図書室…人のいないところ。
女子トイレに駆け込まれたらー。アウトだわ。
逃げまわられたら…俺、死ぬわ!。


2階から上。教室を探してまわるけど…
教室に残っている生徒もいる。
何事かと、不思議な顔をされる。

…教室なんてない。他教室なんて入り込むはずない。

理科室…ないな。鍵がかかっているから。
図書室…3年が自主勉で、まだ使っている時間。

見つからない。
どこだ⁉️

狭い空間には…いないんじゃないか?ふと、そう思った。

石見が…言ってた。
-いる場所も知っている…-

どこににいる?。

誰もいない場所?。

いつもいた、あの四阿みたいに風が通るところ。



階上。風。

……屋上!!。


屋上は4つ…。
-……キツイ!!-

暗くなるまで後少し。

-“暗くなるまでに迎えに行かないと……あー!イヤだ!。新名!!。”-


迷っている時間はない。ひとつづつ潰す!

階段を下がり、また上がり屋上へ向かう。入り口が真ん中だから、左右両方探してみるけど……いない!

“クソっ…もはや、俺の心臓死ぬ。”


また下がり、渡り廊下を走り階段を駆けあがり、中棟屋上まで!!
“……いねーよ💢!!”


南棟!!…。
  
 “……いない。”
茜色がキレイだった。もうすぐ日が暮れる。
焦りだけだった。
息が上がる。何で?疲れてるのに……。

階段を飛び降りるように下がり、一番長い渡り廊下を走りながら、思った。
“これで、いなかったら諦められるか?”
-……ダメ。諦めるのなんて嫌だ。-
意地だったかもしれない。

……でも…新名じゃなくて、俺が泣きたい!。 


さっきまで……諦めていたのに…
今は、諦めるのが嫌だ。何でだ!!
諦められるんだったら、こんな事しない。
あーもう!! 彼女が……どうしても欲しいんだ!!。
何で!?
でも…
“石見と彼女が笑っている姿を見る自分”…を考えたら…吐き気がした。



技術棟が最後……。

階段を駆け上がって行くと……風が流れている。

“あっ……いる。絶対いる!!。”



……疲れたよー。……帰りたいよー。……誰か来てよー。…暗いのイヤだー。
もう!!……何で?何なの!!


いた!声が聞こえた‼️。
“誰か-”って言うなら…逃げないでよ‼️
聞こえたよ!!。
何で怒ってんの?。こっちが怒りたいよ‼️。
俺の心臓!もう!ムリ!!って言ってるよ!!



『……はぁ、居た!。』
バカやろう‼️って怒鳴ってやろうと思ってたけど……

広い屋上のど真ん中で…足を投げ出して、小さな子どもみたいに…グズグズと泣いている彼女の顔を見たら…。

…怒鳴れなかった。
何故か…ワガママだと思った彼女を…嫌いになれなかった。


帰ろう。一緒に帰ろう。


小さな子どもみたいに……声を出して泣いている彼女が…
…彼女を捕まえたかった。
彼女が逃げないように…。




……何とかなだめて、手を繋いで階段を降りはじめると立ち止まり、
“帰ろう”ってなだめると、歩き。
また、立ち止まり。なだめる。また歩き出す。
それを繰り返しながら、石見達のところまで連れ帰った。


ここまで…ボロボロに砕けるほどに…
……何でこんな事になってしまったのだろう。
冷たい指先。ヒタヒタと歩く足音。



石見妹は新名を見るなり、怒鳴りつけると思っていたけど……。
優しく…なだめながら……笑顔を引き出すように接していたのは意外だった。

泣き腫らした目であっても、彼女の緩やかにまとめられた髪と制服姿は……
可愛いかった。

好きなんだ。ボロボロな君でも。
強情な君でも。
ワガママに思えても。
くるくると変わる君の色が…何故か好きなんだ。
笑っている君がみたい。
どんな色になるんだろう。

何でだろう。少しずつ知る度に……少しずつ彼女が心の中に住み着いていく。


“こんな恋もあるんだ…。”


そう思った。


玄関で彼女達を待っている時、石見が聞いてきた。

「宗馬、お前、伊織ちゃんどうするんだ?」

『どうするとは?』

「付き合うのか?」

『ああ…彼女に逃げられてばかりだから……』

「あはは!!噛みつかれるしな!」

『うるさいよ!!。
……女いたこと!無いから分かんねーんだよ!!そんな事!!』

石見はびっくりした様子で、
“俺も分からん。彼女は読めない……。”
と、小さな声で言った。

そんな話をしながら歯形の残る手を見つめた。 

手に入らないから、意地なんだろうか?。
でも……
俺は…やっぱり……色々な彩りがある彼女をみていたい。

灘生の言っていた意味が…少しずつ解りはじめていた。



-“イオは心を開くのに時間がかかるの。”-




石見の妹と一緒にきた彼女が……!?

また泣いてる!?。
でも、少し穏やかな泣き顔?。さっきとは違う。

石見妹は、俺を見るなり…ニヤリと…
……怖い!!。

彼女のリュックを奪い取り俺に、

「はい!宗馬先輩!!」-持っ行って!!-
……肩がダメなの知ってるでしょ?。と、目が…脅していた。他言無用だと。

石見妹が軽そうに、俺に押し付けた彼女のリュックは…
“お…おぉ!重い!”
“何なの? 何入ってるの?”


2人手を繋いで俺達の後を歩いている彼女達は、穏やかに楽しそうについてきている。
遠くもない。近くもない距離だけど……会話が聞こえるんだな。
特に。石見妹。
小さな声?なのか?それ?
新名のも……掠れ掠れだけど…聞こえた。

石見も俺も気になってしょうがない。


…俺なんて、今。
今だよ?名前知ってもらったの!?。

『…名前…どうなっちゃってるの??。気にならなかったの?今まで!?。』

石見は、
「協力してくれ!って言ったよ!?確かに!!何で今なの!?。」
と呟いていた……。

『石見…。
 妹…怖いよ?。わざとなの?聞こえるように?』

「……わざとかもしれない。分からない。」

「……」
『……』

なぜか2人でため息をついた…。



“でもさ…私……、……付き合った事ないんだ……。
それって…嬉しかったり、楽しかったりするの?
……想われるって未知。”

“…伊織は不思議ちゃんだわ。今までなんだったの!?。” 


そんな会話が……よく聞こえてきた。
石見と顔を見合せ、2人ともニヤニヤしてしまっていた。

でも、彼女の一言で迷っていた何かが。
解決の出口が見えてきた感じがあった。
 
-そうだ。想われるって未知なんだ。
"彼女から…新名から想われる"どんな気持ちになるのだろう?。-

思わず、彼女達を振り返って…笑ってしまった。。

“聞かれた?”と、不思議な顔をしている彼女。

色々な初めてを彼女と一緒に見る事ができたら。
自分は…俺はどんな色になれるんだろう?。

…そんな事を考えて、ドキドキした。
真っ直ぐ前を向いた時、心臓の鼓動が…誰にも聞こえて無い事を願っていた。