新名《にいな》伊織 これが私の名前。 

私が初めて彼と呼べる人と付き合ったのは梅雨入り目前の5月末。
高校2年生。
恋愛なんて夢を見ているようで、ふわふわしていて…ドキドキしてた。

私の容姿は、本当に普通。普通って都合良いよね。可も無し不可も無し。
くるりと緩く巻く天然パーマ。
一重瞼だけど鼻筋が通っているせいで、
「着物が似合う和風美人だね。」―着物限定。―
「大人っぽいね。」―年増。―
と、周りから言われてた。

天然パーマも
「お得な髪だねぇ~。」
「私なんてわざわざかけてるのにねー。」
―私はアンタ達が羨ましいの!。―

先生から生徒指導なんだけど…
「パーマおとせ。」って。―パーマ?。天然なんだけど。― 
―ストレートパーマは…パーマじゃないの??。―

―はぁ…―
褒められているのか、そうでないのか?。

…色々あった。
共学でも全寮制の私立。お兄ちゃん達の希望。

-邪魔にされたのかな…。-

中学時代はこの髪のせいで苦労をした。
-生徒指導……-

バレー部も…
私が本気になると嫌がらせをした。
わざと、コートから外したり。
"チョット上手だからといって、チームの和を乱さないで!!"って。
だから…。


恋も然り。
“良いな。”って想っていた男の子は、クラスで一番頭が良い子が好きだった。
さらさらストレートヘア。二重。
「イオと話している時が楽しいよ」って言ってても。

好きって…何?。

これが、片思いだったって気づいたのは、ずっと後だった。
私が好き?になる人はいつも…。私じゃない人が好きだった。
容姿が可愛い、頭が良い女の子が好きだった。
サラサラなストレートヘア。二重の大きな瞳。明るい笑顔。
どこへ行っても、これが壁になってた…。

友達はいた。
でも、特別な友達はいなかった。
広く、浅く…嫌われないように。

お兄ちゃん達は、いつも一緒の仲間といた。変わらない友達。変わらない信頼。変わらない気持ち。
うらやましかった。
私には無いもの。望んでも手に入らない。
-私が悪い子だから…-

イヤだった。こんな学校。こんな中学。

だから、知った顔の無い高校へ…一生懸命に勉強して…合格したのに。
お兄ちゃん達が卒業した学校。バレーもしたかったから。
何か変わるかな?って。

でも、
中学と変わらない高校生活。

唯一。
進学して変わった事。
高校入学してからできたはじめての友達。
親友だった。私にとって唯一、正直でいてくれた親友。
中学校で既にひねくれた性格になった私にも、分け隔てなく、気持ち良く私に付き合ってくれる同じクラスの“灘生《なだき》恵那《えな》”。
私は、素直で優しい恵那が大好きだった。

伊織ちゃんって言うの?。
ねえ?中学どこ?
一緒にお弁当食べよう。移動教室一緒に行こう?
なかなか馴染めない私に、
何でも言って?友達だよ?。そんなに遠慮したり、怯えたりしないで?。
私さぁ…正直言うと…目立つみたいでー。みんなに避けられるんだよね…。
伊織ちゃん。可愛いらしく笑うんだから、笑って?。

イオ?。綺麗になったね。ドキドキする時がある!。
そんな顔したらダメ!。そんな事したらダメ!
そんな言葉使い!ダメ!
イオ!勉強しようよ!。バカはダメだよ!!。
何でそんなに警戒心強いの!?。

キツイ言葉も。優しい言葉も。
正直に私に言ってくれた。

一番の友達だった。親友だと思っていた。

二重のクリクリの瞳が可愛い親友。さらさらで腰まである栗色のロングヘアー。
…可愛い。女の私が見ても可愛いって思うんだから周りもそうだろうな。

でも、本当は一緒にいて仲良くしていても、いつも劣等感を感じてた。

恵那はいつも前向き。私にも前向き。
「イオあんたは可愛い。」
「イオ!変な人についていかないでよ!。」
「イオは頭の良い賢い彼氏が似合う!」
-だから、卑屈にならないで。顔を上げてよ。私を見て!。-
朗らかに笑う。
「イオ?お弁当作ってきたよ。一緒に食べよう!。」
あれこれと私の世話を焼いてくれる恵那。
―親だな…―  つい、抱きしめてしまう…可愛い…。

でも、嫉妬してしまう…。
だって…カッコいい男の子も、“いいな。”って思ってた男の子も…
いつもいつも私に、「あの子との仲のを取り持ってくれない?」と、頼むんだもん…。
柔らかい髪。ストレートヘア。二重。
私とは違う。私じゃ…ない。 
だから。私は…好きになるって事が分からない。分からないようにしてる。
分からなければ…傷つかない。

また今日もおなじ。廊下に呼び出される。 

恵那に伝えると…「会いたくない。」の一言で、私がまたそれを伝えに戻るという、ある意味『伝書鳩』。

―…カッコいいなぁ…彼(私主観)。何でダメなの?なんで?―
恵那と同じ吹奏楽部だって。同級生なんだ…。楽器なんて知らない。クラスも多いからか…初めて見るような人。
なんだか…羨ましい…。

ねぇ?恵那。
頭のいい賢い彼?って、どうやってつくるの?。
どうしたら、私を好きになってくれるの?。
恋って何?。好きになってもらうって…楽しくて嬉しいの?。
ため息をつきながら
-恋…してみたいな……。-
  
 独り言。


 
「…いいなぁ」この言葉を繰り返しているうちに…
少しずつ、私が…私の中の何かを崩してていく。




今日は部活が早めに終わった。
今日は体育館共用だから、コート練習がない日。
先生に叱られない日。
先輩に怒られない日。
同級生の嫉妬や心無い言葉が無い日。
バレーボール部。
セッター。
チームプレー。 
追いつかない勉強。
疲れた。疲れた…。
何かに追われている感覚。
最近…ボールが飛ばない。…理由なんてわかってる。
伸びない身長。
痛い肩。
痛みの引かない左膝。
思い通りにならない自分の心。
できない自分。

“どうして?”と、“私なんか……”の言葉が、
また、ひとつ…自分の中の何かを崩していった。

 

恵那の部活が終わるまで…
恵那が来るまで…
いつもここで待つ。中庭にある藤蔓の四阿。 
まだ、若葉の藤。

部活が終わるとする事。
三つ編みにしてきつく縛った髪をほどく。-頭皮が痛い-
緩く…1つに編み直す。
黒髪の長い髪。背中の中程まである…うねり髪。 
-つっ…痛たぁ…。-
短く切りたい。切れない。広がるから。
でも、良い時もある。それは泣きたい時。上手に隠してくれる。

…風が髪の間を通り抜ける。


-吹奏楽部…今日パート練習なんだ…。-
中庭にも廊下にも音楽室にもバラバラで練習している。 

-あー恵那…。-
同級生?先輩かな?。仲良さそう。楽しそう。
みんなと仲良いんだ…。

仲…良さそう…恵那の隣で柔らかく笑う人。

あんな感じの人っていいな。柔らかく笑う人。
恵那の隣。
うらやましいな。私も笑いたい。

「……。」

…また…私…伝書鳩かなぁ…? ヤダなぁ…


後輩の女の子…だよね?(見たことないし。)可愛いっていうより、綺麗な子。
…いいなぁ。

バラバラだったパート練習が、自然に四重奏に…。
-いいな。こういうの。-

私はピアノも弾けない。楽譜も読めない。
曲を聞いているのが好き。何も考えないでいいから。


イヤな事もつらい事も考えないでいい。
-なんて曲だったっけ?。-

まぁ…いいや。

うつうつとしながら、体操着を枕にして口ずさむ。私はこの場所が好き
誰にも邪魔されない。いつもの場所。
風の通り道。風の足跡が見えるところ。
風が顔を拭いてい…く…。
わからなくしていく。無かった事にしていく。
風が髪の間を、通り抜けていく。



帰りたい。
恵那、早く来て。
帰りたい。疲れ…たんだ…わた…し。
伝書鳩役はもうイヤ。
でも、恵那と仲良くしてたい。
いいな。可愛いっていいな。いいな。…いいなぁ…。  
あんなに可愛い笑顔って、どうやったらできるの?。 
…バレー上手っていいな。
怒られないんだろうな。きっと。
男バレが、部活を延長したんだろうな。
コート練習をしているのがみえた。
…あんな風にトスアップできたらな…気持ちいいよなー…
…いいな。

うまくいかない自分に涙が滲む。怒られるのイヤ。
でも、コートに立ちたい。
でも、嫌われたくない。

“…なんで?”

ボロボロだった。
もう、立ち上がれないかもしれない。
ひとつ崩してしまうと…勢いをつけて崩れはじめた。


1つ…大きなため息とともに、うつうつと眠りに吸い込まれた。


…誰かが?風が?私の髪を…そっとすくいあげた気配がした。
-誰?-
-風が気持ち良い…-


-イオ-
…イオ。
「伊織!」

…。ん?寝てた?
「起きて。伊織。」
「…うん。」
「帰ろう。」
「…うん。」
「どうしたの?イオらしくないよ。月末大会だよね?。」
「…うん。」

……恵那の驚いた顔色。
「イオ?…えぇ?ねぇ!なんで泣いてるの?。」
「…うん。」

…え?
泣いてる?私泣いてるの?…頬に手を当てると濡れていた。
自分の涙にビックリした。
それに気付けない自分。

「疲れてるんだよ…。イオ…なんでそんなになるまで頑張るの?。少し休もうよ。ね?そんなになるまで何に追われてるの?。休もうよ。少し休んでまた、頑張ればいいんだよ。イヤだって言ってもいいんだよ。」 
しくしくと泣く私に恵那は背中をそっとさすってくれた。
なんだかその時、恵那が私の気持ちを、全て知っている気がした。

劣等感や嫉妬に疲れた私は…誰かに支えてもらいたかったのかもしれない。
「ごめん。恵那」
優しい恵那。大事な恵那。ごめん恵那。
私、自分の弱さに気づいちゃったよ。私、もっと強いと思っていたの。 
私、あなたに嫉妬している。