『……ニーナ。好きなんだ。君が。
…ニーナ。
約束して。一緒にいて。側にいて。
俺も約束するよ。君に信じてもらえるように努力するよ。
君に沢山笑ってもらえるようにする。
ケンカもいっぱいしよう。……仲直りも沢山しよう。 
時間がある時は、出かけたりしよう。
色々話しあって、解決していこう。
……沢山の好きをあげる。君だけに。
ニーナだけに見せる笑顔を。…知ってほしいんだ。』



「……。」
 

返ってこない返事。
でも、拒否はしてない。

『"沈黙は是なり"だよ。』

ニーナが俺の腕をつねった。


『いてっ!』


クスクス笑ってる。肩が笑ってる。
笑った。
笑ってくれた。

『笑ったね??。
…そしてもう1つ。
ニーナを怖がらせるつもりは無いんだ…。
だけど…言っておきたいんだ…
その……。
……俺は、いずれ…近いうちに君を抱くよ。
その時は…』


「……海里?。
抱くよ。とは……?。」

ニーナから早い返事が返ってきた。
返って来ないと思った返事。
言った自分もそうだけど、ニーナからの質問に急に恥ずかしくなった。


『ニーナ……。』


…時間にしたら数秒。
俺にしてみれば、長い沈黙……。
"言わなきゃ良かった。"と、思った。



「……知ってる。
分かってる……。
子どもじゃないから…大丈夫。」


顔を上げないで返ってきた言葉。胸元に響く声が。背中にある手が。服を掴んでいる指先が…
震えているのが分かった。

『本当に?。』


「……うん。」


『そっか…。』


「……うん。」


顔を上げてニーナは聞いてきた。

「…海里?
それは…。怖いか…な…?。
私……どうしたら…いい?。」


『ニーナ……。
……それを答えるのは…ちょっと恥ずかしいかも。
俺も…その-、初めてだし。…未知だよ。』



言った手前、引っ込みがつかなくて…。
ニーナに質問されるなんて思ってなくて。
顔が日焼けしたみたいに紅くなるのが…。頭に血がのぼって、耳まで熱くなるのが、分かって…。



「…海里?。」

ニーナの手のひらが、俺の頬に当てられて…。

『……ニーナの手が。…冷たくて、気持ちいいね…。
俺の顔。紅いでしょ?。
熱いよね……。』


「…そうだね。海里…。
私、海里が温かいの分かるよ。温かい体温も、気持ちも……。
海里のは……よく分かる。」


暖かく微笑んだニーナ。

『ニーナ?。
……君は可愛いね。』


「うふふ。
私達。バカップル。」
 


『……バカップル上等だよ。』


笑っていたニーナだけど。
申し訳なさそうに、唇に噛みついた事を謝って…。

「海里…ごめんなさい。
唇……血が…。
…血が滲んでいるの。」


『あぁ…いいんだ。
ごめんね。ニーナ。嫌…だったね…。』


「……。」


悲しみにくれた表情。
困っている表情。


『ニーナ?
そんな顔しないで。
そう思うなら…、
ニーナ?キスして。舐めて?。猫みたいに……。』


ねだった。
ニーナからのキスが欲しい……。


「海里……。
少し…」

『ん?』


「少し…唇を開けて…
……愛してる。海里…。」


!!
愛してる。

ニーナ?
もう一度…言って?


『ニー……っ!
…うっ…んん!』


「…海…里。
そんな声…出さないで…。
イヤラシイよ……。」


『ニ、…ニーナ。
君のせいだよ……。』




「……海里。
海里の全部が欲しい。
私に…ちょうだい。
全て…。」


『ニーナ?』



フッっと細められた瞳。
クラリと俺のほうに倒れ込みそうになった…彼女を支えて。
ずり落ちそうになる腕。


『ニーナ!!。』

「……。」


『大丈夫か?ニーナ?。』


「気持ち悪い……。
…先輩。立っているの…辛い…。」



……乗れるかな?
後ろのブランコが気になった。

『ねぇ、ニーナ?……ニーナ?。
ブランコは…怖い?。』

「……」
肯定の表情。


『一緒に乗らないか?。
…一緒なら。二人なら越えられる事も、あるよ。』

「……」

否定も肯定もしない。……寂しそうに微笑みをうかべるだけ。


『おいで。ニーナ。
一緒。側にいつもいる。
君がブランコに乗りたい時は、一緒に乗って、一緒に笑おう。』


「……。」

躊躇い。迷い。拒否。
失敗したかな?。まだムリなのかもしれない。
少し強引に手を引いて。
少し座面が高くなっている…
ひとつ奥のブランコの真ん中まで……手を引いて歩いた。

…先に座ってから。
拒否反応の彼女に声をかけた。


『おいで。ニーナ?。』


首を傾げて。"どこに座るの?"っていうジェスチャー。
"あっ!そうか…。"
気が付いて少し後ろに下がって座席を空けた。

『…ニーナ?。』

動きそうもない彼女の手を強く握って引いた。

「イヤ。」

『ニーナ。』

無理矢理だった。
思いっきり引っ張って座らせ、逃げないように鎖ごと抱きしめた。

「落ちる!!。揺れる!」

『ニーナ!。
暴れると、俺が後ろに落ちる!』


「……」

反射的に鎖を掴んだニーナの手は、さっき支柱に掴まっていたように震えてる。
片方は俺の手首で。
…冷たい指先。


『怖くないよ。俺がいる』


立漕ぎなら二人は楽々だけど…。

『…やっぱり、落ちそう。』

ニーナを抱き直して、横抱きで膝の上に座らせた。
ゆらゆらとするブランコに、ニーナは俺の首に腕をまわして。
しがみつく格好で…。
…確実に。
絶対。
…嫌がっている。すごく嫌がっているのが分かった。

「……海里。私…落ちそう。」

『大丈夫。俺が支えるよ。
揺らさないし。
俺、足長いんだ。地面にも楽々着いてる。』

鎖ごとニーナの腰下で手を組んだ。


『落ちないでしょ?。』


「だって……。」


『揺らさない。ただ座るだけ。
乗りたくなったら、俺が背中を押してやるよ。
一緒がいいなら、俺が立漕ぎする。』


「……」


『ニーナ?。』  


「…足長いって……。
自分で言うんだ……。」


『はぁ?。だって、本当の事だもん。
…灘生の彼氏より、俺のほうが全て上。 
成績。身長。足の長さ。ルックスも!上。
……ニーナがトスを上げてくれるなら。
俺も国体に行けるよ。』


「すごい自信……。」


ニーナの少しの笑い声。
俺の笑い声。


『あはは!。…そうだね。
ニーナがいれば…。
俺、何も怖いものなんてないよ……。』


そう。怖いもの。
ニーナが俺から…俺の隣から、いなくなってしまう事
いつか…。


「海里…?」


『…あのさ。俺が、バレーを辞めた理由。
近いうちに話すね。
ニーナは、ジュニアの頃の俺を知っているんでしょ?。
だから……。』


すっと…風が撫でるように…俺の右手を取り、

「…海里。
海里の手は大きいね。
スパイク……。沢山打ってきたね。突き指も…したね。
あの頃の海里。身長も…そんな高くなかったように思う。
なのに、柔らかく。高く…空中に止まるように。
……ジャンプする海里だった。
…綺麗だった。
…今日も。」
 


『そうだったかな……?。』



「海里。
温かい。優しい手だよ。
見て。
私より……。
大きな手のひら。長い指…。 
頑張った手だね。沢山勉強したペンダコもあるね。
…見て。
私、勉強嫌いだから、ペンダコ無いよ…。」


…そう言ってニーナは。
俺の手を…自分の手と合わせて笑った。

「いつか……その話しを聞かせて。」


『…そうだね。時間のある時に。』

兄さん達の声が聞こえた。


「…海里?。」


『見て。
兄さん達がそこにいるよ。』



「ん?…本当だ。
笑ってるね。
驚いた顔してる。
……なんでかな?。」


『……ニーナが、ひとつ。乗り越えたからだよ。
ブランコに座れる。
俺とならね。…限定。』

額をコツンと合わせて笑った。
沢山笑おう。 


『ニーナ。君は可愛いね。
俺にとっての1番だよ。
……忘れないで。』



穏やかに笑う彼女に。

『さあ、帰ろう。…また明日。
朝?どうする。
部活は?。』

「明日も一緒?」

『えっ?明日は無いの?。』

「学校はある。」

『俺とは?』

「……」

『なんで沈黙?。』


「朝…」


『起きれない?』

「……それは、大丈夫だけど…」

『電車、間に合う?。』

「うん。」

『何時?』

「早くて、7時10分頃に着くの……」

『じゃあ、駅で待ってる。部活は?』

「あ…ある。4時まで…。」

『3時まで模試なんだ。
屋上の踊り場にいるよ。』

「……」

『嫌?。』

「…嫌じゃ……ないけど。
ずっと一緒?。」

『そう、一緒。』

「……」

『約束ね。
あっ!
お昼は一緒に食べよう。
お弁当。忘れないで。時間と場所は、明日の朝決めようね。』

「あ…あの……。」


『帰ろう!ニーナ。みんなが待ってる。』

「ひゃぁ!!」
驚くニーナを抱き上げて、兄さん達のところまで。

『万里さん。千里さん。
ニーナを。
彼女との時間をありがとうございました。』

「今日の話は終わったかな?」
暖かく笑った万里さんの表情。

『はい。』
「……」

『さあ。ニーナ。
また明日。』

「……うん。」

「伊織。おいで。」

そう言った千里さんにニーナを。


『睦兄さん…帰ろう。
模試なんだ、明日。
…少し勉強しないと。』

「…そうだな。
模試か-!ヤダヤダ!!。2度としたくね~!!。」

「お前!ずっと学年トップだったじゃん!!。」

『!?えー。 』

正樹さんの言葉に驚いた。
兄さんは1度もそれを教えてくれなかったから。

「万里さんについていくの大変だったんだよ!?。」

「え~!?万里なんだ。
俺じゃないんだ!?。」

「千里さん!教えてくれなかったじゃないですか!?。
あー!またニヤニヤして!?。
意地悪!!。」

まぁ…兄さんはいいや。ニーナも笑ってる。

「…正樹さん。ありがとうございました。」

「解決したか?海里。」

『…とりあえずは、"はい"です。
宿題は…提出日未定です……。』

正樹さんは俺の言葉に、意地悪そうな笑い声をあげた。

「仕方ないなぁ。
卒業までに提出ね!!。海里。」


『で、正樹さんは何番ですか?。』

「はぁ?それ、気になるの?。
教えないよ。
千里さんと一緒さ!!。」



笑った。
「じゃあね。また今度。
睦、正樹、連絡して。俺達もするから。」

「今度は、海里の卒業・入学祝いだな。」

「楽しみが増えましたね。」


「…ねぇ。クリスマスは?
ダメなの?
……夏もバーベキューしたい。」



「あれ?。伊織からリクエスト初めてだね。」


「千里次第だな。
いつ帰るか分からないし。」


「佐里衣さんも寂しがるかも~!?。」


「休みは…何とかなるよ。
多分ね。
それに…伊織がいいなら、サリも一緒でどうかな?。」


「いいよ。」

「……そっか…
えっ?。!?いいの?」


多分、「イヤ!」って言われるだろうと思っていたんだろう、千里さんの驚いた声に、みんなが笑った。




「……うん。
少し大人にならないと。
子どものままじゃ…いられない。
1人でも立っていられるようにしないと……。
佐里衣さんと…約束したから…。」



楽しそうに微笑みを浮かべたニーナが…。
裏側の寂しさを隠して。

…兄さんの言っていた言葉。
"急にはムリだ。急いだらダメなんだ。"

『……ニーナ。』

気が付いてこちらに視線を向け、"大丈夫です。"
…唇だけ動いた。

ため息をついて、首を横に振った俺に。
ぴょんと、千里さんから降りて…俺の首に手を回し、

―"海里…そんな顔しないで。…私には貴方がいる。"―


「また明日ね。先輩。
約束守って。ちゃんと電車に乗るから!。」


『ああ。また明日ね。』

バイバイ。って手を振って。
また千里さんに、ぴょんと抱きついて…。

「みんな。お先!!」

と言った…。万里さん達3人を見送った。


「じゃあな睦。海里。
俺、迎え来てるから。」

「えー!彼女かよ!」

「違うわ!!。姉さんだよ!。」
笑って走っていき、ハザードのついている車に乗り込んで帰っていった。


「…行こう。海里。
凌が迎えに来てるんだ。」

『凌兄さんが?。』

「今日は金曜日だろ?。
帰ってくるさ。"寂しがり凌くん"だから。」

クスクスと笑う兄さん。

『ふーん。』


「伊織が…お前の彼女になったって知ったら…
凌、腰抜かすかもな。」

『なんで!』

「新名ツインズの妹だから。」

『…あぁ。それ…。』

「…俺達は、伊織を世の中のイヤな事から、出来るだけ隠して守っていたからな。
多分、新名ツインズに妹がいるのは知らない…。
…お前が知らなかったように。」


歩きながら話した。…
俺にとって、今日1番の怖い話。

『兄さん…。』


「海里。
多分だけど…、
今日解決できたのは伊織のバレー部での立場だけ。
…兄妹のわだかまりも、今日を境に良い方向へ変わると思うけど…。
だけど…分からない。
千里さんは分かりやすいんだ。
…万里さんが……。読めない。あの日から、人が変わってしまった。
伊織と同じ。
元々、朗らかで暖かい人だったのに…。
…海里?
今日の万里さんは、いつもの万里さん。元々の万里さん。
でも、変わってしまった万里さんは…。
伊織を守る為なら何でもするよ。手段を巧妙に選んで分からないように…。
だから。…怖いんだ。
今回は、納得している千里さん…。
何で?
もっと時間をかけて、分かりやすく伊織に…愛情を…」


『兄さん?。』



「いや。いいんだ。
…海里?、伊織の個人的な友人の部分は、時間がかかる。
学校帰りに少し暴れただろう?。
…見ただろう?千里さんに抱かれていた、伊織を。
トラウマなんだ。
あの時間は…伊織にとって。
逢魔が時。
何か違うものに取り憑かれたようにに拐われるかも……。
…出来るだけ校舎の中で。
中だけの狭い場所なら見つけられるだろう……。
あの時間はダメなんだ。
特に、雨の日は……。
…あの時間だけは。」

兄さんの怯えた表情は初めて見た。

「……もし。
もし、校舎の外に逃げてしまったら…捕まえられなく…なる。
だから、出来るだけ早く俺達の誰でもいいから…。
誰でもいいから、連絡するように…。
頼むから……連絡してくれ。」



『…うん。
わかった。
わかったから…兄さん。
そんな顔しないで。…俺も怖くなるよ……。』


「…ああ。
帰ろう。…海里。」


兄さんは立ち止まり、振り返って…手前の座面の低いブランコを見つめて…ため息をついた。

『兄さん…。』

「……。」

『まだ……俺に…。何か…隠してる事…。
あるんじゃないの……?』


「無いよ。」


『嘘つき!!。
…兄さんは。
兄さんは、昔から嘘をつくのが苦手だった!。』


「無いよ。」


『嘘だよ!!。
それは……ニーナも知ってる事だよね?。
だから!
彼女は、兄さんを!。
兄さんは、彼女を…。』


「無いんだ!!。海里!。」


『……。』


「無いよ。本当に……」


『じゃあ!!俺の目を見て!!。
俺を見て!。
無い!って言えよ!!。』



「海里!!
もう!やめてくれ!!。
無いんだ!!」



『兄さん!?
じゃあ、何で泣いてるの?。
無いなら!
泣く…必……!』


「…無いよ。海里……。」

分からないように……涙をふいた…兄に。
何で?何でそんな顔するの?
穏やかな笑顔の裏。
俺達は兄弟だよ。分かるよ。
何年、兄さんを見てきたか…。一緒に過ごしてきたか……。



『俺は、彼女が大切なんだ!!
好きなんだ!!。
知らないままじゃ!
ニーナを守る事が出来ない!!。
……兄さん!お願い!。お願いします!!。
教えてください!。』



「海里。
伊織を守って。…愛して。
沢山笑わせてあげて。
幸せを教えてあげて。」


『兄さん!!。』


「今、伊織に必要なのは目の前のトラブルを解決する事だよ。
信じさせてあげて。
伊織はまだ、お前を信じていない。
お前も一緒に成長するんだ。
……いいな?。」


『兄さん……。』


「海里…帰ろう。
明日の模試をしくじれば、お前の大切な伊織は…潰されるぞ。
伊織の立場を守るんだ。
今日、良く分かっただろう?。周りの視線で。
男バレの…。伊織の同級生の男も。キャプテンもそうだろ?。
解らないなんていわせないぞ?。」


『あぁ……うん。』


「伊織を支えて、沢山の笑顔を与える事ができる…。
……近くでそれを出来るお前が…。
羨ましいよ…。
海里?。」

兄さんの穏やかな。でも不安を隠せない表情が印象的で。



帰ってから、父さんと母さんに。

『母さんは、知ってると思うけど…。 
新名さんと…千里さんの妹の伊織ちゃんと付き合う事になったから。
…今度、連れてくるよ。』

恥ずかしくて。彼女ができたなんて言うつもり無かったんだけど。
受験生だし。煩く言われたくなくて。

「久しぶりに会えるな。小さな女の子だった。いつも千里君の後ろに隠れてしまうけど、睦や俺がピアノを弾くと不思議そうに側に来て笑う女の子だったな。」


『父さんも顔間見知りなんだね…。
ニーナ…家に来た事あるの?』

「ああ。あるよ。……何回かね。」

父さんの意地悪そうな。でも、心配そうな表情の笑顔。

優しい表情なんて余り見せない母さんからの言葉。

……多分。
一生忘れられないと思う。


「そうね。…余り、伊織ちゃんを急かさないようにね。
あの子の目をよく見て、一緒に居てあげなさい。会うのが楽しみだわ。」



凌兄さんは。
驚きと複雑な感情を俺に向けて。

ズルいな…。
海里に彼女が…しかも、あの双子の妹…。