「……教えてあげるよ。海里。」

"今、思い出しても腹立たしいけど!!。思い出したくもないけど。"

ボソっと、悪態をついた正樹さん…。


"兄妹のくせに彼女ヅラして、気持ち悪い。
兄妹で!…やってんの?。
じゃあ、この子らの相手してあげてよ。
何で?あんたが可愛いのか、意味不明。
万里もバカよね。こんな尻軽な中学生のお兄ちゃんなんて。
…いなくなれば、いいのに…"


「そう…言ったそうだよ。
万里さんも後から来て…。
…警察も来た。」


私は、耳を塞いだ。
聞きたくない。
思い出したくない。
あの日の夕暮れ。藍色の透明な夕暮れ…
イヤ。やめて……。



「海里。
…あの日、伊織は乱暴されそうになったんだ。
もめてた処に、俺と睦が間に合ったんだ。
…神様っているんだね。
あの時ほど……神様に感謝した事無かったよ……。本当に…。
万里さんが伊織をさがしていて…。どうしても見つからないって。
ヤツら、俺達の後輩だった。バレー部のね。
しかも…特進だった。
…万里さんは傷害事件で訴えたんだ。
未成年でも。自分の彼女でも。
絶対、取り下げ無かった。…どんなに頭を下げられても、謝罪の言葉があっても。
……彼女。
その後、自殺したんだ。…未遂だったけど。」


『えっ!?』



「伊織!?。
 正樹やめろ!…伊織!。伊織が……」




「…私なの。私なの!!。
お兄ちゃんに、今後関わってはいけないよ。会ってもダメだ。って言われていたのに…。」


「会ったのか!?」

「万里さん!!」

「どうしても。って…
断れなくて逃げてたけど…逃げ切れなくて…。
でも、それでも…って。」

「転校したのに!。全寮にしたのに!何で!」

「千里さん!!ダメです。伊織を嚇かさないで!!。怯えるんです!」

「分かんないよ!!
目の前にいたんだもん!!
謝罪の言葉なんて難しくて分かんなくて、理解できなくて。
上辺だけの言葉をならべられたって分からなくて。
どうしたら許してくれる?って……聞かれて。
……私。」

「やめろ!伊織!!。俺が追い込んだんだ!。」
万里お兄ちゃんの罪の声。

「違う。…違う!。私が言った!
あの人、お兄ちゃんの事…とても愛してた。
だから、私を憎んだ。"万里にとって1番はいつもあなただ!"って。言って…。"殺したいほど!憎いって!!"。
"1番になりたい"って……。
"万里、どうしたら1番にしてくれるの?"って。何度も。
貴女が死ねば1番になれるのに…って。
…怖くて。逃げ道なくて。
お兄ちゃん達もいない
誰も助けてくれない……。
……だから私、言ったの!!。
大嫌い!あんな人!!。…だから!言ってやったの!!。」


「伊織!!やめるんだ!」睦さんがとめるけど…。
言葉が出ない。怖い。言わなきゃ。私が言った言葉。嫌だ!やめて!!。



「…し、死-……」

「伊織!伊織!!
ダメだ!言ってはダメだ!!。伊織は何も悪くない。
何もしてない。もう、苦しまなくていいんだ。何も!!。
万里さんはここに。伊織の側にいるじゃないか!!。だから、君は悪くないんだ!。俺が最初に言ったんだ!!。」

「睦さん!!」


『えっ!?どういう事?』



「……海里。
伊織がどれほど怖かったか、想像してごらん?。
まだ小学校を卒業したばかり。しかも女の子。
相手は、俺達とほぼ変わらない体格。
それも、やっと自分の力で歩き出して。
笑顔も多くなってきて。千里さんの影から出て来なかった彼女が。
明るい光の中を歩きはじめたのに!!。」



「男共は、二度と悪さできないようにしてやった。
女のほうもね。
…俺達は警察騒ぎをしたんだ。
ただ1人の女の子の為に。なんでだと思う?。」


『…ニーナが…大切だから?。』


「もちろん、伊織は大切。俺の可愛い女の子。復讐?。
信頼している先輩達の妹。……それは、理由のひとつであって、
……答えは…違うよ。 
人として当たり前の事だよ。
そんな当たり前の事できなくて…。
助けなくちゃいけない人を、助ける事ができなくて…心がある人間なの?
その人の事、好きだって言えるの?。愛してる。って言えるの?。
手を差しのべる勇気が必要なんだ。
守るべき者を守れる手を持っているんだよ?俺達は。
…だから、助けた。守ったんだ。
頭が良いだけじゃダメなんだよ。
解るか?……海里。
……。
俺達は同じ罪を、心に…それぞれ持っている。
犯罪者にはならなかった。
でも、自分もきっかけだったんだ。だから、罪を犯した意識はある。
少なくとも俺は。」

「……伊織。息を吐く事に集中して。ゆっくり。ゆっくり。」

「睦さん…苦しい……。息で…きないよ…。」

「大丈夫。すぐに治まるよ。大丈夫」


睦さんに声をかけてもらっても、苦しい……。

しがみつくように睦さんにすがった。
「……息を吐くって、どうやってするの?……。」

「大丈夫だよ。
いいかい?。軽く息をを吸って…ゆっくり長く吐くんだ。」

それでも……苦しい。
うまくできない……。

……指先がひりひりする。
意識が途切れる。

「伊織?。
伊織!?。寝ちゃダメ!。ゆっくり息を吐くんだよ……。」

「苦しい…。気持ち悪い…。」
涙がにじむ。

「大丈夫だよ。伊織。ゆっくり呼吸をするんだ」

「…眠いよ。…睦さん…。」


「そうだね。少し呼吸が整うまで…」


そう言うと、私を抱き上げ

「伊織。俺の首に腕を回すんだ。
…そう。
肩口に顔をのせて…。」

胸を起こす形で寄りかかった。
…胸が押されて、大きな吸い込み呼吸が浅くなった。

「……少し…楽。」

「……でしょ?」

大きく息を吐くと呼吸が楽になって…。眠くなって…。
背中を支えてくれている、大きな手…。
……ゆっくりな睦さんの呼吸。

「…睦さん。
…寝ていい?。疲れたよ……。」

「…いいよ。このまま抱いていてあげるから、…少し休もう。
やっぱり、急にはダメだったんだ……。
ごめんね。伊織。」

「ううん……。いい…の。
ありがとう…睦さん…。」


どれくらいだろう。うつうつと微睡み、時々…ふっと、目が覚める。
そんな時間をすごしていた。

誰かが近づく音。
…千里兄さんの静かな声が耳に入り、ふっと意識が戻る。

「睦…、すまないね。伊織の事ありがとう。
……伊織、少し話を聞かせてくれないか?。…何故、父さんに会いに行ったのか…。
…おいで。伊織。兄妹で話をしよう。」


「……。」

「嫌か?」

「…お、怒らない?…。」

「怒らないよ。約束する。…おいで。伊織。」

「…」
睦さんの横顔を肩口から見た。心配そうな顔。迷ってる顔。

「…行っておいで。先輩達にとって、君はかけがえのない大切な妹だよ。
俺はここにいるよ。海里を押し退けてね。大丈夫だよ。」

「……うん。」

優しく抱きしめてくれる腕。温かい笑顔の睦さん。
先輩を見ると正樹さんと話をしている。
目が合っても。
迷いの表情。悲しみの眼差し。逡巡……。


千里兄さんに手を伸ばした。
慣れた仕草で抱き上げて言った。

「…軽いな。変わらない。小さな伊織のままだよ…
睦の言ってた通りだな。
昨日…抱き上げたばかりなのに…。忘れていたんだな。俺は。」



「……千里さん。
伊織が、ゆっくり…呼吸ができるようにしてあげてください。」

うなずいた、兄さんが見えた。
後悔の表情。悲しみの表情…。
いつもだったら。絶対に見せない表情…。

「…苦しいか?。呼吸がうまく出来ていない…。
ごめんな。気づいてやれなくて。知らなかった事、いっぱいだよ。」

千里兄さんは部屋の隅に座り私を膝の中に抱き込んだ。


「……うん。…いい。…大丈夫。
兄さん、私の為に…色々してくれた事…知ってる……し、…心配してた事も知ってる。
…佐里衣さんにも、…感謝してる。」

「うん…ああ。いいんだ。…いいんだ。
…サリが聞いたら…喜ぶよ。
伊織に嫌われてる。って言ってたから…」

「佐里衣さん…嫌いじゃないよ…。
自分…があって…凛々しくて…。私には無いものばかり……。
羨まし…かったの…。
今度…あったら言うよ…。ありがとう。…って…。」

「伊織……。」

大きく息をついた。
まだ少し…息苦しい。


「千…里兄さん……あの女《ひと》の事…。話したくない!。イヤなの!!。
怖……い。嫌い…。
……あの女の事なんて話したくない。絶対話さない!。
お兄ちゃんは絶対渡さない。許さない!!。
会いたくもない!!。
あの時。…いなくなってしまえば良かったのに!!。」


「大丈夫だよ。伊織。……言わない。聞かない。もう、忘れよう…。
…お前が無事だったんだ。それでいいんだ……。
万里。…万里!。来て。万里。」

頭を抱えている万里お兄ちゃん。
フィッとこちらを見た。何か考えてる。迷ってるの?。

"お兄ちゃん。来て。"
私は腕を伸ばした。

万里お兄ちゃんは側に寄って…千里兄さんの膝の中の私を抱きしめて…

「…伊織。俺の…伊織。」
「万里。…私の万里。」

涙があふれる。流れる。


「だ…黙っ…ていて、……ごめんなさ…い。
言う…こと…聞かないで、ごめん…なさい。 
…お父さんの事。
でも、……あのね。知りた…かった。どうして…私…を置いて行った…のか。
…会いたかった。…なじって…殴りたか…った。」


「……ああ。いいんだ。…もう、いいよ。
…どうやって知ったんだ?。
俺は、知らないふりしてたのかな……。分からないんだ…。」



「…入学の時、戸…籍謄本を見…たの。
お母さん……離婚してなくて…。お父さんの名前……知ったの。
思いだした……。
…私じ…ゃ、調べる事…できなくて…。
お母…さんの部屋で、さが…探したの。手紙ある…はず…だって。」


「……伊織?大丈夫か?」
……息をついた。…苦しい。

「……あった…のか?」

うなずいて。
「……あった。離婚届けの…入った封筒。…色々。…本籍じゃ。
消印で…探した。沢山の消印…。
手紙も…読んだ。
でもね……。ひどいの。子…子供達は元気か?とか……書いてあるかな?って……思ってた。
一言…。"今月の…養…育費です。"って…。
…それだけ。笑っ…ちゃうでしょ?。
……
ねぇ、…私達って何?。要らな…い子?。…な、なんで?。…愛…情ないの?。
…お金で…片付いちゃう…子供な……んだって。
…ねぇ、なんで!?。
本当は…、私の事なんて…嫌い……だったんだなって。
邪魔…だった。
…そう…思った。」



涙が止まらない。なんで?。
散々泣いて…涙なんて渇れたはずなのに。



「お母さん泣いてい…るとこ…見た事なくて…
お母さん、お金…使ってな…いの。封…の開いていない書留…が…沢山あるの。
ねぇ。な…んで?。…私、いい子じ…ゃ無かったから…?
私が生ま…れたから…なの?。
私…お母さんにも…嫌われて…たの…かな……」


「伊織……」



「……私のアルバム…。
お父さんの写真…。
生…まれてから…小さい私の写…真。
いないの。お父さんの…写真が…ない。
探した…よ。隠…してあるのか…もしれないっ…て。
……
…あー!…苦しい……。」


「伊織少し休もう。そんなに我慢しなくていいんだ。」
万里お兄ちゃんの声。
何?理解できない……。声は聞こえても…。

「…お兄ちゃん…達のは…あ…あるのに。…私にはない。
…顔もほとんど…忘れちゃ…ってて。お…兄ちゃん達の写真…から一枚だけ…持ち出して…。
消印の…ある…住所。探した…の。
郵…便局へ行って…調…べてもらって…。」




……自分の中の違う私がおしゃべりしてる。 
淡々と。
涙を流しているのは…誰?
私?

「伊織?……やめようか?。少し…休んだほうがいい。」


「休みの日。消印が…隣の県……の時もあった…。
でもね……。
…見つけた。
いたの。……小さな女の子。ストレートの長い髪。大きな…瞳。
思い出した…。あの…日…のお腹の大きな女の人と…同じ横顔……。
……パパって。
…そう呼ば…れて振り向いた男の人は……写真と同じ人で…。
嬉…しそうな笑顔……。
広い公…園で…
ブランコ…乗ってた。
……
大好きなパパに!!。…背中…押してもらってて!!!。
…私は…私…いつも1人だったのに!!!!。」


もう…悲鳴だった。憎しみだけ。恨みだけ。

「なんで?私だけ!!!。」

……苦しいよ。


「伊織!
もう…いい。もう……」


「聞いて。私の…声聞いて。最後まで!!。聞きたい!って…言って。言ったじゃない!!!!。」
思わず、大きく息を吸った。

「…とっさに…心の中に…
あ……あんな子、死んじゃえばいいのに!!っ……て思っちゃって…
…そうした…ら、お父さん…帰ってくるのに…。って…。
大嫌いなはずなのに……恋しくて。
……欲しいは…ずなのに、その手が…け…穢わらしくて!!!。
…半分…同じ血が…流れている……私に…。
…こ…怖くなっちゃって…。
助…けてほしくて…。
お兄ちゃん達に…知られたら……怒られるし。
ど…どうにもなら…なくて……。
……睦さん…の家に電話して…。睦…さんのお母さん……が出て。
…睦さんに連……絡取ってくれて……。
睦さん…迎え…に来…てくれたの。
り…理由も聞かないでくれた……。」

大きく息を吸った。
苦しい。

「…った一言、…私の欲しかっ…た言…葉をくれた…。
……一緒にいるよ。って。ずっと…一緒にいるから帰…ろう。って…。
…黙っててくれた。内……緒にしてくれてた…の。
睦さんを…怒らないで。嫌……いにならないで…。」


-息が…苦しい…… 助けて! 目の前が白くにじむ-


「…?伊織。」

「……」

「伊織!我慢しないでいいんだ。もう我慢は!……。」

…飲み込む涙が痛い。
泣きしゃっくりがでてて…
大きく息をついても苦しい。助けて!


「ねぇ…千里兄さん。
…万里お兄ちゃん………。」


体が…肩で息してる。前後にめまいがする…。
体が揺れてる気がする。

「…2人の愛情や、…私を大切…にしてくれて…る事…分かってる。知ってるよ。
大好きだよ。…愛してるよ。…言葉も…態度も嬉しくて。…優しくて。…形で示してくれて。
でも…どうして?。
手のひらから…砂が…こぼれ落ちるように。
サ…ラサラと…静かな音を…たてて…消えていくの。
両…手…いっぱいにすくっ…た水が…指の間から…消えてな…くなるように…。
…こんなに形…のある…お兄ちゃん達が側にいるのに!!!!。
消…えて…なくならないのに!!」

「…伊織。過呼吸なんだ。ゆっくり息をはいて。
焦らない。ゆっくり。大丈夫。ここにいる。」


…過呼吸?
背中を擦ってくれる、お兄ちゃんの顔も涙でぼやける。
わからなかった。2人の頬に手を当てても。あたたかいのはわかる。
いずれそれを失うから、感じるのを拒否している。
体が冷えて、痛い。


「…ねぇ?あったか…いよね?。お兄ちゃん達…の体温?。
ねぇ?私、……暖かい?…あったかい?。…私、生きてる?。生きているよね!?」

「伊織…落ち着いて。……苦しいだろ?
……ゆっくり息を吐くんだ。」


「…、私…分からないの。…人の温かさ、分…からない。
…理解できない!!。
…愛って何?
す……好きって何?
…消え…消えて……なくなるんでしょ?。
…いずれ……失し……なうものなんで…しょ?。
間違っているかな…私……。
……
信じるって…何?
信じても。信じてても!!…なんで?。何んで!!裏切るのよ!!!!。
……ねぇ。なんで?…どうして?……。
……笑っ…ちゃうでしょ?。
…誰も答えてくれないの。
私の事なんて!!。どう…でもいいの。…みん…な。」


めまい?息苦しい。目の前が白くはじける。
息切れする。苦しい。指先がひりひりする。
手を握られてるのに…温かくない。
一つ大きく呼吸する度に。目を閉じると、気が遠くなる。
眠いのかな?。…疲れたからかな?。力が抜ける。万里お兄ちゃんの服を掴む手が、落ちる感覚。
その感覚が分かるから…怖い。


「……ねぇ?…眠れ…ないから一緒にい…て。
助けて…
……
ゆ…許して……
凄く眠いのに…眠れない。疲れた。…休…みたい。
寝…るって…
ど……どう…やってする…ん…だっ……け…。
うふふっ…
授業は……寝る…のに…変……だね…。」


「…伊織?、伊織!?。万里!!伊織が!!」

「大丈夫だよ…千里。過呼吸なんだ。」

「伊織?…伊織。
疲れたね。愛してる。愛してるよ。変わらない。どこにも行かない。
ここにいるよ。
少し眠れ。側にいるよ。目が覚めても…伊織、怖がらないで。
ずっと…一緒に…いるよ。
千里もいる。俺もいる。…おやすみ伊織。」


-強く抱きしめてくれている…お兄ちゃんの心臓の音が聞こえる。
千里兄さんの暖かい手も分かる。感覚は分かる。
声が聞こえる。目を閉じていると楽。
貧血?過呼吸?……眠くなるんだっけ?。
眠すぎて…声が…
眠っても大丈夫?。いいの?。
"おやすみ"って、言っていいの?-



「…万…里お兄…ちゃん。千里……に…兄さ…ん。」

「伊織!!」

「伊織。寝……寝てていいよ。
俺、もう少し飲みたいんだ。一緒に…いてくれない?。
千里も一緒なんだ。」

「…う…ん。
…みん…な…まだ…いる…?
千…里兄さん…は?。」

「…いるよ。伊織。みんなまだ飲みたいん…だ。
だから、寝て…寝ててもいいけど…一緒にいよう。…ただこねないで。」



「一緒…に…帰りた…い。ま…待ってる…。眠…い-。
……おやす…みぃ……。
…泣……かないで。…千里…。」


「あはは!伊織!!おやすみ!……余計な事!言わない!」

「……あー…あ。疲れたなぁ。
千里兄さん…一緒にいて?。連れてって…。
万里お兄ちゃん……お…願い。…泣かない…で。」

「伊織……」

「…………」





「見て!!正樹!
先輩、2人泣いてる!!」

「俺!初めて見た!!。」

「やめろ!!バカ共!お前達だって泣いてるだろ!」

「えー!!万里さん!。俺達みんな特進~。
バカじゃない~!!。
それに。これは…汗です!!。」

「嘘つき!。伊織が、起きるから!やめろ!!。」

「千里さん!大泣きぃ~!!
伊織が俺の嫁さんになったら、千里さん溶けるよ!!」




…聞こえる。話し声。
……睦さんのお嫁さんになるのもいいなぁ…。
眠い…。
…ずっとこうしていたい。気持ちいいなぁ……。

「兄…さん…?。」

「…ん?伊織?」

「……ぎゅう~…って…して?。佐里…さんじゃ…なく…て。…私だけ。」

「…いいよ。伊織。…伊織だけ。ナイショだよ……。」


「…!!。千里さん!ズルい!伊織と内緒話し!!。」


「睦!うるさい!!。」

「お前なんてやらん!!」

「じゃあ、俺もらう。嫁に。」

「正樹!お前、結婚するんだろう!?。デカイ男が泣いてるなんて見苦しいぞ!。」

「えー。嘘だもん。
万里さん!知ってるクセに!!。俺にそんな女いないの。
……それに。万里さんもデカイでしょ?。泣いてるし!」


「……そうだな…泣いてないよ…。」


「万里さん……」



兄さん達の会話が…聞こえる。
……でも眠い。
…眠れるかな?
規則正しい心臓の音が気持ちいい……。

ただ…、涙は止まらない。
お願い。涙…止まって。…お兄ちゃん達が悲しむから。
……みんなの声が、涙声なのが分か…る。
泣かないで。
……私のせい。私が産まれてしまったせいで。
お兄ちゃん達、苦労してる。…お母さんも。
……ごめんなさい。ごめんなさい……。…許して。


「……い。…許し…て……」


「…伊織。泣いてもいいよ。でも…本当は泣かないで。笑って。許して。
ごめん。愛してる。」

「…伊織。愛してるよ。変わらない。ずっと……。
…伊織?伊織?…少し眠れ。体が楽になるから…。帰る時に、起こすよ…。ダメだったら…、抱いて帰るから。だから…だから、少し眠れ……。」


……声も言葉も出ない。
「眠い」って、こういう事?
気持ちいい。温かい。ふわふわ。
意識が沈む。何も聞こえない。心配しなくていいんだ。
…体が……温か…い。