…居酒屋さん?に夕御飯を食べに行く事になってた。
でも……小料理屋さん?
ここは?何屋さん?
個室に通された時は驚いた。

お兄ちゃん達は、もちろん。アルコールがメイン。
私達はウーロン茶とかジュース。未成年者だし。仕方ないし。
……
本当は…夕御飯っていっても気分的に食欲がない。
兄さん達のお腹すいたは、食べるより飲みたい。
大人になると、ご飯食べに行こう!は、ここなのかな?って思った。
久しぶりにワルガキ4人が揃って楽しそうな場所に、水を指す必要もない。

なんで、ずっと一緒に…変わらない思いでいられるの? 

しばらく楽しそうな4人を眺めていた。
…いいなあ。ずっと仲のいい友達。先輩・後輩を超えた関係。
変わらない仲間。
大人になっても…。時々しか会えなくても。


笑顔の冴えない…愛想笑いな私。 
先輩と隣同士で座って、手を握っていたけど…。
先輩も、『ニーナ、大丈夫?。』って聞いてくる始末。

睦さんが気にしてくれたみたいで、
「伊織ちゃん…本当に良かったの?海里で。…俺にしなくて良かったの?」
意地悪のような。優しいような。そんな口調で聞いてきた、睦さん。

隣にいる先輩は、あまりいい顔をしていない。
多分、こういう会話は嫌いなんだと思った。
先輩は多分…独占欲の強い人。

私も意地悪な笑顔で。
「私ね、睦さんに相手にしてもらえなくて、寂しかったよ。
いつも、妹だった。恋人になりたかったよ。」
…これは本当の気持ち。

「伊織は可愛いね。」
にっこり笑う睦さん。

「酔ってますね?」

正樹さんは、
ただ笑って、頭をなでてくれただけ。
一言。
「伊織。可愛いよ。俺、伊織のトスが1番好き。
睦、意地悪だし。海里やめて、俺にしようよ?。」って。
冗談って分かる笑顔。

「イヤン!いい男!。正樹さん。
消防士のオレンジ色ってカッコいいよね。
…正樹さんにとって、私はいつも妹。
妹以上になれないのが辛いよ?。」

「伊織!いい男は今さら~!?
君は、いつも妹以上なんだけど?。気づかない?。」

「背が高くて、筋肉すごくて…
いつも高く抱き上げて私にコートを見せてくれたよね。
うれしかったんだよ?。」

「俺!!救命士!!。
伊織!俺もカッコいいよね!?。」 


「カッコいいよ。睦さん。楽しくて。優しい…。
でも!……彼女いるくせに!!
私に一途じゃなきゃ、嫌ーい!。どうせ、お子ちゃまだもん!。」



「あっ、そうだ!俺、別れたからフリー。」

「えっ?」
「!!」
「!?」
「……」
『なっ!』

衝撃的な、一言にみんなで絶句した。

「えっ…いつ?。」

「半年くらい経つかな。」
…飄々としている顔の睦さん。


「色々ね。あるのよ。大人ってさ。
だから、海里にフラれたら俺のところにおいで。
まだまだ、お子ちゃまだと思ったら、いい女になったな。伊織。」

「酔っているんだ!睦さん!!。嘘つき!」

万里お兄ちゃんも千里兄さんも、ニヤニヤしている。

「お兄ちゃん達も騙しているでしょ!!」

「嘘じゃないよ。俺知ってるから。」

万里お兄ちゃんの言葉に海里がすぐに反応した。
「ギャっ!?。」
海里にサッっと抱きしめられた。
無言だし。顔を見たら何となく怒ってる。

「まあ、睦だったら仕方ないな。許してやるかな。」

何を許すの!千里兄さん!?。

「先輩!苦しい!!。
やめて!。
いやー!!」

そう言えば言うほど、ガッチリ抱きしめる。
もう。締め上げてるっていったほうが早い。

「くっ……苦しい。
ま…正樹さんは。知らないの?。何で?…。」

「えっ?俺、忙しいもん。所属違うし。
…それに俺、伊織にフラれたから彼女作って結婚しようかと思って。」

「!?」-いつ!フッたの!?。何もいわれてないじゃない!-
『!!』

正樹さんからも衝撃的な一言が…。

ニヤニヤしている千里兄さんの顔がかすんで見える。

「ううっ…。」
もう、私ダメ。…苦しい。


「海里君!伊織が苦しがっている!!。放してあげて!。」
万里お兄ちゃんの声が…。

『……』

息苦しくて…

ゴツッって音がしたと思ったら

『痛だっ!!』

腕が緩んで引き寄せられたのが、睦さんの胸。

「クソ海里!。伊織を殺す気か!!。
このバカ弟め!!。」


……死ぬかと思った。ちょっと涙目。

『兄さんがおかしな事言うからだろ!!。』
先輩は少し涙声。

「おかしくないわ!!。俺から可愛い伊織を取りやがって!!。」
『酔っているじゃないか!』
「明日早朝から出勤だよ!酔ってなんかいねーよ!!バカ海里!」
『バっ…バカだよ!!悪いか!!。』
「……」
『……』

あ~ぁ…兄弟ケンカかぁ。
万里お兄ちゃんが、仲裁している声がする。
もういいや。
……。
睦さんの心臓の音と、胸から響く声。ガッチリ抱いていてくれるのに、大きな手のひらが優しい。
…いつも暖かい。

……少し呼吸が楽になって、見上げると怒って"いるふり"の睦さんの顔。


「……睦さん。」
そっと睦さんの胸を押したら、腕の力が緩んだ。

「?
伊織。大丈夫?意識戻ったね。……ごめん。バカ弟で。」

耳元で聞こえるか?聞こえないか?の、囁く声が心地よくて、正直このまま抱きついていたかった。
だけど、海里の立場が…。

「睦さん…。」

「ん?」

「…海里をかばってくれてありがとう。」

「いいんだよ。」

「…ありがとう。でも…海里が不安がるから…。心配させたくないの。」


グッと力を入れて睦さんから離れて、多分…ゲンコツされたんだろうな、頭を押さえている海里に手を伸ばして首に腕をまわした。

「……海里?海里…。好きだよ。海里だけ。」
耳の側で、海里だけに聞こえる声で。

『…!?』

ピクッとしたのを感じた。だから、私も腕に力を入れて抱きついた。
"聞こえた"…そう思ったから。

『……』

今度は、締め上げないでいてくれた海里。ただ、抱き寄せただけ。

「おや?仲直りしたな?」
その声に2人で正樹さんの顔を見た。

「睦、諦めろ。」正樹さんからのダメ押しに。

「イヤです。」と、ハッキリ言う睦さん。

少し身体を離して振り返れば、
千里兄さんも万里お兄ちゃんも大笑いしている。
何年ぶりだろう。そんな笑顔を見るのを。


「まぁ、仕方ないな。ずっと見守ってきた彼女だしな。
……じゃ、海里!諦めろ!!。」

『何でですか!?イヤですよ!!。』


「じゃあ、伊織!この相馬兄弟、止めとけ!!。」
正樹さんの言葉に、
睦さんは、「俺、諦めないもーん!」って笑う。

私は、先輩の顔を見て、
「正樹さんが…お嫁さんにしてくれるならそうする。」

「いいよ。結婚しようか。伊織?。」


『!?。なっ…!?。ニーナ!!ひどい!』


兄さん達は顔を見合わせて、肩を叩いて笑っていた。
「伊織~!俺は~!?。」
千里兄さんの言葉に、
「じゃあ、正樹さんがダメなら千里兄さんでもいい。」

「何で!! "でもいい" なの!?」

「だって千里兄さん、私と同じ思考回路なんだもん。」


「万里と同じ思考回路の間違いでしょ?。」


「うーん?。じゃあ万里お兄ちゃん!結婚して!」


「いいよ。ずっと一緒にいようか?。」



『…ニーナ。俺じゃダメなの?』


「…?。
先輩?冗談の会話だよ?。」 



「海里……って…。」
「マジメだな~!?。」
「バカだよね?。」
「純粋だな~!」

みんなゲラゲラ笑って、お腹を抱えてる。
先輩は、無言で怒っている。
私も、からかわれている先輩を見ていて笑ってしまったけど、先輩に抱きついたまま、耳元でささやいた。
ちょっとだけ、かわいそうになってしまった私の大切な人。
「私だけの海里。」

先輩の膝に座り直して、また抱きついた。

「うぉ~!?。
伊織ぃ!ラブラブ~!」

「いいの!!。ほっといて!!」

先輩を見れば泣いてるし!!。
- 何でだ!!。-
先輩に一言、言いかけてやめた。
抱きしめてくれている海里の手が震えていたから。
だから、私も海里にくっついたまま。海里の背中に手をまわした。

海里先輩は、私と一緒にいる。って約束してくれたから。
今の私にとって、海里が全て。海里先輩は特別枠。


そんな楽しい会話も明日の学校の事や、部活の事を考えると、気分が少しずつ沈んでくる。

できるだけ考えないように。
そう、思えば思うほど。
考えれば、考えるほど、悪い方向へ思考がいく。

ため息しか出ない。
お馬鹿な私。


次々に色々なおつまみ?やおかず?と、焼おにぎりと普通のおにぎり…が運ばれてきて……。
グリーンサラダまである。誰が食べるの?。こんなに?。
ここって何でもあるの?。

「こ、このお店って…何でもあるんだね……!」

お兄ちゃん達が…、みんなが…ちゃんと食べなさいって。
心配してるのが分かる。

「美味しそう……。」

お腹はすいているのに。
食べたくない。
口に入れたいのは水分だけで…。
ウーロン茶ばかり飲んでいたから、トイレには通うし、喉が異常に渇く。

今日、目立ち過ぎて…明日が怖い。自分で決めてやった事なのに…
楽しかった。でも、明日が怖い。明日、何言われるんだろう。
嫌われないように…してきたのに。
どうしよう…。1人になったら。
進先輩にも、生意気な事言って…。
……羽山君にも、ひどい事…言っちゃって。
埜々香に連れられて行った…
今更…更衣室の冷やかな視線が怖くなった。
今更、あの…恵那の彼氏が怖くて。
何かしてきそうで。
…大事な。大切な。恵那の…為に。


たのしそうな会話。
笑い声。
合わせて笑っているけど…私?笑えている?。
辛くなってくる。

―ちょっとトイレに…―

「伊織。ウーロン茶ばかりはダメだよ。利尿作用強いんだ。」
万里お兄ちゃんに腕を捕まれ小さな声で言われた。
「…うん。」

「そんな顔色して。また痛み止め飲んだな?。具合が悪くなるの知ってて!。
食べないとダメだ。」

「だって、もうひとつの薬…効かないだもん。」

「頓服は"どうしても"の時なんだ。毎回飲む薬は、痛みを止めるだけじゃないんだよ。週明けに再受診して、薬を替えてもらうんだ。いいね?。
それまでは、もうあの薬は飲んだらいけないよ。」

「…はい。」


お兄ちゃんは、そう言ってたけど。
…薬が効いてきたのかな。膝の痛みも肩の痛みも幾らかやわらいで、普通に歩ける。
でも、トイレの洗面台の鏡を見れば、蒼白な顔色。
また、少しずつ削られていく心。
「…ブサイクだわ。最低―。
…何で。
何で?…先輩は……私を"好きだ。"と、言うんだろう…。
…私の?どこを好きになったの…海里?。」

「今、何時だろう…。」

お手洗いから出た処で先輩に会った。

『いた。ニーナ。大丈夫?。』

「…うん。
ん?。先輩ここに何しに来たの?。お手洗い?。」

『何しに来たのって…。
迎えにきたんだ。顔色悪かったし。あの薬はダメだよ。って言ったよね?。
しかも、あれから時間あけてないじゃん。』

「うん…。先輩、今何時?」

『はぁ?。話し聞いてないね?。9時半前だよ。』


「…先輩…明日、どうしよう。…私、みんなに嫌われるかな。」 
とっさに先輩の腕をつかんだ。

『なんで嫌われるの?。何を…後悔してるの?。何に怯えているの?。』

「……分からない。
いつも…ほとんど…こういう事の後は、1人になるから…。
またかな?って。」

『…俺の事も後悔してるの?。
ニーナ。俺は君の事が好きだよ。変わらない。変わらなかった。
だから、バレーの仲間もクラスの友達も信じてあげよう。大丈夫だよ。』

「……」

『ニーナ?』

「…先輩。本当は、私眠い。休みたい。少し寝たい。食べたくない。」

『でも…食べないと…。』
少し言いかけて、小さな声で 
『いや…、兄さん達の処で少し眠ったほうがいい。…戻ろうか。』

「…ねぇ、どうしよう。怖い。明日が怖い。
バレーの事だって……。部活、どうしよう。
埜々香に、どんな顔して会えばいいの?。
進先輩に生意気な事言っちゃった。セッターの子…クラスメイトなの。
どうしよう…。
恵那の事…。どうしたらいいかわかんない。
恵那の事、キズつけちゃった。話、きいてあげれば良かったのかな?。
つまらない事だよって。許してあげれば良かったの?。理解してあげれば良かったの!?。」

『ニーナ?。』

「やっぱり、やめておけば…良かったの?。
いろんな事…あの…分からなくなっちゃって……。
恵那の事、…私が悪かったの!?
……イヤなの。
…許せない。許さない!!。嫌だ。大嫌い!!」  


先輩にしがみついた。怖い。分からない。
 

『ニーナ!!
しーっ。しーっっ!。大丈夫。取り乱さないで…。大丈夫だから。
大丈夫、側にいる。ここにいるよ。』

「……」

-お客さま?大丈夫ですか?―
店員さんから声をかけられたけど、答えられなかった。

『あっ…すみません。大丈夫です。
向こうに彼女のお兄さんがいるので…。
…あの。彼女、少し休ませたいのですが、…膝掛けありますか?。』

―ございますよ。お持ちします。―

『奥の個室です。お願いします。
あっ、少し身体が冷えているので、二枚ほど貸して頂きたいのですが…。』

―承知いたしました。―

「……」

『ニーナ?歩ける?。』


「……恵那の彼が怖い。嫌い。大嫌い」


『…仕方ないな。』
ってため息をついた先輩。

-…仕方なくなんてない!-

少しパニックになっているのかもしれない。
心が痛い。先輩の胸を叩いた。

『!??。 ニーナ?……。』

先輩は、"どっこいしょ。"と、そのまま抱き上げて、私を抱えたまま小上がりを通り部屋に戻って襖を器用に開けた。
お兄ちゃんの側に寄ると、

『…万里さん。
ニーナ、具合悪そうなんですが、少し眠ったほうがいいかもしれません。』

「えっ?」

私の首筋に手を当てた万里お兄ちゃん。

「熱はないけど…疲れたな。
…伊織、帰るか?」

「…眠い。少し寝れば良くなるから。
みんなの顔見てたいから、帰らない。もう、会えないかもしれないからイヤ。一緒にいたい!」

「伊織?。」

子供みたいに、イヤイヤと首を振った。 
"最後まで一緒にいたい。話したい。見てたい。1人にしないで!"
先輩の首にまわした腕に力を入れて帰るのを拒否した。

「イヤです。」

『ニ…、ニーナ。苦しい。首絞めてる!』

お兄ちゃんは、大きなため息をついて、何か言いかけた。

「伊織……」


「…イヤです。」
すぐに畳み掛ける。
無理矢理に帰らせられるから。


『万…万里さん。
俺、側にいるので、彼女の想いを汲んでもらえませんか?。
ニ…ニーナ…苦しい。
…あの、俺もう、首絞められて苦しくて…。』


「さっき伊織を絞めてたじゃん?。」
お兄ちゃんの楽しそうな声がする。

さっきより強く抱きついた。
-首なんて、絞めてないもん。-

『すいません。万里さん。許してください!
ごめんニーナ!苦しい!許して!!。』

「……。」

ため息混じりに、私の頭をグリグリと撫でた万里お兄ちゃん。
「まあ、いいや。
本当に久しぶりなんだ。こうして会うのも。
伊織、少し眠って待ってて。俺、もう少し飲みたいんだ。一緒に帰ろう。」

「……」

-失礼します。
膝掛けをお持ちしました。-


『ありがとうございます。』

「海里、こっち。」睦さんの声。

『ニーナ?休もう。』

「………」 座布団の上に立ったけど…。

『ニーナ。少し離して?』

「……。」


千里兄さんがため息混じりに言った。
「海里君、…今の伊織はダメだよ。そのまま抱っこしてて。
眠くなれば、力が抜けるから。
君は…知ってるよね?。」


『あの…まぁ…。』

先輩は仕方なさそうにため息。
-ため息なんて嫌い。-

横抱きにして座り直した先輩が、『ニーナ?何か言った?』って。

「…言いました。」

『何て?』

「…ため息なんて嫌い。」

『…ごめん』
 
「…」 
先輩の胡座の中に座り直してそのまま胸に抱きついた。
心臓の音が聞こえるように。

『……風邪引かないで。』 

足元と背中にかけてくれた膝掛け。

「…先輩、あったかいね…。」

先輩の匂い。柔軟剤?石鹸?。……忘れないように。寂しくならないように。
…1人でも、立っていられるように。

先輩が優しく腕をまわしてくれているから。
何も考えたくない。
今だけ。眠りたい。
心臓の音が心地良い。
少しづつ眠りに吸い込まれていく感覚。力が抜ける感覚。

『ニーナ?
……疲れたね。寝てていいよ。』先輩の胸から響く声が気持ちいい。


正樹さんの低い声が頭の中に… 
「伊織、おやすみ。」
頭を撫でてくれた感覚が…。    

「……」

「…」

みんな、暫くは楽しそうに飲んで会話していたようだけど……。
力が入らなくなってうつうつしていたけど…。
力が入らないから、眠っているけど。
……聞こえる声。


『……ニーナ』
その呼び声に、体に緊張がはしる…。
動きたくない。離さないで…。
1人にしないで…。


「…伊織……?」
正樹さんが、何か気づいたようで…頭に響くような声が。

「…万里さん?。
伊織…前よりひどくなりましたよね?。…フラッシュバックなのか…。
トラウマなのか…。
今回は…感情の浮き沈みの幅が……。発作のように…これじゃあ、伊織が可哀想だ。」

「ああ…、しばらく無かったんだけど…。」


-…まただ。-  
眠っているのに聞こえる声。イヤ。やめて。聞きたくない。

-伊織?-
睦さんの囁く声が聞こえた。
頭の上が暗くなった。
うっすら目を開けると、睦さんと視線が合う。
身動ぎすると、睦さんがため息をついた。

「…海里。
伊織に会話ができるだけ聞こえないように。
意識してなくても、耳や脳は聞こえているし、理解してるんだ。
しっかり抱きしめてあげて。」

『…うん。』胸の奥から聞こえる声。

先輩は私を抱え直して胸の心臓の音が聞こえる位置に抱き抱えたのがわかった。

意識は遠退いていても、聞こえる会話。理解している頭。
……いつもそう。
眠るって…どうやってするんだっけ……?。


「正樹……、やめないか?。
伊織は、眠っていても聞いてるんだ。ずっと眠れてないはずなんだ。」

「うん?…ああ。
だけど…」

「万里…。
海里君にも聞いてもらったほうがいいと思うんだけど…。
知っておいたほうがいいと思う。この先は、わからない。」

「千里さん!
この子達はまだ始まったばかりだ。海里は…。海里が受け止めるには…まだ。
伊織だって、知られたくない事もあるんですよ!?。」 


「…睦。
……伊織は、このままではダメだ。
善き理解者がいて支えていないと。伊織は今のこの状態から抜け出せないし、障害を持つ事になるんだ。知らないでいる…海里は伊織を支えられない。
自分だって、医学の知識あるだろ…。
今回の状態はギリギリだよ。境界線。
わかっていて…。楽しい事だけじゃダメなんだ。
海里がダメなら、俺が伊織の側にいる。
ダメにするなら、今だ。」
 
「正樹!!。海里は俺の弟だ。」


『兄さん!!
…大きな声出さないで。
ニーナが、聞こえて理解してる。って言ったの兄さんだよ…。』


「睦!
なんの為に俺達呼ばれたか…。お前、分かってて言ってるんだろうな?。
お前、いつも側にいたのに?。ずっと……」


『えっ!兄さん?』

うつうつしてても聞こえる。
何を言おうとしてるのかも。…分かってる。
でも、言いたくない。
……

ぼんやりと会話を聞いていて…
佐里衣さんから言われた言葉を思い出した。

ああ、そうか…

秘密にはしておけないんだ。
どこかで必ずバレる。その時1人で立っていられるように…。



「…だからだよ。
知ってるからだよ。…彼女を…側で!守りたいからだよ!!。」

『…兄さん!?』


-聞こえている。私は眠れていない。…ずっと前から……。-


少しの沈黙の後、万里お兄ちゃんの、睦さんを静かに諌める声が…した。

「睦…。
…海里君…君は…?」

『…教えてください。知りたい。知らなければ、ニーナを守れない。対処ができない。』



佐里衣さん。…佐里衣さんに言われた通りになったよ。


身動きした私に先輩はすぐに反応した。
『…あれ?…ニーナ?。』


「…待って。 
万里お兄ちゃん…、私が話す。
全部聞こえていたし、理解もしている…。 
お兄ちゃん達が知らない事も…あるの。
…言わなきゃダメな事もあるの。」


「伊織?…。知らない事って?。俺達が知らない事があるのか…?」

万里お兄ちゃんの表情が変わる

「…伊織、もう少し先でもいいんだ。
少しだけでいい。幸せな時間を知ってからでいいんだ…。」

「睦さん…
もう…今…しかない。正樹さんの言うように。
佐里衣さんに…言われたでしょ?。
どこかで必ずバレる。その時1人で立っていられるように…。」


『ニーナ?』
私は先輩の胸から離れて睦さんを見た。

「伊織?どういう事なんだ?」

「睦?。正樹?。」
千里兄さんと、万里お兄ちゃんの静かな声。


「…分かったよ…伊織。
おいで……。」
睦さんはそう言って仕方なさそうにため息をついた。

私は両手を差しのべてくれた睦さんの手を取った。

私を軽々と持ち上げ、胸まで抱き寄せてくれた睦さん。
…いつものように。

「大丈夫。怖くないよ。いつも側にいる。
怖い事はもう終わったんだ。もう心配ないよ。万里さんは大丈夫だよ。
泣いてもいいんだ。声を出して泣いてもいいんだ。」

『ニーナも…兄さんも何を隠してるの?。』

海里の…兄弟の勘。

「…先輩、聞いてくれる?。」

顔を上げて海里を見た。
硬い表情の海里。怒っている。
思わず唇を噛んで…顔をそらしてしまった。
嫌われるかもしれない。
…怖い。

「海里…知る覚悟がないなら、席を外してくれないか…?。」


『兄さん!!』



「…伊織、お前が言わなくてもいいんだ。俺達が説明すればいい。」


「ダメだよ。…千里兄さん。
私、佐里衣さんに言われた。さ…佐里衣さんに相談…したの。」


「サリーに!?。何で俺に言わないの!!。」

-怖い!!-

「千里先輩!伊織を怖がらせないで!。」


「…こ…高校に入学した時に。
もし、好きな人ができたら、この事を自分の口で言うように。って。
男と女の捉え方はちがう。想いも違う。愛し方も違う。
だから…理解してくれないなら、どんなに好きでも…愛していても。
…あ…あき…諦めなさい。って。」

…嫌。涙が…。

「私が…自分が、乗り越えなければならない事を人に任せてはいけない。
守られて過ごす時期は…。
……もう、過ぎた。少しづつ1人で立つ練習をしなさい。って。」

ポトリ。ポトリ。と、私の頬を伝う涙が睦さんの手に落ちる。
何故…涙が出るの?。
…止まってよ。枯れたはずの涙…。

「伊織?。何で睦が知ってるの?」


「…一度だけ…。迎えに来てもらった事があるの。
お父さんに…会いたくて…。」


「伊織!! 」


「万里先輩!ダメです。伊織が怯える!。」

大きく息を吸って…
…どこから話したらいいの?。戸惑いが睦さんに感じたのか、

「伊織。どこからでもいいよ。
佐里衣さんに言われたよね?あの時。
"いつかはバレる。その時、1人で立っていられるように…"
だったね?。1人がダメなら、俺がいるよ。側にずっといる。」

静かに耳元で…ゆっくり話す睦さんに…。
"…うん…うん……。"
声にならない頷きしかできなかった。



「……先輩?聞いてて…。」

海里の複雑な表情。



「…私には。…今、お父さんがいないの。
お父さんが、いなくなったのが小学校3年のちょうど今頃だった…。
……電話がかかってきて。
…急な仕事で会社に行ってくるから、伊織は良い子で待ってて。って。
遅くなるから…。
…お兄ちゃん達が帰って来るまで外に……出てはいけないよ。って。
その日はお母さんも夜勤で…昼過ぎからいないし。
お兄ちゃん達は…遠征で帰りも遅くて…。
1人で待って…
夕暮れが怖くて…、誰もいないし。
…今度こそ本当に1人になっちゃった。って。
車が…あって…。
お父さん……。もう帰って来ないって…なんとなく、分かっちゃって…。
急いで追いかけた―。
……分かんない位走った。どれくらい歩いたんだろう。……暗くなってて。
どこの駅か分かんないけど、大きな駅で。…お父さん見つけたの。」


「見つけた……?」
万里お兄ちゃんの怒りを抑えた声が。…怖い。


「……声。
かけられなかった…。
と…隣に…髪の長い…女の人が…。二重の大きな瞳。…可愛い人だった。
さらさらでストレートで…。
その人、お腹大きくて…
お父さんの笑顔と女の人の幸せそうな笑顔が…
……お母さんとじゃない。…私とじゃない。」


涙が止まらない。手が震えて。怖い。
「伊織、大丈夫。いなくならないから大丈夫。ここにいるよ。」
睦さんが声をかけてくれた。


「駅から…慌てて出たら雨降ってて。どうしようって……。
…帰り道…分からなくなっちゃって。」




「……あの雨の日、家に帰ったら誰もいなくて…びっくりしたんだ。
いるはずの父さんも伊織もいない。
台所のテーブルの置き手紙を見て慌てて、伊織を探しに出たんだ。
分からなくて、警察に電話して…。
…公園のブランコにいたって。
警察の人達に…やっと見つけてもらって。
正樹と睦も…探してくれたんだ。ずっと……雨の中。
雨の中、びしょ濡れで…何でブランコなんだろうって。
"兄さん、お帰り。"って言った伊織を見て…。
…俺は、初めて伊織の前で泣いたんだ。悔しかった。情けなくて。」



「…兄さん。
……1人はそれが初めてじゃ無かったんだよ。千里兄さん…。」


「えっ!?」
万里お兄ちゃんの狼狽えた表情。


「…えっ?。
はぁ!?なぜ!!」
…千里兄さんの怒り。

「…よくわからない頃から。幼稚園位の頃は最初は数時間。
次第にお母さんとお兄ちゃん達のいない日の夜から早朝まで。
…私が眠ってから出ていくの。起きる前に帰ってくるの。
上手に…いない時間だけ。
-伊織、ただいま。- って、仕事から帰ってくる風の……お父さんの…違う香りが、嫌いだった。
……笑っちゃうよ。いくら私が小さな子供でも。
…あの人…バカだよね?。のぼせあがって!!。
笑っちゃう……。
…鍵のかかる音と車の音。
……眠れない。怖…い。
眠らないで…待ってる日も、あった…。
…昼間の時もあった。…お母さん仕事。お兄ちゃん達はバレー…。
決まって……いない日に。
どこ行くの?って聞いても…。
良い子で待ってて。って。
行かないで!って言っても、良い子で待っててね、伊織。って…。
……言わなかった。
言えなかった……。」


「何で!それを言わないの!!。俺達に!!。」


「万里先輩!!」


「…だって。だって!!
お兄ちゃん達は…いつもいつも、"良い子で待ってて。"って言ってたじゃない!。連れてって!って言っても!お願いしても!!。
邪魔にしたじゃない!!。
お母さんだって!
…気付かないはずないのに!!。
良い子で待っててね。って。そればかり。
私がいれば…お父さんも家にいるはずだろう…。
そんな期待。
いくら小さいからって!。分からない訳ないじゃない!!。
お兄ちゃん達だって!。……知ってたんでしょう!??。

……良い子供って何?
お父さんなんて!!嘘ばっかり!!。…違う…石鹸の匂いで!……。
黙っていれば!平日の家族の笑顔が本物になる!って思ったの…
私が…いい子にしてれば……。
私、諦めたの……。誰も。私を認めてくれない。感じてくれない……。」


「…ふふっ……。」  
…笑いたくないのに笑える。バカみたい。

「…伊織?」

「万里さん!!。」

「良い子供って!なんなのよ!!!!。」

叫び声だった。恨み事。


「私が!!。1人で!。誰もいない家で!どんな思いをして!!!!!。
日中を過ごして!!。夜を明かしたなんて!!
……どれくらい待てばいいの?。
…みんな…知らないふりして!!。 
誰も…誰も!心配してくれない!!。
伊織、悪い子だから1人なの?。って!!。
私が!!眠れない夜を…!!
どうやって……越えてきたと!思ってるのよ!!?。
知らないふりしてたくせに!!!!。」



「伊織?。伊織。伊織……
全部言っていいよ。恨んでいい。憎んでいい。ここにいる。俺がいる。」


苦しくて。息苦しくて。…悲しさしかない。


「…授業参観だって!文化祭だって!運動会だって!バレーの大会だって……1人の時があった!!。
仕方ないって分かってた…。理解してたよ?。
1人ぼっちの子供は…私1人じゃ無かったけど、悲しかった…。
お友達に、"何で?伊織ちゃんちは来れないの?。私と同じだね?。"って!!。
慰めあったって!!。 泣いたって!!。
学校は!複数でも!!
帰れば1人じゃない!!!!。どうすればいいの!!。 
誰もいないの…。誰も!!。
公園に行けば、家族連れ!。 
夕暮れには迎えに来る家族!!!!。私には!何も!!。」


息苦しい……。

「…!? 
伊織!伊織!待って!!。…待って。息をはいて……。ゆっくり、ゆっくり。
大丈夫だよ……。」

もう、お兄ちゃん達の顔も見るのもイヤだった。憎かった。

「お…お父さんも。
…お母さんも!千里兄さんも万里お兄ちゃんも!みんな憎かった!大嫌いだった!!。
何なの!何でよ!!。いつになったら!
終わりがくるのよ!?!!。
いっそうの事!終わらせてよ!!
嘘つき!!!!。」



「…伊織。もういいよ。頑張らなくて。頑張らなくていいんだ…。」

睦さんはそう言って、泣き崩れた私を自分の胸に隠してくれた。

…こんな風に兄達をなじるつもりは無かった。
いつも大切にしてくれていた。
だけど、いつか終わる愛情に…。
私では無く、他の女の人を愛して…その人と幸せになっていくであろう兄達を私は、"幸せになってね…。"と、心の片隅にも無い言葉を言わなければならない恐怖と…苛立ちに。
少しずつ…心が削られて…。
私の手には残らない愛情と、愛されていても好意をもたれていても、いつかは無くなってしまう……恐怖。

「……伊織?」


「イ…ヤ。い……行かない…で…。」
大きく息をついても

…苦しい…。


「……伊織。どこにも行かない。無くならない。側にいる。」
睦さんの声が聞こえる。

「嘘…。ウソだもん……。み……んな…嘘つき…」


「伊織…。俺は嘘をついた事ないよ。」

苦しい位に抱いていてくれた。
「どこにも行かない。ここにいる。約束するよ…。伊織。」

泣き崩れても、声が出ない。
苦しい。……苦しい。苦しい…。
「睦……さ…ん。」


「せ…先輩?。何故、伊織が小さいか?軽いのか?分かりますか?。
彼女の身長は155センチほど。体重だって45キロほどしか無いはずです!!。
スレンダーじゃないんです!!。コートに入れば大きく見えても!!。
……。
中学に入学した時からほとんど変わってないの知ってますか?…。
お母さんも背の高い伊織によく似た笑顔の可愛い人ですよね?
お父さんも背の高い体格のいい人でしたよね?。今の伊織の面影はお父さん似ですよね?。
伊織は!!。
それすら!疑ったんですよ?。
……先輩達は双子です。
伊織は単子。生まれた時の体重は、伊織のほうが重いはずです。
わかりますよね?万里先輩。医者なんだし。」


「それは……」


「…小さな頃からの食欲不振ですよ!!。
食事が無かったわけじゃない。栄養じゃない!
食べても食べても!。
1人で!!。
砂を噛むような食事が!心も体も成長させるわけないじゃないですか!!。
…女の子が女性に変わる頃に!
この子が、どんなに心細い思いをしたか?。どれだけ惨めだと!泣いたか?知らないでしょ?。
どんな思いで!婦人科行ったか?思いもしないでしょ?。」

『!?』

「伊織?。婦人科って……何?」
万里お兄ちゃんが聞いた。狼狽えた声。

「……。」
唇を噛んだ。

「伊織?」

「……佐…里衣さんに。一緒に行ってもらったの…。」


「…初潮が遅かったんです。
子宮の成長が体の成長と合ってなくて……
知らない事にしてたら、将来、赤ちゃん産めなくなってしまったかも。って。
早めに分かって良かったね。って。
どれだけ!苦しんだか!!。」


「……何で?睦、知ってるの?。なんで、サリなの?…母さんは?」



「もう!。伊織に相談されたんです!。
お母さんにも、佐里衣さんから言ってもらいました。」

「いつ?」

「あー!もう!!。 
高校受験の時、勉強見てあげたんです。正樹にも手伝ってもらって!!。」


「正樹?。」


「俺も全部知ってます。
千里さんの彼女と、会った事あります。
…その日の事も。仰天でしたよ。まさかそんな事、相談されるなんて…。
定期的に受診してるはずです。……どれだけの勇気が必要だったか。
測ることなんて!。できませんよ!。」


「海里!!よく聞いていろ!!
お前は、もう当事者だ!!。伊織が大切なら!
受け入れるだけの度量が無いなら、伊織は俺がもらう!!。
お前にはやらん!!。今すぐ!諦めろ!!」

『兄さん!!』

「睦さん。…睦さん。やめて。」

…長い沈黙。

「先輩達が……伊織を…どれだけ大事に守って。大切に育てて、愛して…。
俺だって、そんな事承知してます。
伊織だって、あなた達の事が!どれほど大切で、誰よりも!何よりも!1番に…愛しているかも…知っています。
だけど、伊織は!やっと見つけた…小さな幸せを!1人で立っきっかけを!!。
まだ!1人で、急にはムリです。伊織がダメになってしまう!!。」


「…睦さん…睦さん。」

嫌すぎて逃げたいけど。
暖かいここにいて、終わらせたいけど。
涙だけは、目を開けていても、閉じていても溢れてくる。


大きく息を吸って…。自分の心臓の音が響く。目眩がする。
目を開ければ涙が落ちる。閉じていても同じ。
苦しい!。

「…睦…さん。」

「…伊織?苦しい?
息を吸うんじゃなくて……吐くんだよ。
泣きしゃっくりだから…大丈夫だよ…。心配ない。」



『…ニーナ。全部…教えて。…俺は大丈夫だから。』
先輩は睦さんに抱かれている私の手を握って言った。

大きく息をついた。
まだ……苦しい…。

「……中学に入学したばかりの…時、学校に…行けなくなったの。
万里お兄ちゃんの彼女だった人に…言われた言葉と……
その……。」


「…伊織、俺が言うよ。
もう、伊織は言わなくていい。」

「…でも。でも…」

「泣かないでいい。おちついて。
いいかい?全部頑張らなくていいんだ。本当はイヤな話しなんだ。
思い出したくもない事なんだ。
もう、今日は頑張らなくていい。
……いいかい?
万里さんも千里さんも、君を…とても…とても、大事に支えて可愛がっていた。今も大切で。愛し子で。変わらない。
君は、先輩達にとって、どれだけ可愛い妹か。どれだけ愛しい女の子か。
それは良く分かっているよね?。」

正樹さんがそう言って、私の声を遮った。 
うなずく事しかできない。
声を上げて泣く事すら怖い。