「伊織!どこ行ってたのよ!?」

「まあ…部室?。」 


納得してない埜々香の表情。
「…いいけど。試合始まるよ。」

「うん。」

男子の練習試合が先に始まった。。
海里のプレー。
ブランクあっても、そつなくプレーしている。
でも……。

始まった試合を見ていながら考えていた。

羽山君の事。
……今日のプレー…外されるな。らしくない。

海里も…違う。
ジュニアの頃の…私の知っている彼はもっと…。
高く…て、綺麗で……、伸びやかで…。

「……」


少し遅れて試合が始まった女子は…。
「……?」
男子三軍は一年中心。と言っても、ジュニア経験者や推薦で来た子達だし。
パワーもある
女子二軍。技術的には上。パワーもそこそこある。

技術……か。
だけど、サーブカットがあがらない。
そりゃそうだ。レシーブ練習サボってるし。
キャーって逃げるって何?。
乙女だし。
…なぜ?入れ替えするって…言ってたのに。
やっとサーブ権取れたのに。
…雑過ぎる。
もったいない。
練習試合……やる意味あるの?。
何で?
コートに立ちたくないの?。
考えないと、勝てない。
あっけなく終わる2セットマッチ。
…何か得たものがあったんだろうか?。



「……。」
苦い表情の私に。

金井先輩が。
「伊織。次、勝ちたいんだけど勝てそう?。」
って、聞いてきた。


「えっ?ええぇっ!?。」

イヤ?ムリでしょう!?。
レギュラー組だってレシーブ嫌いだし。

男子二軍は、速さと力で押すプレースタイル。だから全てが荒い。
今年のレギュラーに入れないだけで、来年は間違いなくレギュラー候補もいる。

気づかないから二軍なだけ。
荒い事に気づいてしまったら…勝てない。


「わかりません。
レシーブが上がれば、チャンスが…。ネットも。」


「……伊織、言ってたよね?
私にトスアップしろって。……レシーブできる?。」


「……大丈夫って言えません。力技なので…。
上にあげるだけじゃダメですか?」

「伊織がカットしたら、私が上げる。
基本は伊織が上げるのよ?。いい?」



「…わかりました。
パワースパイカーは埜々香と、日高先輩がいるし。…
あとは、ネットから離して高めにすれば…。」


「高いもんね。ネット。」


「ああ、まあ。
埜々香……関係ないかもです。」


二人で埜々香を見た。
めちゃくちゃイライラしてる顔。

「大丈夫でしょうか?あれで…。」

「……ダメ…かも…。」


二人でため息をついた。


「行け!伊織。言って。」

「えっ?ええっ!?。
イヤですよ!。埜々香怖いもん。」


「ダメ。埜々香に言って。伊織しかいないもん。
他のレギュラーには言っておくから。
とにかく上にあげるだけで良いって。
声出して走ろう。前衛後衛だけ間違えなければ良いよ。
みんなで拾って、みんなで打つ。
ね?。」


「……わかりました。
もちろん、先輩にも上げます。」


「ええぇっ…まあ、なんとするわ。」


「先輩自信持ってください。
大丈夫です。
大丈夫にするから…。」

できるだけの笑顔で返した。
信じてもらうしかないから。


「…初めてね。伊織がそこまで言うの。
宗馬にも言ったの?。」


「わ、私からは…何も…。
先輩、私…彼に関して全て自信がないんです。
何で私なのか?
分からないんです。
……信じるしかないんです。」


「可愛い笑顔もできるのね。……宗馬のせいか!?。」


「やめてください!?。恥ずかしいから言わないで!。」


自分でも分からない。
今、どんな顔してるのか。
2試合目前の…
睦さんと対人をしている海里と目が合った。
驚いた表情の後、柔らかい笑顔になった。
口唇だけの動き。

"ごめん"

くすぐったかった。…彼は大丈夫だと思った。
私も意地悪して返した。

"かいりすき"

口唇の動きが分かったみたいで、みるみる顔が赤くなってボールのミートを外した。

-下手くそ!!-

…睦さんに叩かれている。

万里お兄ちゃんも千里兄さんも笑ってる。
少し安心した。


「伊織。イチャイチャしないで?」
埜々香が私の正面に立ち耳打ちした。

「埜々香。正面の耳打ちって、恋人みたいだね。」

くすぐったい笑顔を向けると、埜々香までみるみる顔が赤くなって…。

「あぁ……これで宗馬先輩が落ちたんだ!?
兄さん!!可哀想に!」

訳のわからない事を言った。


「はぁ?…
ねえ、埜々香。約束覚えてる?
私を呼んで?」


「う…うん。覚えてる。」


「伊織!!って、呼んで?。」


「やめて!!伊織。私も落ちるわ!!」
赤い顔のまま、私の頬を両手で挟んだ。


「埜々香。勝てなくても仕方ない。…だけど、勝ちにいこう。」


私も頬にある埜々香の両手に手に重ねた。
額を合わせて。
周りから見れば誤解を招きそうな仕草で……頭突きをした。


「痛だっ!!
何すんの!伊織!!。」

「うふふ。
さあ!いこう!!。レギュラー死守!。」





向かいのコートで試合開始のホイッスルが鳴った。

海里のプレー。


私達も試合開始のホイッスルが鳴る。


女子のサーブからスタート。
…あっさりサーブ権を取られて。


…男子のサーブは、
セッター狙い。やっぱり重いけど。
でも…手加減してるのがわかる。
それが悔しい。

金井先輩がカバーしくれたけど、アタッカーとタイミングがあわない。
…今のは、渡辺先輩じゃなくて。
埜々香。


さっきより早くセットに上がった。
「重っ!!」
レシーブボールが重い。

なんで?おかしい?
お兄ちゃん達のサーブうけても、重くないのに…。

…でも、みんなが上げてくれたボールを繋ぐ事が楽しい。
みんな、上にあげるだけ。精一杯の。
私も。
金井先輩が。キャプテンがそれだけで良い。って言ってコートに入ったから。

だから私は、準備ができているスパイカーに。
一番打ちやすいトスアップを。
最高の形で。
みんなの精一杯のレシーブを私は繋ぐ。


…サーブ権が行ったり来たりしていて進まない。

「ナイストス!!」って言ってくれるのが嬉しい。
逃げないで「OK!!」って、上げてくれるのが嬉しい。

「伊織!!負けてるのよ?。ニコニコして!」

って日高先輩に怒られたけど。

「見ました先輩?。渡辺先輩!最高のサーブカットでしたよ!?。
私!嬉しくて!!」

今日の私は、めげないで先輩に笑いかける事ができる。

いつも厳しい佐野先輩も、何も言わずに頭を撫でていく。

それが嬉しい。



…ムリな姿勢でトスアップしてるのも承知してる。
昨日の今日はやっぱりダメ。
楽しいし、嬉しいけど…。
2試合目は持たないかも。使えないって思われたくない。
でも、これが決勝なら……私は折れても続ける。黙ってる。
外されたくない。
だから。



じわじわと離される点数。
5ー8…。
男子に本気を出させないようにしないと。
…もうひっくり返すのは難しいかもしれない。

金井先輩に…

「先輩?。
サーブ権がきたらラインギリギリで勝負してください。
じゃないと勝てない。」

一番サーブ得点率の高い先輩に。

「勝負するの!?。ここで?」

「先輩はチームの中で一番サーブコントロールのうまいプレイヤーなんです。
先輩のサーブ権がないと勝てない。」

1点。
また、1点
力技では負けてしまうけど、繊細さは女子特有。


同点に追い付くと、男子の顔色が1人2人と変わってくる。
全部に気づく前に。


「みんな!この後のゲームは変わるわよ。
早いプレーで狙って。
埜々香と早苗はネットが高くてもいけるわね?
伊織は動きに合わせて。出来ないなんて言わせない。正セッターなんだから。
なべちゃんと佐野っちもバックアタックで。全員で拾って攻めていく。」


金井先輩が楽しそうに笑顔を浮かべて指示を出していく。


「モーションに入れるんだったら、大きな声で私の名前を呼んで下さい。
大きな声のアタッカーに上げます。前衛・後衛、関係なくです!。」


ギリギリまで待って、男子の動きを見ないとダメ。
自信がない。
でも、こんなに楽しいバレーは初めてかも。
地を出すと…皆引いて…プレーが出来なくなるかも。
心配。
でも、負けたくない…。

不安な顔をしていると金井先輩が、

「本気の伊織を見せて。不安な表情はダメ。負けたくないんでしょ?。
私、あなたのお兄さん達が、ここのOBだって事知ってる。新名ツインズだって事も。なぜ、そう言われていたかも!。」

みんなの前で言った。

「……。」

「あの宗馬の彼女なんだから、もう猫じゃなくていいのよ?。
虎なんじゃないの?。本来の伊織って?。」

「えっ!?」

渡辺先輩が意地悪そうな笑顔を浮かべて頭を撫でて。


付き合っている事、
……なんで知ってる人が多いの?。金井先輩にしか言ってないのに?。
何したの?海里?。


ちらりと隣のコートを見れば、イライラしている海里がいた。
頑なな表情。睦さんに怒られている。
兄弟だけど…。
兄さん達は、海里に何をさせたいの?。兄さん達の意図がわからない。
私は今の海里で良いのに。



「伊織!
来るわよ!!。いつまでも下を向いてないで!!。」


はっとした。


彼の心配なんてしていられない。
私はレギュラーがかかっている。コートに立ちたい。
あのチームには、最高のセッターがいるって言われたい。
勉強の成績は…どうにもならなくても、自信の持てる何かを手にしたい。

…海里に恥をかかせたくない。
海里の隣にいても恥ずかしくない自分でいたい。


……海里。私を見て。本当の私。

多分…誰も見た事が無い私。
いい子でいたくて。独りになりたくなくて。嫌われたくなくて…。
でも……。
最後に行着くのは、今は負けたくない。勝ちたい。
諦めが悪いから、みんなから孤立して…嫌われて…。


海里と一緒にいたい。"頑張ったね。"って言って欲しい。
もう、諦めよう。
千里兄さんも万里お兄ちゃんも見ている。
感じているはず。
早く!本当の伊織を見せろ!!。
って…。
帰ってから、怒られたくない。
頑張ったね。って、抱きしめて欲しい。
今日だけは。最後の……。

"また"だ…。ゲームが動かない。

サーブ権が行ったり来たりで、得点が進まない。
こちらが決めれば、あちらも取り返す。
集中力も体力も落ちてくる。

-…ああ!もう!!-

今は、目の前の事を。
レシーブが上がる瞬間まで待ってから、ボールの落下地点に入るように。
丁寧に。
できるだけ大きな声で。いつものタイミングを少しだけ外して呼ぶ。
振り回さなきゃ勝てない。
女子でも勝てるって証明したい。
予測を立てられないで上げるトスアップは肩にひびく。
二段トスも本当につらい。

「OK!お願い!!伊織!」

あっ!低い…!
「OK!!」

「伊織!!!」
…埜々香の声がコートに響いた。

低い姿勢のままだったけど…
ここで勝負をかけないと…負けるー!!
埜々香への1本
あそこへ上がれ……。

「埜々香…!!」

できるだけ…できるだけ回転のない…素直な白いボールを。
- 高く…高く!!。 いけ!!。-

オープン!オープン!!

「!!。」


「痛っ!!。」

「埜々香!高いよ!!」
日高先輩の声が響く。

……高い
ふんわりと空中に止まったようなボールと埜々香の姿が綺麗…。
美しいってこういう事なんだ…と、お尻をついて立ち上がれないまま見ていた。

「キレイだなぁ…。いいなぁ…。」
思わず口に出た独り言。

女子らしくないパワースパイク。
…体育館に響くスパイクの決まった音。


沸き上がる歓声。
この声が聴きたかった。ずっと欲しかった声。

立ち上がれず座ったまま…両手を広げた。

「…埜々香!。」

驚いた顔をしている埜々香。手のひらを見つめて。

「伊織!!」

ためらいなしに、私に両手を広げて飛び込んできた埜々香。
はじめて。こんなに嬉しかった事がない。
埜々香の可愛い笑顔。


「伊織!!見てた?。
高く高く…」


「埜々香?見えた?
私は…見る事が出来ない。
高い場所から見える景色を…見てきた?。」


「伊織!
見えた!見てきた!!。
すっごい!景色!!。あんなの見た事なかった!!。」


男子チームは驚き、隣のレギュラーコートからは拍手が聞こえる。
進先輩の嬉しそうな笑顔が見えた。
チームメイトもキャアキャア言ってる。


「伊織!!
次は私に上げてくれる!?。」

日高先輩の嬉しそうな笑顔。
                                                                                                                                        「…大きな声で呼んで下さい。ボールを先輩のところへ…もっていきます。」

「OK!!呼ぶわよ!。」



「…イテテテ。」

埜々香と渡辺先輩に引っ張ってもらって立ち上がった。


渡辺先輩が小さな声で。
「あまり無理しないで。肩も膝も…。」



「ダメです。先輩。言わないで。
コートから外されるのは絶対イヤ!!。
レギュラー…外されたら死ぬ。」


「死ぬって!無理すれば後にひびくのよ?。大丈夫なの?」


「……大丈夫です。
絶対大丈夫です。」


「…仕方ないなぁ。
できるだけカバーするから。
…でも……私にもトスちょうだい?。
見てみたいの。埜々香みたいに。」

ため息をつきながらも、笑顔を見せた先輩。
優しい笑顔の先輩を初めて見た。
-綺麗…。-
そんな形容詞がぴったりな笑顔だった。


「……先輩。綺麗ですね。」


「はぁ?何言ってんの?伊織。」


「先輩は綺麗ですね。…本当に……。」


「バカな子ね?当たり前じゃない!」

と、嬉しそうに笑って私の頭を撫で、ポジションに戻って行った。


気が付けば、肩も膝も痛い。

だけど…嬉しい。
苦しいボールの落下地点でも……みんな返してくれた。
落とさないバレーをしている。
それでいい。
自然に笑顔になる。
1人1人と視線が合う。笑顔を返してくれる。
痛みなんて忘れられるんだ?嬉しいって。
ずっと試合ができそうだった。

渡辺先輩と金井先輩がディグにまわってくれている。
チームで一番カットが上手い2人。

でも私はボールをなかなか良いポジションにもっていけない。
打ちにくいボール。
でも、日高先輩も佐野先輩も綺麗に打ってくれて…。


「伊織!!もう1本!!」

日高先輩にそう呼ばれた時、ふと思った。
兄達にトスアップする時、睦さんや正樹さんに上げた時。
その人だけのボール。
ジャストで…小気味の良い音が響き、体育館に沈む音が……。
好きだった事。


「…!!」

走るボールでネットに近いほうが得意な先輩。


「!!。オープンだ…!」

埜々香よりゆっくりな踏み切りの時、先輩は埜々香より高く上がる。
かけ上がるような人。

「恭子!!!!」


「!!」


また1本。体育館に沈む音。
歓声のひびくコート。
先生のガッツポーズを初めて見た。


日高先輩に飛び付いた。
「先輩?見えました?見えた?教えて?どんな景色?」


「待って!伊織!
…見えた!!。本当に見えたの!。楽しい!!。」

「先輩!!」

嬉しくて!勝てるかも!?って。

でも、
男子チームを追い込みながらも、なかなか決まらないスパイク。
男子の鋭角なスパイクやパワーサーブに、カットを上げてもらっても……。
トスがバラバラ。
私のミス。


…試合終了のホイッスルが鳴った。
結果13ー15で負け。


だけど、誰も悔しい顔じゃなくて。
なんて言っていいか?。自信に満ちた顔。
私はできる!!って表情。

"ありがとうございました!!。"

挨拶が終わった後、私は悔しかった。
勝ちたかった。
あそこまで、粘ったのに。
最後の埜々香へのトスアップをミスした。

もう少し高めだったら……。

試合時間が1時間弱かかり、この試合は1セットで終了。


…悲しかった。
私ができたのは、たった2本のトスアップ。2本だけ
あとは…うまくいかないトスが悲しかった。…悔しかった。

「伊織!!今日のトスアップ!最高!!。」
「次もがんばろうね。」

先輩達が背中を撫でてくれても。
涙があふれてくる。
うなずくしかできない。


「顔……洗って着替えてきます…。」

それしか言えなかった。


佐野先輩がそっと言ってくれた。

「伊織。顔を上げて。
バレーはチームプレーなの。私はいつもと違う伊織が眩しかった。
嬉しかった。
負けたくなかったけど、この練習は次に繋がる試合だよ。
本番で勝つヒントは沢山あったよ?。
ね?。だから泣かない。OK?。」

「……はい。」

「さぁ。顔洗ってきて。
伊織は少し休んで。さっきから指先が震えているのよ?膝も。
私達が気づかないと思っていた?。」

「……っ?」

「ダメよ。知ってる。私達は推薦組なのよ。
さぁ、仕切り直しておいで?。」


先輩に背中を押されて……。

「……ありがとうございます。」

小さな声でしか……言えなかった。
先輩の言葉が嬉しかった。


「みんなー!。
女子は試合終了ー!。
後は通常練習。
苦手なところを追い込みねー!!。
レシーブだけどねー!!」

キャプテンが指示を出した。楽しそうな明るい声。

-え"えっっー!!!!-

みんなの声を後ろに聞きながら、私はそろりそろりと水盤に向かった。
曲げるのもイヤ。
重い足。
気がつくと痛い肩。


隣のコートの事も、海里の事が気になったけど…
今は何も考えられない。
座りたい。

…痛い?と思っているだけ?。
調子が悪い。
昨日みたいな吐き気はそれほどでもないけど、目の前が白くはじける。
冷や汗。

やっとの思いで部室で着替えて…。
-"裸で倒れたら恥をかく…頑張れ私!!。"-

訳のわからない自分への応援に少し笑えた。

何もなかったように、またそろりそろりと壁を伝い水盤まで歩く。
少しでも隠したい。

- こういう時って、遠いんだよなぁ…。-

頭から水をかぶった。冷たいのが気持ちいい。
顔を洗って口をゆすげば、気持ちの悪さも幾らかやわらいだ。
風通しのいい廊下の壁に寄りかかって髪をほどけば、タオルに滴が落ちる。
軽く拭いて緩く編み直し、目を閉じた。

少し暖かくて乾いていて…気持ちいい風。
白くぼやける。眠い。

うつうつしていると、声をかけられたような?。 
気が遠い。 


「……伊…。
…織…!。
伊織!!。」

軽く頬を叩かれて見上げれば、万里お兄ちゃんの顔が…

「ぁ…万里お…兄ちゃん?。」


「大丈夫か?。…じゃないな。
帰るか?」


「……うーん…帰らない。
最後の試合…したい。
これが…最後のチャンス。…千里兄さんが言ってた。
1日だけ。
今日だけ、私を助けてくれるって。
…だから行く。」

「…伊織。」

「…眠…いよ。」

万里お兄ちゃんの声が遠い。

「…先輩もいる…し。
睦さんや正樹さんともプレーしたい…。
20…分だけ10分でも…いい。
寝かせて。眠い……。 」


「帰ってもいいんだ。
帰ろう。
今日の伊織は頑張ったよ。みんなの笑顔見たかい?。
伊織の居場所が見つかればいいんだ。」


「…ダ…メ。
側にいる。って約束した…。」


「……彼は、伊織の特別か?。」


「…1番は…万里…お兄…。……彼は…違う…い…番……。」


「…そうか。」
暖かい手が私の頬と…震えている右手に。


意識が遠く吸い込まれそう。
「手。暖かい…ね。
……万里…愛…してる…。」

思わず言ってしまった言葉。
血の繋がった兄妹でも。…変わらない。
万里お兄ちゃんが欲しい。
でも…ダメなの。
……兄妹だから。もう、子どもじゃない。
自由にしてあげなきゃ。縛ったらダメ。


「愛してるよ。伊織。……俺の小さな妹。」


「……」


どれくらい眠ったんだろう?。
枕が?万里お兄ちゃんの足?。

「……ねえ?…試合は?」

「あれ?もう起きたのか?。
まだ5分位しか経ってないぞ?。」

「…そう?」

中庭の時計も……あまり進んでない。

「バレー?。…試合できそうか?。」

「…うん。少し寝たら楽になった。」

「本当に帰らなくていいんだな?。
お前が入ると、試合が長くなるぞ?。途中で倒れる事はできない。」

「……大丈夫。
お兄ちゃん達がいるし…。
…お兄ちゃん、お医者さんじゃん?
それに、帰り車だし。」

「……まあな。」


「……ねぇ?。
私さ……言っちゃったよね?。」


「…言ったな。」


ガバッっと起き上がり、万里お兄ちゃんに顔を向けた。
…眩暈が。

万里お兄ちゃんの肩に顔を寄せると、
「急に起き上がるな!。顔色が悪いんだ。薬のせいで!。
それでなくても貧血があるのに!。」


「…大丈夫。
行こう?。万里お兄ちゃん。時間がない。」
顔を上げた私に。


「…仕方ないな。」
ため息のお兄ちゃん。
仕方ないって言っているけど、穏やかな表情の兄に照れた。


「…仕方ないって言わないで。……お兄ちゃんと久しぶりにバレーしたい。
お兄ちゃんにトスしたいんだ。
カッコいい兄を持つと辛いなぁー。ひいきしたくなるんだなぁ。
楽しみ…。」


「青い顔色して!!。
バカ妹!!。」

「はは…」

「まあ、仕方ないな。
さあ!行こうか?。伊織。
…本気で潰すぞ!。」


「…ラジャー。」




体育館に二人で入ると、ザワザワしていたのがピタリと止まった。

「!?」

少し怖くなって万里お兄ちゃんを見上げると、冷ややかな表情の万里だった。

-だからか…。-

「伊織?。先生とキャプテンに了解を取ってくるんだ。」

ああ、そうか……。
「あっ…はい。」

「…待ってるから行っておいで。」

頷いて金井先輩の所に…。 
走ろうと足を出したけど、重くて。足が出なくて片膝をついた。

「伊織。行っておいで。自分で決めた事だよ。」

「…はい。」

万里お兄ちゃんは、手を貸してはくれない。部活での居場所をみつけたから。
自分の力で立ち上がるように。
ちらりと顔を見上げても、厳しい表情をしている。
壁を支えにして立ち上がり、金井先輩の所まで歩いた。
ラッキー!先生もいる。

「……大館先生、金井先輩。」

「伊織、大丈夫なの?。顔色悪いけど。」

「…大丈夫です。
……この後の部活は、兄達とプレーさせて下さい。お願いします。」

「えっ?」

「…先生。このまま、男子の試合に参加します。
今日の女子の部活は、早上がりさせてください。
お願いします。」

頭を下げた。
当たり前の事。
それができないと、万里お兄ちゃんは試合に参加させてくれない。

先生は渋い表情をしていたけど、
「大会に差し支えないようにな。」とだけ。

「ありがとうございます。」


「伊織、待って。
これ以上限界を超えて何があるの?。倒れるよ!。」

「先輩…。私にとって、これが最後のチャンスなんです。お願いします。」

「でも!!」

「…金井、行かせてやれ。新名の本気を見よう。」

「……。」ため息の先輩。

「伊織、私は反対よ。
…だけど、限界の先にある何かを見せてもらえるなら。
これ以上の故障と体調不良は、レギュラーから外す。
それが了承できるのなら、行っておいで。」

私はにっこり笑って挨拶をした。

「ありがとうございます。お先に失礼します。」

困った表情の先輩。仕方ないって表情もしている。



「伊織、了承は?」

「はい。取りました。 
…お兄ちゃん。行こう。バレーがしたい。」

「ああ。」

先にスタスタと歩く兄に、私も音を立てないようについてコートに向かった。



「千里。本気で潰すぞ。」

「ぇ?マジかよ!。」

「…睦も正樹もいいな?。」

「万里さん!やるんですか?」
正樹さんは楽しそう。

「海里は外しますか?。」

睦さんの言葉に、
…万里お兄ちゃんは、海里を見つめて

「外す。伊織を入れる。」

私は黙って頷いた。

千里兄さんは、ため息をついた。
「仕方ねーなぁ…
で?どの程度?」

「…全力。」

みんなの顔色が変わった。
私は…氷塊になった。
-マジか!?-

「海里君。
君はここで見ているんだ。伊織を。俺達を。
俺達は、君を見ている。
何故なのかを考えるんだ。
いいね?
伊織。おいで。テーピングをしよう。
しくじれば…お前も外す。千里のチャンスをムダにしないように。」


私も先輩も小さく返事をした。
『…はい。』
「はい」

ベンチの端でお兄ちゃんに肩と膝のテーピングを巻いてもらった。
コートを見ると、千里兄さんが男子部の先生と話している。

「ほら。テーピングが剥がれないようにサポーターをするんだ。
いいかい?伊織。
コートでは笑って。仲間を繋ぐんだ。海里君も途中で入れる。いいね?。」


「はい。」
本気の兄に何かを言ってもムリ。…でも、どこか楽しそう。

「……お兄ちゃん。楽しそうね?。」


「楽しみだね。どこまで潰せるかなぁ?。」


「!?そ、そりゃぁ…。良かったね…。」

可笑しかった。

「万里お兄ちゃん。
…やっぱり私、万里を愛してる。誰よりも…好き。」

「そうか?。俺も愛してるよ。伊織。」


「…うん。」
少しだけ泣けた。そして笑った。

「さあ、終わり。本気で楽しもうか。」

「…うん。私、指にテーピングしたら行く。」

頷いてコートに向かう兄の背中を見送りテーピングを巻いていた。


『…ニーナ?』

「うん?
どうしたの?先輩?。」

チラリと視線を送ったけど、目を合わせていられなくて、テーピングをしながら返事をした。

『いや…。』

「…あっ!失敗。
ねぇ、先輩。テーピング巻いて?。」


『…ん?
ああ…いいよ。』


黙って私の正面にしゃがみテーピングを巻いてくれている。

『キツイ?大丈夫?。』

「大丈夫。先輩、上手だね。」

『…まあね。』

「…先輩。私…知ってる。覚えているよ。先輩がジュニアバレーしてた時の事。」

『ぇ?あ…あの…』


「……待って先輩。私の話を最後まで聞いて。ね?」

『…うん。』
先輩はテーピングをスルスルと巻いていく。

「私の気持ちは変わらないよ。一緒にいる。側にいたい。
だから、先輩…私の側にいて。
今の先輩でいいよ。そのままでいいよ。
そのままの海里が好きだよ。
兄さん達に遠慮しないで。
睦さんにも。正樹さんにも。」

『……。』

「先輩。ケガしたんだね。膝に手術の跡がある…。
…怖い?
バレー嫌いになっちゃった?
…私のトスを見ててね。」

『…うん。』

「一緒にプレーしたくなったら教えて。
…バレーは6人でするスポーツだよ。…1人空いてるの。
万里お兄ちゃん…"わざと"だから。」

『…ニーナ。』
私の手を握っている冷たくなった先輩の手を頬に当てて笑ってみせた。

「…見てて。
本当の私。
嫌いにならないでね。幻滅しないで。好きでいてね。」

『ニーナ…。』


「行くね。見てて…海里。」

私は返事を待たずコートに向かった。


「伊織。俺と組もう。」
そう言って声をかけてくれたのは田端さん。四人の中で一番大きい。

「正樹さん!。久しぶり!元気でしたか?」

ぴょん!と、正樹さんの首に抱きついた。

「くすぐったいよ。伊織!」
ぎゅうって抱きしめてくれる人。


「いいなー!俺も!!」

正樹さんの首に抱きついて、抱っこのまま振り向くと、睦さんが側にいる。
「睦さん!!」

手を伸ばすと、そのまま睦さんは抱き上げてくれた。
私は、首に抱きついたまま、「久しぶり!」って言った。
睦さんもぎゅうっと抱きしめたまま、
そっと囁くように。
「海里の事、ごめんね。」

「睦さん…。私のほうこそごめんなさい。兄達が……。」


「…いいんだ。いいんだよ。」


「そうだ。睦さん……。
海里を私にちょうだい。一緒にいたいの。今の海里でいいの…。」

睦さんは驚いた顔のまま、私を降ろした。

「海里を気に入った?。」


「…うん。」

「本当に!?。いいの?。でも…」

「…知ってる。覚えてるよ。でも、いいの…それでも。」

驚いた表情だった。でも、柔らかく笑った睦さん。
「…わかった。いいよ。でも、大事にして。俺の大切な弟なんだ。」

「…ありがとう。睦さん。」

「良かったな。伊織。」
そう言って正樹さんも、私の頭をなでながら笑った。

「正樹さんも、ごめんなさい。兄達が迷惑かけて…。」

「んー?。大丈夫だよ。伊織にも会えたしね。
元気そうで良かった。
さっきのトス。良かったよ!
俺にも上げてよ!!。」

「はい」
嬉しかった。誉められた。笑顔になる。

正樹さんは静かな表情で、
「…先輩達、心配なんだよ。伊織の事。大切にしてる妹だからね。
あまりないんだよ。千里先輩が、"頼む!"って連絡くれる事はさ。」



「…そうなの?。」

「さあ、伊織ちゃん。アップしようか?。
俺も入れてよ!。」

正樹さんは、ギョッっとした表情で怒っている。
「ヤダよ!!睦は先輩達とやれよ!!。それか、海里とやれ!!。」

「ヤダよ!!さっきやったじゃん!!。」

ギャイギャイと笑いながらいると、万里お兄ちゃんが

「伊織!トス上げて。試合前の10分!!。」

「えぇ?直ぐなの?。」

「身体冷えたか?。」

「……いや?大丈夫。」

「お前らは?」

「いつでも!!。」
「OKでーす!!。」

「じゃあ、開始。」

「千里!!。来い!」
海里と話ていた千里兄さん。

いつの間に!?。先輩と?。

久しぶりにお兄ちゃん達にトスアップする。
どのスパイカーか?って聞かれても…わかんない。
みんなオールラウンダー。
千里兄さんだけは早い攻撃で得点を狙える。

スパイク練習を始めながら高さを調整する。

「伊織!もっと高く!。」

「伊織!速く!!もっと!」

短い時間の中で高さと速さを調整しながら、最高の1本を。

正樹さんが体育館の床が割れるような音を立てたスパイクを打ち込んだ。

「OK!伊織。俺、終わりねー。」

睦さんも万里お兄ちゃんもライト・レフトの高さを決めた。

バックトスからのライト。速いインナースパイク。
「伊織!俺も終わりねー。」

睦さんは、いつも練習中は本気を出さない。
ミートがはまればおしまい。
心配になるくらいひょうひょうとしているけど、本気になると怖い人。


千里兄さんもインナーの調整をしている。

「伊織。もう少し速くならないか?。」

「まだなの?」

「倍でもいい。」

「ぇ?ムリ。」

「やれ!!」

「……
睦さーん!レシーブボールお願いします!」

「了解ー。」

走ってジャンプトスするしかない…。
速いボールアップをしたつもり…。


「ダメ?」

「まあ、こんなもんか。
…試合始まれば速くなるだろ。」

「むぅー!!。」

「伊織!バック!!」
バックポジションから万里お兄ちゃんの声が聞こえた。

「!!」

音のしないモーション。
この時だけは、高く高く上げないとダメ。


万里お兄ちゃんだけに。たった1人の為のトス。
上がれ高く。高く!。

「万里!!」

ザワザワする。鳥肌が立つ。高くて。キレイで…。カッコいい万里。


重い音で体育館に沈んだボール。
…周りの静けさが心地良い。

「さあ、OK!。」

暖かい笑顔をみせた万里。
私の頭をなでて抱き寄せ、額にキス。


「伊織。肩は?」

「…大丈夫です。問題ありません。」


周りのどよめきと黄色い叫び声のなかで。
対象的な落ち着き払った3人はニヤニヤしている。
私も開き直り。


あっ海里!!
恐る恐る振り返って見ても、平然としていた。
逆に楽しそうな笑顔。
あれ?。拍子抜け。


「伊織!」
千里兄さんの声が響く。

「はい!」

「おいで。円陣組むよ。」

「…はい。」


「海里!!」

万里お兄ちゃんが、海里を呼んだ。

「君も来るんだ!!。」

「は、はい!!。」


「おいで。海里。
これが俺達の円陣だよ。ジュニアみたいだよね?。」

正樹さんが優しく手をひいた…。

手を繋ぐ円陣。

千里兄さんが言った言葉は約束の言葉。

「このセットは1セットマッチだよ。8点で抑える。」

チラリと海里を見て。

「いや、10点。
早く帰ろう。俺、腹へったし。飯食べに行こう!!。
めったに会えないんだ。
だから。本気で、手加減無し。最初から飛ばす。」

…みんなで笑った。珍しく万里お兄ちゃんも。
"腹へったって。ここで言う言葉ではないよね。"って。

「…手を繋ぐのは、1人では勝てないから。
6人で勝つんだ。いいね?。…海里。」

そう言った千里兄さんの表情が冷やかに変わった。

「は、はい!」


「海里。君を入れて6人だ。
最初の動きをよく見ておくんだ。君のポジションを覚えるんだ。
センター対角。俺と対角だよ。
レシーバーと伊織の動きを把握するんだ。
タイム後に君を入れる。いいな?。」

表情を変えた万里お兄ちゃん。冷ややかな落ち着き払った言葉。

「はい!。」


「いくぞ!!」

「よっしゃー!!!!」


「…相変わらず、オッサンぽくてイヤ。」

「そんな事言わない!!。みんなオッサンなんだから!!」
珍しく万里お兄ちゃんが茶化した。

「だって。…私、オッサンじゃないし。」

「何?伊織ちゃんは、お子ちゃま?」

「睦さん?!!。」

睦さんは私に額を寄せて笑っている。
海里とは似ていないハッキリとした二重の朗らかな笑顔。

差し出された睦さんの手を握り、海里を振り返らずコートに向かった。
横顔は、海里と似ているかも?。

「……。」

でも、頑張ろう。楽しもう。そう思えば思うほど…怖い。
本当の私は、みんなに嫌われる。

「…伊織?怖いの?」

「嫌われたら…どうしよう…。」

「大丈夫。信じて。みんなを。大丈夫だよ。みんな伊織の味方だよ。
…俺は、伊織の。本当の伊織が好きだよ。」

「……。」

「信じられなくても、信じるんだ。大丈夫だって。
いいね?。」

「…うん。」

正樹さんが私の手を取り、そっと耳打ちした。

「ここのコートにいるみんな、伊織が好きだよ。
本当の伊織を好きになってくれないような奴らは、"こちらから願い下げだ"と言うんだ。
睦の弟も。その程度なら別れるんだ。
いいね?。」

「…うん」

「正樹、大丈夫だよ。海里は、俺の弟だ。」

「…海里は、万里さんや千里さんの本当の怖さを知らないじゃないか!。」

「大丈夫。俺の弟だ。信じている…。
だから、大丈夫だよ。ニーナ!。」

「ギャっ!!。やめて!。」
びっくりした。ニーナって言うから。

「ほら。少し笑顔がでた。」

正樹さんは私の顔をみてワハハと笑って言った。
「心配ないな。伊織!」って。

「でも、伊織はモテモテになるな。
向かいのコートにも伊織のファンになりそうな奴らがいるね?。
海里、可哀想!!。」

「イヤです!!やめて!!正樹さん!めんどくさい!!。」

「!?。
めんどくさい!!だってー。海里、可哀想ー」
睦さんが大笑いした。

そこ、3人!!
ミーティング終わったな?!。いつまでも手を繋いでないで!!。

3人揃って、ビクッッ!!と、万里お兄ちゃんを振り返って苦笑いをして、また3人で顔を合わせて笑った。