先輩が、教室まで一緒に行く?って言ってくれたけど、
首を横に振って、

「先輩、部活が終わったら迎えに来て欲しい。
…図書室にいるから。」


『…分かったよ。
ニーナ。必ず行くから、いなくならないで。
俺の心臓。止めないでよ。』

笑顔で言ってくれた。


私も頑張って笑顔で返した。
「待ってる。…もし、私が遅くなったら…」


『待ってるよ。図書室で。』


「…うん。」


『ニーナ、先に行って。その方がいい。
俺は後から行くから。』


「…うん。」


先輩に促されて、教室に向かった。

教室に入ると、恵那がいた。
……取り巻きもいる…。

成美ちゃんが側まで来てくれて、
「伊織、逃げなかったね。」と、笑顔を向けてくれた。
頷いて小さな声しか出なかったけど、「ありがとう。」が言えた。
私は、まだ大丈夫。

席に着いて授業を受けても集中できない。
我慢しよう。
時間が解決してくれる事もある。
しかたない。


分からない所は先輩に聞こう。
しかたない。
今日は。
良い顔なんてできない。

板書が精一杯。
涙を堪えるので精一杯。
ここで耐えても…放課後には部活が。

大丈夫にするしかない。
埜々香は…一緒にいてくれるのかな。


そんな事と戦いなが、5時限を過ごしていた。



でも。
窓の外の青空に気づけば…。
……。
私は何と戦ってるの?
バカバカしくなってきた。こんな事で。
冷静な苛立ち。

何なの?。悲劇のヒロインみたいな。自分が一番マヌケ。
私はかわいそうじゃない!!。私は違う!。
恵那がいなくたって!。

だって。
どうにもならない。もう。
恵那なんて…どうでもいい。

だって。"私は恵那にとって、どうでもいいただの友達" だから。

……どうでも良いと思ったら。…眠くなってきた。

…疲れた。

我慢して我慢して…眠気を我慢して。

…ツラい。

…違う方向にツラい。

笑える。

先輩。笑えるよ?。

私、もう少し頑張れそう。


終業のチャイムが鳴ってほっとした。
もはや眠くて…あと1時限耐えられるかな?。

「伊織、お客さんだよ~。」

声をかけられて入口に顔を向けると、埜々香がいた。

「伊織。」

「埜々香!。」

声をかけてくれたクラスメイトにお礼を言って、廊下に向かって歩き始めたけど、少し調子が悪い。

……?
また気持ち悪い。倒れそう。
目の前が白くぼやける。

「伊織!」

「危ない!!」
成美ちゃんが声を上げた。

だけど……私を抱き止めたのは、違う人。

「!?」


無意識?反射的に手を振り払い、埜々香の胸に抱きついた。

「伊織!」

「……。」

「また!薬飲んだのね!!。」

「……大丈夫。
昨日よりいい。」


おかしい。朝飲んでも何とも無かったのに。
?……朝と昼の薬は違うのを飲んだ。兄さんが差し出した薬とは違うかも。
頓服。

…だから、先輩は無理矢理でも食べさせた。



「……埜々香、先輩に聞いたんだ?。」

「5限前に会ったのよ。
頓服を飲んでしまったから、様子を見てきてくれないか?って。
自分で来ればいいのに!。一緒にいたの?。先輩と?。」

私の耳元で小さな声で言った。

「新名、大丈夫か?」
「伊織!大丈夫なの?」
後ろから声が聞こえた。
振り向くと、成美ちゃんと羽山君が声をかけてくれた。

「あ…ありがとう。大丈夫。つまずいただけ。」

成美ちゃんは、埜々香の顔を見てイヤそうな顔をしていた。


「石見さん。ありがとう。後は、私が…。」

「あ…、成美ちゃん、待って。きっと、部活の事だから。
埜々香…、廊下へ行こう。」

「大丈夫なの?。保健室は?」

「行かない。部活に行くから。
今、外されるのはイヤ。
足を引っ張りたい人は沢山いる。弱みを見せたら引きずり落とされる。」

「伊織…。」
ため息をついた埜々香。

「まあ、いいわ。
6時限終わったら迎えに来るから。」

「うん。」

「佐藤さん。」
クラスを覗いて成美ちゃんを呼んだ、埜々香。

「伊織をお願い。…少し調子が悪いから。」

「…うん。わかってる。」

「なら。じゃあね。伊織。」

「…うん。」

「…成美ちゃん。ごめんね。ありがとう。」


「伊織…
成美でいいよ。呼びにくい?。
ねえ、顔色悪いよ。保健室行く?。」

「…ううん行かない。
…でも、いいの?呼び捨て。」

「やめよ。知り合い。
いつも…恵那ちゃんと一緒だったけど、もう、やめない?
良いように使われるの。良くないよ…。」

びっくりした。
まさか、佐藤さんにもそう思われていた事に。


「……ありがとう。」




席に戻って、隣の席の羽山君にお礼を言った。

「あ…あの、羽山君。
さっきの…羽山君だよね…。
ありがとう。」


「大丈夫なのか?。」


「うん。大丈夫。」


「そっか。」


男子バレー部のセッター。
上手いんだよな。この人…。羽山 孝《たかし》君。

「羽山君、残念だったね。
伊織、彼氏できちゃったって。」

「えっ?。」


「佐藤!余計な事は要らない!。」
羽山君が慌ててる。

「はーい!。」


「成美ちゃん……?。」

「成美だよ!」
ハッキリしてる子だから、訂正が早い…。

「あああ。うん。
成美、羽山君の事好きなの?」


「何で俺の話しになるの??。お前らの話しなんじゃないの?。」


「へぇ?。」

「はあ?。私、彼氏いるよ?。何で!?」


成美ちゃんには彼氏がいる…。
知らない私。

「えっ。そうなの?。
だって、私に彼が出来たの羽山君に関係ないし。牽制してない?。」



「はぁ~。伊織、周りにアンテナ張ろうね!!。
女の子なんだから!。
伊織さー、結構人気あるんだよ。知らないでしょ?。
まあ、特進の彼氏なんて、伊織くらいだけど。
お昼休みに来たんだよ。先輩。心配してた。
彼氏できたんだから、恋話しようよ。
教室にいる時くらい。
……時間が解決する事もあるんだよ。」



「……。」


「そんな顔しないの。
恵那ちゃんと一緒にいたから、イヤでも目立つのよ。
仕方ないでしょ?。
バレー部の正セッターさん?。しかも、今日の髪型可愛いし。」


「…ねぇ、特進って何で知ってるの?」


「だから~伊織。アンテナ張ろうね。
伊織と恋話、面白いわ。
で?体調は?」


「…大丈夫。心配しないで。
…今、セッターを外されるのは絶対イヤ!!。」

本当は、少し気持ち悪い。



隣で羽山君が、笑っている。

「新名は面白いな。」


「羽山君は正セッター外されたいの!?。」



「嫌だね。」
にっこり笑って答える彼
「コートに立ってこそ楽しいスポーツなんじゃないの?
負けんの嫌!。」


「2人共、負けんの嫌なんだ。羽山、残念だったね。」


「だから!やめろ!。」


「?。」
分からない顔をした。

赤い顔の羽山君。
その意味を知っていても、私は分からないフリをした。
分からないほうがいい。

…海里に会いたいな。
…何浮かれてんだろう?
そう思った。


6時限は…嫌いな数学…。
ため息。
先輩に教えもらおう…。
受験生なのに…迷惑かける。
かと言って、自分でやるにはムリがある。

万里お兄ちゃん……。
忙しいし…。あまり一緒にいられないし…。
千里…兄さん…。
2週間でまたいなくなっちゃう。
……佐里衣さん。
佐里衣さんだって、仕事あるし。それに…兄さんに筒抜けだわ。

睦さん…。
正樹さん。

ダメ……。ため息。

……先輩に頼もう。仕方ない。赤点はダメ。




この時間…今日1日、恵那が気にならない訳ではない。
すごく気になる。

でも、今は会話すら…顔すら見たくない。
…そっとしておいて欲しい。
時間が欲しい…。

…どうしたらいいかわからない。

隣の席の羽山君から小さな手紙が飛んできた。
そっと開くと、

「頑張れ。」

の、一言。

ちょっと泣きそう。
…この時間が終われば埜々香が迎えに来てくれる。
もう少し。
頑張ってみよう。

羽山君に向かって手紙を投げた。

「ありがとう。」

の、一言だけ書いて。




5時限終業のチャイムがなった時。
この時ほど力の抜けた日は無かった。



「新名、一緒に部活行かないか?」

帰り支度をしながら荷物を持った時、羽山君から声をかけられた。

「埜々香が迎えにくるよ?。」

「じゃあ、石見も一緒に。」

「…ふーん。まぁ、いいけど。」

ニコニコしている羽山君に聞いてみた。

「ねえ?羽山君は、埜々香狙いなの?。」


ギョッとしている羽山君。
後ろから成美ちゃんが大笑いした。

「伊織!不思議ちゃんだよ?。何も気づかないの?羽山の事?。
あれだけヒント出したのに?。」


「……。」
知ってるから、牽制してるのに……。
イヤなの。
…好きとか嫌いじゃない


「新名……。確信犯なの?。お前、そこまでバカじゃないだろ?。」


「……?。」
分からないフリをした。


「何で?正セッターなんだ?。
…灘生の。
いや、分からない訳ないよな?。バカなフリは辞めろ。」


ピクっと顔色を変えた私に羽山君は、

「ほら!!戦闘モードになった!!本気になったお前は、本当は違うんだよ。
全てに於いて…。」


「ケンカは売らないで!。絶対買わない!。」

羽山君を睨みつけた。

「成美。またね。今日はありがとう。嬉しかった。
今日、部活は?。」

「小体で。
また明日。伊織!逃げないでよ。
じゃあね!!。」
そう、言って成美ちゃんは先に部活へ向かった。

私も部活へ向かって歩き出せば、

「待てよ!俺も行く!!。」

「イヤ!!ついて来ないで!!。」

「何で!」

「イヤなの!」

ギャーギャーと言い合いをしている所に、埜々香が慌てて私を呼んだ。

「伊織!早く!!。兄さんが呼んでる!!。」


「あっ!!丁度いいわ!羽山!大体に急いで行って!!。」


「何で!」
「何で!!」

私と羽山君の声が一緒だった。


羽山君が私の手を引いて走り出した。

「離せ!羽山!!。イヤだ!って言ってんじゃん!!。」

私の力いっぱいの拒否の言葉に…埜々香は笑い、羽山君はパッと手を離した。一緒に走りながら埜々香は、

「伊織。本性出たじゃん!!。」って、楽しそうだった。

私は、埜々香を軽く睨んで笑顔を見せた。

「海里以外は要らない。」

「はぁ?」

驚いて立ち止まる埜々香を置いて、廊下の先に見える埜々香のお兄さんの所に急いだ。

進先輩の隣に誰かいる。
思わず立ち止まって…。
すぐ後ろから追いかけてきた埜々香に戻って隠れた。

「ギャっ!伊織!!!」

千里兄さん!!
何で!?千里兄さんがいるの!!?




ため息をついた兄さんは、
「伊織…隠れなくていいよ。」

「兄さん…部活していい。っていったじゃない…。」
埜々香の後ろからそっと顔だけ出して言った。

「ああ、言ったね…
でも。」

私の側に来て耳元でささやいた。


「俺、伊織がバカにされるのイヤなんだよね。
たとえ、それが女だろうと。
お前…本性隠して、ここにいるな?
それもイヤなんだよね。」

「兄さん!!」


「おいで。伊織。」
自然なエスコートで手を引かれた。


「ま、待って兄さん!!」

心配そうな埜々香に。
「埜々香、先に行って。すぐに行くから。
進先輩も。部活行ってください。」

埜々香と進先輩に、そう伝えた。


「伊織。
宗馬君にも隠しておくの?…本当の伊織を隠したまま?。
宗馬君はどうしてた?。伊織に対して?
…彼も本当の海里じゃないよね?。
1時間の練習の後、女子部も男子部と練習試合をするよ。
伊織も参加。俺達とも参加。
大会近いし、男子部も女子部も先生は願ってもない!!。って、快く部活延長してくれたよ?。」


「お、俺…達?。」


「そう。万里と睦。そして、」

「まさか、佐里衣さん!?。」

「はぁ?。あいつは剣道部だからバレーはムリ。」

「じゃあ…誰?」

「田端。」


…田端?
えっ?正樹さん?。…悪ガキ四人組!?。


まさか!と思った。

「ねえ?まさか、睦さんと正樹さんに圧力かけたの?。
仕事は?
万里お兄ちゃんだって……。」



悪い顔をする兄。

「ねえ?まさか!?。」



「……さあね。
万里が呼んでるって言ったら、2つ返事だったよ。昨日。
仕事が終わってからかなぁ?……。
休みかなぁ。今日は?。
みんな伊織の大ファンだしね。
伊織が泣いてる!って言えば、飛んでくるよ?。ねえ?伊織。
…それに、俺達ここのOBだよ?。激励さ。」

「嘘つき!。
お、お兄ちゃん達と一緒にバレーはしたい。
たけど……。
…だけど。本当の目的違うのに!」



「…伊織、このままではダメだ。
黙らせろ。立場なんてどうでもいい。何?いい子になってるんだ?。
本当の自分のプレーをしなさい。
昨日の夜。石見さんが電話をくれたんだ。
…心配しているよ。彼女。」


「……。」


「1日だけ。
この時間だけ。
伊織を助ける。
チャンスは一度きりだよ。それをモノにできるかは、伊織次第。」


「兄さん!!。」


「そして、宗馬君を引っ張りだしてこい。
これを持って行って。睦から預かったんだ。
お前は気づいているよな?。海里君が睦の弟だって事。
本当の彼を見る。
彼もチャンスは一度きりだよ。」


"海里君に渡せ"とカバンを押し付けた。
イヤな予感しかしない。


「何をするの?。
彼は……関係ないじゃない?。
イヤだよ。邪魔しないで!!。」


「ん~?ああ、そうか。
まぁ、いいよ。でも彼を連れて来るんだ。
睦が呼んでるからね。
彼も睦に試されてる。」


意地悪な顔。
先輩を試しているのは、睦さんだけじゃない。
主犯は万里お兄ちゃん。
…爽やかな笑顔の裏に本気で潰しにかかる気でいる。



「兄さん!!。」


「じゃあね。伊織。後で。」


「兄さん!!。」

兄さんは軽い足取りで階段を下りて行った。



マズイ!。
3年生の教室に急いだ。
特進は2クラス。
何組か分からないけど、聞けばいい。

イヤだよ。私なりに決めたのに!!
最後の審判。
吊し上げじゃん!!。
…でも、
でも…仕方ない!!。もう止まらない。止められない。
兄達が……千里兄さんが、あの意地悪な顔をする時は本気だ。
イヤだよ。


3年生の教室の前まで来て困った。
視線が……。
何でじろじろ見られるの?。

困っているところにバレー部の金井部長に会った。

「!!」
女神にみえる!


「どうしたの?伊織。」

「…あの、宗馬先輩に。
先輩のお兄さんから届けモノがあって…。」

「待ってて、呼んでくるわ。」


…宗馬-…
金井先輩が、海里を呼んでる。


他の先輩から、じろじろ見られてるのが…

何でなの!!。ケンカ売ってんの!?

「?」
何だかガタガタ?バタバタ?音がすごいんだけど?。


『い、伊織!』


はぁ?名前!?。
何でそんなに困った顔をしているの!?。


慌てて私の近くにきた先輩は、私を見るなりギョッとしていた。

『ニーナ…顔が…。
顔が…ケンカ売ってる。』


「はぁ?」
何なの?…まぁいいけど。本当の事だし。



「宗馬先輩。睦さんから預かりました。
あの…。必ず体育館へ来いって…。」


『えっ?。睦って言った?。ニーナ?兄さんの事……?。』
顔色が悪くなっていく先輩。


「ぁ…あの。それと…。」


『な、何?ニーナ。』


「万里お兄ちゃんと千里兄さんが……。」


『万里さんと千里さんが?』


「必ず来いって…」



『!!!?。…か、必ず?来いってっ!?。』


「…はい。」


『……やられた!!!!。』

額にあてた手が震えてる。
どんどん顔色が悪くなっていく先輩。
カバンを握っている指先も震えている。


「あの……。」
やられた!!って…
理由を知っているの??
悔しそうな顔。不安を隠して。苛立ちを隠した表情。


ため息をついた先輩は
私の頭を撫でて。細く笑った。

『伊織。心配しないで。必ず行くから。
…吹部に寄ってから行くよ。
会ったらそう…伝えて。』


「……はい。」

先輩は足早に教室に戻り、部活に向かった。
金井先輩が、
何があったの?と、声をかけてくれて、我に返った。


そうだ!!。

「先輩!急いで部活に行かないと。
練習試合が…男子部と練習試合するって。」


「はぁ?何で?急に!。
もー…!伊織!行くわよ!」


「ああぁ!。待って下さい。1人にしないで!!。」

ここは嫌い。見せ物になってる。色々な視線がイヤ。


一緒に走りながら先輩が言った。

「宗馬と本当に付き合ってるの?」

「?……はい。」

「いつから?」

「……今日です。」

「えっ?。えええっ?」

立ち止まった金井先輩。
唖然と驚きが混ざった顔をして。そして大笑いした。

「あの!宗馬と??。
今日??。」

私も、急ブレーキをかけたように立ち止まり、先輩を振り返った。


「なぜですか???。」

「伊織って面白いのね。意外。
宗馬って、表情がないのよ。いつもは。真面目な優等生。
朝のあいつの顔、見せてあげたかった。
あんなに感情が顔に出るのはじめて見た。あなたのせいね。」


「そうなんですか?。」


途中から並んで歩いた。
金井先輩から聞いた、海里の学校での表情。
中庭で見た先輩の表情は違ったのに。



「伊織に向けた笑顔があんなに優しいなんて。さっきも。
しかも!
伊織から視線が外れたらさ、何にも興味がない、いつもの表情。
よっぽど、伊織が大切なんだね~。」


「そうなんですか?
……よく分からなくて。」


……本当は嘘。金井先輩に嘘をついた。
私だけに見せてくれる表情を先輩から聞いてしまったから。
嘘をついた。海里の表情が豊かなのを私は、知っている。
私だけの海里だから。
私だけの海里を誰にも見せたくない。
…ヤキモチ…なのかも。

…いつもは、ポーカーフェイスなんだ。…学校では。



「あのね、伊織…。私さ…部長やってるけど、特進だからなんだよね。
…実力は他の子達の方が上。
伊織も上。悔しいけど。
伊織、遠慮とか自分を隠したりしないでバレーしてみたら?。
あのさ……本当の伊織のプレー。見せてよ。」


「……先輩?。」

先輩の表情が違う。
「あの宗馬を変えた伊織は、本当は違う伊織だよね?。」


…私は思いきって聞いてみた。知りたかった事。お願いしたかった事。
ゲームキャプテンでもある先輩に。


「先輩?勝ちたいですか?。
ボール、選んで打たないって約束できますか?。
私がレシーブしたら、アタッカーにトスアップしてくれますか?。
出来ないって…言わない?。
先輩は出来ないんじゃない。やらないんです。
…遠慮してるから。自信がなくて。」



先輩は驚いた顔をした。

「伊織はそんな顔できるのね?。
…本当は。
本当はチームの弱点知ってるのね?。言わないだけ…。」


「……。」

「伊織。」


「先輩。ごめんなさい。
私、イイ子ちゃんなんです。そうしてるんです。嫌われたくない。
でも、
…本当は負けたくない。勝ちたい。誰にも負けたくない。
たとえ男子だろうと。
たとえ練習試合だろうと。
本当は気性が荒いんです。
…チームの弱点は、自分自身が気づかないと意味がないんです。
私は、自分がかわいい。臆病で卑怯なんです!。」



「伊織。…宗馬と同じ事言うのね。」


同じ事?
海里と同じ?。
金井先輩と視線を合わせた。

すらりとしてカッコいい先輩。身長も高い。技量も高いと思う。
いつも部員をまとめるのに苦労して。自信を無くしてしまった先輩。
確かに推薦で来た子達に比べれば、実力は下がるかもしれない。
でも。
今の表情は違う。


「……今の先輩の顔は、負けたくないって顔してます。
特進だから部長じゃなくて。
プレイヤーとしてのプライドが。
それがプレー中に見えたら、先輩はきっと変わる。
私がセッターでいる限り、それが見えたら…先輩を変えてみせる。」


「伊織?
…私、変わるかしら?。変われる?。」


「…生意気言ってごめんなさい。
先輩?行こう?。
…遅れてしまいます。」


体育館に着いた頃には、他の部員はもう基礎練を始めていた。
だらだらして。おしゃべり。
基礎練をしているようで、フリだけ。
男子部をチラチラ見ながら。練習試合をする事はみんな知っているだろう。
…情けない。


苦い顔をしていたのが顔に出てしまっていたんだろう。
金井先輩は、一言。

「伊織…。私を変えて…。
着替えて、行こう。今日は私と組んで。」


「…はい。わかりました。」


今日はサポーターはしない。膝はつかない。
肩は…
私はいつものように。
1人。
今日は…一段と視線が冷たい。多分…朝の中庭の
一件が、学校中の噂。
私は、何も悪くない。
笑われるような事してない。
だけど…
-…目立つ。嫌。だからイヤだって言ったのに!-
ため息をついた

集合の声がかかり、集まったところで男子部の二軍・三軍と練習試合をする事を知らされた。
ネットの高さは、男子部と女子部の間を取る事になった。
女子は、一軍・二軍。

この先。大会で強いチームと当たるならネットは高めのほうが良い。
男子も動きの確認や苦手な部分を把握する為には少し低くしても… 



それより、入れ替えが有るのか気になった。
レギュラー固定では意味がない。そんなのわかってる
…部長でもないし、ましてや先生の考えも分からない。余計な事なんて言いたくない。一軍から外されたくない。
もし、入れ替えがあるなら…最初から本気でいかないと外される。
入れ替えなんて無ければ良いのに!。
推薦で入学した子らにすれば、普通入学の私なんて邪魔だよね。



「……。」


"本気"って言っても、私は…。
私の本気って…。


信頼と6人のチームワークが無ければ無意味。
金井先輩と埜々香にかけるしかないけど…。
私は役に立つのかな…。

いろんな事を考えながらアップとコート練習をしているところに、
万里お兄ちゃんの姿が見えた。


…ドキっとした。
久しぶりに見た。バレーシューズを履いた万里お兄ちゃん。
万里お兄ちゃんだけじゃない。
同じ髪型にした千里兄さん。

「…わざとだ。」

睦さんも、正樹さんも、来た。
睦さんの側には、海里がいる。

…気乗りのしない顔。自信の無さが見える。
ごめんね。先輩…。



視線を外すと目の前に埜々香がいた。

「うわあ!!」

「さっきから側にいたよ!?。
伊織、金井先輩と組んでたから、近くに寄らなかったけど。
…ねえ?それより…
宗馬先輩。なんでここにいるの?。」


「……。」

埜々香と目が合ったけど、言えなかった。
どう言っていいのか分からなくて。


「あの双子が伊織のお兄さんなのね?。
……よく似てる。
背。高っっか。
さっき会ったお兄さんはどっち?。
ねえ?なんで伊織、小さいの?。」


「!!……。」

気にするところが逸れた埜々香。
そこを気にするんだ?。
私は苦笑いをするしかなかった。
何で?とは。そんな事!…私が聞きたい。



-集合!-

全体に集合がかけらた。
内容の説明がされて…いるけど、私は兄達が気になって…。

伊織。
埜々香がそっと耳打ちした。

「…女子は入れ替えするみたいよ。
伊織、大丈夫?。」

「……。」

「伊織?。」


「埜々香…。
私、本気出していい?。嫌いにならない?。
絶対、外されたくないの。
負けたくないの。」


「……?伊織。
今まで…本気じゃなかったの?。」


「……。」


「まあ、仕方ないか。見せてもらうよ。伊織の本気。
大した事無いんなら…外してもらう。」


「…いいよ。埜々香を高く飛ばせてあげる。 
必ず男子より良いスパイク打たせる。
その代わり、大きな声で呼んで。私を。
伊織‼️って呼んで?。」



ニヤリと笑う埜々香。

「いいよ。
私が伊織を試す。伊織は私を試す。」


「お互いがライバルね?。」 


「そう。蹴落とされないでよ?伊織。」
意地悪く優しい笑顔の埜々香。可愛い笑顔。




「埜々香、可愛いね。今の笑顔?。大好き。」
私は埜々香に笑いかけた。優しい風を埜々香に。



赤い顔の埜々香。
「やめて!!伊織。言われた事ないの!」


「そう?。」


バレーボールがしたい。
「負けて当然!仕方ない。」なんて言いたくない。
ネットの高さなんて関係ない。
力じゃ勝てない。だから考える。
肩や膝の痛みで言い訳しない。
勝ちたい……。



…私。本気の私って、どんなんだったっけ?。
猫、被り過ぎて…
本当の私を忘れている。
わからなくなっている…。




女子部のコートで合同練習がはじまる。
ライン際で男子チームを見て思った。
上手いけど…雑。
まだこれから化けるんだろうな。今年の一年生は技術がある。
大型選手の好きな学校だよな…。
レシーバーがいない。

2年は、比較的小さい。
その分、レシーブが上がる。落とさない。
スパイカーは…
背が低い分、速い攻撃をしてくると思う。

背が低いって言ったって、180弱くらい。
小さいのは私だわ…。
海里だって、185は越えてると思う。
兄さん達がデカイだけ。

-…態度もな!!-
-頭も良いからな!!-

コートの向こうのレギュラー組は
-…やっぱりレギュラー。違う。別格。―

兄達はゆっくり柔軟をしている。
-…年だしな。-
時々バレーをしているだけなのに、あまりブランクを感じさせない。
独特な威圧感。
海里は壁打ちで、ミートを確認している。
バレーから離れていた時期が長くても、小気味の良い音。


「……。」



「新名。
ちょっといい?」

名前を呼ばれて振り向くと、羽山君がいた。
ボールの邪魔になるから体育館の端に避けて。

「…あなたはレギュラーでしょ?。何でここにいるの?。」


「いや…レギュラー12人いるんだけど?知ってる?。


「はぁ?正セッターのくせに!!」


「だからだよ。俺、アップ終わったし。
試合開始まで少し時間が空いたんだ。OBのアップも終わってないし。」


「……ふーん。余裕なんだ。
私、余裕ないから。じゃあね。」



「ねえ!あのさ…何で特進の彼氏なの?。」


「はぁ?
…それ今、聞かなきゃいけない事なの?」


「今言わないと、お前を捕まえるの大変なんだよ。
いつも、灘生と一緒だったし…。
そのさ…」


「待って!やめて。」

小声で話しをしていても、同級生同士の会話に見えても…海里に見られたくなかった。
なんとなく先が読めてしまってイヤだった。
慌てて逃げ出そうとすれば、腕を掴まれて渡り廊下にひっぱられた。



「新名…俺、お前の事…好きなんだ。
言えなかった。
彼氏ができたのも知った。
だけど、特進はやめろ!。…うまくいかないんだ。何でか知ってるだろ?。」


「やめて!それ以上言わないで!!。
聞きたくない。
知ってるよ!それくらい!!。」


嫌で嫌で仕方なかった。


「新名!。」


「やめて!羽山君の事、嫌いじゃない。嫌いになりたくない。
でも、イヤなの。
今日はイヤ。
もう、やめて!
私…レギュラーでいたいの。今そんな事!言わないで!!。
羽山君、推薦組じゃん?
……誰よりも上手いの知ってる。」


「だからだよ!!。」


「何が?だからだよ!!なの?。
もう、聞かない。聞きたくない!!。」



『ニーナ』

海里の声が聞こえた。
掴まれた腕を振り切って、振り向くと神経質そうな顔つきで腕を伸ばした海里に抱き寄せられた。

『ごめんね。伊織が何かしたかな?。』


「新名の彼氏って…」


『何かな?』


「あ…いいえ。何も。
ただ、彼女に好きだと言っただけです。」


「!!」
-ハッキリ言うんだ!?-


『…それだけ?。』


「…じゃぁ、先輩。またコートで。」
羽山君は睨み付けるような表情で、スッと通り過ぎて行った。


『ニーナ…。』

何でまたそんな不安な顔するの?。
先輩…。信じてる?私の事。
…掴まれた腕が痛い。

「痛いよ…。」


『……うん。』
震えている海里の指先。
何かを我慢している表情。


『信じていても、イヤなもんだな…。』


「……。」

渡り廊下の柱の影に私を隠して抱きしめた。

「苦しい。先輩!。
先輩。信じて。側にいる。一緒にいるよ。約束したのに!」


『…ねえ。ニーナ…
…好きって言って…。』


「海里ぃ……。」


『……。』


「…海里?。今は言わないよ。
信じて!。その言葉は海里だけにしか言わない。
海里だけ。ただ一人。」


『……。』


「海里?。名前だって、ちゃんと言ってるよ。
私だけの海里。
ねえ、試合始まっちゃう。
行こう?。
ね?。
心配しないで?」


『……。』


あーもう!。めんどくさ!!。


「海里!!いい加減にして!!。」

無理矢理に腕を払って首に手を回してキスをして
スルリと体育館へ逃げた。


『ニーナ!!』

私は海里にニヤリと意地悪な表情を向けて。
"海里。怒ってるな-"って思った。

…まあいいや。後で考えよう。


私。
何で今日いきなり。…告白されるの?。

…なんで?。