夏休みも目前の休日、娘からの問いかけに…
閉じ込めていた気持ちがじわりじわりと…カタカタと…
心が鍵を探している音が聞こえた気がした。



―お母さん?私、「付き合ってみないか?」って言われたの。―
―付き合うって…何?
私は今まで通りでいたいんだよね。
断っちゃったら…気まずいし。
でも、嫌いじゃないけど、好きじゃない。
嬉しい気持ちもあるけど、嬉しくない。―

―…どうしたらいいと思う?。お母さんは、どんな……その……恋を、したの?。―



びっくりもしたけれど、娘の年齢を考えて笑った。

少しだけ大人に近付いたんだな。という感情と、恋を知る年齢になった娘。
若いって良いな。と思う羨ましさと、若さゆえの危うさが、私の心の鍵を開けてしまった。
いとも簡単に…。
…余りにも簡単に開いてしまった鍵に…情けない!と、声に出しそうになった。


遠くで聞き耳をたてていた夫が、“話してあげたら?”って。
……ニヤニヤしている。
いつまでも変わらない優しい風のような笑顔で。

“それも勉強。経験。携帯じゃ手に入らないよ。”って。


携帯が当たり前の今。SNSで付き合いが始まる事もある今。
私達がまだ高校生の頃なんて、誰1人携帯なんて持っていなかった。


娘に“おいでおいで”と手招きして、ソファーにすわらせた。
“家族みんなで聞こうか?”とか、部屋にいた息子と末娘まで呼ぶ。

-どんな!拷問だよ‼️。-
睨みつけた。

“お父さんのも教えて。”  
と、ソファーに埋まり、葡萄を食べ始めた末娘に夫は目を大きく見開いた。

“ナイスだぞ!Good Jobだ‼️。”

ニヤリとした私に、耳まで赤くして目を泳がしている夫。

最近、彼女が出来たらしい?息子は自分に及ばないかと、困っている。

私においでおいでと手招きして隣に座らせようと、隣の場所をトントンと、示している。




私の恋愛…か。

―言えないなぁ…。言えるわけない。―
お互いに幼い恋だったと思う。思いだすだけで恥ずかしい。
甘くて苦くて、そして懐かしい恋人の事なんて。


辛くて、悲しくて…わがままな私を、困った顔で笑ってくれて。
穏やかな笑顔。
怒ってる顔。
立ち止まりそうな私の背中を優しく押してくれた人。
悲しい位…大人な人…。


…思い出してしまった。
忘れようと…もう思い出さないようにと…鍵をかけていたのに。
今が幸せだと…。
最良の選択をしたんだ!と、後悔しないように。
消したはずの熾火。
心の中の熾火が、ぽっと炎をあげる。風が通り抜けた。


苦い顔をしていただろう私の表情に、娘は困り切った表情で、

「…お母さんの聞いてみたいなって。参考程度に考えるよ。」と。

私はしばらく考えたあと、 
やっぱり、娘と同じ年の頃のあの話をしてあげようと思った。

時が解決する事もあるよ。
君は君のままでいいよ。


幾つかの恋愛。
自分が思うより、周りは自分を見ている事。
親友とのわだかまり。  
心を開けばいろんな友達が助けてくれる事。
様々な人達に、生かされている自分。


待っていたんじゃ手に入らない愛に。
向き合って…素直になれれば…違った未来も。
我が儘な私を、"仕方ないなぁ。"と言ってくれた人の事。

悲しくて。寂しくて。そんな日々も過ごした。
怪しい…言えない事もある。
自分のの身体を大事にするきっかけになる事もあると思う。

実は、お母さん…モテたんだよ。多分ね。

苦いコーヒーを入れよう。甘めのカフェオレも。

甘い恋を話す為に。
苦い愛を話す為に。
お菓子は、ポッキー。今も昔も変わらない。

初めての彼氏。

始まりは…報復ーだったかもしれない。

それを承知していた彼。

幼い恋。

くすぐったい恋。

大好きだよ。”と、恥ずかしげに…何度も言ってくれた…人。

“信じて?。好きなんだ。”と、一言。…後は悟って欲しいと、耳まで赤くして目を伏せた…あの人。
優しい腕。温かな鼓動。

どうしていいのかわからなかった。

仕方ないと泣いた。

高校生の私にとって、これが最良の選択だと信じていた頃の話。

泣いても泣いても枯れる事がなかった涙。


この幼い恋の後に訪れた愛に。

この身体を…心を…引き裂かれるような痛みの愛があるなんて、思いもしなかった。

優しく抱きしめてくれた。いつもいつも。
いつもいつも。側にいてくれた。

でも、あの頃の私の精一杯の強がりは。
それしか…自分を納得させる方法を知らなかった。

後悔もした。

“愛されたい”と願っていた。
“愛してるって”何度も言って欲しかった。

愛してる。
彼のその言葉に…それに甘えていて。


私も。と、思っているだけじゃ駄目なの。
…それだけでは駄目だったのよ…。
         
私が口に出して言うべきだったんだ。
“あの人”ではなく、私に足りなかったものだった。


それは、“勢い”と“行動”。
そして、“大好き”。“愛してる”。と私から何度も言わなければならなかった…勇気。



そして、1番大事な事。
友達と解り合えなかった事。
時が解決してくれる事もある。
男が絡むと女の友情なんてクソみたいに言い訳に使われる事。
頑なな気持ちも友達によって溶けていく事。
お互いが歩み寄れば、また仲良くできる事。
後悔も沢山した。


-…友達関係は大事だから、全部話してあげよう。-

これからの貴女達がぶつかる(かもしれない)壁を。



コーヒーを淹れながら夫と目が合った。

変わらない瞳。

変わらないあなた。

今、そこで苦笑いしている貴方も自分の想いを話してね。
私の話が、間違っていたら…訂正して。
多分?、私、忘れてないよ。

多分ね…。

私が1番欲しかったモノをくれた人。愛しい人。
おいで…って、手を引いてくれた人。
忘れられない。思い出。
忘れてはいけない。
愛して欲しい。ずっと。

私は…今も何か足りない心を探している。
時々、苦しくなる。
でも、"手に入らない"って、ずっと思っていた幸せがここにある。

…彼は、末娘が中学生になって落ち着くまでは私の仕事を制限していた。
不規則勤務、夜勤はもちろん。職場の飲み会も。
正職でいさせて欲しい。その言葉にも余り良い顔をしなかった。
行動を制限し、見張られている感覚は居心地悪く、時々体調を崩した。

でも。
そんな時、彼は必ず側にいたし、「何故、そうしなければいけないのか?」
を、繰り返し私に言い聞かせて……くれた。
"愛している。側にいる。お前は?"
私に。私が自分自身に、揺るぎない気持ちを持たせるように。
自信を持って立てるように。

「価値観も正義も物事の善悪も…許す許さないも、人それぞれ違う。
それを許容する器を大きくしよう。
自身にひとつの大きな柱を建てよう。
揺るがない気持ちを作るように、お互い努力しようね。」と……。


「どうしても苦しい時は、俺を頼るように。…他人でなく、俺を。
…俺を好きになって?。俺を愛してる?。ねぇ?伊織。」




彼の顔を見ると、恥ずかしくなる。

「愛している。大好き。信頼してる。優しい腕。温かな鼓動。
心配しなくていい。」

沢山の幸せを。今も沢山の言葉と愛情をくれる夫……。

目が合う。

"愛している。"

声では無くて、口唇の動きで伝える言葉。

彼の表情が驚きから、穏やかな微笑みへ。

彼からの同じ返事。

"変わらない。ずっと側にいる。"


…涙が流れる。
慌てて、彼が側に来る。

"泣いてもいいよ。我慢しなくていい。側にいる。愛している。"


子ども達が笑ってる。

またぁ~??。お母さん!?。

泣き虫だねぇ?いつもだけどね。

いいんだよ。僕らの母さんだからね。
こういう時って、父さんがいつも側にいるじゃん?何故かね。


幸せだと感じる。嬉しい幸せ。それでいい。











-悔い


あの日こそ…今までイオに本当の事言わなかった事、内緒にしてた事、後悔したこと無かった。

イオ…
伊織…
ごめんイオ…。
私も泣きそうだよ。
…内緒にしてる事あるよ。
イオが言えなくて、我慢してる事があるのも知ってる。
イオに甘えてたの。
ズルいでしょう?
嫌いにならないで。
あなたに嫌われたら……-



梅雨入りしたあの日…恵那に雨の中、呼び止められた。
話しなんてしたくなかった。
まだ、気持ちの整理ができていなかった。


よりにもよって…また、雨……。
雨の日に…。
…取り憑かれたように、雨の日に…時間が止まる。



『お願い。聞いてイオ!!。
…風が吹いていたあの日。
見られたあの日から、イオが私を避けるようになって…。
…私のズルさがイオ、貴女を追い込んで苦しめていたんだ。
「…友達だよね。親友だよね。」
…私、イオなら、許してくれる。って思ってた。
これって魔法の言葉。そして致死量の劇薬。
イオを怒らせて初めて、致死量の劇薬だって気付いたんだ…。
…私、イオなら、許してくれる。って思ってて……。
ごめんね…イオ。

信じられないよね。こんな事言ってもさ。
…でも、お願い。
相馬先輩の事だけは信じていて。
ずっと、イオを見てたんだよ。あの藤蔓の四阿で私を待っているイオの事。
私、紹介するのイヤだった!。
自分で動かない男、嫌いだった!。

私に…“お願いだから…協力して”って言う先輩に、
「絶対イヤ‼️。自分で言って。」って言った。


あの日、そっと近付いて髪を撫でた先輩。
言われて…恐々でも、行動を起こした先輩なの。
イオの髪、さわった時の優しい横顔忘れられないよ。
でも…イオ泣いてたから。覚えている?…あの日。なんで泣いてるの?って言った日。
先輩、「後は頼む…今は、俺じゃダメ。」って…苦しそうな笑顔で私に言った。

イオ…先輩と一緒にいるようになってから……
…イオのそばで…先輩、私の事言わなかったでしょ?。
あの…後、
私と話し合うように言わなかったでしょ?。
私、私ね。
先輩に言われた。
"しばらく、伊織をそっとしておいてくれ。" って。
"時間が必要だ。" って。

でも、でも…。このままじゃ、ダメだって思って。

彼に、"時間をかけてもダメだよ。ちゃんと理解してもらおう。俺達の事。"
って…言われて……。
だから…。今日…。


私、言わなくちゃ。って思ってた。
ずっと。ずっと、そう思ってた。
でも…黙ってた。彼と一緒にいたかった。誰にも邪魔されたくなかった。
イオが断ってくれるのを…当たり前だと思っていて…。
彼も……。

…いつかまた一緒に笑いたいよ。
恋バナしたいよ。
貴女は自分で思っているより、可愛いんだよ。
私を利用して近寄ってくる男なんて、イオに紹介したくない!!。
…イオに自信持って欲しかった。
だって、大事だった。

でも、私のやった事は間違っていた。
ごめん…イオ。
ごめんね。イオ。
どうしたら、許してくれる?。』



泣き出しそうな恵那を、私は何も言わずに振り切るように逃げた。
まただ…。"どうしたら許してくれるの?"
みんな一緒。
私に答えを求める。
今更、何の理解をすればいいの?。

少し離れたところに“貴女の大事な彼”がいた。
大嫌い。
真っ直ぐに…私を見ている。
正直そうな、射抜いた瞳。
睨みつけて返した。
…許さない。 
嘘つき!!。嘘までついて、恵那の為に……。
なんで?。何で恵那に言わせるの?。
真実って、どこにあるの?。


…綺麗事で片付いたらどんなに楽だろう。
許せれば、どんなに楽だろう。

分からないない。
誰も私を見てくれない。誰も理解してくれない。



小さな事。どうでもいい事じゃん?
仲良くして"もらってた"のに、ひどくない?。
伊織ちゃん。何でこんな事に怒っているの?。
"特進の"彼氏できたんだから、恵那ちゃんと一緒じゃん?彼氏持ち。

私が悪いの?
私が……私が……。

知ろうとしなかった事がダメだったの?。
悟ってあげなきゃダメだったの?。
聞かなくちゃダメだったの?。
許してあげなきゃいけない事なんだ…?。
理解って何?。
謝って欲しい訳じゃない。
前みたいに、楽しく笑い合いたいよ。恵那?。
どこまで理解したら。どこまで許したら。どこまで私、我慢したら…
元に戻れるの?。

ねえ……分からない。……誰か教えて?。
誰か!助けて!!。
どうしたら、どこに正しい正解があるの?。分からない!! やめて!!
分からない!!。

私の存在って…何?。