第44話 イクラじゃダメなの
「ちょっと待て。何だこれは」
思わず口を突いて出た。グロゼイユ? グロゼイユってなんだ?
俺は慌てて検索をかける。赤スグリの事か。俺は赤スグリとフサスグリの区別もつかないが、今はそんなことはどうだっていい、『グロゼイユ』という言葉で読者に通じるのだろうか? 一般市民なら『レッドカラント』の方が余程通りがいいんじゃないか? なぜわざわざフランス語にする?
どう考えてもアイさんが「なんとなく、この言葉の響きが素敵だったから使いたかったの~」とかその程度の理由である気がしてならない。元が詩人だ、こういう言葉の響きに弱い筈なんだ、あの人は。
ん? 黒スグリはなんて言うんだろう。英語ならそのままブラックカラントだが……『カシス』ああ、カシスか。黒スグリの方はフランス語の方が通りがいいな。でもグロゼイユは誰も知らんな……。
というか、その前に何故ケーキを作るのにレッドカラント? イチゴじゃダメなのか? どう見てもヴィジュアル的にレッドカラントのケーキって貧弱じゃないか? あれって一粒七ミリくらいしかないだろ?
やっぱり『グロゼイユ』の響きだけで決めたとしか思えない。参ったな、浴衣でダメ出ししたばかりだ。ここでまたグロゼイユにケチをつけたら怒るだろうな。
しかしここは遠慮するわけにはいかない、ちゃんと言っておかなければ。
◀読みましたよ。手作りケーキ。
▷どうだった?
◀何故グロゼイユのケーキにしたんですか?
▷なんとなく。可愛かったから。
◀グロゼイユでは読者に通じませんよ。辞書を片手に読んでくださいとは言えませんし、判らない言葉は検索してくださいとも言えません。何よりも、読者に通じない言葉を書くことによって、ストーリーの流れが一時的に停滞してしまうことの方が問題です。読者はみんな気持ちよく読みたいんです。
◀可愛かったからグロゼイユを使いたかったのであれば、素直にレッドカラントにした方がいいと思います。それなら読者にも通じます。
▷レッドカラントだと、なんだかイクラが乗ってるみたいでしょ?
◀乗ってるものは同じじゃないですか。
▷ヴィジュアルイメージが。レッドカラントってイクラみたいなんだもん。でもグロゼイユって言うとなんか綺麗な宝石みたいな実みたいでしょ。
はぁ~……。溜息しか出ないんだけど。
◀やっぱりアイさん、言葉の響きだけで選んでますね。
▷うん。ダメ? 響きが美味しそうっぽいじゃない?
◀アイさん、これは詩ではありません、小説です。私は詩の世界はよくわかりませんけど、小説は読者の想像力を掻き立ててナンボじゃないんですか? 物珍しい言葉が出てくるたびにいちいち辞書を引いたり検索かけたりするようでは、誰も続きを読もうとなんか思いませんよ。
▷じゃあ、やめます。ケーキの回、無しにします。
◀なんですぐにやめますって言うんですか? グロゼイユって言葉を使わなけれないいだけですよ。レッドカラントじゃダメなんですか?
▷イクラみたいだからダメです。
◀じゃあ、別のものにしたらどうですか。苺やブルーベリー、キウイなんて乗せたら、ヴィジュアル的にも満足は得られるんじゃないですか?
▷いいの。あたしは『グロゼイユ』が使いたかったの。この言葉の響きが好きだったの。グロゼイユが使えないならケーキ作らなくていい。これは無し。
それで書けるならいいけど、アイさん、五百文字書くのも必死だって言ってたじゃないか。これをまるまる捨てて、また一から書くのか? できるのか?
◀ダダこねてるだけですか?
▷ダダこねてなんかいないもん。あたしは言葉のイメージからストーリーを作り上げていくの。だから元になる言葉がダメって言われたら全部作り直しなの!
だからプロットもへったくれもないのか。毎度その時その時の思い付きなのか。
▷八雲君にはあたしがダダこねてるだけにしか見えないの?
◀はい。そのようにしか見えません。『グロゼイユがダメなら、この話は無し』『AでなければB』という構図しかアイさんにはありませんよね。『AでなければC』かもしれないんです。そこを追究しないまますぐに『B』と決めつける。私がさっき示した案ありますよね。苺とブルーベリーと、って言う案です。あれが『C』です。きっと探せば『D』だって出て来る。
◀アイさんはいつも目の前しか見てないんです。もっと広い視野で見渡すと、良い答えが見えてくると思うんですよ。目の前しか見えないなら首を回す、首が痛くて回らないなら体ごと回る。体が痛くて回らないなら私が抱っこして回してあげる、そういう話です。
◀そのほんのちょっとの努力をサボってるんです。それをせずに、すぐに「やめる」というから、拗ねてダダこねてるだけにしか見えないんですよ。だからそこのところ、考えましょうよ。
▷体も心もガッチガチなの。何を書いてもダメなんだって思ってしまってる。何を書いたらいいのかわからないよ。とにかく思いついたことから落とし込んで、必死に見ようとしてるけど、自分で何してるのかわかんない。
▷もう嫌。あたし、なんであんな約束しちゃったんだろう。『ヨメたぬき』が書籍化になったら『I my me mine』も本にするなんて言わなきゃよかった。こんなの苦しいだけだ。あたしは八雲君にダメ出しされるためにこうして書いてるの?
ああ、もうダメだな、この人またオーバーフロウしてる。
◀今日はもうやめましょう。また明日ゆっくり話しませんか?
▷明日もこんな思いをするのは嫌。もういい、ケーキの話はお蔵入りにするから、この話は終わりにして。ここは書き直して違うのを入れます。その後の初雪の日の話、書いたからそっち先に読んでください。すぐ送ります。今日はもうLINEしないで。おやすみ。
「ちょっと待て。何だこれは」
思わず口を突いて出た。グロゼイユ? グロゼイユってなんだ?
俺は慌てて検索をかける。赤スグリの事か。俺は赤スグリとフサスグリの区別もつかないが、今はそんなことはどうだっていい、『グロゼイユ』という言葉で読者に通じるのだろうか? 一般市民なら『レッドカラント』の方が余程通りがいいんじゃないか? なぜわざわざフランス語にする?
どう考えてもアイさんが「なんとなく、この言葉の響きが素敵だったから使いたかったの~」とかその程度の理由である気がしてならない。元が詩人だ、こういう言葉の響きに弱い筈なんだ、あの人は。
ん? 黒スグリはなんて言うんだろう。英語ならそのままブラックカラントだが……『カシス』ああ、カシスか。黒スグリの方はフランス語の方が通りがいいな。でもグロゼイユは誰も知らんな……。
というか、その前に何故ケーキを作るのにレッドカラント? イチゴじゃダメなのか? どう見てもヴィジュアル的にレッドカラントのケーキって貧弱じゃないか? あれって一粒七ミリくらいしかないだろ?
やっぱり『グロゼイユ』の響きだけで決めたとしか思えない。参ったな、浴衣でダメ出ししたばかりだ。ここでまたグロゼイユにケチをつけたら怒るだろうな。
しかしここは遠慮するわけにはいかない、ちゃんと言っておかなければ。
◀読みましたよ。手作りケーキ。
▷どうだった?
◀何故グロゼイユのケーキにしたんですか?
▷なんとなく。可愛かったから。
◀グロゼイユでは読者に通じませんよ。辞書を片手に読んでくださいとは言えませんし、判らない言葉は検索してくださいとも言えません。何よりも、読者に通じない言葉を書くことによって、ストーリーの流れが一時的に停滞してしまうことの方が問題です。読者はみんな気持ちよく読みたいんです。
◀可愛かったからグロゼイユを使いたかったのであれば、素直にレッドカラントにした方がいいと思います。それなら読者にも通じます。
▷レッドカラントだと、なんだかイクラが乗ってるみたいでしょ?
◀乗ってるものは同じじゃないですか。
▷ヴィジュアルイメージが。レッドカラントってイクラみたいなんだもん。でもグロゼイユって言うとなんか綺麗な宝石みたいな実みたいでしょ。
はぁ~……。溜息しか出ないんだけど。
◀やっぱりアイさん、言葉の響きだけで選んでますね。
▷うん。ダメ? 響きが美味しそうっぽいじゃない?
◀アイさん、これは詩ではありません、小説です。私は詩の世界はよくわかりませんけど、小説は読者の想像力を掻き立ててナンボじゃないんですか? 物珍しい言葉が出てくるたびにいちいち辞書を引いたり検索かけたりするようでは、誰も続きを読もうとなんか思いませんよ。
▷じゃあ、やめます。ケーキの回、無しにします。
◀なんですぐにやめますって言うんですか? グロゼイユって言葉を使わなけれないいだけですよ。レッドカラントじゃダメなんですか?
▷イクラみたいだからダメです。
◀じゃあ、別のものにしたらどうですか。苺やブルーベリー、キウイなんて乗せたら、ヴィジュアル的にも満足は得られるんじゃないですか?
▷いいの。あたしは『グロゼイユ』が使いたかったの。この言葉の響きが好きだったの。グロゼイユが使えないならケーキ作らなくていい。これは無し。
それで書けるならいいけど、アイさん、五百文字書くのも必死だって言ってたじゃないか。これをまるまる捨てて、また一から書くのか? できるのか?
◀ダダこねてるだけですか?
▷ダダこねてなんかいないもん。あたしは言葉のイメージからストーリーを作り上げていくの。だから元になる言葉がダメって言われたら全部作り直しなの!
だからプロットもへったくれもないのか。毎度その時その時の思い付きなのか。
▷八雲君にはあたしがダダこねてるだけにしか見えないの?
◀はい。そのようにしか見えません。『グロゼイユがダメなら、この話は無し』『AでなければB』という構図しかアイさんにはありませんよね。『AでなければC』かもしれないんです。そこを追究しないまますぐに『B』と決めつける。私がさっき示した案ありますよね。苺とブルーベリーと、って言う案です。あれが『C』です。きっと探せば『D』だって出て来る。
◀アイさんはいつも目の前しか見てないんです。もっと広い視野で見渡すと、良い答えが見えてくると思うんですよ。目の前しか見えないなら首を回す、首が痛くて回らないなら体ごと回る。体が痛くて回らないなら私が抱っこして回してあげる、そういう話です。
◀そのほんのちょっとの努力をサボってるんです。それをせずに、すぐに「やめる」というから、拗ねてダダこねてるだけにしか見えないんですよ。だからそこのところ、考えましょうよ。
▷体も心もガッチガチなの。何を書いてもダメなんだって思ってしまってる。何を書いたらいいのかわからないよ。とにかく思いついたことから落とし込んで、必死に見ようとしてるけど、自分で何してるのかわかんない。
▷もう嫌。あたし、なんであんな約束しちゃったんだろう。『ヨメたぬき』が書籍化になったら『I my me mine』も本にするなんて言わなきゃよかった。こんなの苦しいだけだ。あたしは八雲君にダメ出しされるためにこうして書いてるの?
ああ、もうダメだな、この人またオーバーフロウしてる。
◀今日はもうやめましょう。また明日ゆっくり話しませんか?
▷明日もこんな思いをするのは嫌。もういい、ケーキの話はお蔵入りにするから、この話は終わりにして。ここは書き直して違うのを入れます。その後の初雪の日の話、書いたからそっち先に読んでください。すぐ送ります。今日はもうLINEしないで。おやすみ。