第37話 怒ったの?
「大体さ、軽い下書きなんだから、雰囲気だけ見てねって言ったじゃない。あんなに最初からダメ出ししなくてもいいでしょ」
さっきから彼女はホットケーキを頬張りながら、ブーブー文句を垂れている。
「ダメ出しなんかしてませんよ。雰囲気だけと言われたから雰囲気だけ見ようと思ったのに、それがわからなかったから聞いたんじゃないですか。あんなにあれこれ盛り込んだら、雰囲気どころじゃないですよ」
「むうー」
あーあー、そんなにメイプルシロップかけて。深夜だってこと忘れてないか?
「だって、あれもこれも書きたかったんだもん」
「だからそれは『あたしのお気に入り』でと言ってるんです」
「だって、笹川流れはいっぱい遊んだような気がしてたけど、よくよく考えたら写真撮っただけだったんだもん。他に何書いたらいいかわかんなくて、書けなくなっちゃったんだもん」
何のためにあんなとこまで行ったんだよ……。
「あたしのことならいっぱい書けるけど、それだと舞と伊織の話にならないって八雲君が言うんだもん」
「アイさんが書きたいのは私小説ですか? エッセイですか?」
「違うもん。恋愛小説だもん」
「じゃあ、自分の事はきっぱり捨ててください。アイさんは自分の事を書き始めると、なんの脈絡もなく思い付きで書きつける傾向がありますよ。あれじゃ小説にならない」
あーあ、あからさまにむくれてるよ。それでもホットケーキ食ってるけど。
「ちょっとくらい褒めてくれたっていいじゃない」
「褒めて欲しいだけなんですか?」
「そんなんじゃないもん。でも、一つダメ出しする前に一つくらい褒めてから、それから優しくダメ出ししてくれたらいいのに、いきなりガンガンツッコんで来るんだもん」
だから、ダメ出ししてないっての……それ以前の問題だっての。
「褒めて欲しいだけなら、もう下読みするのやめましょう。下読みしたら絶対に今回みたいに気になるところが出て来る。それにダメ出しはこれからですよ。ダメ出しする前からこの調子では、実際始まったらずーっと文句言ってなきゃならなくなりますよ?」
「えー! まだこれ以上ダメ出しする気だったの? どれだけ粗探しする気?」
ホットケーキにフォークを突き立てて苦情を申し立てるアイさんに、俺も地味に抗議する。
「粗探しって何ですか。アイさんのテーマが明確になってないだけじゃないですか。テーマがちゃんと見える形で提示されていれば、そこに向かって提案もできるし、一緒に考えることもできますけど、アイさんそれすらない状態で思い付きで書いてるじゃないですか」
「もう! なんでそういう意地悪な言い方しかできないの?」
「意地悪で言ってるんじゃないですってば。アイさんが決めるべきことを決めずに、感覚だけで書いていると言ってるだけです。これは詩じゃないんです。小説ですよ?」
「もうきらい! 八雲君となんかコラボできない!」
はぁ……こっちの台詞だよ、全く。
「いいですよ、辞めても」
「いいですって言うなー!」
なんなんだよ、どっちなんだよ。
とりあえず落ち着こう。いや、俺はずっと落ち着いてんだよ。落ち着いてないのはアイさんなんだよ。
「アイさん、小説家になりたかったんですよね?」
「そうだよ」
「本、出版したいんですよね?」
「そうだよ」
「本気で作家になる気はありますか?」
「またそうやってバカにする!」
ああ、やれやれ。どうしてそうなるかな。
「バカにしてませんてば。覚悟が全く見えないんですよ。自己満足で終わってるんです。自分が書きたいことを並べるだけで作家になれると思ってるんですか?」
「だからいいんだもん。本にできるようなものが書けないからネットで書いてるんだもん」
ここ、開き直るとこじゃないし。
「現状なんか聞いてませんよ、そんなものは見ればわかります。アイさんの希望を聞いてるんです」
「だから作家になりたいんだってば!」
「なりたいくせに努力もしないで『できないもん』って逃げてるだけじゃないですか。少しは他人の意見も聞いて努力したらどうなんですか。余計なプライドばっかり高くて、褒められないと書けないなんて子供ですか?」
「いいんだもん、子供だもん!」
「いつまでもグズグズ言ってんじゃねえよ……」
いきなりアイさんが止まった。でも俺は静かに淡々と続けた。
「やる気ないなら他人を誘うなよ。俺はアイさんに『コラボしよう』って言われて書き始めたんだろ? 人を誘っておいて何を甘ったれてんだよ。『書けない』なんて言葉は書いてから言えよ」
アイさんがナイフとフォークを持ったまま、じっと俺の顔を上目遣いに見てる。
「八雲君、怒ったの?」
「呆れたんだよ。怒る気にもなれねえよ」
俺には時間が無いんだ。改稿しないと締め切りまでに間に合わん。ホットケーキをいつまでもイジイジとつついてるアイさんにかまわず、俺は机の方に移動し、『ヨメたぬき』を広げた。
しばらくゲラと格闘していると、アイさんが唐突に立ち上がった。洗面所で何やら水音をさせていると思ったら、戻って来るなり俺に一言こう言った。
「おやすみ」
アイさん、それ、俺のベッドだよ……。
「大体さ、軽い下書きなんだから、雰囲気だけ見てねって言ったじゃない。あんなに最初からダメ出ししなくてもいいでしょ」
さっきから彼女はホットケーキを頬張りながら、ブーブー文句を垂れている。
「ダメ出しなんかしてませんよ。雰囲気だけと言われたから雰囲気だけ見ようと思ったのに、それがわからなかったから聞いたんじゃないですか。あんなにあれこれ盛り込んだら、雰囲気どころじゃないですよ」
「むうー」
あーあー、そんなにメイプルシロップかけて。深夜だってこと忘れてないか?
「だって、あれもこれも書きたかったんだもん」
「だからそれは『あたしのお気に入り』でと言ってるんです」
「だって、笹川流れはいっぱい遊んだような気がしてたけど、よくよく考えたら写真撮っただけだったんだもん。他に何書いたらいいかわかんなくて、書けなくなっちゃったんだもん」
何のためにあんなとこまで行ったんだよ……。
「あたしのことならいっぱい書けるけど、それだと舞と伊織の話にならないって八雲君が言うんだもん」
「アイさんが書きたいのは私小説ですか? エッセイですか?」
「違うもん。恋愛小説だもん」
「じゃあ、自分の事はきっぱり捨ててください。アイさんは自分の事を書き始めると、なんの脈絡もなく思い付きで書きつける傾向がありますよ。あれじゃ小説にならない」
あーあ、あからさまにむくれてるよ。それでもホットケーキ食ってるけど。
「ちょっとくらい褒めてくれたっていいじゃない」
「褒めて欲しいだけなんですか?」
「そんなんじゃないもん。でも、一つダメ出しする前に一つくらい褒めてから、それから優しくダメ出ししてくれたらいいのに、いきなりガンガンツッコんで来るんだもん」
だから、ダメ出ししてないっての……それ以前の問題だっての。
「褒めて欲しいだけなら、もう下読みするのやめましょう。下読みしたら絶対に今回みたいに気になるところが出て来る。それにダメ出しはこれからですよ。ダメ出しする前からこの調子では、実際始まったらずーっと文句言ってなきゃならなくなりますよ?」
「えー! まだこれ以上ダメ出しする気だったの? どれだけ粗探しする気?」
ホットケーキにフォークを突き立てて苦情を申し立てるアイさんに、俺も地味に抗議する。
「粗探しって何ですか。アイさんのテーマが明確になってないだけじゃないですか。テーマがちゃんと見える形で提示されていれば、そこに向かって提案もできるし、一緒に考えることもできますけど、アイさんそれすらない状態で思い付きで書いてるじゃないですか」
「もう! なんでそういう意地悪な言い方しかできないの?」
「意地悪で言ってるんじゃないですってば。アイさんが決めるべきことを決めずに、感覚だけで書いていると言ってるだけです。これは詩じゃないんです。小説ですよ?」
「もうきらい! 八雲君となんかコラボできない!」
はぁ……こっちの台詞だよ、全く。
「いいですよ、辞めても」
「いいですって言うなー!」
なんなんだよ、どっちなんだよ。
とりあえず落ち着こう。いや、俺はずっと落ち着いてんだよ。落ち着いてないのはアイさんなんだよ。
「アイさん、小説家になりたかったんですよね?」
「そうだよ」
「本、出版したいんですよね?」
「そうだよ」
「本気で作家になる気はありますか?」
「またそうやってバカにする!」
ああ、やれやれ。どうしてそうなるかな。
「バカにしてませんてば。覚悟が全く見えないんですよ。自己満足で終わってるんです。自分が書きたいことを並べるだけで作家になれると思ってるんですか?」
「だからいいんだもん。本にできるようなものが書けないからネットで書いてるんだもん」
ここ、開き直るとこじゃないし。
「現状なんか聞いてませんよ、そんなものは見ればわかります。アイさんの希望を聞いてるんです」
「だから作家になりたいんだってば!」
「なりたいくせに努力もしないで『できないもん』って逃げてるだけじゃないですか。少しは他人の意見も聞いて努力したらどうなんですか。余計なプライドばっかり高くて、褒められないと書けないなんて子供ですか?」
「いいんだもん、子供だもん!」
「いつまでもグズグズ言ってんじゃねえよ……」
いきなりアイさんが止まった。でも俺は静かに淡々と続けた。
「やる気ないなら他人を誘うなよ。俺はアイさんに『コラボしよう』って言われて書き始めたんだろ? 人を誘っておいて何を甘ったれてんだよ。『書けない』なんて言葉は書いてから言えよ」
アイさんがナイフとフォークを持ったまま、じっと俺の顔を上目遣いに見てる。
「八雲君、怒ったの?」
「呆れたんだよ。怒る気にもなれねえよ」
俺には時間が無いんだ。改稿しないと締め切りまでに間に合わん。ホットケーキをいつまでもイジイジとつついてるアイさんにかまわず、俺は机の方に移動し、『ヨメたぬき』を広げた。
しばらくゲラと格闘していると、アイさんが唐突に立ち上がった。洗面所で何やら水音をさせていると思ったら、戻って来るなり俺に一言こう言った。
「おやすみ」
アイさん、それ、俺のベッドだよ……。