第28話 賭けてもいいよ
「でね、当選しちゃったの。初めてだよ、懸賞に当たったのなんて。きっとあたしの『八雲君と旅行したい』っていう熱い熱い思いが伝わったと思うんだ」
新幹線に乗る前からハイテンションだったアイさんは、電車が品川を出てからますますハイになっている。俺の方は低血圧なもんだから、朝はできるだけ放置しておいて欲しいんだが。
「で、これ、何処なんですか、賢島って。まさか離島じゃないですよね?」
「え? 賢島知らないの? ごちゃごちゃと入り組んだ海岸で、小さな島がたくさんあるの。英虞湾ってあるじゃない?」
何だよアゴワンって……どこだ? 俺は知らないよ。
「何県ですか? 名古屋まで新幹線って事は愛知県ですか?」
「三重だよ三重、志摩」
志摩? スペイン村のある所か?
「何があるんです?」
「だから、ごちゃごちゃと入り組んだ湾と、小さい島がいっぱい」
「ああ、つまり被写体なわけですね」
「そうそう。今日の夕方、夜、明日の早朝、朝、全部の表情が一度に撮れるでしょ? ずっと行きたかったの。そしたら高級リゾートホテルのペア宿泊券と旅行券が当たるんだもん。これは志摩観光協会があたしに『八雲君と二人でいらっしゃい』って言ってるようなもんじゃない?」
「ええ、まぁ」
……ってなんで俺、肯定してんだよ。
「八雲君だって旅行できてラッキーでしょ、あたしと」
「まあ、そうですけど。三重って全然見当つかないんですよ。紀伊半島の東側ですよね?」
俺が缶コーヒーのプルタブを引きながら訊くと、彼女も思い出したようにお菓子の小袋を開け始める。
「うん、半島の右側に出っ張ったとこ。出っ張りの上の方が鳥羽で下の方が志摩。英虞湾に昇る朝日はとっても綺麗だと思うの」
目を輝かせて話すアイさんは文句なしに可愛い。こんなの見てると、振り回されてもいいかと思えてしまう。俺は優柔不断だ。
「でね、明日は伊勢に戻って、伊勢神宮に行きたいの。おかげ横丁歩いてみたかったの」
もはやなんだかわからないので、当たり障りのない返事を探した。
「はいはい、何処にでもついて行きますよ」
「きゃはっ。だから八雲君大好き、カンパーイ」
何故俺たちは缶コーヒーで乾杯してんだよ、朝っぱらから。
「ね、ね、ね、ところで『ヨメたぬき』すごい人気だね。あっという間に八雲君、人気作家の仲間入りじゃん」
アイさんが心底嬉しそうにしながら俺の方に堅焼きせんべいの袋を向けてくれるが、俺は流石に朝からせんべいは食べられない。
「人気作家って……別に私は作家じゃないですし、ただの投稿者ですよ」
「すぐに出版社から声がかかるよ。もう『続き早よ』って待てない人も続出してるじゃない?」
「出版ってそんなに簡単なもんじゃないですよ、素人なんですから」
と言いながら、俺は心臓がバクバクしてる。出版社から既に声がかかっていることは、まだバラすわけにはいかない。
「絶対『ヨメたぬき』に書籍化の話来るよ。賭けてもいい」
「何を賭けるんですか」
あ、余計なことを言ってしまっただろうか。
「あたしを賭ける」
「は?」
「『ヨメたぬき』が本になったら、あたしが八雲君の嫁になる」
「なんでそうなるんですかっ」
っていうか、何考えてんだよ、そんなもん賭けるな。
「だって八雲君は本にならないと思ってるんでしょ? それなら何を賭けたっていいじゃない」
いや、まずい、それはまずいよ。
「せめてもう少し現実的なところにしたらどうですか?」
「じゃあ『ヨメたぬき』が本になったら『I my me mine』も本にする」
「いいですよ」
即答だ。俺には全く問題は無い。
「じゃあ、あたし頑張って『I my me mine』書かなくちゃ。絶対に本になるんだもん」
「そうですね。ストックは私の方は常にアイさんの二倍はありますから、アイさんさえ頑張ってくれれば形になりますよ。そうしたら一緒に本にしましょう」
「うん、約束だよ!」
「いいですよ」
この約束が後で彼女を苦しめることになるなんて、俺はその時微塵も気づかなかった。
「でね、当選しちゃったの。初めてだよ、懸賞に当たったのなんて。きっとあたしの『八雲君と旅行したい』っていう熱い熱い思いが伝わったと思うんだ」
新幹線に乗る前からハイテンションだったアイさんは、電車が品川を出てからますますハイになっている。俺の方は低血圧なもんだから、朝はできるだけ放置しておいて欲しいんだが。
「で、これ、何処なんですか、賢島って。まさか離島じゃないですよね?」
「え? 賢島知らないの? ごちゃごちゃと入り組んだ海岸で、小さな島がたくさんあるの。英虞湾ってあるじゃない?」
何だよアゴワンって……どこだ? 俺は知らないよ。
「何県ですか? 名古屋まで新幹線って事は愛知県ですか?」
「三重だよ三重、志摩」
志摩? スペイン村のある所か?
「何があるんです?」
「だから、ごちゃごちゃと入り組んだ湾と、小さい島がいっぱい」
「ああ、つまり被写体なわけですね」
「そうそう。今日の夕方、夜、明日の早朝、朝、全部の表情が一度に撮れるでしょ? ずっと行きたかったの。そしたら高級リゾートホテルのペア宿泊券と旅行券が当たるんだもん。これは志摩観光協会があたしに『八雲君と二人でいらっしゃい』って言ってるようなもんじゃない?」
「ええ、まぁ」
……ってなんで俺、肯定してんだよ。
「八雲君だって旅行できてラッキーでしょ、あたしと」
「まあ、そうですけど。三重って全然見当つかないんですよ。紀伊半島の東側ですよね?」
俺が缶コーヒーのプルタブを引きながら訊くと、彼女も思い出したようにお菓子の小袋を開け始める。
「うん、半島の右側に出っ張ったとこ。出っ張りの上の方が鳥羽で下の方が志摩。英虞湾に昇る朝日はとっても綺麗だと思うの」
目を輝かせて話すアイさんは文句なしに可愛い。こんなの見てると、振り回されてもいいかと思えてしまう。俺は優柔不断だ。
「でね、明日は伊勢に戻って、伊勢神宮に行きたいの。おかげ横丁歩いてみたかったの」
もはやなんだかわからないので、当たり障りのない返事を探した。
「はいはい、何処にでもついて行きますよ」
「きゃはっ。だから八雲君大好き、カンパーイ」
何故俺たちは缶コーヒーで乾杯してんだよ、朝っぱらから。
「ね、ね、ね、ところで『ヨメたぬき』すごい人気だね。あっという間に八雲君、人気作家の仲間入りじゃん」
アイさんが心底嬉しそうにしながら俺の方に堅焼きせんべいの袋を向けてくれるが、俺は流石に朝からせんべいは食べられない。
「人気作家って……別に私は作家じゃないですし、ただの投稿者ですよ」
「すぐに出版社から声がかかるよ。もう『続き早よ』って待てない人も続出してるじゃない?」
「出版ってそんなに簡単なもんじゃないですよ、素人なんですから」
と言いながら、俺は心臓がバクバクしてる。出版社から既に声がかかっていることは、まだバラすわけにはいかない。
「絶対『ヨメたぬき』に書籍化の話来るよ。賭けてもいい」
「何を賭けるんですか」
あ、余計なことを言ってしまっただろうか。
「あたしを賭ける」
「は?」
「『ヨメたぬき』が本になったら、あたしが八雲君の嫁になる」
「なんでそうなるんですかっ」
っていうか、何考えてんだよ、そんなもん賭けるな。
「だって八雲君は本にならないと思ってるんでしょ? それなら何を賭けたっていいじゃない」
いや、まずい、それはまずいよ。
「せめてもう少し現実的なところにしたらどうですか?」
「じゃあ『ヨメたぬき』が本になったら『I my me mine』も本にする」
「いいですよ」
即答だ。俺には全く問題は無い。
「じゃあ、あたし頑張って『I my me mine』書かなくちゃ。絶対に本になるんだもん」
「そうですね。ストックは私の方は常にアイさんの二倍はありますから、アイさんさえ頑張ってくれれば形になりますよ。そうしたら一緒に本にしましょう」
「うん、約束だよ!」
「いいですよ」
この約束が後で彼女を苦しめることになるなんて、俺はその時微塵も気づかなかった。