第21話 イタリアン
「あの……さっき、すいません」
「何が?」
「海岸で……」
俺がモゴモゴと口ごもっているのなんか全く意に介さない様子で、アイさんは実に美味しそうに焼きそばを頬張っている。
「美味しいね、イタリアン。ミートソースが焼きそばに合うなんてビックりにゃ。新潟県民、とんでもないこと考えるね」
「さっきのは勢いで。あの、特に深い意味とか無いんで……」
「あたしは嬉しかったにゃ」
「え」
「八雲君がチューしてくれた」
「ですからあれは」
「怒ってる?」
アイさんが俺に被せて来る。なんて答えよう。確かにあの時はカチンと来た。俺、あんなにパニックになってたのに、ちょっと困らせたかっただけってどういう事だよって思った。
だけど。あれでパニックになったのは、俺にもそうしたいという気持ちが少なからずあったからだ。無ければ普通に「鱚ですよ」と返事して突き返すことだってできたんだから。
俺が返事に迷っていると、待ちきれなかったのか、アイさんが俺の手にその小さな手を重ねてきた。
「ごめんね。もう悪戯しないから。怒らないでね」
可愛らしくちょこんと首を傾げて見つめられたら、もう俺、どうでも良くなってしまう。
この人ズルい。八つも年上のくせに、こんな風にしていると年下にしか見えない。しかも我儘放題された後に急に素直になられると、つい、許してしまいたくなる。とんでもない悪女だ。「いや、別に……」と自分でもわけのわからない返事をしてしまう。
「もっと八雲君のこと知りたい」
「もう十分でしょう。これ以上何が知りたいんですか」
「なんでも。八雲君の事ならどんな小さい事でも全部知りたいの」
こんな積極的な人、見たことない。正直、俺には珍獣レベルだ。どう扱っていいのかわからない。
けど、確実に一つ言えることがある。あまり認めたくはないが、俺は多分この珍獣の事が好きだ。お互いに好きなんだから、何も問題は無い筈だ。でも何故かいけないような気がする。なんでだろう、自分でもわからない。
「あ、やっぱり一つだけ知りたくないことがあった」
突然アイさんがイタリアンを食べる手を止めた。
「今まで付き合った女の子の事は聞きたくない」
「は?」
「ヤキモチ妬いて、その女のこと殺したくなるからダメ」
……おい。
「随分物騒ですね」
「それくらい八雲君の事が好き」
「今だけですよ、きっと」
俺はそう言って焼きそばを口に運ぶ。このチープながらも一度味わったら二度と浮気できない悪魔的な魅力、一体誰が思いついたんだろうな、焼きそばにミートソースなんて。
「そんな事ないよ、ずっと好き」
「前の彼氏はどうして別れたんですか」
「あたしがベッタリして、好き好きって毎日言い続けたら『鬱陶しい』って。前に言ったじゃない、忘れたの?」
「いえ、覚えてますよ。それで捨てられたのに、また同じことを何度も繰り返すのかなと思って」
「だって好きなんだもん。好きって思ったら口に出ちゃうでしょ? あたしの場合は顔にも態度にも出るの」
普通出ないよ。
「直す気はないんですね」
「うん、気持ちを伝えないと溢れちゃうもん」
よくそういうことを真っ直ぐ俺の目を見て言えるなぁ、感心するよ。俺の方が視線泳いでるし。
「そのうちに私もアイさんの『好きだった男の一人』になるんでしょうね、過去形で」
「八雲君より素敵な人なんて、もう現れないよ」
「その台詞、今までに何人の男に言いました?」
「ヤキモチ妬いてるの?」
「は?」
何を言い出すかなぁ。
「八雲君以外の男の人の話すると、八雲君、機嫌悪くなるよね」
「そんな事ないですよ」
ちょっとムキになっている自分に焦る。図星か、俺?
誤魔化すようにカルピスソーダを一口飲む。普段はこんな甘いものは注文しないんだが、イタリアンにはこれと昔から決まっているのだ。
「今日の事、書こうね。海で遊んだこと。お魚もカニもクラゲもいたこと」
「あー……はい」
「八雲君の後ろに乗ったこと。八雲君にキスして貰ったこと」
「いや、それは」
慌てて否定するが、実際俺の方からしたのは紛れもない事実だ。
「いいよ、舞におちょくられて伊織がカチンときてキスしちゃったっていう書き方でも。舞の方はいきなり伊織にキスされて、嬉しくて舞い上がってるように書くから。二人の感じ方が違う方が面白いんでしょ?」
「ええ、まあ、そうですね」
モゾモゾと口の中で歯切れの悪い返答をしていると、アイさんが残ったカルピスソーダを飲み干して言った。
「そろそろ行こっか。お土産も買わなきゃならないし。えっと、笹団子と、元祖柿の種と……」
指折り数えるその仕草も妙に可愛くて憎たらしい。
「『えご』と『かんずり』と『へぎ蕎麦』は押さえておいて欲しいですね」
「何それー」
「お土産買うのも付き合いますよ。サラダホープと万代太鼓も美味しいんです。行きましょうか」
俺は目を白黒させているアイさんを連れて『みかづき』を後にした。
「あの……さっき、すいません」
「何が?」
「海岸で……」
俺がモゴモゴと口ごもっているのなんか全く意に介さない様子で、アイさんは実に美味しそうに焼きそばを頬張っている。
「美味しいね、イタリアン。ミートソースが焼きそばに合うなんてビックりにゃ。新潟県民、とんでもないこと考えるね」
「さっきのは勢いで。あの、特に深い意味とか無いんで……」
「あたしは嬉しかったにゃ」
「え」
「八雲君がチューしてくれた」
「ですからあれは」
「怒ってる?」
アイさんが俺に被せて来る。なんて答えよう。確かにあの時はカチンと来た。俺、あんなにパニックになってたのに、ちょっと困らせたかっただけってどういう事だよって思った。
だけど。あれでパニックになったのは、俺にもそうしたいという気持ちが少なからずあったからだ。無ければ普通に「鱚ですよ」と返事して突き返すことだってできたんだから。
俺が返事に迷っていると、待ちきれなかったのか、アイさんが俺の手にその小さな手を重ねてきた。
「ごめんね。もう悪戯しないから。怒らないでね」
可愛らしくちょこんと首を傾げて見つめられたら、もう俺、どうでも良くなってしまう。
この人ズルい。八つも年上のくせに、こんな風にしていると年下にしか見えない。しかも我儘放題された後に急に素直になられると、つい、許してしまいたくなる。とんでもない悪女だ。「いや、別に……」と自分でもわけのわからない返事をしてしまう。
「もっと八雲君のこと知りたい」
「もう十分でしょう。これ以上何が知りたいんですか」
「なんでも。八雲君の事ならどんな小さい事でも全部知りたいの」
こんな積極的な人、見たことない。正直、俺には珍獣レベルだ。どう扱っていいのかわからない。
けど、確実に一つ言えることがある。あまり認めたくはないが、俺は多分この珍獣の事が好きだ。お互いに好きなんだから、何も問題は無い筈だ。でも何故かいけないような気がする。なんでだろう、自分でもわからない。
「あ、やっぱり一つだけ知りたくないことがあった」
突然アイさんがイタリアンを食べる手を止めた。
「今まで付き合った女の子の事は聞きたくない」
「は?」
「ヤキモチ妬いて、その女のこと殺したくなるからダメ」
……おい。
「随分物騒ですね」
「それくらい八雲君の事が好き」
「今だけですよ、きっと」
俺はそう言って焼きそばを口に運ぶ。このチープながらも一度味わったら二度と浮気できない悪魔的な魅力、一体誰が思いついたんだろうな、焼きそばにミートソースなんて。
「そんな事ないよ、ずっと好き」
「前の彼氏はどうして別れたんですか」
「あたしがベッタリして、好き好きって毎日言い続けたら『鬱陶しい』って。前に言ったじゃない、忘れたの?」
「いえ、覚えてますよ。それで捨てられたのに、また同じことを何度も繰り返すのかなと思って」
「だって好きなんだもん。好きって思ったら口に出ちゃうでしょ? あたしの場合は顔にも態度にも出るの」
普通出ないよ。
「直す気はないんですね」
「うん、気持ちを伝えないと溢れちゃうもん」
よくそういうことを真っ直ぐ俺の目を見て言えるなぁ、感心するよ。俺の方が視線泳いでるし。
「そのうちに私もアイさんの『好きだった男の一人』になるんでしょうね、過去形で」
「八雲君より素敵な人なんて、もう現れないよ」
「その台詞、今までに何人の男に言いました?」
「ヤキモチ妬いてるの?」
「は?」
何を言い出すかなぁ。
「八雲君以外の男の人の話すると、八雲君、機嫌悪くなるよね」
「そんな事ないですよ」
ちょっとムキになっている自分に焦る。図星か、俺?
誤魔化すようにカルピスソーダを一口飲む。普段はこんな甘いものは注文しないんだが、イタリアンにはこれと昔から決まっているのだ。
「今日の事、書こうね。海で遊んだこと。お魚もカニもクラゲもいたこと」
「あー……はい」
「八雲君の後ろに乗ったこと。八雲君にキスして貰ったこと」
「いや、それは」
慌てて否定するが、実際俺の方からしたのは紛れもない事実だ。
「いいよ、舞におちょくられて伊織がカチンときてキスしちゃったっていう書き方でも。舞の方はいきなり伊織にキスされて、嬉しくて舞い上がってるように書くから。二人の感じ方が違う方が面白いんでしょ?」
「ええ、まあ、そうですね」
モゾモゾと口の中で歯切れの悪い返答をしていると、アイさんが残ったカルピスソーダを飲み干して言った。
「そろそろ行こっか。お土産も買わなきゃならないし。えっと、笹団子と、元祖柿の種と……」
指折り数えるその仕草も妙に可愛くて憎たらしい。
「『えご』と『かんずり』と『へぎ蕎麦』は押さえておいて欲しいですね」
「何それー」
「お土産買うのも付き合いますよ。サラダホープと万代太鼓も美味しいんです。行きましょうか」
俺は目を白黒させているアイさんを連れて『みかづき』を後にした。