第19話 部屋
家に帰ると、食卓はきれいさっぱり片付いていた。残っていた刺身や揚げ物などのつまみは小さい皿に移し替えられて、大きなトレイにまとめてあった。これで続きを飲めという事らしい。
親父は朝が早いので、もうとっくに寝ている。母さんはいつも録画したドラマを夜中にまとめて見るので、これからその時間に突入する。彼女にとってこれは絶対的な時間であり、何人たりとも邪魔をすることは許されないのだ。
そういう訳で、俺とアイさんはトレイにグラスを乗せ、酒を持って俺の部屋に移動した。
俺の部屋……殆ど人を入れたことがないんだが、まぁ仕方がないだろう。居間でこの時間に飲んでいたら母さんにぶっ飛ばされる。大切な趣味の時間を邪魔されるのがどれほど心の平穏を乱すことかは、重々承知しているつもりだ。
アイさんの方は大喜びだ。俺の部屋というだけでハイテンションになっている。男の部屋くらい入ったことがあるだろうに。
「八雲君のお部屋、思った通り片付いてて綺麗だね」
「モノが置いてないだけですよ。適当に座ってください」
俺はテーブルをさっと拭くと、トレイの刺身や揚げ物をテーブルに並べ、グラスに酒を注いだ。
「今度は〆張鶴にゃ。かんぱーい」
意味も無くアイさんとグラスを合わせる。つくづく日本人は乾杯の好きな民族だ。
「こうやって八雲君と一緒に居るだけで、舞と伊織のネタが増えていくね」
「ああ、まあそうですね。逆にこれだけ一緒に居て一つもネタにならなかったら悲しいですけどね」
「もう。すぐそういうこと言う。さっきのお船を見に行った散歩の事もちゃんと書くからね。そこで舞と伊織は信濃川をバックに抱擁を交わし、熱い口づけをす――」
「してませんよ、抱擁は」
当然だが、俺は彼女の言葉を遮った。
「フィクションなんだから固いこと言わないでよ」
「舞の方でそう書くのはいいですけど、伊織の方では舞にいきなりキスされてしまったと書きますよ」
「ふにゅー」
「二人の視点で書くんですから、それぞれの感じ方が異なる方が読者としては盛り
上がりますよ」
そこまで言って、俺はコンニャクをつまむ。このコンニャクは掛け値なしに美味しい。さっきからこればかり食べてる気がする。実家にいる時くらいしか美味しい刺身は食べられないというのに、コンニャクが美味しすぎて箸がそっちに伸びてしまうのだ。
「こうやってさ、八雲君と一緒に居るの、凄く楽しい」
「そうですか。ありがとうございます」
「もう。なんでそうやって線引くの? 他人みたい」
「他人じゃないですか」
「コラボの相棒でしょ」
「相棒……」
そうか、コラボするんだから相棒か。でも、あんまり近寄りすぎてもいけないような気がする。甘えてしまって作品がグダグダになるんじゃないだろうか。
「明日はどこに連れてってくれるにゃ?」
「は?」
「さっきお父さんが言ってたじゃない。新潟巡りしてエッセイのネタを探して来いって。八雲君は車持ってるの?」
「持ってませんよ」
「じゃあ、電車でお出かけかにゃー」
美味しそうに刺身を食べながらワクワクと話すアイさんはそれだけで可愛い。三十二歳か。うーん、八つも年上には見えない。見た目には俺よりちょっと年上くらいだが、話していると年下の人と一緒に居るような錯覚を起こす。
「この辺は電車じゃ小回りが利かないんですよ。アイさんさえ嫌じゃなければ、私のバイクがあるんですけど。後ろ、乗りますか?」
え? 何そのキラキラした目は。
「にゃあ! 八雲君のタンデムシート!」
この反応は、恐らく喜んでいるんだろうな。そんなに嬉しいか?
「乗る乗る! 海行きたい。海水浴場みたいなとこじゃなくて、んーと、岩場があって、写真撮れそうなところ」
「じゃあ、笹川流れかなぁ。福浦八景も綺麗だしなぁ」
「どっちが近い?」
「同じくらいです」
「佐渡見える?」
「佐渡はここが一番近いですよ。笹川流れの方なら粟島が目の前に見えます」
「じゃ、そっち!」
はっと気づいた時には、明日の予定が決定してしまっていた。なんでいつもこうなんだ、俺?
家に帰ると、食卓はきれいさっぱり片付いていた。残っていた刺身や揚げ物などのつまみは小さい皿に移し替えられて、大きなトレイにまとめてあった。これで続きを飲めという事らしい。
親父は朝が早いので、もうとっくに寝ている。母さんはいつも録画したドラマを夜中にまとめて見るので、これからその時間に突入する。彼女にとってこれは絶対的な時間であり、何人たりとも邪魔をすることは許されないのだ。
そういう訳で、俺とアイさんはトレイにグラスを乗せ、酒を持って俺の部屋に移動した。
俺の部屋……殆ど人を入れたことがないんだが、まぁ仕方がないだろう。居間でこの時間に飲んでいたら母さんにぶっ飛ばされる。大切な趣味の時間を邪魔されるのがどれほど心の平穏を乱すことかは、重々承知しているつもりだ。
アイさんの方は大喜びだ。俺の部屋というだけでハイテンションになっている。男の部屋くらい入ったことがあるだろうに。
「八雲君のお部屋、思った通り片付いてて綺麗だね」
「モノが置いてないだけですよ。適当に座ってください」
俺はテーブルをさっと拭くと、トレイの刺身や揚げ物をテーブルに並べ、グラスに酒を注いだ。
「今度は〆張鶴にゃ。かんぱーい」
意味も無くアイさんとグラスを合わせる。つくづく日本人は乾杯の好きな民族だ。
「こうやって八雲君と一緒に居るだけで、舞と伊織のネタが増えていくね」
「ああ、まあそうですね。逆にこれだけ一緒に居て一つもネタにならなかったら悲しいですけどね」
「もう。すぐそういうこと言う。さっきのお船を見に行った散歩の事もちゃんと書くからね。そこで舞と伊織は信濃川をバックに抱擁を交わし、熱い口づけをす――」
「してませんよ、抱擁は」
当然だが、俺は彼女の言葉を遮った。
「フィクションなんだから固いこと言わないでよ」
「舞の方でそう書くのはいいですけど、伊織の方では舞にいきなりキスされてしまったと書きますよ」
「ふにゅー」
「二人の視点で書くんですから、それぞれの感じ方が異なる方が読者としては盛り
上がりますよ」
そこまで言って、俺はコンニャクをつまむ。このコンニャクは掛け値なしに美味しい。さっきからこればかり食べてる気がする。実家にいる時くらいしか美味しい刺身は食べられないというのに、コンニャクが美味しすぎて箸がそっちに伸びてしまうのだ。
「こうやってさ、八雲君と一緒に居るの、凄く楽しい」
「そうですか。ありがとうございます」
「もう。なんでそうやって線引くの? 他人みたい」
「他人じゃないですか」
「コラボの相棒でしょ」
「相棒……」
そうか、コラボするんだから相棒か。でも、あんまり近寄りすぎてもいけないような気がする。甘えてしまって作品がグダグダになるんじゃないだろうか。
「明日はどこに連れてってくれるにゃ?」
「は?」
「さっきお父さんが言ってたじゃない。新潟巡りしてエッセイのネタを探して来いって。八雲君は車持ってるの?」
「持ってませんよ」
「じゃあ、電車でお出かけかにゃー」
美味しそうに刺身を食べながらワクワクと話すアイさんはそれだけで可愛い。三十二歳か。うーん、八つも年上には見えない。見た目には俺よりちょっと年上くらいだが、話していると年下の人と一緒に居るような錯覚を起こす。
「この辺は電車じゃ小回りが利かないんですよ。アイさんさえ嫌じゃなければ、私のバイクがあるんですけど。後ろ、乗りますか?」
え? 何そのキラキラした目は。
「にゃあ! 八雲君のタンデムシート!」
この反応は、恐らく喜んでいるんだろうな。そんなに嬉しいか?
「乗る乗る! 海行きたい。海水浴場みたいなとこじゃなくて、んーと、岩場があって、写真撮れそうなところ」
「じゃあ、笹川流れかなぁ。福浦八景も綺麗だしなぁ」
「どっちが近い?」
「同じくらいです」
「佐渡見える?」
「佐渡はここが一番近いですよ。笹川流れの方なら粟島が目の前に見えます」
「じゃ、そっち!」
はっと気づいた時には、明日の予定が決定してしまっていた。なんでいつもこうなんだ、俺?