第15話 コンニャク
翌日正午、俺は約束通り新潟駅の新幹線改札口にいた。他の人だったら冗談と受け取っただろう、だが、相手はあのアイさんだ、彼女は来ると言ったら絶対来る、そういう人だ。
『そういう人だ』ときっぱり断言できるほど彼女との付き合いが長い訳ではないし、そこはむしろ短いというか『最も付き合いの短い人』でさえあるが、『付き合いが短い』イコール『付き合いが浅い』という式が成り立つわけでもなく、短くても濃い付き合い方というものが……などとグダグダと考えていると、現れた、俺のターゲット。というよりむしろ俺がターゲット。
「きゃはっ! 八雲くーん!」
モスグリーンのリュックを背負い、片手には紙袋を下げたアイさんが、向こうから手を振りながらやって来る。
「はあ~、新潟は暑いにゃー!」
「群馬とそんなに変わらないでしょう」
「群馬は涼しいよぉ。あっ、はいこれ、お土産」
いきなり紙袋を目の前に突き出されて、思わず両手で受け取ってしまう。
「あ、どうもありがとうござ……重っ! なんですかこれ」
「ああ、それコンニャク。うちのおばあちゃんが作ったの。すっごく美味しいんだよー」
ああ、そうか。この人、群馬から来たんだった。それにしてもこの量、全部コンニャクなのか?
「とりあえずお昼ですし、何か食べましょうか」
「うん、あたし八雲君と一緒に食べたくて、駅弁我慢してきたんだよ」
よほど暑いのか、赤い顔して手で必死に扇いでる。こんな小さな手で扇いだって、大して涼しくも無いだろうに。でもなんだかその仕草が妙に可愛らしいのも認めざるを得ない。
パンが食べたいというアイさんを近くのベーカリーレストランに連れて行き、腰が落ち着くや否や、いつもの調子でアイさんが喋り始めた。
「八雲君会いたかったよー。もう昨日から待ち遠しくって、あの後すぐにおばあちゃんに頼んで、冷凍しといたコンニャク芋引っ張り出して来て作って貰ったんだよー! うちにはコンニャク芋専用の冷凍庫があるんだから」
それはそれは嬉しそうに、椅子から飛び上がらんばかりの勢いだ。こんな風に
「会いたかった」と何度も連発されるのも、まんざらではない。
「新潟は初めてですか?」
「うん、お酒も美味しそうだし、おせんべいもいっぱい売ってそう」
「全国の流通に乗ってますから、あんまり変わりませんよ」
「もう! 夢をブチ壊すような事言うし。これだからリアリティ星人は!」
アイさんがプレートにてんこ盛り積んできた小さなパンにバターを塗りながらブ
ツブツ言うもんだから、思わず吹き出してしまった。
「リアリティ星人って……リアリティ星ってのがあるんですか?」
「あるのっ。えーとえーと、プレアデス星雲の向こう側に隠れてるから見えないの」
「それを言うならプレアデス星団ですよ」
「あ、そうだった、てへっ」
そうだった。この人と一緒に居ると「てへっ」が音声で聞けるのだという事を忘れていた。
「で、何を話したかったんですか?」
「あ……」
え? おい、どうした? パンにバターナイフを押し付けたまま石化してしまったぞ?
「アイさん?」
「なんだっけ?」
「は?」
「八雲君の顔見たら嬉しくて忘れちゃった」
新幹線で群馬から出てきて、忘れただって? 嘘だろ?
「昨日まで遡りましょうか。私の一話目を読んで、アイさんがコラボをやめると言ったんですよね、それで……」
「にゃあ! だめっ。八雲君コラボやめたら後悔するよ!」
「誰がですか?」
「八雲君が!」
「しませんよ」
「少しくらい後悔するよ」
「しませんよ」
アイさんが口を尖らせて、上目遣いにこっちを見てる。俺は知らん顔でアイスコーヒーに口を付ける。
「にゅー……」
ぷっ。なんだこの人、この尻すぼみ感がちょっと可愛い。
「あ、八雲君笑ったー。何がおかしいのー?」
「いや、アイさん」
まで言ったら笑いが止まらなくなった。「むー」と音声化してふくれるアイさんがおかしくて益々笑っていると、メインディッシュが運ばれてきた。
俺は白身魚のムニエル、クリームソースがかかっていて、野菜サラダがたっぷり添えてある。彼女の方はエビフライとカキフライとイカフライが山盛りの千切りキャベツの上に鎮座しており、タルタルソースとオーロラソースが横に添えてある。その上串切りトマトが三つもついている。俺も一切れ欲しい。
「何笑ってんのー」
「いや別に」
「みゅうー、教えてよー」
「怒りませんか?」
「わかんない、多分怒る」
「じゃ、言いません」
「あーん、怒らないから言って。言わないと怒る」
「じゃあ言いますけど、怒らないでくださいよ?」
「みゅう」
「ちょっと……可愛いなって思っただけです」
「にゃあ! ちょっとだけなのー?」
え? 怒るとこ、そっちかよ!
「ちょっとだけです。私は正直だけが取り柄ですから。その代わり嘘はつきませんよ」
「嘘でもいいから甘い言葉をちょっとくらい囁いてくれてもいいと思うにゃ」
「嘘でもいいんですか? 私が『アイさんすっごく可愛いですよ』って棒読みで
言っても嬉しいですか?」
「もー。八雲君のおたんこなす!」
は? おたんこなす?
「おたんこなすって音声として発信する人、初めて目の当たりにしました。凄く新鮮です。死語だと思ってました」
あ、また口を尖らせてる。
「にゃー、またばかにしてるにゃ」
「してませんて。アイさん昭和生まれ……ですよね?」
「ええっ? 八雲君平成生まれ?」
「そうですよ」
「みゅう~」
あ~あ~、そんな大きいエビフライ、切らずに口に突っ込んだって入る訳がないだろ……齧ってるし。つまり、最初からナイフを使う気は無いんだな。と思ったら、イカフライは切ってるし。行動パターンがさっぱり読めないなこの人。
「ねぇ、八雲君はあたしの事が嫌いなの?」
今度はなんなんだ一体。
「嫌いな人をわざわざ駅まで迎えに行って、一緒にご飯食べると思ってるんですか?」
「思わない」
「じゃ、何故聞くんですか?」
「好きって言って欲しいから」
……。
「じゃあ『嫌いなの?』じゃなくて『好き?』って聞けばいいじゃないですか。どうしてそういう持って回った言い方するんですか。アイさん、ストレートど真ん中かと思えば、変なところでカーブ投げてきますよね?」
「八雲君だって『消える魔球』だもん」
もはや意味不明だ。もー訳わかんねぇ。
「で、どうなの?」
クロワッサンを齧りながら、再び主語のない質問。
「何がですか?」
「好き?」
「クロワッサンが?」
「あたしの事」
「好きですよ」
「みゃう!」
日本語で表現して欲しい。まあ、通じたから特に問題は無いが。
「じゃ、コラボ続けようねっ」
何故そうなるかな?
「二話目持って来た?」
「一応」
「やっぱり持って来てるじゃん。くふっ、八雲君可愛い!」
俺はとても簡単に彼女の手のひらで転がされているらしい。
翌日正午、俺は約束通り新潟駅の新幹線改札口にいた。他の人だったら冗談と受け取っただろう、だが、相手はあのアイさんだ、彼女は来ると言ったら絶対来る、そういう人だ。
『そういう人だ』ときっぱり断言できるほど彼女との付き合いが長い訳ではないし、そこはむしろ短いというか『最も付き合いの短い人』でさえあるが、『付き合いが短い』イコール『付き合いが浅い』という式が成り立つわけでもなく、短くても濃い付き合い方というものが……などとグダグダと考えていると、現れた、俺のターゲット。というよりむしろ俺がターゲット。
「きゃはっ! 八雲くーん!」
モスグリーンのリュックを背負い、片手には紙袋を下げたアイさんが、向こうから手を振りながらやって来る。
「はあ~、新潟は暑いにゃー!」
「群馬とそんなに変わらないでしょう」
「群馬は涼しいよぉ。あっ、はいこれ、お土産」
いきなり紙袋を目の前に突き出されて、思わず両手で受け取ってしまう。
「あ、どうもありがとうござ……重っ! なんですかこれ」
「ああ、それコンニャク。うちのおばあちゃんが作ったの。すっごく美味しいんだよー」
ああ、そうか。この人、群馬から来たんだった。それにしてもこの量、全部コンニャクなのか?
「とりあえずお昼ですし、何か食べましょうか」
「うん、あたし八雲君と一緒に食べたくて、駅弁我慢してきたんだよ」
よほど暑いのか、赤い顔して手で必死に扇いでる。こんな小さな手で扇いだって、大して涼しくも無いだろうに。でもなんだかその仕草が妙に可愛らしいのも認めざるを得ない。
パンが食べたいというアイさんを近くのベーカリーレストランに連れて行き、腰が落ち着くや否や、いつもの調子でアイさんが喋り始めた。
「八雲君会いたかったよー。もう昨日から待ち遠しくって、あの後すぐにおばあちゃんに頼んで、冷凍しといたコンニャク芋引っ張り出して来て作って貰ったんだよー! うちにはコンニャク芋専用の冷凍庫があるんだから」
それはそれは嬉しそうに、椅子から飛び上がらんばかりの勢いだ。こんな風に
「会いたかった」と何度も連発されるのも、まんざらではない。
「新潟は初めてですか?」
「うん、お酒も美味しそうだし、おせんべいもいっぱい売ってそう」
「全国の流通に乗ってますから、あんまり変わりませんよ」
「もう! 夢をブチ壊すような事言うし。これだからリアリティ星人は!」
アイさんがプレートにてんこ盛り積んできた小さなパンにバターを塗りながらブ
ツブツ言うもんだから、思わず吹き出してしまった。
「リアリティ星人って……リアリティ星ってのがあるんですか?」
「あるのっ。えーとえーと、プレアデス星雲の向こう側に隠れてるから見えないの」
「それを言うならプレアデス星団ですよ」
「あ、そうだった、てへっ」
そうだった。この人と一緒に居ると「てへっ」が音声で聞けるのだという事を忘れていた。
「で、何を話したかったんですか?」
「あ……」
え? おい、どうした? パンにバターナイフを押し付けたまま石化してしまったぞ?
「アイさん?」
「なんだっけ?」
「は?」
「八雲君の顔見たら嬉しくて忘れちゃった」
新幹線で群馬から出てきて、忘れただって? 嘘だろ?
「昨日まで遡りましょうか。私の一話目を読んで、アイさんがコラボをやめると言ったんですよね、それで……」
「にゃあ! だめっ。八雲君コラボやめたら後悔するよ!」
「誰がですか?」
「八雲君が!」
「しませんよ」
「少しくらい後悔するよ」
「しませんよ」
アイさんが口を尖らせて、上目遣いにこっちを見てる。俺は知らん顔でアイスコーヒーに口を付ける。
「にゅー……」
ぷっ。なんだこの人、この尻すぼみ感がちょっと可愛い。
「あ、八雲君笑ったー。何がおかしいのー?」
「いや、アイさん」
まで言ったら笑いが止まらなくなった。「むー」と音声化してふくれるアイさんがおかしくて益々笑っていると、メインディッシュが運ばれてきた。
俺は白身魚のムニエル、クリームソースがかかっていて、野菜サラダがたっぷり添えてある。彼女の方はエビフライとカキフライとイカフライが山盛りの千切りキャベツの上に鎮座しており、タルタルソースとオーロラソースが横に添えてある。その上串切りトマトが三つもついている。俺も一切れ欲しい。
「何笑ってんのー」
「いや別に」
「みゅうー、教えてよー」
「怒りませんか?」
「わかんない、多分怒る」
「じゃ、言いません」
「あーん、怒らないから言って。言わないと怒る」
「じゃあ言いますけど、怒らないでくださいよ?」
「みゅう」
「ちょっと……可愛いなって思っただけです」
「にゃあ! ちょっとだけなのー?」
え? 怒るとこ、そっちかよ!
「ちょっとだけです。私は正直だけが取り柄ですから。その代わり嘘はつきませんよ」
「嘘でもいいから甘い言葉をちょっとくらい囁いてくれてもいいと思うにゃ」
「嘘でもいいんですか? 私が『アイさんすっごく可愛いですよ』って棒読みで
言っても嬉しいですか?」
「もー。八雲君のおたんこなす!」
は? おたんこなす?
「おたんこなすって音声として発信する人、初めて目の当たりにしました。凄く新鮮です。死語だと思ってました」
あ、また口を尖らせてる。
「にゃー、またばかにしてるにゃ」
「してませんて。アイさん昭和生まれ……ですよね?」
「ええっ? 八雲君平成生まれ?」
「そうですよ」
「みゅう~」
あ~あ~、そんな大きいエビフライ、切らずに口に突っ込んだって入る訳がないだろ……齧ってるし。つまり、最初からナイフを使う気は無いんだな。と思ったら、イカフライは切ってるし。行動パターンがさっぱり読めないなこの人。
「ねぇ、八雲君はあたしの事が嫌いなの?」
今度はなんなんだ一体。
「嫌いな人をわざわざ駅まで迎えに行って、一緒にご飯食べると思ってるんですか?」
「思わない」
「じゃ、何故聞くんですか?」
「好きって言って欲しいから」
……。
「じゃあ『嫌いなの?』じゃなくて『好き?』って聞けばいいじゃないですか。どうしてそういう持って回った言い方するんですか。アイさん、ストレートど真ん中かと思えば、変なところでカーブ投げてきますよね?」
「八雲君だって『消える魔球』だもん」
もはや意味不明だ。もー訳わかんねぇ。
「で、どうなの?」
クロワッサンを齧りながら、再び主語のない質問。
「何がですか?」
「好き?」
「クロワッサンが?」
「あたしの事」
「好きですよ」
「みゃう!」
日本語で表現して欲しい。まあ、通じたから特に問題は無いが。
「じゃ、コラボ続けようねっ」
何故そうなるかな?
「二話目持って来た?」
「一応」
「やっぱり持って来てるじゃん。くふっ、八雲君可愛い!」
俺はとても簡単に彼女の手のひらで転がされているらしい。