第11話 なぜこうなる

 数日後、アイさんからPCにメールが届いた。なんでLINEじゃないんだろうかという疑問は、メールを開いた瞬間に解決した。添付データとして例の話の下書きが一緒に送られてきていたのだ。

 なんだか凄いものを見せつけられた気がした。
 確かに、中身を読む限りでは先日のバルでの打ち合わせで決まった通りの事が書かれている。舞と伊織の出会い、カバンを取り違えたこと、チョコレートパフェを食べたこと(打ち合わせの時はイチゴパフェと言ってたのに)、全て一人称で書かれている。もちろん舞の視点なので、伊織に一目惚れメロメロ猪突猛進モードだ。
 いつものふわふわとつかみどころの無い作風のまま、アイさんらしさをちゃんと残したまま、あの散文詩のような文体のまま、長文になっている。

 これがアイさんの『小説』なのか。
 彼女は彼女の世界を確立している。それはどんなものを書いても変わることは無い。真ん中に一本しっかりとした背骨が通っている。その背骨は「アイさん」という種類の背骨であって、一般的な背骨と違う。ああ、俺は何を言ってるんだ、我ながら訳が分からない。とにかく俺は今、混乱しているんだ!

 というかだ。このファンタジックな文体のアイさんと、リアリティ重視の俺がコラボ? これで成り立つのか? 同じ内容を書いていることに気づいてくれる読者はいるのだろうか?
 ゴチャゴチャと考えていると、今度はLINEだ。

▷やーくも君っ! ねえねえ、読んでくれた?
▷どぉどぉ? 感想聞かせて?
▷変かなぁ? 小説はね、初めて書くの
▷いつもエッセイみたいな散文詩みたいなのばっかりだったから
▷これも散文詩みたいなもんだけどねっ♪
▷ねえ、何か言ってよぉ~

◀私はアイさんと一緒にコラボしていく自信が無いんですけど。

▷どうしたの? 急に嫌になったの? あたしの変だった?

◀違います。なんだか凄くて。全然雰囲気違い過ぎてバランス悪くないですか。

▷何言ってんの~。一緒に書こうって言ったじゃん
▷八雲君の一話目もちょうだいっ
▷書いてるんでしょ? みーせーてー♪

◀すいません。まだ書いてません。

▷じゃあ、前に書いてたやつ読ませて。何か書いてるって言ってたよね?

◀あんなもの見せるくらいなら東京湾に飛び込みます。

▷いいよ、東京湾に飛び込んで! その前に見せて♡
▷ジャンルは? 恋愛もの? ファンタジー? SF?

◀多分ラブコメです。分類よくわかりません。

▷きゃあ、見たい!!

◀いや、無理です。そもそも私は移動中の電車の中や布団の中で書くんで、PCに打ち込んでないんです。

▷じゃあ、どこに書いてるにゃ?

◀ノートです。普通の大学ノート。

▷どれくらい書いたにゃ?

◀もうすぐノートが一冊終わります。

▷じゃあ、今から打ち込もう! 一度打ったらその後の改稿も文字修正も簡単だし、サイトにアップする時もコピペでいいから楽だよ。あたしにファイルごとメールすることもできるでしょ? くふ♡

◀いやまあ、そうですけど。

▷打つの遅いの? PC入力、人差し指一本でやる人?

◀もちろんブラインドです!

▷じゃあ、毎日少しずつ打ち込んで行ったらすぐじゃん?
▷一話打ち込んだところで見せて!
▷今日は土曜日だから、今日明日で打ち終わっちゃうかにゃ?
▷今からすぐにスタートね。もう邪魔しないから
▷待ってるからね、おやすみ、チュッ♡

 一方的に決定されて、一方的に終了された……。
 というか、なんで俺はあの「東京湾ダイブ」を誘う原稿をPCに打ち込むことになってしまっているんだ? なぜこうなった? いつの間にこうなった?
 だけど、大学ノート一冊分が何文字分くらいになるのかはこれで判るかもしれない。今は全く見当がつかない状態だから、試しに打ち込んでみるのも悪くないか。
 などと考えている間に、再びLINEの着信音が鳴った。

▷打ち込むならワードで縦書き、一行四十文字にするといいよ♪
▷サイトと同じ形式にしておくの♡
▷後でアップしたときに違和感が無いでしょ?
▷頑張ってね、ちゅ♡

 再び一方的に書いて、一方的に去って行った。台風みたいな人だな。
 でもいいことを聞いた。確かにサイトと同じ形式で書いていれば雰囲気がわかるかもしれない。これはやってみる価値がある。
 俺は創作ノートをカバンから出してくると、ワードを立ち上げて設定画面を開いた。