第8話 夕食

「これ、メグル君が作ったの?」
「うん、いつもこんなのしか作らないけど、今日からは綺羅ちゃんも食べてくれるから楽しみ~」

 テーブルの上には洗い物を少なくする配慮からか、それぞれの席の前にワンディッシュで盛り付けられた夕食が綺麗に揃えてある。お揃いの大きな皿にホットサラダとハンバーグ、それにハッシュドポテトが乗っている。

「あたし、こんなの作れませんよー。どうしよう」
「大丈夫。僕が作るから」

 特に話し合って決めたわけではないけど、昼間メグル君が座っていたポジションの横にもう一つ席が準備されていることから、メグル君の隣があたしの席で確定したようだ。カオルさんはメグル君の正面、あたしの正面はスペースが空いたままである。
 三人が食卓に着いたのを確認すると、カオルさんが「いただきます」と言って手を合わせる。メグル君とあたしもそれに倣って「いただきます」と手を合わせる。ああ、なんだか家族の食卓って感じ。

「なんか、こういうのいいですね。家族っぽくて。あたしは雇われアシスタントですけど」
「家族だよ。綺羅ちゃん、今日から風間家の一員。カオルは兄ちゃんだけど、僕と綺羅ちゃんは同い年だから……双子?」
「似てない~! メグル君イケメンだし、あたしはフツーの地味女子だし。双子とか申し訳ないよー」
「綺羅ちゃん可愛いよー。うちの学校に行ったらミス・キャンパスに選ばれちゃうよ。危なくて連れて行けない」
「もー、メグル君、口が上手いんだから……あ、何これ美味しい! このハンバーグ美味しい!」

 ハンバーグをお箸で割ると、中からチーズがとろりと流れてくる。

「ハッシュドポテトにこのチーズ付けると美味しいんだよ」
「それ、めっちゃ美味しそう!」

 二人でワイワイと楽しげにお喋りしながら食べていても、カオルさんは黙ってそれを聞きながら食べている。もうちょっと気を遣った方がいいのかな。

「あの、カオルさん、あたしうるさいですか? ご飯食べながら作品の構想練ったりとかしてますか?」
「いや。二人の話を聞いてる」
「カオルのことは気にしなくていいよ。思ったことはすぐ口にするから、うるさかったらフツーに『うるさい』とか言う人だから」
「あ、そうなんですか。よかった」

 しみじみ二人を見比べてみる。なんだか不思議な兄弟だ。
 メグル君は可愛い系で物腰も柔らかいけど、見た目ははっきりした王子様系イケメンできっと凄いモテると思う。人懐っこい性格も彼の魅力の一つだろう。細かい気配りができるのもかなりポイントが高い。
 カオルさんは線が細くてものすごい美形だけど、ちょっと怖くて近寄り難い。頭も切れるし、物言いも容赦ない。だけど案外優しいところもある。ちっとも笑わないけどね。あ、そうか、まだこの人の笑顔を見てないんだ。全然笑わないな。
 なんでこんなに対照的な二人が兄弟なんだろう。とても不思議。

「綺羅ちゃんが元気になって良かった。昨日はほんとに死にそうな顔してたからびっくりしたんだよ、新宿で」
「人生終わったとか思ってたし」
「そんな簡単には終わらないよ。捨てる神あれば拾う神ありって言うじゃん」
「メグル君、拾う神だったんだ」
「メグ、よくそういう図々しいことが言えるな。神に失礼だ」

 カオルさんのツッコミが容赦ない。

「メグル君たちはいつから二人で暮らしてるの?」

 一瞬間が空いた。メグル君はチラッとカオルさんを盗み見る。カオルさんはメグル君と目を合わせない。何か変な事聞いたかな。

「あ、僕が大学入った年。それまでは実家にみんなで住んでて」
「そっかー。お父さんとお母さん、カオルさんがBL描いてるのは知ってるんですか?」
「あ、綺羅ちゃん……それは」

 メグル君がもごもごと歯切れの悪い返事をする。そこでカオルさんが突然口を開いた。

「俺たちは両親の顔を知らないんだ」
「え……」
「俺が三歳、メグが赤ん坊の時に事故で死んだ。俺たちはちょうど祖母のところに預けられていて無事だった。それからずっと祖父母に育てられた」

 それだけ言うと、またカオルさんは箸を動かし始めた。
 どうしよう、変な事言っちゃった。

「あの……ごめんなさい」
「気にしなくていいよ。もうそれでずっと育ってるから。僕なんか赤ちゃんだったから全然わかんないし」

 メグル君が即座にフォローする。あたしはなんとなく二人の性格に納得がいった。
 カオルさんは小さいながらも兄として必死に弟を守って来たんだろう。それであの回転の速さと有無を言わせない押しの強さが定着したのかもしれない。
 そしてメグル君はそんな兄を見ながら、必死に周りに気を遣って生きてきたのだろうか。兄弟が助け合ってきたのが何となく伝わってくる。

「僕が高校一年の時ね、カオルが高校卒業したばかりの年に、新人コミック大賞取ったんだ。それから何本か書いたBLが次々ヒットしてね、それで僕が高校を卒業する時に東京の大学に行きたいって言ったら、カオルが一緒に東京に住もうって。それでじいちゃんとばあちゃんのいる田舎を出て、ここに移り住んだんだよ」
「カオルさんの稼ぎでこのマンションですか!」
「そーゆー事。兄上には感謝しております」

 ――二十歳そこらの若さで、聖蹟桜ヶ丘の多摩川沿いのマンションの七階に部屋を購入できるのか。それが売れっ子なのか。
 あたしは自分との違いを突き付けられて愕然とする。だけどカオルさんは涼しい顔でサラダを口に運んでいる。

「綺羅ちゃんちはどこなの?」
「うちはド田舎ですよ。びっくりするくらい山の中。奈良県の十津川村って言うところです。日本一長い路線バスが走ってるんですよ」
「日本一長いって……凄い山の中って感じ?」
「そう! そのバス、普通の路線バスなのに、始発から終点まで六時間半かかるんです」
「はぁ? 六時間半?」
「うん、だから両親もちょっとやそっとじゃ追っかけて来られないの。十津川から橿原(かしはら)まで四時間半、そこから新大阪まで一時間、新大阪から東京まで約二時間半、乗り換えなしでも八時間です、そこに乗り継ぎの時間を入れたら一日仕事ですよ。ハワイの方が近いです」
「それ、冗談だよな?」

 カオルさんが真顔で聞いてくる。顔には『ありえない』と書いてある。

「本当です。あとで検索かけてください。十津川っていう川の川沿いなんです。あたし、川が近くに無いとダメなの。だから今までのアパートも八王子の浅川沿いだったし。ここ、多摩川沿いだから凄く嬉しいんです。なんかね、川が近くにあると安心するんです」

 ぽかんと話を聞いていたカオルさんが急にクスッと笑った。今日一日一緒に居て初めてだ。この冷たそうな人がこんなふうに柔らかく笑うなんて。その眩しすぎる笑顔に軽く眩暈がする。

「良かったー、ここ、気に入ってくれたんだねー。これから仲良くしようね」
「はいっ、よろしくお願いします。あ、そうだ、メグル君はメグル君だけど、カオルさんはカオル先生って呼んだ方がいいですか?」
「家で先生はやめろ。俺はそう呼ばれるのが嫌いだ」
「はい、わかりました。これからお世話になります!」

 こうしてあたしは今日から風間家の一員として新しい人生をスタートした。