第49話 マネージャーどうするの?

「去年、この辺でB-MEN編集部の人に声かけられたんだよね」
「そうだっけ?」
「えー、綺羅ちゃん覚えてないの?」
「メグはつまらん事ばっかり覚えていないで、大切なことを覚えとけ」
「カオル、正月早々毒舌炸裂」
「通常運転だ」

 あれから一週間、今日は初詣に来ている。去年と同じように三人して和服を着込んでの参拝だ。
 今年もメグル君が、彼のセンスで勝手に貸衣装屋さんに予約を入れていたらしい。そして相変わらず六百円のTシャツを着ている人とは思えないほどセンスがいい。

 あたしは赤と黒の豪華な総絞りの振袖。お花が散りばめられたデザインだから、髪もアップにして同じような赤いお花を挿して貰った。うん、馬子にも衣裳。可愛いぞ、綺羅。自画自賛。
 メグル君は去年と同じく羽織袴。茶色って言うかワインレッドって言うか、なんかきっと和名があるんだろうけど、織地で市松模様みたいになったような布地の袴にピンクがかったグレーの変な色の着物と鉄みたいな色の羽織。そこになんと中折れハット! 何故そこで中折れハット? しかもそれが脳天ブチ抜きのカッコ良さ。これがモデルの実力か!
 カオルさんは相変わらず地味な墨色の着物に地味なグレーの羽織、首には黒いマフラー。地味だ、地味過ぎる。地味なのにその神々しいまでのオーラはなんなんだ。後光が射してるのに、刀を差してないのは何故なんだ。この仕事人め。

 周りの人たちがコソコソ言ってるのが耳に入る。

「ねえ、あそこの二人って『よんよんまる』のヒビキとシオンみたいじゃない?」
「やだホント、実写版『よんよんまる』だー」
「あれ、モデルの風間巡じゃない?」
「ウソ、マジで? じゃああっちは風間薫じゃないの?」
「誰それ」
「『よんよんまる』の作者だよ! 風間巡の兄」
「えー? 漫画家なのにチョーかっこいい!」
「どうする? サイン貰ってくる?」
「えー、あたし、声かけらんない」

 勿論、こっちまで丸聞こえ。当然あたしらは速足でそそくさと逃げるわけで。

「風間兄弟、絶大な人気ですね」
「カオルがイケメンすぎるんだよ」
「俺は知らん」
「メグル君が顔割れしてたみたいだよ」
「え、僕?」
「モデルだし」
「あ、そっか」

 去年の今頃はこんなに知られていなかった。メグル君も。カオルさんも。全ては去年の初詣に始まった。今年も何か始まるといいんだけど。

「ねーメグル君、何お願いした?」
「大金持ちになれますようにって。綺羅ちゃんは?」
「当然、新人賞で大賞取れますようにって。カオルさんは?」
「静岡のじーちゃんばあちゃんと、ハルヱお婆ちゃんが長生きするように」
「ほんとカオルはお婆ちゃんが好きだよなー」

 そんなところがカオルさんらしくていい。

「どうやって大金持ちになる気よ?」
「綺羅ちゃんが新人賞取ってお金持ちになって僕に貢ぐ。そしてカオルが『よんよんまる』でいっぱい稼いで、僕に貢ぐ」
「なんでそうなんのよ」
「自分で稼げ」
「そうだそうだ、他力本願ハンタイ!」
「綺羅が言うか」
「すいません……」

 その時メグル君のスマホの着信音が鳴った。

「お、上杉さんだ。ほんとに仕事の話だったりして。もしもーし、風間でーす。あけましておめでとうございまーす」

 メグル君……いいのかそのノリで。

「今年もよろしくお願いしまーす。……はーい。……はい。え? はい?」

 何か様子がおかしい。カオルさんをチラッと見ると彼もこっちを見て小さく首を 傾げてる。

「あ、はい、いや、今ここに居ますけど。初詣に来てるんです。……もう、冗談ばっかり。エイプリルフールにはまだ三ヵ月ありますよ? ……あ……はい、え、それってあれですか。マジですか。え、ちょっと待った! いや、待たなくていい、それでお願いします! ああもう絶対うんって言わせます、って言うか、カオルの意見なんか聞かなくていいです。僕の独断と偏見で……あ!」

 途中でカオルさんがメグル君のスマホを奪い取った。メグル君の明るいテノールがカオルさんの渋いバリトンに引き継がれる。

「風間薫です。お世話になります。何かありましたか?」

 そのまま暫く黙って聞いていたカオルさん、うんうんと頷いて最後に頭を下げた。

「ありがとうございます。よろしくお願いします。ではまた後日」

 ちょっと、何よ、何があったのよ!

「カオル? どうなった?」
「ん、決まった。『よんよんまる』、実写で映画化」
「えーーーーっ! 『よんよんまる』、映画化するんですかぁっ?」

 周りの人たちが一斉にこちらを振り返る。ヤバい!

「綺羅、お前……」
「カオルさん、とりあえず逃げましょう、この場から!」

 あたしたちは裾を踏まないようにたくし上げて、全力疾走した。

「どこの局ですか!」
「G-TVだ」
「上杉さんからの電話なんだから当たり前じゃん」
「あ、そっか」
「それで、シオン役にメグが欲しいらしいぞ」
「えええっ、僕が?」
「すごーい、映画デビュー!」

 って言いながら息切れしてきた。

「えっ、待って、そしたら誰がマネージャーやるんですか?」
「しまった、それを考えていなかった」
「カオルー!」

 あたしは振袖で走りながら、この兄弟と作る自分の未来を夢見た。
 人前に出ない兄、ヴィジュアルを売りにする弟、あたしの大事な家族だ。あたしはこの兄弟と一緒に成長していける。

「一番売れてない人がマネージャーやるって言うのはどうですか?」 
「あ、それいい! それで行こう!」
「俺は余裕だな」
「あたしも頑張りますからね。油断してると知りませんよ!」
「よっしゃ、僕も負けないからな」

 人々が振り返るのも気にせず、あたしたちは神社の参道を和服で走った。
 目の前には道が続いてる。息の続く限り全力疾走しよう!
 元旦の空にあたしは誓った。


おしまい