第48話 JKビジネス


「私が来て凄いラッキーだったんじゃない? ワイン買い忘れるなんて、メグも相変わらずよね」
「アイナサマサマでございます、ありがたやありがたや」

 拍手(かしわで)打って拝んでるよ。そりゃまそうだわな。
 今日のアイナは完全プライベートらしく、珍しくスーツじゃない。アイナのジーンズ姿なんて初めて見た。

「重かったんだからね、半ダースあるから一人アタマ一本半は飲めるわよ」
「うちに二本あるから一人二本ずつ飲める」
「言っとくけどそんじょそこらのワインじゃないんだから。十津川ワイン限定ボトルだよ! ハルヱお婆ちゃんのところから直接注文したんだからね」

 ハルヱ婆、一体何に手を出してるんだ……。っていうか、十津川ワインってなんなのよ、いつの間にワイナリー作ったんだよ、十津川村!

「赤と白とロゼ、二本ずつ。見てよこれ、赤には薫君、白にはメグ、ロゼには綺羅のイラストラベルがついてるんだから」
「何これ、カオルさん、いつの間にこんなの描いたんですか?」
「ああ、少し前にハルヱお婆ちゃんから『風間兄弟』公式のイラスト描いてくれないかって言われてな。綺羅のイラストもって言うから、三人の二頭身キャラのイラストを描いてメールしたんだ。こんなことに使ってたのか」
「ちょっと、ハルヱ婆ってば、著作権どうなってんのよ」
「『風間兄弟』の著作権は俺にあって、それはハルヱお婆ちゃんに全部一任してるから問題はない。ハルヱお婆ちゃんに限り、好きに使っていいと言ってある。あの人に任せておいて、得することはあっても損をすることはないからな」

 絶大な信用を得てるよ、ハルヱ婆……。上杉さんと言い、アイナと言い、カオルさんと言い、デキる人たちがみんなハルヱ婆に『一任していい』と言い切るもんな……凄いよ、ハルヱ婆。

「はいはい、ピザが冷めないうちに乾杯するよ。みんなグラス持って」
「なんでアイナが仕切ってんだよー」
「メグが仕切らないからでしょ! はい、カンパーイ!」

 アイナが来てくれて良かった。本当にアイナサマサマだ。数時間前までの絶望的な気持ちが吹っ飛んでる。手際よくケーキを切り分けながらペラペラと陽気なお喋りであたしたちを盛り上げてくれる。

「昨日のソノアンニⅢ世見た? ゲストがハルヱお婆ちゃんだったんだよ」
「えー! 見てない! 録画した?」
「バックナンバーで見れるよ。もうソノアンニⅢ世も最初のうちはハルヱさんって呼んでたのに、途中からハルヱお婆ちゃんになってんの。もう、スタジオスタッフみんなにフツーにハルヱお婆ちゃんって呼ばれちゃってるし!」

 メグル君が「すげー」って手を叩いて大笑いしてる。

「傘寿で旅館を若女将に任せてからパソコンを習いに橿原《かしはら》に県内留学して、それからホームページだのブログだのフェイスブックだのツイッターだのに手を出して、それでも隠居はつまんないとか言って、今は十津川観光と『風間兄弟』に軸足置いてるなんて言ってさ。とにかくトークがすっごく上手くてずっと笑いっぱなしだったよ」

 初めて来た家とは思えないほど効率的にバケツに水と氷を張ってワインクーラーにすると、その中に先程のワインをザクザクと突っ込んでる。アイナ、凄い。

「それでね、ソノアンニⅢ世に『女子高生に大人気らしいのでアールな』って言われて『あったりまえだろ、あたしゃJKなんだから』って言うの」
「えー! 米寿でJKって言っちゃうか、ハルヱ婆!」
「でしょ? でもね、涼しい顔して『女子高齢者、略してJK』って言うんだよ、もうスタジオ中大笑い! あー、あたしにもピザとって」
「はいはい」

 あたしのグラスにはあたしのラベルが付いたロゼ。共食いみたいで変な気分。カオルさんはメグル君が付いた白、アイナとメグル君はカオルさんが付いた赤。

「ハルヱお婆ちゃんね、神代エミリー先生に投票したって言ってたよ。実力に雲泥の差があるってズバッと言ってた。でもね、私は綺羅に投票したんだよ。社交辞令でもお世辞でもなくてさ、綺羅の方が好きだった。幼馴染がちゃんとした王子様になってカッコよく現れてくれるの、私はそっちの方が好き。薫君みたいじゃない?」

 カオルさんがアイナの横でチキンを喉に詰まらせてる。でもアイナの言う通りだよ。カオルさん、今でも王子様健在だよ。さっきのカオルさん、見た目は不審者っぽかったけど、本当に素敵だったんだよ。

「あ、それとね、イケ坊編集部の中嶋さんも綺羅に投票したって言ってたよ。特に中嶋さんの奥さんが大絶賛だったって。ねえ、綺羅。あんたのファン、確実についてるよ。今回は神代エミリーに負けちゃったけど、綺羅の名前を売るための足掛かりだと思って、これから頑張ればいいんだよ。あたしもハルヱお婆ちゃんと一緒に『よんよんまる』ガンガン売り込んで、アジア展開させるんだから!」

 アジア展開、本気だったんだ。でもアイナならやりそうだ。ハルヱ婆をバックにつけたら世界規模で売り出しそうだよ。

「じゃあ、あたしが新人賞取ったらアイナのところで売ってよ」
「何言ってんのよ、うちはBL編集部ですから! BL書くなら考えてもいいよ?」
「あー、そうだった!」

 そこでカオルさんが思い出したように口を開いた。

「綺羅、新人賞の締め切り、四月末だからな。あと四ヵ月だ。わかってるな?」

 勿論だ。

「はいっ、今度こそ頑張ります。その前にもう一度神代先生の作品とカオルさんの作品、全部読みます。ちゃんと研究して、それから書き起こします。チェック、よろしくお願いします!」
「了解。聞いたか、アイナ。また綺羅は執筆に入るから暫くマネージャー業はできないぞ」

 はい?

「じゃあどうすんのよ。薫君にはどんどん描いて貰わなきゃならないし、自分で調整するの?」
「いや、これからはメグがマネージャーだ」
「はい? ほぐげふはー?」

 ケーキを口いっぱいに頬張ったメグル君、どうやら「僕ですか?」と言ったらしい。口の周りにクリーム付けてる。

「メグはもうすぐ大学を卒業する。晴れて社会人だ。と言う訳で、これからは漫画家・風間薫と小鳥遊キラのマネージャーをメグがやることになるんでよろしく。ああ、イケ坊編集部の中嶋さんにもそう言っといてくれ」
「了解。メグ、これからよろしくね」
「なんでそうなるのー」

 そういう運命なのだよメグル君。