第42話 実力の差
二十三日に集計の結果が発表された。勿論、あたしと神代エミリーの漫画の投票結果だ。
そんなもの見るまでもなく、結果はわかっていた。神代エミリーがダントツであたしを引き離しているだろう。もしかするとあたしには一票も入っていないかもしれない。
面白かったんだ。神代エミリーの方が。あたしの作品の百万倍面白かった。あたし自身、読みながら主人公に共感して、一緒に涙して、最後には「良かったね」って言ってた。
入り込んでいたんだ、神代エミリーの作品世界に。
もう全然レベルが違った。レベルっていうか、次元っていうが……格が違った。こんな人と対決させていただいていたのかあたしは、って恥ずかしくなるほど。
そして神代エミリーという人の懐の深さと、自分の浅はかさに、ただただ、恥じ入るばかりだった。
この発表までの数日間、あたしにとっては生き地獄だった。一週間も要らないと思った。だけど、週末でなければ読めないという人も居る、サービス業は逆に平日でなければ読めない、やはり最低でも一週間は必要だったんだ。
やっと集計の結果が出て、あたしはこの地獄から解放された。
リビングでぼんやりしていると、カオルさんが部屋から出てきた。
「綺羅、集計の結果、見たか?」
「見る必要もありません」
「自分がどれくらいの票を集めたか、自分の目で確かめろ」
「カオルさん、酷い事言うんですね。あたし、自分のことくらいわかってます」
「甘ったれるな」
えっ?
「お前は漫画家じゃないのか。お前を応援してくれた読者を無視するのか。読者を大切にしない奴の作品なんか、誰にも読んで貰えない」
あ、そうか。神代エミリーに勝てなくても、票を入れてくれた読者がいるということなんだ。
「すいません。そうでした。見てきます」
パソコンを立ち上げてG-netに繋ぐと、トップページに特設ページへのリンクが載っていた。特設ページに入ると、大きな『開票結果!』の文字が目に飛び込んできた。
桁が違う。あたしは二桁。神代先生は六桁だ。神代先生の六桁の中の一票はあたしが投票したものだ。そしてきっとあたしの方の二桁のうち半分は十津川村の人だろう。あたしはその二桁の数字に頭を下げた。
「どうだった」
背後からカオルさんの声がした。ここであたしに感想を求めるのか。
「カオルさんはどう思いました?」
「当然の結果だと思った。俺も神代先生に票を入れた」
「あたしも神代先生に票を入れました。当然の結果です」
「コーヒーを淹れた。向こうで話そう」
あたしはカオルさんに黙ってついて行った。リビングではコーヒーが湯気を立ち昇らせて、あたしを待っていた。
「神代先生にあって、自分に無いもの、分かるか?」
「わかりません」
「じゃあ、神代先生と自分の違いは分かるな?」
「なんだろ……わかんない。それがわかれば描けてます」
「そうだ、それがわかってないから描けないんだ。よく考えろ。違いが分からなければ、神代先生の作品を読んで感じたことを片っ端から話してみろ」
感じた事……。
「主人公に共感できました」
「うん、それから?」
「主人公を応援したくなって、ずっと頑張れって」
カオルさんは黙ってうんうんと頷く。
「すごく続きが気になって、目が離せなくて」
そうだ、続きが気になって他の事が手につかなくなったんだ。
「幼馴染がね、なんでわかんないかなコイツ、あたしの方ではちゃんと主人公の事を理解してあげるように書いてたのに神代先生のストーリーだとコイツがさっぱり使えない」
カオルさんは黙ってコーヒーを飲む。勝手に喋れという事らしい。
「もっとちゃんと主人公を守ってやって欲しかったんです。あたしの方じゃ完璧な王子様扱いなのに神代先生の方は全然王子様でもなんでもなくて、まるでダメで、最後の最後まで使えないじゃないですか。だからこっちも見ててイライラハラハラして、しっかりしなさいよって幼馴染を応援しちゃって」
「それで?」
「で、結局主人公の方が頑張っちゃって。そのくせ、もうほんとにダメってなったら、その幼馴染が急に頑張っちゃって、王子様みたいにカッコよくはなくて全然まるっきりヘボいんだけど、それでも彼なりに必死に頑張るとこが、すっごく嬉しくて……」
「で、お前のは?」
「あたしのは幼馴染が何でもできる王子様だから、いつだって助けてくれて」
「で、読者は誰を応援するんだ?」
「え?」
「誰に共感するんだ?」
あ……。
「だけど、幼馴染がカッコよく助けに来てくれるから読者はキュンキュン――」
「しないんだ」
とだけ言って、カオルさんは口元からコーヒーカップを下ろすと、あたしの方を真っ直ぐ見た。
「まるでダメでカッコ悪い幼馴染が、ダメでもなんでも必死になって主人公を助けようとする姿に、読者は共感して応援した。だから神代先生のは面白い」
え、だけど、いつだって自分を助けに来てくれる人って素敵だし、憧れたりするし……でもあたしのより確かに神代先生の方が面白かった、っていうか、神代先生の作品を読んだ後で自分の作品を読んだら、信じられないほどつまらなかった。なんで? どうしてそうなるの?
「はっきり言おう。綺羅のは共感できない。応援したくならない。ドキドキ感も萌えポイントも無い。王子様なら完璧王子様に作ればいいのに、中途半端でカッコいいのか悪いのかわからない」
完璧王子様に書いたつもりだったのに、読者には中途半端に見えるんだ……。
「最悪なのは、ストーリーをつらつらと追っているだけで、気持ちの動きが分からないところだ。イベントをただ並べているに過ぎない。コマ割りも単純でメリハリに欠ける。パターンがいつも同じで予想が付く」
一瞬で頭が真っ白になった。そんなに酷いのか、あたしの作品。そんなに悪いところが次々と出て来るほどつまらないのか。
「いいか、自分の弱点を知らないと、いつまで経っても上手くはならない。自分の弱点と向き合え」
弱点を知れって言っても、弱点だらけじゃないか。逆にどこが強みなのかわからないくらいだ。
あたし、どうしたらいいんだ。もう何も考えられない。いっぱいいっぱいだ。
「ごめんなさい、あの、あたし。ご指摘ありがとうございます、ごめんなさい」
これだけやっと絞り出して、あたしは自分の部屋に逃げ込んだ。カオルさんは何も言わず、追ってくることもなかった。
あたしはただただ、布団をかぶって泣くことしかできなかった。
二十三日に集計の結果が発表された。勿論、あたしと神代エミリーの漫画の投票結果だ。
そんなもの見るまでもなく、結果はわかっていた。神代エミリーがダントツであたしを引き離しているだろう。もしかするとあたしには一票も入っていないかもしれない。
面白かったんだ。神代エミリーの方が。あたしの作品の百万倍面白かった。あたし自身、読みながら主人公に共感して、一緒に涙して、最後には「良かったね」って言ってた。
入り込んでいたんだ、神代エミリーの作品世界に。
もう全然レベルが違った。レベルっていうか、次元っていうが……格が違った。こんな人と対決させていただいていたのかあたしは、って恥ずかしくなるほど。
そして神代エミリーという人の懐の深さと、自分の浅はかさに、ただただ、恥じ入るばかりだった。
この発表までの数日間、あたしにとっては生き地獄だった。一週間も要らないと思った。だけど、週末でなければ読めないという人も居る、サービス業は逆に平日でなければ読めない、やはり最低でも一週間は必要だったんだ。
やっと集計の結果が出て、あたしはこの地獄から解放された。
リビングでぼんやりしていると、カオルさんが部屋から出てきた。
「綺羅、集計の結果、見たか?」
「見る必要もありません」
「自分がどれくらいの票を集めたか、自分の目で確かめろ」
「カオルさん、酷い事言うんですね。あたし、自分のことくらいわかってます」
「甘ったれるな」
えっ?
「お前は漫画家じゃないのか。お前を応援してくれた読者を無視するのか。読者を大切にしない奴の作品なんか、誰にも読んで貰えない」
あ、そうか。神代エミリーに勝てなくても、票を入れてくれた読者がいるということなんだ。
「すいません。そうでした。見てきます」
パソコンを立ち上げてG-netに繋ぐと、トップページに特設ページへのリンクが載っていた。特設ページに入ると、大きな『開票結果!』の文字が目に飛び込んできた。
桁が違う。あたしは二桁。神代先生は六桁だ。神代先生の六桁の中の一票はあたしが投票したものだ。そしてきっとあたしの方の二桁のうち半分は十津川村の人だろう。あたしはその二桁の数字に頭を下げた。
「どうだった」
背後からカオルさんの声がした。ここであたしに感想を求めるのか。
「カオルさんはどう思いました?」
「当然の結果だと思った。俺も神代先生に票を入れた」
「あたしも神代先生に票を入れました。当然の結果です」
「コーヒーを淹れた。向こうで話そう」
あたしはカオルさんに黙ってついて行った。リビングではコーヒーが湯気を立ち昇らせて、あたしを待っていた。
「神代先生にあって、自分に無いもの、分かるか?」
「わかりません」
「じゃあ、神代先生と自分の違いは分かるな?」
「なんだろ……わかんない。それがわかれば描けてます」
「そうだ、それがわかってないから描けないんだ。よく考えろ。違いが分からなければ、神代先生の作品を読んで感じたことを片っ端から話してみろ」
感じた事……。
「主人公に共感できました」
「うん、それから?」
「主人公を応援したくなって、ずっと頑張れって」
カオルさんは黙ってうんうんと頷く。
「すごく続きが気になって、目が離せなくて」
そうだ、続きが気になって他の事が手につかなくなったんだ。
「幼馴染がね、なんでわかんないかなコイツ、あたしの方ではちゃんと主人公の事を理解してあげるように書いてたのに神代先生のストーリーだとコイツがさっぱり使えない」
カオルさんは黙ってコーヒーを飲む。勝手に喋れという事らしい。
「もっとちゃんと主人公を守ってやって欲しかったんです。あたしの方じゃ完璧な王子様扱いなのに神代先生の方は全然王子様でもなんでもなくて、まるでダメで、最後の最後まで使えないじゃないですか。だからこっちも見ててイライラハラハラして、しっかりしなさいよって幼馴染を応援しちゃって」
「それで?」
「で、結局主人公の方が頑張っちゃって。そのくせ、もうほんとにダメってなったら、その幼馴染が急に頑張っちゃって、王子様みたいにカッコよくはなくて全然まるっきりヘボいんだけど、それでも彼なりに必死に頑張るとこが、すっごく嬉しくて……」
「で、お前のは?」
「あたしのは幼馴染が何でもできる王子様だから、いつだって助けてくれて」
「で、読者は誰を応援するんだ?」
「え?」
「誰に共感するんだ?」
あ……。
「だけど、幼馴染がカッコよく助けに来てくれるから読者はキュンキュン――」
「しないんだ」
とだけ言って、カオルさんは口元からコーヒーカップを下ろすと、あたしの方を真っ直ぐ見た。
「まるでダメでカッコ悪い幼馴染が、ダメでもなんでも必死になって主人公を助けようとする姿に、読者は共感して応援した。だから神代先生のは面白い」
え、だけど、いつだって自分を助けに来てくれる人って素敵だし、憧れたりするし……でもあたしのより確かに神代先生の方が面白かった、っていうか、神代先生の作品を読んだ後で自分の作品を読んだら、信じられないほどつまらなかった。なんで? どうしてそうなるの?
「はっきり言おう。綺羅のは共感できない。応援したくならない。ドキドキ感も萌えポイントも無い。王子様なら完璧王子様に作ればいいのに、中途半端でカッコいいのか悪いのかわからない」
完璧王子様に書いたつもりだったのに、読者には中途半端に見えるんだ……。
「最悪なのは、ストーリーをつらつらと追っているだけで、気持ちの動きが分からないところだ。イベントをただ並べているに過ぎない。コマ割りも単純でメリハリに欠ける。パターンがいつも同じで予想が付く」
一瞬で頭が真っ白になった。そんなに酷いのか、あたしの作品。そんなに悪いところが次々と出て来るほどつまらないのか。
「いいか、自分の弱点を知らないと、いつまで経っても上手くはならない。自分の弱点と向き合え」
弱点を知れって言っても、弱点だらけじゃないか。逆にどこが強みなのかわからないくらいだ。
あたし、どうしたらいいんだ。もう何も考えられない。いっぱいいっぱいだ。
「ごめんなさい、あの、あたし。ご指摘ありがとうございます、ごめんなさい」
これだけやっと絞り出して、あたしは自分の部屋に逃げ込んだ。カオルさんは何も言わず、追ってくることもなかった。
あたしはただただ、布団をかぶって泣くことしかできなかった。