第37話 対決
翌日、G-TVの上杉さんがうちにやってきた。大至急の用事という事だったけど、グローバル・アース社まで出向く時間がカオルさんには無いのだ。そこで急遽、上杉さんが風間家にやってくることになったのだ。
今日も織地に特徴のあるオシャレな濃紺のスーツをピシッと隙無く着こなした上杉さん、相変わらず無駄のない動きでさっさとパソコンを出してくると、カオルさんのコーヒーに口を付ける間もなく何かの動画を再生し始めた。
「これは昨夜のG-TV生放送『ソノアンニⅢ世・謁見の間』です。ご存知の通り、ソノアンニⅢ世が有名人をゲストに呼び、話を聞くコーナーです」
「あ、見たことあります。デザイナーとか学者とかアイドルとか、いろんな方面で活躍してる人を招くんですよね」
あたしはアイドルの回は何度か見たことがあるのだ。
「そうです。昨夜は漫画家の先生をお招きしてまして……」
その時、あたしの横でカオルさんが「あ」と低く呟いた。
「これ、神代エミリー先生ですね」
えっ? 神代エミリー?
「そうです。流石風間薫先生、お察しの通り、神代エミリー先生をお招きしました。そこでソノアンニⅢ世との会話で綺羅さんの話になったんです」
「はい? あたしですか?」
「ええ、まあ、とにかくこちらをご覧ください」
あたしとカオルさんはそのパソコンの画面を食い入るように見つめた。
『とてもよく勉強している子だったんですのよ。アタクシの作品は全部擦り切れるまで読んで、セリフも諳んじていたくらい。トーンなんかアタクシが指定しなくても全部完璧にわかっていて。余程お勉強したのねってアタクシ高く評価しておりましたのよ』
『そんなに評価してたのに、何故クビにしちゃったのでア~ルか?』
『クビにしたわけではございませんことよ。あの子ね、ちょっと早とちりなところがあって、オホホホ、そんなところがまた愛らしいんですけれどね、オホホホ』
ぐはぁ、あたしの事かよ! それにしても、あの人、全然変わらないな。
『何か描きたそうにしていたんですの。それでアタクシ聞きましたの、何か構想があるなら話してごらんなさいなって。あの子必死に話してくれましたのよ、小学生のころから温めてきたプロットですって。ところがそのお話のストーリーが、アタクシの次回作の構想とほとんど同じ。アタクシびっくりしましてね、この子良いもの持ってるわって思いましたのよ。それで彼女にそれを言いましたらね、アタクシに案を盗まれたと勘違いしてしまったのね。そんなところもあの子らしくていいんだけれども、オホホホ』
厭味かよ! 厭味だよな! くっそー!
「あの、高梨さん、落ち着いてくださいね」
「わかってます!」
『結局勘違いして出て行ってしまいましたの。アタクシそれまでのお給料も払っていないし、あの子、どうしちゃったかしらって心配していましたんですけどね。風間薫君のところで面倒見て貰ってるらしいと聞きましてね、ちょっと安心しましたのよ。風間君ならね、あの子もいい子だから、きっとキラちゃんもいい漫画家になると思いますことよ』
何よ、わざとらしい。人の案パクっといて、どの面下げて言ってんのよ。ほんと腹立つ!
しかもこのソノアンニⅢ世がいちいち「ア~ル」って語尾につけんのが益々ムカつく! ってこれは八つ当たりだけど。
『誤解は解かなくていいのでア~ルか?』
『そうねぇ、アタクシに案を盗まれたと思っていることについてはアタクシはどうでもいいんですのよ。何より、あの子がアタクシより先にそのプロットで漫画を描いて来ると思って待ってましたの。でも、先日の新人賞、全然別のお話で応募して来たんですの。あのお話はアタクシが描くと思って、捨ててしまったのかしら?』
『そうかもしれないでア~ルよ!』
『実はね、アタクシのプロットと最後の最後だけ違いましたのよ。途中までは同じ流れでしたんですけれどもね。だから最後はこうすると宜しくてよ、ってアドヴァイスして差し上げようと思ってましたのに、出て行かれてしまって……キラちゃんに伝えられなかったんですの。それが心残りで』
それ、今思いついた話だろ。テキトーに考えただろ。
『つまり、キラちゃんとエミリー先生のラストは違うのでア~ルか?』
『そうですの』
『それは面白いのでア~ル! 同じストーリーでラストの違う物語、ソノアンニⅢ世は読みたいのでア~ル。きっと全国のファンも読みたいでア~ルね。ここで漫画師弟バトルをするでア~ル。どうでア~ルか?』
『アタクシは構いません事よ。それであの子が頑張れるんでしたら』
『おお、たった今、ディレクター……いや、余の側近から即OKが出たのでア~ル。それでは、二人で漫画を描いて、その作品をアップ、人気投票をするというので如何でア~ルか?』
はああああああああ? なんですとー?
『ソノアンニⅢ世さん、その案に賛成ですことよ! ちゃんとキラちゃんのOKとって頂戴ね』
『了解したのでア~ル。余の側近を使いに出すのでア~ル』
というところで、動画の再生が終了した。
「という事でア~ルのです」
「上杉さんまでソノアンニⅢ世しなくていいですっ!」
「落ち着け、綺羅。上杉さんもコーヒーどうぞ」
カオルさんの通常運転すら腹が立つのでア~ル!
「私はソノアンニⅢ世の代理でこうして来ています。お返事をいただきませんことには、帰ることができません。明日の生放送にご出演いただく予定でしたメイコさんが、台風の為、飛行機が飛ばずに沖縄で立ち往生なさっているんです。もし高梨さんが差し支えなければ、明日の生放送にご出演いただけないでしょうか」
「上等よ! 受けて立つわ!」
という事で、翌日の生放送にあたしはカオルさんと一緒に出演し、生放送で「受けて立ちます」と宣言、カオルさんもその場で許可を出したのだ。
ソノアンニⅢ世が提示した勝負は以下の通り。
・タイムリミットは十二月十五日正午。
・作品はグローバルアース社のネットサービスG-netで十二月十六日零時にアップ。
・十六日から二十二日の一週間で読者投票を行い、二十三日に勝敗が決定。
神代エミリーサイドはいつもと同じやり方で。小鳥遊キラサイドは風間薫がアシスタントとして参加して良い事とする。ただし、内容やテクニックについての助言は一切しないこと。
上等だわ。ちょろっとあたしからパクっただけの人が、何年も何年も構想を温め続けてきたあたしには勝てないんだってこと、思い知らせてやる。覚悟しなさいよ、神代エミリー!
翌日、G-TVの上杉さんがうちにやってきた。大至急の用事という事だったけど、グローバル・アース社まで出向く時間がカオルさんには無いのだ。そこで急遽、上杉さんが風間家にやってくることになったのだ。
今日も織地に特徴のあるオシャレな濃紺のスーツをピシッと隙無く着こなした上杉さん、相変わらず無駄のない動きでさっさとパソコンを出してくると、カオルさんのコーヒーに口を付ける間もなく何かの動画を再生し始めた。
「これは昨夜のG-TV生放送『ソノアンニⅢ世・謁見の間』です。ご存知の通り、ソノアンニⅢ世が有名人をゲストに呼び、話を聞くコーナーです」
「あ、見たことあります。デザイナーとか学者とかアイドルとか、いろんな方面で活躍してる人を招くんですよね」
あたしはアイドルの回は何度か見たことがあるのだ。
「そうです。昨夜は漫画家の先生をお招きしてまして……」
その時、あたしの横でカオルさんが「あ」と低く呟いた。
「これ、神代エミリー先生ですね」
えっ? 神代エミリー?
「そうです。流石風間薫先生、お察しの通り、神代エミリー先生をお招きしました。そこでソノアンニⅢ世との会話で綺羅さんの話になったんです」
「はい? あたしですか?」
「ええ、まあ、とにかくこちらをご覧ください」
あたしとカオルさんはそのパソコンの画面を食い入るように見つめた。
『とてもよく勉強している子だったんですのよ。アタクシの作品は全部擦り切れるまで読んで、セリフも諳んじていたくらい。トーンなんかアタクシが指定しなくても全部完璧にわかっていて。余程お勉強したのねってアタクシ高く評価しておりましたのよ』
『そんなに評価してたのに、何故クビにしちゃったのでア~ルか?』
『クビにしたわけではございませんことよ。あの子ね、ちょっと早とちりなところがあって、オホホホ、そんなところがまた愛らしいんですけれどね、オホホホ』
ぐはぁ、あたしの事かよ! それにしても、あの人、全然変わらないな。
『何か描きたそうにしていたんですの。それでアタクシ聞きましたの、何か構想があるなら話してごらんなさいなって。あの子必死に話してくれましたのよ、小学生のころから温めてきたプロットですって。ところがそのお話のストーリーが、アタクシの次回作の構想とほとんど同じ。アタクシびっくりしましてね、この子良いもの持ってるわって思いましたのよ。それで彼女にそれを言いましたらね、アタクシに案を盗まれたと勘違いしてしまったのね。そんなところもあの子らしくていいんだけれども、オホホホ』
厭味かよ! 厭味だよな! くっそー!
「あの、高梨さん、落ち着いてくださいね」
「わかってます!」
『結局勘違いして出て行ってしまいましたの。アタクシそれまでのお給料も払っていないし、あの子、どうしちゃったかしらって心配していましたんですけどね。風間薫君のところで面倒見て貰ってるらしいと聞きましてね、ちょっと安心しましたのよ。風間君ならね、あの子もいい子だから、きっとキラちゃんもいい漫画家になると思いますことよ』
何よ、わざとらしい。人の案パクっといて、どの面下げて言ってんのよ。ほんと腹立つ!
しかもこのソノアンニⅢ世がいちいち「ア~ル」って語尾につけんのが益々ムカつく! ってこれは八つ当たりだけど。
『誤解は解かなくていいのでア~ルか?』
『そうねぇ、アタクシに案を盗まれたと思っていることについてはアタクシはどうでもいいんですのよ。何より、あの子がアタクシより先にそのプロットで漫画を描いて来ると思って待ってましたの。でも、先日の新人賞、全然別のお話で応募して来たんですの。あのお話はアタクシが描くと思って、捨ててしまったのかしら?』
『そうかもしれないでア~ルよ!』
『実はね、アタクシのプロットと最後の最後だけ違いましたのよ。途中までは同じ流れでしたんですけれどもね。だから最後はこうすると宜しくてよ、ってアドヴァイスして差し上げようと思ってましたのに、出て行かれてしまって……キラちゃんに伝えられなかったんですの。それが心残りで』
それ、今思いついた話だろ。テキトーに考えただろ。
『つまり、キラちゃんとエミリー先生のラストは違うのでア~ルか?』
『そうですの』
『それは面白いのでア~ル! 同じストーリーでラストの違う物語、ソノアンニⅢ世は読みたいのでア~ル。きっと全国のファンも読みたいでア~ルね。ここで漫画師弟バトルをするでア~ル。どうでア~ルか?』
『アタクシは構いません事よ。それであの子が頑張れるんでしたら』
『おお、たった今、ディレクター……いや、余の側近から即OKが出たのでア~ル。それでは、二人で漫画を描いて、その作品をアップ、人気投票をするというので如何でア~ルか?』
はああああああああ? なんですとー?
『ソノアンニⅢ世さん、その案に賛成ですことよ! ちゃんとキラちゃんのOKとって頂戴ね』
『了解したのでア~ル。余の側近を使いに出すのでア~ル』
というところで、動画の再生が終了した。
「という事でア~ルのです」
「上杉さんまでソノアンニⅢ世しなくていいですっ!」
「落ち着け、綺羅。上杉さんもコーヒーどうぞ」
カオルさんの通常運転すら腹が立つのでア~ル!
「私はソノアンニⅢ世の代理でこうして来ています。お返事をいただきませんことには、帰ることができません。明日の生放送にご出演いただく予定でしたメイコさんが、台風の為、飛行機が飛ばずに沖縄で立ち往生なさっているんです。もし高梨さんが差し支えなければ、明日の生放送にご出演いただけないでしょうか」
「上等よ! 受けて立つわ!」
という事で、翌日の生放送にあたしはカオルさんと一緒に出演し、生放送で「受けて立ちます」と宣言、カオルさんもその場で許可を出したのだ。
ソノアンニⅢ世が提示した勝負は以下の通り。
・タイムリミットは十二月十五日正午。
・作品はグローバルアース社のネットサービスG-netで十二月十六日零時にアップ。
・十六日から二十二日の一週間で読者投票を行い、二十三日に勝敗が決定。
神代エミリーサイドはいつもと同じやり方で。小鳥遊キラサイドは風間薫がアシスタントとして参加して良い事とする。ただし、内容やテクニックについての助言は一切しないこと。
上等だわ。ちょろっとあたしからパクっただけの人が、何年も何年も構想を温め続けてきたあたしには勝てないんだってこと、思い知らせてやる。覚悟しなさいよ、神代エミリー!