第36話 お姉さま
九月に入り、G-TVではメグル君の『かくれんぼ』が終わると同時に、カオルさんの『よんよんまる』がゴールデンタイムでスタートした。そしてその『よんよんまる』、初日からG-TV始まって以来の歴史に残る高視聴率を記録したのだ。
これには上杉さんもカオルさん本人も驚いていたが、どうやらバックで動いていた黒幕がいるらしい。言わずと知れたハルヱ婆である。
ハルヱ婆は黙っていれば本当に可愛らしいお婆ちゃんなのだ、あんなに切れ者とは誰も思うまい。その可愛いお婆ちゃんがキャラのコスプレ衣装に身を包み(この時点で既に普通のお婆ちゃんじゃない!)、全国の女子高生仲間(仲間ですと?)に呼びかけて、ツイッターやフェイスブックで拡散しまくったというのだから侮れない。
女子高生たちの「可愛い~!」という黄色い声に乗って、ハルヱ婆の本当に愛くるしいコスプレショットはG-TVの宣伝文句とともに、瞬く間に全国に拡散されたのだ。そりゃあ、視聴率も上がるというものだ。
そしてG-TVから、八月の『かくれんぼ』の正解発表があった。それと同時に、『風間兄弟ファンクラブ』ホームページの方でも全問正解者の表彰とプレゼントの発表が行われた。なんと恐ろしいことに、三十一日間、全問正解という人が何人もいたのだ。ハルヱ婆はその全問正解者全員に十津川温泉ペア宿泊券をプレゼントするという大盤振る舞いに出た! マジか!
メグル君はと言えば、毎日学校の合間にモデル業とG-TVのCM出演、大学の仲間との交流と忙しい毎日を送っている。
カオルさんは相変わらず『よんよんまる』のシーズン4をせっせと描いていて、休む暇もない忙しさだ。
そしてあたし。あたしだけが順風満帆という言葉からかけ離れた世界にいた。九月頭に発表された新人賞の二次選考通過者の中に、あたしの名前は無かったのだ。
カオルさんは「残念だったな」とだけ言って、あとは一切その話には触れなかった。まあそうだよね、あたしの方からカオルさんに助言を求めれば何か教えてくれるかもしれないけど、聞かれてもいないのに余計なことをペラペラと喋るような人でもないし、今は気を使ってくれているんだろう。
メグル君も「次回頑張ればいいよ、新人賞なんか一度っきりじゃないんだから」ってビミョーなフォローを入れてくれた。確かにね、次回頑張るしかない。
もしかしたら、あたし漫画家に向いてないのかな。やっぱり風間兄弟のマネージャーに完全シフトしてしまおうかな。
でも、そうしたらカオルさんはどうするんだろう? あたしをマネージャーとしてそのまま認めてくれるんだろうか。それとも、漫画を描かないなら出ていけって言われちゃうんだろうか。
それに、向いてないからってそんな簡単に諦められるの? 小学生の時からずっと神代エミリーみたいな漫画家になりたかったんじゃないの? そんなに簡単に諦めがつくようなものなら、神代先生にパクられたからって文句言う筋合いないじゃん。
はぁ……何やってんだろ、あたし。
悶々と考えているところに、友華ちゃんからお出かけのお誘いがかかった。気分転換にはちょうどいいかもしれない。お財布の中身千円もないのに、待ち合わせはショッピングモール。
「最近、巡君に声かけることが増えちゃったんです。彼、うちの学校の子たちと話してると映像の事が聞けて勉強になるからって、声かけるとすぐに来てくれるんですよ。だもんだから、今忙しい筈だってわかってるんですけど、ついつい甘えちゃって」
「本人が喜んでるんだから呼んじゃえばいいのよ。それで友華ちゃんのお株も上がるんだし。そっかー、メグル君もなんのかんの言って、しっかり映像の方も勉強してるんだね。自分の魅せ方ってモデルには大切だもんね」
あちこち目移りしながらブラブラ歩く。どうせ何も買わないんだけど、見てるだけで楽しい。
「だけど私がこんなだから、巡君と一緒にいるのが申し訳なくて。それで綺羅さん呼んだんです」
「は?」
「あの……巡君の隣にいても恥ずかしくないようになりたいんですけど……その、つまり、ええと」
友華ちゃん、分かりやすすぎるほど赤くなってる。こんな友華ちゃんが可愛くて仕方ない。
「大好きなんだね、メグル君の事」
「やっ、ちょっ、声大きいです!」
「こんな歩きながら喋ってるのなんか誰も聞いてないよ」
「や、でも、ダメです! 恥ずかしいです!」
「やだもー、可愛いなぁ。どうしたいの? お姉さんに言ってごらん、うりうり」
友華ちゃん、「きゃー」とか言いながらあたしの腕に絡みついてくる。ほんっと可愛いんだから。
「あの、あの、私こんなだから、その、二人で一緒にいても恥ずかしくない服とか。ほら、アクセサリーとか付けたことないし、その……」
「わかった。予算は?」
「全財産三万円で!」
諭吉三人! か、金持ちだな……。
「よしっ。じゃ、まず髪型変えよ!」
「え? 髪型?」
友華ちゃんが目をまん丸くして立ち止まった。そんなに驚くことかな?
「だって、こんな短いのに?」
「いいから来て!」
それから十五分後、友華ちゃんは別人になっていた。千円カットのお店だから早いし、千円プラス消費税だけだ。
「ほらー、ただのボブでおでこ全開にしてるより、こっちの方が断然いいじゃん」
軽く裾の方にレイヤー入れて貰って、ショートレイヤーボブにして貰ったのだ。案の定、凄く似合ってる。
「なんか私、大人っぽくなりました?」
「色っぽくなったよ」
「やだー、恥ずかしい!」
「よし、次はデート服。それと可愛いアクセサリもね」
「はいっ! じゃあちょっと綺麗めのカジュアルで」
「それならあっち、アダージョ行こう! あそこの服、カジュアル過ぎないのが多いから」
「もう、お姉さまと呼んでいいですかー!」
「いいわよー、トモカー!」
この時はまだ幸せだったんだ。これからとんでもない試練が待ち受けていようとは、この時はまだ知らなかったんだから。
九月に入り、G-TVではメグル君の『かくれんぼ』が終わると同時に、カオルさんの『よんよんまる』がゴールデンタイムでスタートした。そしてその『よんよんまる』、初日からG-TV始まって以来の歴史に残る高視聴率を記録したのだ。
これには上杉さんもカオルさん本人も驚いていたが、どうやらバックで動いていた黒幕がいるらしい。言わずと知れたハルヱ婆である。
ハルヱ婆は黙っていれば本当に可愛らしいお婆ちゃんなのだ、あんなに切れ者とは誰も思うまい。その可愛いお婆ちゃんがキャラのコスプレ衣装に身を包み(この時点で既に普通のお婆ちゃんじゃない!)、全国の女子高生仲間(仲間ですと?)に呼びかけて、ツイッターやフェイスブックで拡散しまくったというのだから侮れない。
女子高生たちの「可愛い~!」という黄色い声に乗って、ハルヱ婆の本当に愛くるしいコスプレショットはG-TVの宣伝文句とともに、瞬く間に全国に拡散されたのだ。そりゃあ、視聴率も上がるというものだ。
そしてG-TVから、八月の『かくれんぼ』の正解発表があった。それと同時に、『風間兄弟ファンクラブ』ホームページの方でも全問正解者の表彰とプレゼントの発表が行われた。なんと恐ろしいことに、三十一日間、全問正解という人が何人もいたのだ。ハルヱ婆はその全問正解者全員に十津川温泉ペア宿泊券をプレゼントするという大盤振る舞いに出た! マジか!
メグル君はと言えば、毎日学校の合間にモデル業とG-TVのCM出演、大学の仲間との交流と忙しい毎日を送っている。
カオルさんは相変わらず『よんよんまる』のシーズン4をせっせと描いていて、休む暇もない忙しさだ。
そしてあたし。あたしだけが順風満帆という言葉からかけ離れた世界にいた。九月頭に発表された新人賞の二次選考通過者の中に、あたしの名前は無かったのだ。
カオルさんは「残念だったな」とだけ言って、あとは一切その話には触れなかった。まあそうだよね、あたしの方からカオルさんに助言を求めれば何か教えてくれるかもしれないけど、聞かれてもいないのに余計なことをペラペラと喋るような人でもないし、今は気を使ってくれているんだろう。
メグル君も「次回頑張ればいいよ、新人賞なんか一度っきりじゃないんだから」ってビミョーなフォローを入れてくれた。確かにね、次回頑張るしかない。
もしかしたら、あたし漫画家に向いてないのかな。やっぱり風間兄弟のマネージャーに完全シフトしてしまおうかな。
でも、そうしたらカオルさんはどうするんだろう? あたしをマネージャーとしてそのまま認めてくれるんだろうか。それとも、漫画を描かないなら出ていけって言われちゃうんだろうか。
それに、向いてないからってそんな簡単に諦められるの? 小学生の時からずっと神代エミリーみたいな漫画家になりたかったんじゃないの? そんなに簡単に諦めがつくようなものなら、神代先生にパクられたからって文句言う筋合いないじゃん。
はぁ……何やってんだろ、あたし。
悶々と考えているところに、友華ちゃんからお出かけのお誘いがかかった。気分転換にはちょうどいいかもしれない。お財布の中身千円もないのに、待ち合わせはショッピングモール。
「最近、巡君に声かけることが増えちゃったんです。彼、うちの学校の子たちと話してると映像の事が聞けて勉強になるからって、声かけるとすぐに来てくれるんですよ。だもんだから、今忙しい筈だってわかってるんですけど、ついつい甘えちゃって」
「本人が喜んでるんだから呼んじゃえばいいのよ。それで友華ちゃんのお株も上がるんだし。そっかー、メグル君もなんのかんの言って、しっかり映像の方も勉強してるんだね。自分の魅せ方ってモデルには大切だもんね」
あちこち目移りしながらブラブラ歩く。どうせ何も買わないんだけど、見てるだけで楽しい。
「だけど私がこんなだから、巡君と一緒にいるのが申し訳なくて。それで綺羅さん呼んだんです」
「は?」
「あの……巡君の隣にいても恥ずかしくないようになりたいんですけど……その、つまり、ええと」
友華ちゃん、分かりやすすぎるほど赤くなってる。こんな友華ちゃんが可愛くて仕方ない。
「大好きなんだね、メグル君の事」
「やっ、ちょっ、声大きいです!」
「こんな歩きながら喋ってるのなんか誰も聞いてないよ」
「や、でも、ダメです! 恥ずかしいです!」
「やだもー、可愛いなぁ。どうしたいの? お姉さんに言ってごらん、うりうり」
友華ちゃん、「きゃー」とか言いながらあたしの腕に絡みついてくる。ほんっと可愛いんだから。
「あの、あの、私こんなだから、その、二人で一緒にいても恥ずかしくない服とか。ほら、アクセサリーとか付けたことないし、その……」
「わかった。予算は?」
「全財産三万円で!」
諭吉三人! か、金持ちだな……。
「よしっ。じゃ、まず髪型変えよ!」
「え? 髪型?」
友華ちゃんが目をまん丸くして立ち止まった。そんなに驚くことかな?
「だって、こんな短いのに?」
「いいから来て!」
それから十五分後、友華ちゃんは別人になっていた。千円カットのお店だから早いし、千円プラス消費税だけだ。
「ほらー、ただのボブでおでこ全開にしてるより、こっちの方が断然いいじゃん」
軽く裾の方にレイヤー入れて貰って、ショートレイヤーボブにして貰ったのだ。案の定、凄く似合ってる。
「なんか私、大人っぽくなりました?」
「色っぽくなったよ」
「やだー、恥ずかしい!」
「よし、次はデート服。それと可愛いアクセサリもね」
「はいっ! じゃあちょっと綺麗めのカジュアルで」
「それならあっち、アダージョ行こう! あそこの服、カジュアル過ぎないのが多いから」
「もう、お姉さまと呼んでいいですかー!」
「いいわよー、トモカー!」
この時はまだ幸せだったんだ。これからとんでもない試練が待ち受けていようとは、この時はまだ知らなかったんだから。