第33話 オープンキャンパス

 八月の二週目、友華ちゃんの大学のオープンキャンパスが開かれた。ゲストとして招かれているメグル君には、当然ではあるけどマネージャーのあたしがついて行くことになる。
 だけどその日は朝からカオルさんが熱を出していて、一人残して行くのはちょっと心配だった。

「小学生の子供じゃあるまいし、たかだかちょっと熱出したくらいで騒ぐな。俺はどうせ寝てるだけだ、仕事に行ってこい」

 と言うカオルさんに後ろ髪を引かれながらも、あたしはメグル君にくっついて多摩芸術大学に足を踏み入れた。

 ……んだけど!
 なんだこれは、門をくぐった瞬間から周りの女の子たちの視線が刺さる、刺さりまくる!

「友華ちゃん、多摩芸術大学のオープンキャンパスって、こんなに人が集まるんだね、あたし大学出てないから凄い新鮮!」
「違いますよぉ、毎年こんなにならないんです。今年はあの(・・)風間巡が来るって言うから大騒ぎになってるだけなんですよ」

 あたしたちを案内しながら友華ちゃんが説明してくれる。確かに周りの視線はこっちに釘付け状態で、スマホで写真撮ってる人もいる。

「僕、いつからそんなに人気者になってんの?」
「何言ってんですか、G-TVの『かくれんぼ』、学校でメチャメチャ話題になってるんですよ。G-TVと言えばネット業界ナンバーワンのグローバル・アース社が本体じゃないですか。だからカメラワークとかコンピュータグラフィックスとか参考になる部分が多くて、もうみんな必死で勉強するんです。そこへきて今月の『かくれんぼ』のターゲットが巡君なもんだから、めっちゃ大騒ぎになってるんですよ。巡君にモデルをやって貰う一般講義、三回分ともあっという間に定員オーバーになっちゃって。なんかもう朝から映像学科、殺気立っちゃって殺気立っちゃってエラい騒ぎです」

 なんてな話をしながら映像学科の方まで行くと、ちゃんとした撮影スタジオがいくつもあってびっくり。ハウススタジオみたいな感じの作りの場所もあれば、緑色の壁のだだっ広い部屋みたいなスタジオもある。

「凄い派手な緑だねー」
「ああ、あれCG合成する時のグリーンバックですよ」
「僕もこの前撮ったじゃん、『かくれんぼ』の撮影で」
「あ、私見ましたよ! 一昨日の『コーラと魔王』に出てましたよね。魔王の後ろでケルベロスと喋ってたのが巡君でしょ?」
「それそれ! 似合ってた?」
「凄いハマってた! もう、昨日なんかその話題で持ちきりでしたよ。巡君、何やってもカッコいいからすぐわかるー! あんなイケメンなコカトリス見たことないし」
「褒められてる気がしねー!」

 二人でめちゃめちゃ盛り上がってる。
 そうか、ここはそういう大学のそういう学科だから、G-TVなんかみんな見るんだな。という事は、裏を返せばG-TVに売り込めばこういう学生が食いつく、そしてこういう学生に宣伝すればG-TVの視聴率が上がる。これは上杉さんとの交渉に使える!
 ……やだ、あたしったらほんとにマネージャー根性発揮してる。ヤバい、漫画家より向いてるかも。いかんいかん。あたしは漫画家だ。カオルさんに追い出されてしまう。
 あ、だけど……この前言ってた「綺羅の邪魔はしたくない」ってどういう意味だろう?

「じゃ、ここが控室になるので、綺羅さんとメグル君はここ使ってくださいね。講義はさっきのグリーンバックの部屋とハウススタジオを使います。先生呼んできますから、ここでゆっくりしててください。あ、ここにお茶あるから自由に飲んでください」

 と相変わらずリスのようにちょこまかと動きながら、友華ちゃんは部屋を出て行った。



 午前中に一時間半、お昼を挟んで午後から一時間半を二回、計三回の講義のモデルを終えて、あたしたちは映像学科の人たちから打ち上げに誘われた。友華ちゃんにも是非って言われたけど、やっぱりカオルさんの事が心配で仕方ない。

「ごめん、メグル君だけ行ってきて」
「綺羅ちゃんも行こうよ」

 メグル君があたしの袖を引っ張る。こんな時ばっかり可愛い弟キャラ全開で、ズルいことこの上ない。こんな目で見られたら負けそうになるじゃないか。

「あたしやっぱ帰るよ、カオルさん心配だし。メグル君も映像学科の先生のお話とか為になることいっぱいあるだろうから、ちゃんと聞いてくるんだよ」
「カオルもう大人だよ? 一人で大丈夫だって」
「うん、わかってる。だけどやっぱりちょっと心配だよ」

 って言ったら、メグル君が少し寂しそうな顔をした。

「そんなに……カオルが心配? 僕よりカオルと一緒に居たいの?」
「えっ。そういうあれじゃなくて。ほら、熱あったじゃん。熱上がったりしてるかもしれないし」
「ああ、うん。そうだね」

 向こうで友華ちゃんが「巡くーん、早くー」って呼んでる。

「わかった。じゃあ、僕だけ行くよ。帰り、気を付けて」

 そう言って友華ちゃんの方へ向かうメグル君の後ろ姿が、なんだか少し小さく見えた。