第29話 かくれんぼ

 メグル君が友華ちゃんのところに呼ばれたのは、先日撮影した写真を選ぶためではなかったらしい。確かに言われてみれば、その写真を選ぶのに中嶋さんが呼ばれていないってのはおかしな話だ。
 どうも友華ちゃんの大学のオープンキャンパスにゲストとして呼ばれたようなのだ。美大だから映像を学んでいる人がたくさんいる。そこでオープンキャンパスで実際にその映像を撮る場面を高校生たちに見せようという事らしく、メグル君はそのモデルにと声をかけられたようなのだ。

 とは言え、メグル君はB-MENの『専属』モデルだから、出版社との契約もあるし、そもそもマネージャー抜きでその話はできませんって、その話を次回に持ち越しにして帰ってきたらしい。って言うかマネージャーって誰よ、あたしの事じゃないでしょうね?
 そういうわけでなんだか知らないけど、あたしが(・・・・)メグル君のマネージャーとして、中嶋さんに話を付けることになってしまった。全くもう。

 でもね、中嶋さんはいいのよ、彼は一緒に撮影行ったし、優しいパパさんだし、もう普通に仲良くなったから。問題なのはその後に来た話なんだ。
 インターネット大手のグローバル・アース社が手掛けるネット回線テレビ局G-TVからメグル君に『かくれんぼ』への一ヵ月間の出演依頼が来たのだ。一ヵ月間って、大学どうすんのよ。学生なんだから!

 仕方なくあたしも一緒に会うことにしたんだけど、担当さんがメチャメチャ切れ者っぽくて話が上手いんだ、なんだかうまく丸め込まれてしまいそうだ。
 上杉さん(名前は謙信さんというらしい)と名乗ったアラサーのちょっとイケメンのディレクターさんは、チャコールグレイのスーツをスマートに着こなして、クールながらも爽やかな笑顔を見せながら、流れるように説明してくれたんだ。

「当テレビ局で放送しているたくさんの番組の中で、一日一回どこかで通行人や背景の人としてさりげなく登場していただきたいんです。一日当たりの平均出演時間は一分未満です。八月中の放送になりますので、三十一日分、放送時間にしてトータル三十分ほどです。一度に何日分も撮りますので、ロケは数日で終わります。学校の授業に影響はありませんし、モデル業の方にも影響のない範囲で撮影はできます。風間さんの日程に合わせてこちらで調整しますので、準備していただくものはございません。B-MENさんの担当さんにはこちらで先にお話を通してありますので、風間さんサイドで調整していただくことも一切ありません。如何でしょうか」

 これだけ先に手回しされたら断れないじゃん。中嶋さんさえ既にウンと言わせているって事じゃん。

「実際どういう感じなんですか? 僕何したらいいんですか?」

 ぽかんと聞いていたメグル君がぼんやりした様子で尋ねると、上杉さんはモバイルPCを開いて既に放送されている分の動画を見せてくれた。

「これは『かくれんぼ』という企画で、毎月特定のゲストに一ヵ月間毎日一分間だけどこかの番組に出演していただき、それを視聴者に探してもらうという企画なんです。ここ、わかりますか? このスマホ弄ってる女の子、歌手のメイコさんです」
「あ、ほんとだ!」
「え、見せて見せて、あー! メイコだ!」
「こんなふうに、六月一日は『鉄子の部屋』で電車の乗客として、二日は『食いしん坊将軍』で……ここ、こちらですね、腰元の一人にメイコさんがいるのわかりますかね」
「えーっ、マジでメイコだ。これは気づかんわ」
「これは三日放送分、『科学部!』で後ろを通過するコティロリンクスの着ぐるみの中に入っています。顔がちゃんと見えてるんですが、わかりますか?」
「アハハ、ほんとだ」

 この人、こんな仕事してたんだ。って言うかこの企画が笑っちゃう。G-TV恐るべし。

「これを風間さんにやっていただくという事なんです」
「これ、やります、やらせてください。すげー面白そうです」
「そう言っていただけますと、私どもも助かります。これを楽しみにしているファンが多いんです。毎日必ずどこかに出演している筈なんで、何が何でも一番最初に見つけてやるって言うファンもいるくらいで。どこに出演していたか、翌日に前日の答えを発表するんです。それを楽しみにしている視聴者もいるので、いい宣伝にはなると思います」

 そこであたしはとんでもないことを思いついたのだ。

「あの、それって一ヵ月間ですよね? 風間兄弟公式ファンクラブがあるんです。そこでこの企画の宣伝もさせていただくことはできますか? ファンクラブのホームページに、見つけた人が『出演箇所』を報告するようにするんです。それで毎日の一番乗りを表彰する。どうですか、G-TVさんの宣伝にもなりますよ」
「いいですね、乗りましょう」

 え、即答かい! いいのかG-TV、いいのか上杉さん!

「じゃあ、こうしませんか。一番乗りを五回記録した人には風間兄弟からプレゼントを贈る、何が贈られるかは内緒にしておいて、風間巡のかくれんぼが終わると同時に九月一日付で発表する。これを風間兄弟ブログでも、ファンクラブサイドでも、G-TV側でも宣伝する。これで視聴率上がりますよ?」

 あたしが思いつきでマシンガンのように話すと、上杉さんは頷きながらメモを取り、最後に一言「やりましょう」と言ってくれた。

「プレゼントはどんなものにするんですか? 何かお考えがあっての事と思いますが」
「ええ、私の知人がファンクラブサイトの管理人をしているんです。その人は奈良県吉野郡の十津川村というところで温泉旅館を経営しているんです」
「なるほど。ペア宿泊券ですか」
「そういうことです。あたしから話せばすぐにOKが出る筈です。その人お婆ちゃんなんですけど、村役場にも顔が利くんですよ。十津川村の観光にも一役買うことになりますし」
「では、G-TVの方でもその旨宣伝させていただきます。『かくれんぼ』のサイトの中で、風間兄弟公式ファンクラブと十津川観光ホームページにリンクするようにしておけばいいですね」

 流石G-TVのディレクター、話が早い。ちょっと振っただけで全てを理解してくれる。

「ありがとうございます。流石としか言いようがないですね」
「いえ、高梨さんのような優秀なマネージャーを雇った風間兄弟が羨ましいですよ。では、改めて風間さんの日程についてお伺いしてよろしいですか」
「ほら、メグル君!」

 ここでやっとポケーっとしていたメグル君が我に返った。

「え、あ、はい! お願いします!」