第27話 キャラモデル
撮影から二週間ほど経って、またお母さんから荷物が届いた。あたしが一人暮らししてる時は何も送ってくれなかったくせに、今はいそいそとカオルさん宛に送って来るし。もう、ほんと現金なんだから。
でもこうやってお母さんがいろいろ送ってくれるのは正直助かる。あたしの稼ぎが何もなくてただの居候状態だから、食費とかちょっと申し訳ないなって思ってたし。しかもカオルさん、バイトさせてくれないし。
今日も例によってメグル君が開梱当番やってる。
「おお~、凄い凄い、また野菜がいっぱい入ってるよ。キャベツとアスパラガスと、新じゃがもあるよ。タケノコも出てきた。ピーマンと……これはオクラかな。何これ、なんか丸い爆弾みたいなのもあるよ」
ゴロゴロと手のひらサイズの爆弾ドーナツが入ったビニール袋をこっちに向けて、メグル君が笑う。
「あ、これ、サーターアンダギーっていうドーナツだよ。沖縄の友人に作り方教えて貰ってからハマってんの。お母さん、また作ってたんだ」
「という事は、コーヒーが必要だな」
カオルさんが当然のようにキッチンに向かう。
「カオル~、今日は僕、タケノコの煮物が食べたいな~」
「自分で作れ」
「カオルの作ったのが美味しいんだよな~」
甘えるメグル君が可愛い。きっとカオルさんは今夜タケノコの煮物を作るんだろうな。クールなふりして、弟にはどこまでも甘い兄。
「あれ? 何か手紙が入ってるよ」
「俺宛か? 綺羅宛か?」
「わかんないよ」
「荷物がカオルさん宛なんだから、カオルさんなんじゃないですか?」
「まあいい、メグ、読め」
カオルさんにはコーヒーの方が大事らしい。メグル君が「へーい」と言いながら段ボールの前に正座して手紙を開く。
「じゃ、読むよー。皆さんお元気ですか。お母さんは元気です。十津川では風間兄弟ファンクラブができました。みんなで応援しています」
「お母さんが作ったんじゃない、全く」
あたしがツッコむと、メグル君がクスッと笑って続ける。
「綺羅のブログ、評判いいね。『高梨綺羅』が『小鳥遊キラ』になってて笑ったよ。ペンネーム、文字変えただけなんだね」
「もー、お母さんてば、要らん事ばっかり書くし。ほっといてよ!」
「薫さんのアニメ、夜中の放送だから録画して見ています。お母さんも田中のおばちゃんも斉藤さんとこのハルヱ婆ちゃんも、みんな『よんよんまる』のファンだよ……田中のおばちゃんとか斉藤さんのお婆ちゃんって誰?」
コーヒーのいい香りが漂ってくる。
「お隣さんが田中さん。近所の旅館の大女将がハルヱ婆で今年米寿のお婆ちゃん」
「八十八のお婆ちゃんが『よんよんまる』見てわかんの?」
「ハルヱ婆を侮って貰っちゃ困るね。あたしが六年生の時ハルヱ婆は八十歳で橿原に県内留学して、二週間のホテル住まいでパソコンを完璧にマスターしてきたんだよ。今なんか自分のブログ持ってるしインスタもやってんだから」
「いいから続き読め」
「へーい。えっとー、あれは今流行りのBLっていうのかね、ヒビキ君もシオン君もいい男だね。見てたら気付いたんだけど、あのヒビキ君とシオン君のモデルは、薫さんと巡君なんだね。あんたのブログ見てそっくりだって思ったよ」
え?
「ちょっ……あっ……そう言えば! どこかで見たことあると思ったら! そうか、カオルさん、初めて会った気がしないと思ったらそう言う事か、『よんよんまる』でカオルさんを見てたんだ!」
驚愕するあたしを見て、カオルさんとメグル君は「は?」って顔してる。
「今更何を言ってるんだ。『よんよんまる』の主人公の二人が俺たちと同じ顔だから、アイナも顔出しして売り込めって言ってたんだろ」
えええっ、そういう事だったの?
「まさか綺羅、そこに気づかなくてずっと『どこかで会ったことは無いか』って聞いてたのか?」
「その通りです……」
確かに言われてみれば、ヒビキ君はクールでワイルド、ウェーヴのかかった黒髪を後ろで一つにまとめてる。無口で背が高くて冷たい眼の美形だ。シオン君の方は負けず嫌いで人懐っこい、可愛らしい弟キャラ。ストレートの茶髪で、いつもニコニコ誰にでも優しい王子様系だ。
フツーにカオルさんとメグル君じゃないか!
「ちょっと待った! じゃあカオルさんは、カオルさんとメグル君をモデルにしたキャラでBL描いてたんですか! もしかしてそういう性癖があるんですか? まさかの近親B――」
「あのなー。『よんよんまる』はプラトニックBLだろうが。なんで俺とメグがエロ絡みしなきゃならんのだ。頼まれても断る」
「僕もー。綺羅ちゃんだったら断らないけど」
「今あたし関係ないから! でも、でも、『よんよんまる』では二人いい雰囲気になったりしてますよね、凄い至近距離で顔を寄せてたりとか」
「そうせざるを得ない状況にしてるだろ。意図的に近寄ったわけじゃなくて、たまたまそうなったという描き方をしてるはずだが」
うー、言われてみればそうだったかも。
「自分たちをモデルにしてしまった関係で、構成がプラトニックになったんだ。そのおかげで、ギトギトしていないサッパリBLで読みやすいって、ファンがたくさんついたんだろうが。ちゃんと分析しとけ。綺羅も漫画家の端くれだろう」
「う……はい、そうでした」
端くれって言うな。ほんとのこと言うと傷つくんだぞ。
「なー、カオル。今放送してるのって、まだあの二人がそんなに接近してないよね。これから接近して来たら十津川のお婆ちゃんたち、大丈夫かなぁ?」
カオルさんがコーヒーを運んで来てダイニングテーブルに落ち着くと、メグル君が爆弾ドーナツを兄の方に差し出す。
「そんなに過激なことは描いてない筈だ。それに、視聴者がアニメを見るのを、原作者は止められない。もうディレクターの管轄だ。俺は知らん。続き読め」
「はいはい。えーと、どこまで読んだかな。……ハルヱ婆ちゃんは『風間兄弟ファンクラブ公式ホームページ』ってのを作って、大々的にネットで拡散してるよ。お母さんにはよくわからないんだけど。……マジか、ハルヱ婆ちゃんて人、凄いな」
メグル君が本気で驚いてるのが気分いい。
「だから言ったでしょ? そんじょそこらのお婆ちゃんじゃないんだから」
「メグの感想は要らん、続き読め」
「へいへい。今、お母さんたちの間で『よんよんまるグッズ』が流行ってて、お母さんはケータイにヒビキ君のストラップ付けてるしね、山本さんは風呂敷持ってるんだよ。中井さんちの奈々子ちゃん、シャーペンとクリアファイル持ってるって。この前、役場行ったらね、川谷さんがシオン君の付箋使ってて盛り上がったんだよ~……だって。そんなもんまで出てんの?」
「ネット販売してるとは聞いたが、風呂敷は知らんぞ」
「カオルがちゃんと品目に目を通してないんだろ」
「いや、興味がないから最初からチェックしてない」
自分のキャラじゃないのよ、興味持ちなよ、カオルさん。
「バッタもんとか出るかもしれないから、あたしの方で明日アイナに確認しときますね」
あたしがコーヒーカップを手に取ると、メグル君も一緒にカップを手にする。
「綺羅ちゃん、優秀なマネージャーだよね。カオルのマネージャーだったのに、知らぬ間に風間兄弟のマネージャーになってるし」
「バカ言うな、今だけだ。綺羅は漫画家になるんだからな。メグの戯言なんか忘れろ」
「酷ぇなぁ。戯言だって。ま、いいや、爆弾ドーナツいただきまーす」
だけど……うーん。
あたしは漫画家になりたいけど、最近二人の専属マネージャーになっちゃってもいいかな、なんて思い始めてしまっている。そんなこと言ったらきっとカオルさんに追い出されてしまうんだろうな。
とりあえずあたしは、自分の生活のために黙っておくことにした。
撮影から二週間ほど経って、またお母さんから荷物が届いた。あたしが一人暮らししてる時は何も送ってくれなかったくせに、今はいそいそとカオルさん宛に送って来るし。もう、ほんと現金なんだから。
でもこうやってお母さんがいろいろ送ってくれるのは正直助かる。あたしの稼ぎが何もなくてただの居候状態だから、食費とかちょっと申し訳ないなって思ってたし。しかもカオルさん、バイトさせてくれないし。
今日も例によってメグル君が開梱当番やってる。
「おお~、凄い凄い、また野菜がいっぱい入ってるよ。キャベツとアスパラガスと、新じゃがもあるよ。タケノコも出てきた。ピーマンと……これはオクラかな。何これ、なんか丸い爆弾みたいなのもあるよ」
ゴロゴロと手のひらサイズの爆弾ドーナツが入ったビニール袋をこっちに向けて、メグル君が笑う。
「あ、これ、サーターアンダギーっていうドーナツだよ。沖縄の友人に作り方教えて貰ってからハマってんの。お母さん、また作ってたんだ」
「という事は、コーヒーが必要だな」
カオルさんが当然のようにキッチンに向かう。
「カオル~、今日は僕、タケノコの煮物が食べたいな~」
「自分で作れ」
「カオルの作ったのが美味しいんだよな~」
甘えるメグル君が可愛い。きっとカオルさんは今夜タケノコの煮物を作るんだろうな。クールなふりして、弟にはどこまでも甘い兄。
「あれ? 何か手紙が入ってるよ」
「俺宛か? 綺羅宛か?」
「わかんないよ」
「荷物がカオルさん宛なんだから、カオルさんなんじゃないですか?」
「まあいい、メグ、読め」
カオルさんにはコーヒーの方が大事らしい。メグル君が「へーい」と言いながら段ボールの前に正座して手紙を開く。
「じゃ、読むよー。皆さんお元気ですか。お母さんは元気です。十津川では風間兄弟ファンクラブができました。みんなで応援しています」
「お母さんが作ったんじゃない、全く」
あたしがツッコむと、メグル君がクスッと笑って続ける。
「綺羅のブログ、評判いいね。『高梨綺羅』が『小鳥遊キラ』になってて笑ったよ。ペンネーム、文字変えただけなんだね」
「もー、お母さんてば、要らん事ばっかり書くし。ほっといてよ!」
「薫さんのアニメ、夜中の放送だから録画して見ています。お母さんも田中のおばちゃんも斉藤さんとこのハルヱ婆ちゃんも、みんな『よんよんまる』のファンだよ……田中のおばちゃんとか斉藤さんのお婆ちゃんって誰?」
コーヒーのいい香りが漂ってくる。
「お隣さんが田中さん。近所の旅館の大女将がハルヱ婆で今年米寿のお婆ちゃん」
「八十八のお婆ちゃんが『よんよんまる』見てわかんの?」
「ハルヱ婆を侮って貰っちゃ困るね。あたしが六年生の時ハルヱ婆は八十歳で橿原に県内留学して、二週間のホテル住まいでパソコンを完璧にマスターしてきたんだよ。今なんか自分のブログ持ってるしインスタもやってんだから」
「いいから続き読め」
「へーい。えっとー、あれは今流行りのBLっていうのかね、ヒビキ君もシオン君もいい男だね。見てたら気付いたんだけど、あのヒビキ君とシオン君のモデルは、薫さんと巡君なんだね。あんたのブログ見てそっくりだって思ったよ」
え?
「ちょっ……あっ……そう言えば! どこかで見たことあると思ったら! そうか、カオルさん、初めて会った気がしないと思ったらそう言う事か、『よんよんまる』でカオルさんを見てたんだ!」
驚愕するあたしを見て、カオルさんとメグル君は「は?」って顔してる。
「今更何を言ってるんだ。『よんよんまる』の主人公の二人が俺たちと同じ顔だから、アイナも顔出しして売り込めって言ってたんだろ」
えええっ、そういう事だったの?
「まさか綺羅、そこに気づかなくてずっと『どこかで会ったことは無いか』って聞いてたのか?」
「その通りです……」
確かに言われてみれば、ヒビキ君はクールでワイルド、ウェーヴのかかった黒髪を後ろで一つにまとめてる。無口で背が高くて冷たい眼の美形だ。シオン君の方は負けず嫌いで人懐っこい、可愛らしい弟キャラ。ストレートの茶髪で、いつもニコニコ誰にでも優しい王子様系だ。
フツーにカオルさんとメグル君じゃないか!
「ちょっと待った! じゃあカオルさんは、カオルさんとメグル君をモデルにしたキャラでBL描いてたんですか! もしかしてそういう性癖があるんですか? まさかの近親B――」
「あのなー。『よんよんまる』はプラトニックBLだろうが。なんで俺とメグがエロ絡みしなきゃならんのだ。頼まれても断る」
「僕もー。綺羅ちゃんだったら断らないけど」
「今あたし関係ないから! でも、でも、『よんよんまる』では二人いい雰囲気になったりしてますよね、凄い至近距離で顔を寄せてたりとか」
「そうせざるを得ない状況にしてるだろ。意図的に近寄ったわけじゃなくて、たまたまそうなったという描き方をしてるはずだが」
うー、言われてみればそうだったかも。
「自分たちをモデルにしてしまった関係で、構成がプラトニックになったんだ。そのおかげで、ギトギトしていないサッパリBLで読みやすいって、ファンがたくさんついたんだろうが。ちゃんと分析しとけ。綺羅も漫画家の端くれだろう」
「う……はい、そうでした」
端くれって言うな。ほんとのこと言うと傷つくんだぞ。
「なー、カオル。今放送してるのって、まだあの二人がそんなに接近してないよね。これから接近して来たら十津川のお婆ちゃんたち、大丈夫かなぁ?」
カオルさんがコーヒーを運んで来てダイニングテーブルに落ち着くと、メグル君が爆弾ドーナツを兄の方に差し出す。
「そんなに過激なことは描いてない筈だ。それに、視聴者がアニメを見るのを、原作者は止められない。もうディレクターの管轄だ。俺は知らん。続き読め」
「はいはい。えーと、どこまで読んだかな。……ハルヱ婆ちゃんは『風間兄弟ファンクラブ公式ホームページ』ってのを作って、大々的にネットで拡散してるよ。お母さんにはよくわからないんだけど。……マジか、ハルヱ婆ちゃんて人、凄いな」
メグル君が本気で驚いてるのが気分いい。
「だから言ったでしょ? そんじょそこらのお婆ちゃんじゃないんだから」
「メグの感想は要らん、続き読め」
「へいへい。今、お母さんたちの間で『よんよんまるグッズ』が流行ってて、お母さんはケータイにヒビキ君のストラップ付けてるしね、山本さんは風呂敷持ってるんだよ。中井さんちの奈々子ちゃん、シャーペンとクリアファイル持ってるって。この前、役場行ったらね、川谷さんがシオン君の付箋使ってて盛り上がったんだよ~……だって。そんなもんまで出てんの?」
「ネット販売してるとは聞いたが、風呂敷は知らんぞ」
「カオルがちゃんと品目に目を通してないんだろ」
「いや、興味がないから最初からチェックしてない」
自分のキャラじゃないのよ、興味持ちなよ、カオルさん。
「バッタもんとか出るかもしれないから、あたしの方で明日アイナに確認しときますね」
あたしがコーヒーカップを手に取ると、メグル君も一緒にカップを手にする。
「綺羅ちゃん、優秀なマネージャーだよね。カオルのマネージャーだったのに、知らぬ間に風間兄弟のマネージャーになってるし」
「バカ言うな、今だけだ。綺羅は漫画家になるんだからな。メグの戯言なんか忘れろ」
「酷ぇなぁ。戯言だって。ま、いいや、爆弾ドーナツいただきまーす」
だけど……うーん。
あたしは漫画家になりたいけど、最近二人の専属マネージャーになっちゃってもいいかな、なんて思い始めてしまっている。そんなこと言ったらきっとカオルさんに追い出されてしまうんだろうな。
とりあえずあたしは、自分の生活のために黙っておくことにした。