第22話 ハンバーグランチ
あれからあたしは、武田さんとちょこちょこ会うようになった。仕事は勿論、プライベートでも。
最初はあたしも武田さんって呼んでたけど、兄弟の影響で今ではすっかりアイナって呼んじゃってる。そして彼女も「マネージャーさん」から「綺羅」に呼び方が変わった。なんだかもう普通の友達感覚。
何が驚いたって、最初はアイナにつれない態度をとっていたカオルさんを見て「よっしゃ」なんて思ってたのに、今じゃあたしが一番仲良くなってしまっている。『カオルさんはあたしの物』って勘違いされてる優越感? そこいくと彼女は可愛いよなぁ。あたしみたいに腹黒くない。今でも純粋にカオルさんの幸せを願ってるんだもん。アイナに幸せになって欲しいって思っちゃうよ(でもカオルさんは譲らないよ!)
今日もメインの筈のカオルさんを抜きにして、アイナと二人でランチ中。もちろんビンボーなあたしはお金無いし、アイナの奢り。それでも『風間薫のマネージャーと打ち合わせ』を兼ねてるから経費で落ちるらしい。ちょっと安心。
「だからね、私としては薫君に顔出しして欲しいと思ってるの。あれだけ女性好みの線の細い綺麗な絵を描く人でしょ? 読者はみんな女性作家だと思ってるのよね」
「うん、あたしもそう思ってた」
「でしょ? それが蓋を開けたら男性作家だったなんて言ったらビックリじゃない? しかも薫君、大人になってますます美しさに磨きがかかったって言うか、もうほんと神がかってるじゃない?」
「思う思う!」
「女性ファンは薫君の作品だけじゃなくて、風間薫その人にも興味を持つわけじゃない? そこで彼のクールな中にもチラリと見える優しさを、綺羅が語るの」
「はい? あたし?」
「もちろん恋人としてじゃなくて、アシスタントとしてよ?」
そりゃそうだ、恋人じゃないもん。
「アシスタントの語る素顔の風間薫、絶対ファン増えるって」
ハンバーグを刺したフォークをこっちに向けて、アイナが力説してる。
「それで作品もバカ売れ?」
「アニメの視聴率もうなぎのぼり!」
「グッズも売れる?」
「あ、それいいね。編集長に企画書提出してみる。ヒビキとシオンのグッズ、めっちゃ売れるよ。私、等身大抱き枕買う!」
「どっちの?」
「どっちも!」
ヒビキとシオンというのは、アニメ化作品『よんよんまる』の主人公二人の名前だ。ヒビキはワイルド系無口男子、シオンは王子様系甘えんぼ男子。
「二人の抱き枕を両手に眠るの。幸せー!」
「やだアイナ、そういう趣味あったの?」
「うん! ああ、喜んでないでメモっておかなくちゃ。企画書書かなきゃならないんだから。『よんよんまる』はこの私がアジア展開させるんだから。ねえ、他にも何か企画できる案は無いかな?」
「んー……でも、カオルさんが顔出し嫌がるんだよね」
「そこを落とすのが綺羅の仕事でしょ? ハンバーグランチの分、仕事しなさいよ?」
「そこかー」
なんて言いながらも、カオルさんが顔出しを了承することは無いよなぁ、と心の中では苦笑いしていた。
家に帰ってみると、カオルさんが新人賞に出すあたしの作品のチェックをしてくれていた。
「おかえり。アイナとのランチは楽しかったか」
「はいっ。でも言っときますけど、打ち合わせですからね。いかにしてカオルさんの作品を売るか、戦略を練ってたんですからね。ただのランチじゃなくてお仕事です」
あたしが手を洗いながら文句を言うと、「ハイハイ、すいません」って言いながらあたしのコーヒーを淹れてくれる。
「綺羅の作品は二カ所だけ背景ブレてるところがあったからこっちで直しておいた。そのまま応募していいぞ」
「わーい、ありがとうございます! 絶対新人賞取りますからね」
「当然だ。俺の弟子なんだからな」
いやん、カオルさんの弟子。素敵な響き。
「ところでカオルさん」
「ん?」
絶対やだって言うだろうなぁ……。
「アイナと話してたんですけど、顔出し、しませんか」
「しない」
即答かい。
「年齢、性別、居住地、国籍、何から何まで個人情報は秘密だ。めんどくさいことは嫌いだ」
「ですよね……」
そう言うと思いましたから。いいですけどね。ハンバーグランチ分の働き。
「アイナが『よんよんまるグッズ』を企画したいって言ってました。それくらいはいいですよね?」
「ああ、それはいいな。面白い。なんならイメージキャラでも作るか。『よんよん丸』っていう二頭身の侍とか」
「あ、それ最高です、アイナにメールします!」
カオルさんのコーヒーを飲んで、なんだかこの幸せを独り占めしてることに罪悪感を覚える。
「彼女、本当に仕事熱心ですよ。カオルさんの作品を少しでも市場に出そうって、もう必死で。一日中そればっかり考えてるみたい。アニメをアジア展開させるって張り切ってました。こう言っちゃあれだけど、担当が彼女に変わって良かったかもしれませんよ」
「そうか。たまには食事にでも誘ってやるか」
よっしゃ、ハンバーグランチどころか極厚ステーキ並みの働きじゃん! 次回は松坂牛か伊勢エビだな!
「早速二頭身の『チビヒビキ』と『チビシオン』と『よんよん丸』の原案イラスト描いてアイナに送るか。ついでに昼飯に誘っとくか」
「ディナーじゃないんですか?」
「夜はいろいろ面倒だ。仕事の話なんだから昼飯でいいだろう」
そんなところがカオルさんなんだよな。まあ、その方が安心だけどね。
「それより綺羅、新人賞の方、今日中に出しておけ。クリスマスにメグにやったバス旅行のチケット、来週だったはずだぞ」
「あ、そうでした。今から出します」
あたしはメグル君とのバス旅行とアイナの松坂牛に、頭の中がお花畑になっていた。
あれからあたしは、武田さんとちょこちょこ会うようになった。仕事は勿論、プライベートでも。
最初はあたしも武田さんって呼んでたけど、兄弟の影響で今ではすっかりアイナって呼んじゃってる。そして彼女も「マネージャーさん」から「綺羅」に呼び方が変わった。なんだかもう普通の友達感覚。
何が驚いたって、最初はアイナにつれない態度をとっていたカオルさんを見て「よっしゃ」なんて思ってたのに、今じゃあたしが一番仲良くなってしまっている。『カオルさんはあたしの物』って勘違いされてる優越感? そこいくと彼女は可愛いよなぁ。あたしみたいに腹黒くない。今でも純粋にカオルさんの幸せを願ってるんだもん。アイナに幸せになって欲しいって思っちゃうよ(でもカオルさんは譲らないよ!)
今日もメインの筈のカオルさんを抜きにして、アイナと二人でランチ中。もちろんビンボーなあたしはお金無いし、アイナの奢り。それでも『風間薫のマネージャーと打ち合わせ』を兼ねてるから経費で落ちるらしい。ちょっと安心。
「だからね、私としては薫君に顔出しして欲しいと思ってるの。あれだけ女性好みの線の細い綺麗な絵を描く人でしょ? 読者はみんな女性作家だと思ってるのよね」
「うん、あたしもそう思ってた」
「でしょ? それが蓋を開けたら男性作家だったなんて言ったらビックリじゃない? しかも薫君、大人になってますます美しさに磨きがかかったって言うか、もうほんと神がかってるじゃない?」
「思う思う!」
「女性ファンは薫君の作品だけじゃなくて、風間薫その人にも興味を持つわけじゃない? そこで彼のクールな中にもチラリと見える優しさを、綺羅が語るの」
「はい? あたし?」
「もちろん恋人としてじゃなくて、アシスタントとしてよ?」
そりゃそうだ、恋人じゃないもん。
「アシスタントの語る素顔の風間薫、絶対ファン増えるって」
ハンバーグを刺したフォークをこっちに向けて、アイナが力説してる。
「それで作品もバカ売れ?」
「アニメの視聴率もうなぎのぼり!」
「グッズも売れる?」
「あ、それいいね。編集長に企画書提出してみる。ヒビキとシオンのグッズ、めっちゃ売れるよ。私、等身大抱き枕買う!」
「どっちの?」
「どっちも!」
ヒビキとシオンというのは、アニメ化作品『よんよんまる』の主人公二人の名前だ。ヒビキはワイルド系無口男子、シオンは王子様系甘えんぼ男子。
「二人の抱き枕を両手に眠るの。幸せー!」
「やだアイナ、そういう趣味あったの?」
「うん! ああ、喜んでないでメモっておかなくちゃ。企画書書かなきゃならないんだから。『よんよんまる』はこの私がアジア展開させるんだから。ねえ、他にも何か企画できる案は無いかな?」
「んー……でも、カオルさんが顔出し嫌がるんだよね」
「そこを落とすのが綺羅の仕事でしょ? ハンバーグランチの分、仕事しなさいよ?」
「そこかー」
なんて言いながらも、カオルさんが顔出しを了承することは無いよなぁ、と心の中では苦笑いしていた。
家に帰ってみると、カオルさんが新人賞に出すあたしの作品のチェックをしてくれていた。
「おかえり。アイナとのランチは楽しかったか」
「はいっ。でも言っときますけど、打ち合わせですからね。いかにしてカオルさんの作品を売るか、戦略を練ってたんですからね。ただのランチじゃなくてお仕事です」
あたしが手を洗いながら文句を言うと、「ハイハイ、すいません」って言いながらあたしのコーヒーを淹れてくれる。
「綺羅の作品は二カ所だけ背景ブレてるところがあったからこっちで直しておいた。そのまま応募していいぞ」
「わーい、ありがとうございます! 絶対新人賞取りますからね」
「当然だ。俺の弟子なんだからな」
いやん、カオルさんの弟子。素敵な響き。
「ところでカオルさん」
「ん?」
絶対やだって言うだろうなぁ……。
「アイナと話してたんですけど、顔出し、しませんか」
「しない」
即答かい。
「年齢、性別、居住地、国籍、何から何まで個人情報は秘密だ。めんどくさいことは嫌いだ」
「ですよね……」
そう言うと思いましたから。いいですけどね。ハンバーグランチ分の働き。
「アイナが『よんよんまるグッズ』を企画したいって言ってました。それくらいはいいですよね?」
「ああ、それはいいな。面白い。なんならイメージキャラでも作るか。『よんよん丸』っていう二頭身の侍とか」
「あ、それ最高です、アイナにメールします!」
カオルさんのコーヒーを飲んで、なんだかこの幸せを独り占めしてることに罪悪感を覚える。
「彼女、本当に仕事熱心ですよ。カオルさんの作品を少しでも市場に出そうって、もう必死で。一日中そればっかり考えてるみたい。アニメをアジア展開させるって張り切ってました。こう言っちゃあれだけど、担当が彼女に変わって良かったかもしれませんよ」
「そうか。たまには食事にでも誘ってやるか」
よっしゃ、ハンバーグランチどころか極厚ステーキ並みの働きじゃん! 次回は松坂牛か伊勢エビだな!
「早速二頭身の『チビヒビキ』と『チビシオン』と『よんよん丸』の原案イラスト描いてアイナに送るか。ついでに昼飯に誘っとくか」
「ディナーじゃないんですか?」
「夜はいろいろ面倒だ。仕事の話なんだから昼飯でいいだろう」
そんなところがカオルさんなんだよな。まあ、その方が安心だけどね。
「それより綺羅、新人賞の方、今日中に出しておけ。クリスマスにメグにやったバス旅行のチケット、来週だったはずだぞ」
「あ、そうでした。今から出します」
あたしはメグル君とのバス旅行とアイナの松坂牛に、頭の中がお花畑になっていた。