第21話 担当さんの襲撃
アニメ制作の顔合わせから一週間後、あの女性担当者さんから連絡があった。それもカオルさんのケータイに直接。
あたしたちは三人でファミレスで食事中だったもんだから、カオルさんてばバカ正直にそう言っちゃって。そしたらその担当さん、「今からそこへ行きます」ってさ。積極的って言うかなんて言うか。
初対面の時はきちんとした地味なスーツを着て、全く特徴のない感じの女性だと思ってたけど、今日の彼女はスモーキーピンクのワンピースを着て、随分と華やいだ感じに見えた。なんかこれから彼氏とデートですか、みたいな。
カオルさんの姿をきょろきょろと探す彼女を迎えに行くと、「あら、マネージャーさん、こんにちは」って、笑顔なのになんだかちょっと残念そうな反応を見せた。
「随分早かったんですね。お近くにいらしてたんですか?」
「ええ、風間先生の予約をいただこうと思ってお電話差し上げたんですけど、思いの外近くだったので、ダメ元で『すぐにお会いできないか』って申しましたら、こちらを案内してくださったので。お言葉に甘えさせていただいちゃいましたが、マネージャーさんとご一緒だったとは思っていなかったものですから、お邪魔してしまってすみません」
なんかそれ、いろんな意味にとれるんだけど。あたしが邪魔だって遠回しに言ってるよね? 二人っきりで会う気満々だったんだろうけど、そうは問屋が卸さないんだからね。
なんて思いながらも作り笑顔で彼女を席に案内すると、カオルさんがブスっとした顔で(と言っても通常運転だけど)「どうも」なんてチョー素っ気無い挨拶をした。そんなつれないカオルさんを見て内心嬉しくなってるあたしは、かなり嫌な女かもしれない。
ところが。次の瞬間、まるっきり想定外のところから反応があったのだ。
「あれ? アイナじゃない? アイナだよね?」
「え、はい、武田愛菜と申しますが、どこかでお会いしましたっけ?」
きょとんとする担当さんにメグル君が畳みかけるようにこう言ったのだ。
「やだなぁ、アイナ。僕だよ、メグ。覚えてる?」
はい? メグル君、知り合い?
「えっ、メグ? うっそメグなの?」
「そうそう、思い出した?」
「やだぁ、大きくなっちゃって。そうそう、私アイナ。覚えててくれたんだ、あんなに小っちゃかったのに」
「うわー、やっぱアイナだ。懐かしい。今何やってんの?」
盛り上がる二人をぽかんと見ていたカオルさんが、突如我に返って二人の間に入った。
「ちょっと待ってください、うちの弟とどういったご関係なんですか」
「はぁ? カオル何言ってんだよ、アイナじゃん。忘れたの?」
「え、ちょっと待て。メグ、説明しろ。俺はマジでわからん」
慌てるカオルさんに恨めし気な一瞥を投げて、その女性はメグル君に訴えかける。
「酷いでしょ、この前も『あんた誰?』って感じで知らん顔で帰っちゃったのよ。久しぶりの再会を一緒に喜びたかったのに、百パーセント忘れられちゃってたの。将来を誓い合った仲だっていうのに、忘れるなんて信じらんない」
は? カオルさんが将来を誓い合った相手ですと?
「待て、俺は誰とも将来なんか誓い合ってないぞ」
「ひどーい、私、今までずっと薫君を探してたのに」
なんなんだ、なんなんだ、あたしを置いてけぼりにして、この展開は無いだろう! 悪いかとは思ったけど、あたしは三人の会話に割って入った。
「ちょっと待ってください! あたしにはさっぱりわかりません。本人も記憶に無いって言ってるんですから、ちゃんとわかるように説明してください」
そこからの彼女の説明はこうだ。
彼女が小学校三年生、カオルさんが二年生、メグル君が幼稚園の年中さんの時に、彼女は東北から静岡の小学校に転校してきた。ただでさえ初めての転校で混乱しているところへ、東北弁が珍しかった同級生たちにバカにされ、仲間外れにされていじめられた。
そこに正義の味方カオルさんの登場だ。と言っても、メグル君の話では、昔っから美形だったカオルさんは『オトコオンナ』と言っていじめられていたらしく、自分と同じようにいじめられている子を見過ごすことができなかったようだ。
颯爽と現れてそのいじめっ子たちを理詰めで論破し(どんな子供だよ)、彼女を助けて去って行ったらしいのだ。それから、何度もいじめられるたびに助けられ、彼女の中では正義の味方になっていく。しかもあの美貌だ、どこからどう見ても王子様じゃないか。
ある日、下校途中にメグル君を幼稚園に迎えに行くカオルさんを見かけた彼女は、一緒に幼稚園について行き、メグル君と出会い、仲良しのお友達になったらしい。そしてメグル君のいる前で「アイナ大きくなったら薫君と結婚する」と宣言したらしいのだ。カオルさんは「いいよ」と言い(言ったのかカオルさん!)それからすぐに、また彼女は転校してしまった。
その日からずっと彼女は今の今まで十六年間、カオルさんのことが忘れられずに『彼氏いない歴イコール年齢』を更新し続けているという事だった。
……ってねえ! それ、子供の頃の約束じゃん。
「それ、フツーに時効だろ」
カオルさんがあたしの気持ちを代弁してくれた。って言うか、カオルさんの素直な気持ちだろうけど。
「僕もそれは時効かなと思うなぁ、ね、綺羅ちゃん」
「時効です!」
「でもね、私、ずっとずっと風間薫っていう名前の人を探し続けて、同姓同名の漫画家見つけたとき、迷わず出版社調べて翌年の求人に応募したの。それから隙あらば風間薫のイベントを考えて提案しまくって、風間薫の担当さんが寿退社した隙を狙って担当に立候補して、今回のアニメ化も私の地獄の押しで決まったようなものなの。どうしても会いたかったから」
マジか。これ、ストーカーじゃないのか。
「で、会ってどうする気だったんですか? まさか本当に結婚を迫る気じゃ?」
って思わず問い詰めたら、アイナさんと名乗る担当さん、急にしおらしくなって俯いた。
「まさか。薫君にいい人がいそうなら、私は彼の幸せを近くで眺めていることにしたから。この前ね、マネージャーさんの名前を薫君が呼び捨てにしたのを見て、諦めがついたの。ああ、もういい人がいたのねって。だから大丈夫です。マネージャーさんと薫君の邪魔はしません」
はいぃぃぃ?
「いや、あたしは……」
「あああ~、そうだよね。うん、それがいいよ。アイナは今まで通りカオルの応援してやってよ」
あたしはアイナさんに、『カオルさんとイイ仲』に勘違いされてしまっているようだけど、多分その方がカオルさんにとって安全だと判断して、メグル君が咄嗟に誤魔化したに違いない。
だけどいいのかなぁ、アイナさんの勘違いを訂正しないで。はっきりとあたしとカオルさんがイイ仲だとは言ってないからいいことにしておこうかなぁ。うやむやにしておいた方が絶対にカオルさんは安全だもんなぁ。
「ええ、もちろん。でもこうして仕事と無関係の時は薫君って呼ばせて貰っていいかな、昔みたいに。ちゃんと仕事の時は風間先生って呼ぶから」
「ああ、それは構わんが。じゃあ、俺の方は仕事では武田さんと呼ぶけど、プライベートではアイナって呼んだらいいのか?」
「うん、そうして!」
喜ぶアイナさんを見ながら、あたしはなんだかとても悪いことをしてるような気がして落ち着かなかった。
アニメ制作の顔合わせから一週間後、あの女性担当者さんから連絡があった。それもカオルさんのケータイに直接。
あたしたちは三人でファミレスで食事中だったもんだから、カオルさんてばバカ正直にそう言っちゃって。そしたらその担当さん、「今からそこへ行きます」ってさ。積極的って言うかなんて言うか。
初対面の時はきちんとした地味なスーツを着て、全く特徴のない感じの女性だと思ってたけど、今日の彼女はスモーキーピンクのワンピースを着て、随分と華やいだ感じに見えた。なんかこれから彼氏とデートですか、みたいな。
カオルさんの姿をきょろきょろと探す彼女を迎えに行くと、「あら、マネージャーさん、こんにちは」って、笑顔なのになんだかちょっと残念そうな反応を見せた。
「随分早かったんですね。お近くにいらしてたんですか?」
「ええ、風間先生の予約をいただこうと思ってお電話差し上げたんですけど、思いの外近くだったので、ダメ元で『すぐにお会いできないか』って申しましたら、こちらを案内してくださったので。お言葉に甘えさせていただいちゃいましたが、マネージャーさんとご一緒だったとは思っていなかったものですから、お邪魔してしまってすみません」
なんかそれ、いろんな意味にとれるんだけど。あたしが邪魔だって遠回しに言ってるよね? 二人っきりで会う気満々だったんだろうけど、そうは問屋が卸さないんだからね。
なんて思いながらも作り笑顔で彼女を席に案内すると、カオルさんがブスっとした顔で(と言っても通常運転だけど)「どうも」なんてチョー素っ気無い挨拶をした。そんなつれないカオルさんを見て内心嬉しくなってるあたしは、かなり嫌な女かもしれない。
ところが。次の瞬間、まるっきり想定外のところから反応があったのだ。
「あれ? アイナじゃない? アイナだよね?」
「え、はい、武田愛菜と申しますが、どこかでお会いしましたっけ?」
きょとんとする担当さんにメグル君が畳みかけるようにこう言ったのだ。
「やだなぁ、アイナ。僕だよ、メグ。覚えてる?」
はい? メグル君、知り合い?
「えっ、メグ? うっそメグなの?」
「そうそう、思い出した?」
「やだぁ、大きくなっちゃって。そうそう、私アイナ。覚えててくれたんだ、あんなに小っちゃかったのに」
「うわー、やっぱアイナだ。懐かしい。今何やってんの?」
盛り上がる二人をぽかんと見ていたカオルさんが、突如我に返って二人の間に入った。
「ちょっと待ってください、うちの弟とどういったご関係なんですか」
「はぁ? カオル何言ってんだよ、アイナじゃん。忘れたの?」
「え、ちょっと待て。メグ、説明しろ。俺はマジでわからん」
慌てるカオルさんに恨めし気な一瞥を投げて、その女性はメグル君に訴えかける。
「酷いでしょ、この前も『あんた誰?』って感じで知らん顔で帰っちゃったのよ。久しぶりの再会を一緒に喜びたかったのに、百パーセント忘れられちゃってたの。将来を誓い合った仲だっていうのに、忘れるなんて信じらんない」
は? カオルさんが将来を誓い合った相手ですと?
「待て、俺は誰とも将来なんか誓い合ってないぞ」
「ひどーい、私、今までずっと薫君を探してたのに」
なんなんだ、なんなんだ、あたしを置いてけぼりにして、この展開は無いだろう! 悪いかとは思ったけど、あたしは三人の会話に割って入った。
「ちょっと待ってください! あたしにはさっぱりわかりません。本人も記憶に無いって言ってるんですから、ちゃんとわかるように説明してください」
そこからの彼女の説明はこうだ。
彼女が小学校三年生、カオルさんが二年生、メグル君が幼稚園の年中さんの時に、彼女は東北から静岡の小学校に転校してきた。ただでさえ初めての転校で混乱しているところへ、東北弁が珍しかった同級生たちにバカにされ、仲間外れにされていじめられた。
そこに正義の味方カオルさんの登場だ。と言っても、メグル君の話では、昔っから美形だったカオルさんは『オトコオンナ』と言っていじめられていたらしく、自分と同じようにいじめられている子を見過ごすことができなかったようだ。
颯爽と現れてそのいじめっ子たちを理詰めで論破し(どんな子供だよ)、彼女を助けて去って行ったらしいのだ。それから、何度もいじめられるたびに助けられ、彼女の中では正義の味方になっていく。しかもあの美貌だ、どこからどう見ても王子様じゃないか。
ある日、下校途中にメグル君を幼稚園に迎えに行くカオルさんを見かけた彼女は、一緒に幼稚園について行き、メグル君と出会い、仲良しのお友達になったらしい。そしてメグル君のいる前で「アイナ大きくなったら薫君と結婚する」と宣言したらしいのだ。カオルさんは「いいよ」と言い(言ったのかカオルさん!)それからすぐに、また彼女は転校してしまった。
その日からずっと彼女は今の今まで十六年間、カオルさんのことが忘れられずに『彼氏いない歴イコール年齢』を更新し続けているという事だった。
……ってねえ! それ、子供の頃の約束じゃん。
「それ、フツーに時効だろ」
カオルさんがあたしの気持ちを代弁してくれた。って言うか、カオルさんの素直な気持ちだろうけど。
「僕もそれは時効かなと思うなぁ、ね、綺羅ちゃん」
「時効です!」
「でもね、私、ずっとずっと風間薫っていう名前の人を探し続けて、同姓同名の漫画家見つけたとき、迷わず出版社調べて翌年の求人に応募したの。それから隙あらば風間薫のイベントを考えて提案しまくって、風間薫の担当さんが寿退社した隙を狙って担当に立候補して、今回のアニメ化も私の地獄の押しで決まったようなものなの。どうしても会いたかったから」
マジか。これ、ストーカーじゃないのか。
「で、会ってどうする気だったんですか? まさか本当に結婚を迫る気じゃ?」
って思わず問い詰めたら、アイナさんと名乗る担当さん、急にしおらしくなって俯いた。
「まさか。薫君にいい人がいそうなら、私は彼の幸せを近くで眺めていることにしたから。この前ね、マネージャーさんの名前を薫君が呼び捨てにしたのを見て、諦めがついたの。ああ、もういい人がいたのねって。だから大丈夫です。マネージャーさんと薫君の邪魔はしません」
はいぃぃぃ?
「いや、あたしは……」
「あああ~、そうだよね。うん、それがいいよ。アイナは今まで通りカオルの応援してやってよ」
あたしはアイナさんに、『カオルさんとイイ仲』に勘違いされてしまっているようだけど、多分その方がカオルさんにとって安全だと判断して、メグル君が咄嗟に誤魔化したに違いない。
だけどいいのかなぁ、アイナさんの勘違いを訂正しないで。はっきりとあたしとカオルさんがイイ仲だとは言ってないからいいことにしておこうかなぁ。うやむやにしておいた方が絶対にカオルさんは安全だもんなぁ。
「ええ、もちろん。でもこうして仕事と無関係の時は薫君って呼ばせて貰っていいかな、昔みたいに。ちゃんと仕事の時は風間先生って呼ぶから」
「ああ、それは構わんが。じゃあ、俺の方は仕事では武田さんと呼ぶけど、プライベートではアイナって呼んだらいいのか?」
「うん、そうして!」
喜ぶアイナさんを見ながら、あたしはなんだかとても悪いことをしてるような気がして落ち着かなかった。