第14話 あたしの
翌日から、あたしは本格的にカオルさんのアシスタントの仕事を始めることになった。
とは言っても、あたしは神代先生と同じく完全手描き派。パソコンで描いているカオルさんのアシスタントをするには、まずソフトの操作から覚えなければならない。実際の作品を使いながら手取り足取り教えて貰い、それでも夕方までかかって漸く基本の操作方法を覚えた程度だった。
そこから数日かけてやっと一人で操作できるところまで覚え、仕事として手伝えるようになってきた。これでカオルさんが描いている時はあたしは自分の作品の構想を練り、カオルさんが考えている時はベタとかトーンとかをあたしが担当することができる。
こう言っちゃなんだけど、カオルさんの作品は全部読んで研究してる。どこにどんなトーンを入れてくるか、誰よりも熟知してる自信はある。それを知ってか、カオルさんもトーンナンバーを指定せずに、「好きなようにやってみろ」って全部あたしに任せてくれた。
そうやって完全に任せられると、すっごいやる気が出る! あたしはガンガン仕事をして、どんどん彼を吸収していった。
そのうちにコマ割りも任せてくれるようになって……って言っても、あたしの練習のためにやらせてくれただけで結局全部直されちゃったけど、それでもどこをどんなふうに直されるのかを見ていたら自分の欠点が明確になってきた。
この人は本気であたしを育てようとしてくれてる。そう思った。
頑張らなきゃ。カオルさんのお陰でこうして漫画が描けてるんだ。漫画家になることで恩返ししなきゃ。
そんな風に思いながら頑張って、二週間くらい経った頃、家に大きな荷物が届いた。
カオルさんがパソコンをもう一台買ったらしい。朝っぱらから部屋を大改造して新しいパソコンを置く場所を作り、二台を並べて繋いだようだ。
あたしはその間仕事もできないので、その様子をチラチラ眺めながら自分のプロットを練ろうと思っていたんだけど……。
できるわけないじゃん! あのカオルさんが眼鏡かけてるんだよ? 力仕事してるんだよ? ああ、あの腕のスジがたまんない! あたしは男子の腕のスジフェチなうえに、眼鏡男子フェチだという事がこの前発覚したんだよ!
やだもう、あんな真剣な目で配線してたら、素敵過ぎてガン見しちゃうじゃん。ずっと飾っておいてずっと眺めていたいよ。なんであの人、観賞用じゃなくてあたしの雇い主なのよー?
なんてモゾモゾしながら眺めていたら、一仕事終えたカオルさんが腰を伸ばしてこっちを向いた。
「綺羅、ちょっと来い」
「はーい」
呼ばれて行ってみると、今使っているパソコンの横に新しいパソコンが鎮座し、仲良く並んでスタンバイしている。
「これは綺羅のパソコンだ。今日からこれを使え」
「え? あたしのですか?」
「環境は俺と同じに設定した。俺が描いたものをそっちに転送する。綺羅はその原稿にベタやトーン、効果線なんかを入れて仕上げる。俺がゴーサインを出したらそれを最終稿として編集部とやり取りする」
「は、はいっ!」
「他に綺羅の作品を管理するフォルダも作ってある。俺からの仕事が無いときは、自分の作品を描け。ソフトは俺と同じだから、使い方はわかるな?」
え。うそ。マジで?
あたしの作品。描いてもいいの? こんなに早くから描かせて貰っていいの? ヤバい、嬉しすぎて涙腺崩壊するよ!
「どうした、おい、どうした何泣いてんだ? 気に入らなかったか?」
カオルさんが慌ててあたしの顔を覗き込んでるけど、違うんだよ、そうじゃないの、嬉しいの、そりゃ泣くよ、こんなにしてくれるなんて。
「カオ……ちが……あたし……ありがとうございます、あたし、頑張ります」
「あーあ、カオルが綺羅ちゃん泣かしたー」
「人聞きの悪いこと言うな」
嘘みたい。あたし専用のパソコンだよ。あたしの作品を描く時間をくれるってことでしょ。アシスタントなのに。
大感動のあたしをほっといて、カオルさんはもうコーヒーを淹れに行っている。そんなところが如何にもカオルさんらしいと言えばカオルさんらしい。
「綺羅ちゃん、やっと自分の漫画が描けるね。いいもの描いて、神代先生を見返してやれよ」
「あたし、絶対、今日のこと忘れない。面白い漫画描いて、ちゃんと売れっ子になって、今日の事、読者に伝えます。こうやってあたしを拾ってくれた兄弟がいたこと。あたしを育ててくれた先生がいたこと」
あたしが半べそで必死に伝えると、カオルさんは豆を挽きながら口元に僅かに笑みを浮かべて頷いた。メグル君も「綺羅ちゃんならできるよ。ちゃんと僕の紹介もしてよね」って言ってくれた。
「その代わり、綺羅の試用期間は終わりだ。今までは教育期間だったと思え。今日からは本格的にアシスタントとしてやって貰う。甘えや手抜きは許されない。わかってるな?」
「勿論です!」
とは言ったけど、今までも超本気でやってたのに、教育期間だったの? これからは厳しくなるの?
望むところだ! ぬるい世界に居たら、あたしの作品はいつまで経っても世になんか出ない。カオルさんに鍛えて貰おう。どっからでもかかってこい!
翌日から、あたしは本格的にカオルさんのアシスタントの仕事を始めることになった。
とは言っても、あたしは神代先生と同じく完全手描き派。パソコンで描いているカオルさんのアシスタントをするには、まずソフトの操作から覚えなければならない。実際の作品を使いながら手取り足取り教えて貰い、それでも夕方までかかって漸く基本の操作方法を覚えた程度だった。
そこから数日かけてやっと一人で操作できるところまで覚え、仕事として手伝えるようになってきた。これでカオルさんが描いている時はあたしは自分の作品の構想を練り、カオルさんが考えている時はベタとかトーンとかをあたしが担当することができる。
こう言っちゃなんだけど、カオルさんの作品は全部読んで研究してる。どこにどんなトーンを入れてくるか、誰よりも熟知してる自信はある。それを知ってか、カオルさんもトーンナンバーを指定せずに、「好きなようにやってみろ」って全部あたしに任せてくれた。
そうやって完全に任せられると、すっごいやる気が出る! あたしはガンガン仕事をして、どんどん彼を吸収していった。
そのうちにコマ割りも任せてくれるようになって……って言っても、あたしの練習のためにやらせてくれただけで結局全部直されちゃったけど、それでもどこをどんなふうに直されるのかを見ていたら自分の欠点が明確になってきた。
この人は本気であたしを育てようとしてくれてる。そう思った。
頑張らなきゃ。カオルさんのお陰でこうして漫画が描けてるんだ。漫画家になることで恩返ししなきゃ。
そんな風に思いながら頑張って、二週間くらい経った頃、家に大きな荷物が届いた。
カオルさんがパソコンをもう一台買ったらしい。朝っぱらから部屋を大改造して新しいパソコンを置く場所を作り、二台を並べて繋いだようだ。
あたしはその間仕事もできないので、その様子をチラチラ眺めながら自分のプロットを練ろうと思っていたんだけど……。
できるわけないじゃん! あのカオルさんが眼鏡かけてるんだよ? 力仕事してるんだよ? ああ、あの腕のスジがたまんない! あたしは男子の腕のスジフェチなうえに、眼鏡男子フェチだという事がこの前発覚したんだよ!
やだもう、あんな真剣な目で配線してたら、素敵過ぎてガン見しちゃうじゃん。ずっと飾っておいてずっと眺めていたいよ。なんであの人、観賞用じゃなくてあたしの雇い主なのよー?
なんてモゾモゾしながら眺めていたら、一仕事終えたカオルさんが腰を伸ばしてこっちを向いた。
「綺羅、ちょっと来い」
「はーい」
呼ばれて行ってみると、今使っているパソコンの横に新しいパソコンが鎮座し、仲良く並んでスタンバイしている。
「これは綺羅のパソコンだ。今日からこれを使え」
「え? あたしのですか?」
「環境は俺と同じに設定した。俺が描いたものをそっちに転送する。綺羅はその原稿にベタやトーン、効果線なんかを入れて仕上げる。俺がゴーサインを出したらそれを最終稿として編集部とやり取りする」
「は、はいっ!」
「他に綺羅の作品を管理するフォルダも作ってある。俺からの仕事が無いときは、自分の作品を描け。ソフトは俺と同じだから、使い方はわかるな?」
え。うそ。マジで?
あたしの作品。描いてもいいの? こんなに早くから描かせて貰っていいの? ヤバい、嬉しすぎて涙腺崩壊するよ!
「どうした、おい、どうした何泣いてんだ? 気に入らなかったか?」
カオルさんが慌ててあたしの顔を覗き込んでるけど、違うんだよ、そうじゃないの、嬉しいの、そりゃ泣くよ、こんなにしてくれるなんて。
「カオ……ちが……あたし……ありがとうございます、あたし、頑張ります」
「あーあ、カオルが綺羅ちゃん泣かしたー」
「人聞きの悪いこと言うな」
嘘みたい。あたし専用のパソコンだよ。あたしの作品を描く時間をくれるってことでしょ。アシスタントなのに。
大感動のあたしをほっといて、カオルさんはもうコーヒーを淹れに行っている。そんなところが如何にもカオルさんらしいと言えばカオルさんらしい。
「綺羅ちゃん、やっと自分の漫画が描けるね。いいもの描いて、神代先生を見返してやれよ」
「あたし、絶対、今日のこと忘れない。面白い漫画描いて、ちゃんと売れっ子になって、今日の事、読者に伝えます。こうやってあたしを拾ってくれた兄弟がいたこと。あたしを育ててくれた先生がいたこと」
あたしが半べそで必死に伝えると、カオルさんは豆を挽きながら口元に僅かに笑みを浮かべて頷いた。メグル君も「綺羅ちゃんならできるよ。ちゃんと僕の紹介もしてよね」って言ってくれた。
「その代わり、綺羅の試用期間は終わりだ。今までは教育期間だったと思え。今日からは本格的にアシスタントとしてやって貰う。甘えや手抜きは許されない。わかってるな?」
「勿論です!」
とは言ったけど、今までも超本気でやってたのに、教育期間だったの? これからは厳しくなるの?
望むところだ! ぬるい世界に居たら、あたしの作品はいつまで経っても世になんか出ない。カオルさんに鍛えて貰おう。どっからでもかかってこい!