第12話 絶叫マシン

 今日はいい天気に恵まれた。真冬の空気はピンと張って冷たいけど、抜けるような青空があたしを出迎えてくれてる。
 メグル君はグレーのパーカーにキャメルの革ジャンを羽織って、足元はジーンズにハイカットスニーカー。流石にイケメンだけあって、こうして見るとモデルみたいになんでも似合うから、フツーの服装でもカッコよく見えるのが不思議。このパーカー、千円で買ったとか言ってたのに。
 あたしたちの行く先々で、女の子たちがこっちをチラ見してるのがわかる。その度にあたしは優越感。そりゃそーよね、メグル君、めっちゃイケメンだもん。彼と一緒に居るってだけで、勝ち組の気分。

「どれから攻める?」
「とーぜん絶叫マシンだよ。フリーフォール行こう!」
「えー、いきなりか? 綺羅ちゃん、気合入りすぎ!」
「いいから早く!」

 メグル君の手を引っ張ってフリーフォールに引きずっていく。

「上がって落ちるだけじゃん」
「それがいいんだよー」

 シートに座り、ベルトを締めると係員のお姉さんが確認に来る。動き出すのを待っていると、メグル君があたしの手を握ってきた。

「どうしたの? 怖いの?」
「ううん、なんかこうしてるとデートっぽいじゃん?」
「アハハ、確かにデートっぽい!」
「綺羅ちゃんが他の男にナンパされないようにこうしてアピールすんの」
「なーに言ってんの、メグル君こそさっきから女の子たちの視線独り占めしてるよ」

 なんて話をしていたらスタートの合図が出た。よっしゃ、叫ぶぞ!
 と思ったら急にマシンが上昇した。凄い勢いだ。

「おおお~!」

 メグル君が隣でめっちゃ盛り上がってる。メグル君もこれ好きなんだ。
 天辺まで行くとフッとマシンが止まる。この落下直前の何とも言えない間が最高に好き。
 メグル君がぎゅっと手を握ってくる。チラッと横を見ると、ニッと笑っているのが見える。

「カオル、これ苦手なんだよ」
「えっ? うわっ」

 一瞬気を取られたまさにその瞬間、マシンが自由落下に入った。

「きゃあああああああ!」

 心の準備の無い、完全無防備の状態でスタートしてしまったあたしは、無自覚に悲鳴を上げてしまった。そして更に心の準備ができないまま上昇。再び落下。
 何度か繰り返して、マシンが止まった時には、あたしは叫び疲れてフラフラだった。

「大丈夫?」

 言ってる言葉は心配しているかのようだけど、彼はゲラゲラ笑ってるのだ、許し難い。

「やだもー、メグル君てば!」
「ごめんごめん。でも、これが本来の絶叫マシンの楽しみ方でしょ?」
「そーだけど!」

 あたしがプンスカしてたら、「ごめんってば」って言いながらさりげなくあたしの手を取った。そのままフライングパイレーツの方に向かう。

「あれ乗ろうよ。絶叫できるよ。今度は邪魔しないから」
「絶対だよ?」

 二人で歩いてると、やっぱり女の子の視線が気になる。優越感もあるけど、つり合いが取れてないって思うとちょっと恥ずかしい。「あんなイケメンが、なんであんな女と一緒にいるの?」って思われたりしてないかな。
 あたしがつまんないことをグジグジと考えてることなんかメグル君が知る由もなく、フライングパイレーツに到着。

「どうぞ綺羅お嬢様、今度は心行くまで喚き散らしてくださいませ」

 と言っただけのことはある。今回は全く邪魔されず、心行くまで叫ぶことができた。
 降りてくるときメグル君が大爆笑してて「腹痛ぇ、死ぬ~」とか言ってる。

「なんだ、あの『あたしのプロット返せー!』とか『今に見てろエミリー!』とか『呪ってやる、祟ってやるー!』とか、もう笑い死ぬかと思ったし。いつもあんな風にやってんの?」

「そう! 誰も人の叫んでるのなんか聞いてないじゃない? だから心行くまで魂の叫びを口にするの」
「叫びまくって喉渇いたんじゃない? なんか飲もうか」
「うん」

 メグル君がまたあたしの手を取った。この人、凄く自然に手を取るから、嫌な感じがしない。この人の彼女になる女の子って、大切にして貰えるんだろうなぁ。
 パーク内のファーストフードに入って、あったかいココアでホッと一息つくと、また次を攻めるぞって元気が出てくる。

「いつもコーヒーなのに、二人してココアだね」
「寒いときにはこれが一番。それにさ、カオルのコーヒー飲んだら他のコーヒーがもう飲めなくなった」
「確かに。カオルさんのコーヒーってなんであんなに美味しいんだろう」
「僕も一緒に住んでて凄い謎! カオルの事だから、ベランダでコーヒーの木から栽培して、豆も自分で焙煎してそう」
「ありえる!」

 カオルさんをネタに二人でケラケラ笑う。今頃おうちでくしゃみしてるかも。

「カオルは変なとこ完璧主義なんだよね。そのくせ時間短縮になるならあっさり手を抜く。手の抜きどころがわからない!」
「手なんか抜いたら叱られちゃいそうだよ」
「カオルってさぁ……」

 ん? なんかメグル君の口調が変わった。

「最初の新人賞に応募したとき、神代エミリーにボロカスに叩かれたんだよね」
「え? そうなの?」
「うん、審査員やっててさ。こんなの売れないって」

 そんなことがあったんだ。そこに、神代エミリーのアシスタントだったあたしが転がり込んで来たのか。

「でもさ、カオルは叩かれて良かったって言ってるんだ。それで一から見直すことができたし、神代エミリーの作品も読むことになったんだって。それで少女漫画の何たるかを盗んでさ、それを自分の作品に取り込んで、それで次の新人賞に応募したときに大賞取ったの。よくありがちなただのエロいだけのBLじゃなくて、少女漫画っぽい設定とか萌えポイントとか取り入れたんだって」

 あ、そういえば、エレベーターの中で「女の子向けの漫画には必須アイテム」とか言って壁ドンとかしてたし。しっかり少女漫画研究してた!

「だから神代エミリーのお陰とか、そんなことも言ってたなぁ」
「でもそれって、神代先生がボロカスに言ったのを、カオルさんが良い方に受け取って自分で努力したからだよね。あたしみたいに恨みごと言ったりしないで、ちゃんと自分の糧にできるのって凄いよね」
「うん、我が兄貴ながら尊敬するよ」

 自分の事のように言ってるメグル君が、なんだか可愛い。

「メグル君、ほんとにカオルさんのこと好きなんだね」
「そりゃもう、ブラコン自称してますから。でも今は綺羅ちゃんの方が好きかな」
「まったくもう、何人の女の子に言ってんのよ」
「誰にも言ってないよー。綺羅ちゃん大本命だから!」
「はいはい、ありがとっ。さ、そろそろ次攻めるよ」
「うあ~、軽く流された~。ま、いっか。ジェットコースター行くべ?」

 メグル君は、再びあたしの手を取った。