この人の名前、なんだっけ。

隣のクラスの人だったはず。うちの学校の有名人ではなかったか。しかし、ぱっと出てこない。

わたしもたいがい興味なかったしなあ。えーっと……たしか……あ。


“ノブ”。

そうだ、ノブくんだ。


学年1かっこいいとか、話すとちょっと冷たいだとか、この間ケイちゃんが話して――た、んだよね。

ほんのつい最近、先週のこと。


ケイちゃんの好きな人。

そう、教えてくれた。

なのになんでリョクくんと……。


あぁ、また、胃の中が爆発しそう。

気持ち悪い。何もかも。



「顔色悪いけどだいじょぶ?」



ノブくんの表情筋は動かないが、心配してくれているらしい。

まさか。ちっとも。だいじょばないから、ここに逃げてきたんだ。



「大丈夫。ありがと」



わたし、どんな顔してるんだろ。

笑えてる気がしないし、青色か赤色かもわからない。もしかしたら緑色かも。

ここには先約があったみたいだからちがう場所を探さないと。どこか落ち着ける場所。安らげる場所。わたしに今必要なのは薬よりもそれだ。いっそ保健室で休むべきだろうか。



「じゃましてごめんね」



とりあえず立ち去ろうとしたら、



「ここに用があったんじゃないの」



やけに近くから声がして振り向く。すぐうしろにノブくんがいた。



「用終わったし、おれが出てく」



抑揚なく言いながらわたしの横を通り過ぎていく。あっさりと明け渡され、思わずぽかんとしてしまった。

気をつかってくれたのかな……? なんだ、全然冷たくないじゃん。女子にさわがられるわけだ。


ひとりぼっちになった室内に胸をなでおろし、本棚のあたりまで踏み入れた。ようやっとひと息着く。

スカートのポッケがうごめくのを感じた。バイブにしてたスマホに、新着メッセージの通知が並び出る。



『エル〜どこまで行ってるの?待ちくたびれた〜』

『エルナ。早くしないと置いてくぞ』



同じタイミング。ちがう呼び方。

もうやだ。何これ。既読無視したい。

本当に全部ぶちまけたら楽になれるのかな。

画面をタップする指の進みがいつもより鈍い。3分以上かけ、送信ボタンに親指の腹をかすめた。



『ごめん。時間かかりそうだから先に帰ってて?』



どうしてわたしが謝らなきゃいけないの。



「はーあ、きもちわる……」



やるせなくなってその場にうずくまる。

告白の残り香がただよってるようで身の毛がよだつ。


胃の中をきれいさっぱり丸洗いしたい。あの、ペットボトルの、苦いお茶が飲みたい。


少しでも気をまぎらわしたくて、直感に従い手に取った古い本を開いた。

呪いのかかった王子様とお姫様の、ハッピーエンドのおとぎ話。

どこかなつかしい匂いに浸っていた。