「あの……雨も激しくなってきたので、傘入りますか?」


「見ず知らずのオレに悪いね。それじゃ、ご厚意に甘えさせてもらうよ」

 
 彼女の傘を持ち彼女を傘に入れる。
 小さい傘なのでオレの入る余裕はない。

 それにしても小さい傘だ。
 というか彼女も小柄だし、
 オレも大柄だからなぁ。
 
 彼女の身長は目測で143cm、
 オレは185cm、40cm差だ。


「あ……っ、ありがとうございます。逆に気を使わせてしまったみたいですね」


 口数の少ない子だが、悪い子では無いようだ。

 過去の因縁があるせいで、
 どーしてもあの魔王少女の影がちらついてしまうが、
 誤った判断をしないよういまは彼女を、
 色眼鏡で見ないように心がけねば。
 

 はぁ……でもなぁ、何を喋ったらよいものか。
 俺もこの世界にきて間もないし、場を繋ぐネタも無い。

 つーか、もしかしてオレが"無職のホームレス"
 とか言ったから警戒していんのか?
 まぁそりゃ、警戒するわな。

 ミスった。自業自得とは言え、きっと心象は最悪だ。
 さっきから彼女の視線が痛い……。
 オレの被害妄想かもしれんけど。


 俺の今の服はこの世界の基準に照らし合わせると、
 仮装……コスプレにしか見えないだろう。

 祭りでもない大雨の日に夜中をコスプレでねり歩く、
 無職のホームレス。うん、そりゃ怖いわな。

 先手を打って弁明しておくか。


「あぁ……やっぱ気になるよね、オレの今着ているこの服。つーかち怖いよな、実はさっきまでホームレス仲間で集まってコスプレパーティーをしていたんだよ」


 大雨の日にホームレスが集まってコスプレパーティーをするのも、
 なかなかにホラーだが、ホラー感は薄くなりそうなものだ。

 夜道を仮装しながら歩く無職のホームレス。
 うん、俺の世界でもヤベー奴だ。

 しかも、背中には長剣を担いでいる。
 模造刀と誤魔化しても銃刀法違反である事には変わりない。

 この世界の衛兵――警察、に見つかったら、
 "ショクシツ"とやらを受けること間違いなしだ。

 ボロが出ると悪い。

 あんま余計な事は喋らない方がいいな。
 まずは、様子見が肝心だ。


「……ふふっ。ハルトさんはユニークな人ですね」


 笑いのツボが分からない。
 オレの事が怖くないのだろうか?

 オレが逆の立場だったら逃げているところだ。
 おそらくは、命の恩人ということで、
 評価に下駄を履かせてもらっている状態なのだろう。


「ははっ……そうそうユニーク、それ。よく言われる」


 彼女の笑顔を見ると気遣いというわけではなく、
 本当に面白いようだ。

 うーむ……異世界人の感覚というのは分からないものだ。

 彼女の反応は一、少なくともオレが転移時に与えられた
 "日本の一般常識"に照らし合わせてみると、

 若干違う気がするのだが、急ぎの転移だったので、
 何かしらのエラーが生じている可能性はある。


(時間のない中で転移を行使したのだ。オレの身体に欠損無く転移できただけでもラッキーと思うべきだな。多少の不具合は目をつぶる事にしよう)


「ハルトさん、もし泊まる所がないのでしたら、私の家どうですか? 散らかっていてお恥ずかしいですが、ハルトさんが寝るスペースくらいはありますよ」


 おお……極力近くに居なきゃいけない俺としては、
 これ以上無いほどのオファーだ。

 だけど、いろいろと大丈夫だろうか?
 異世界人のオレが心配する事でもないのかもしれないが。


「泊めてくれるのか? それじゃ、今日は雨も強いしお言葉に甘えさせてもらおうかな」


「今日だけと言わずに、家が見つかるまで……ずーっと住んでください」


 命の恩人補正があったとしてもここまでくると、
 彼女のことがちょっと心配になってくる。
 人が良すぎやしませんかね。聖人かな?

 いや、まぁ……好意には甘えさせてもらうんだけどさ。
 好意につけ込むようで悪いけど、
 オレの世界の命運にも関わってくることだからなぁ。


「いいのか? そりゃ、宿無しのオレにとっては願ったり叶ったりなんだが」


「もちろんです。……着きました。ここが私の家です。公営住宅なんですけど、私一人だけ住むにはちょっと広かったので、ちょうど良かったです」


 彼女は鍵を挿し込みガチャリと扉を開ける。
 外観よりも中は広いし作りも悪くない。

 ただ……

「散らかっていて、すみません。部屋の掃除をする余裕がなくて……床の上の空き缶とか踏まないように気をつけて下さい」


「いや、俺は気にならない。なにせ俺はホームレスだからな、ははっ」


 自虐ネタとは言え、泣けてくる。
 昔勇者で、今無職。

 この世界では"ショギョームジョー"
 とか言うんだったっけ?


 うん、それはともかくとして、だ。
 異世界人の俺でも分かる。

 この家は明らかに散らかっている。
 生物が無いのが救いだが、
 空き缶とかペットボトルとか雑誌のゴミが凄い。

 彼女は話し言葉も見た目的にも、
 ガサツな性格なようには見えないんだけど。

 なんというか彼女の言葉遣い、見た目、
 そしてこの部屋、どれもチグハグな印象だ。


「私がでかけている時は、冷蔵庫にあるものは適当に食べてもらっても構わないです。……安物ばかりで、ろくなのないですけど。調理器具とかも自由に使ってください」


 アルコールの空き缶がそこらかしこに散らばっている。
 彼女はストロング・セロという銘柄の酒が好きなようだ。
 
 度数は俺の世界の基準ではかなり高い。
 ドワーフとかが好んで飲む度数の酒だ。

 床には所狭しと、ストロング・セロの空き缶が転がっている。
 あと、大四郎という焼酎が好きなようだ。

 オレも酒が弱いわけじゃないけれど、
 この度数の酒はあまりうまく飲めないかもだ。

 うーん……酒豪って感じには見えないけど、
 人は見た目にはよらないってことか。


「……ああっ、また忘れてた。お医者さんに言われていた、いつものオクスリ、飲み忘れないようにしないと」


 ちゃぶ台の上には、青、黄、赤……
 カラフルな錠剤やカプセルが散らばっていた。
 この世界の薬である。

 彼女は何らかの病気なのだろうか?
 確かにあまり体調は良さそうではないが……。

 こういう時にアイテムを認識する魔法、
 鑑定アプレイズを使えないのは不便だ。

 あれが使えれば何に苦しんでいるか、
 すぐに分かるんだが。

 彼女は机の上の錠剤やカプセルをひと粒ずつつまみあげる。

 彼女の小さく可愛らしい手のひらに、
 赤、青、黄、白さまざまな色の錠剤やカプセルが乗っている。
 色鮮やかで美しく、そしてどこか毒々しい。

 それらを彼女はおもむろに口に投げ込み、
 水道水で流し込む。

 小柄な彼女のことだから、
 それだけ一気に飲んだら喉に詰まらせそうなものだ。

 だが彼女は事もなさげに、
 問題なく飲み込んだ。
 恐らく飲み慣れているのだろう。


 目の下のクマが痛々しい、
 そんなことを考えるのであった。