ひゅうぅぅぅ……、とむせび泣くように響く笛の音。ポン……、ポン……と刻む太鼓の物悲しい節奏(せっそう)。舞(まい)殿(どの)に上がりたるは立烏帽子(たてえぼし)に白の水干(すいかん)、単(ひとえ)や紅長袴(くれないのながばかま)に身を包む男装の舞妓(まいこ)。錦包藤巻(にしきつつみとうまき)の太刀を佩(お)び、手に蝙蝠扇(かわほりおうぎ)を携(たずさ)え、決死の面持ちで正面に胡坐(あぐら)をかいて座る男を見据える。

頼朝(よりとも)……その目に刻みつけるがよい。私はお前のために舞うのではない。私自身のため、そしてあの方のためにこそ舞うのだ。

『──吉野山(よしのやま)~』

物悲しく響く歌声。その場にいる名だたる武将たちが息を呑(の)む。張りつめる空気の中、後ろで束ねた長い苧環(おだまき)色の髪を揺らし、私は凛(りん)と舞っていた。

『──峰(みね)の白雪(しらゆき)~、踏み分けて~、入りにし人の……跡ぞ恋しき~』

曇りなき眼(まなこ)が宿すは、宿敵の姿。憎しみの炎に身の内を焼きながら、神にではなく、ましてや自分を取り囲む人間のためにでもなく、ただ己の怒りとあの方への愛を知らしめるためだけに歌い踊る。

『──入りにし人の、跡ぞ恋しき~』

愛しさを表すように、扇を持つ手で自身を抱くようにする。それを見た頼朝は『謀反人(むほんにん)を恋い慕う歌ではないか!』と激怒し、舞殿の周りにいる武将たちからも、『なんと罪深い』とざわめきが起こった。

だが自分を咎(とが)める声も風の音も、世界に溢(あふ)れる雑音のすべてが私の耳には入ってこない。ただただあの方に想いを馳(は)せるように遠くを見つめ、扇を優雅に泳がせ、赤い袖括(そでくくり)の緒(お)が施された水干の裾をはためかせながら回る。