新型 ウィルスが
世界を揺るがす中、懸かる雲を
拭うがごとくに、

歌舞伎界の頂点『大名跡』が
誕生した 。


「さて~、襲名公演は 別としてぇ、今1番、チケットが取れない
歌舞伎公演を
ご存知でしょうかぁ? 皆さま?」

ハジメは、ゲストを連れて、 今
農村歌舞伎舞台に来ていた。

「答えは~、日本で最古の芝居小屋で、高松にある 金丸座で行われる『こんぴら歌舞伎大芝居』なん
ですよ~。意外でしょ?」


ゲストとハジメは、
舞台の1番後方、
奉納舞台の社の前、石段に陣。

わざわざ
低い折り畳みの 椅子 持参だよ~。

本来、秋の奉納舞台だと、
このお社に 提灯が下がって
るんだよねん。

きっと 桟敷歌舞伎は
初めてだろうなぁ、ゲストさん。

秋奉納舞台なら、
夕方から始まり、
闇夜に、社の提灯が、
神の在置を 知らせ 灯る。

そして
舞台の、茅葺き屋根 かたわら、
ぽっかり 秋の月が 浮かぶのだ。

ハジメは、ふと
社を振り返る。
提灯はない。

「皆さまならぁ いつもは、
銀座や京都、大阪で 観賞される
歌舞伎でしょうかねん~?」


いくつかある 歌舞伎の大名跡。

それでも
30ほどの一門の中、約300人の
歌舞伎役者のトップの名跡。

江戸歌舞伎の 創始家であり、
『荒人神』『千両役者』『劇聖』
を生んで来た家は
あまりに 有名だ。

その襲名は 大きな話題に。
『歌舞伎』が 今回ひときわ、
海外ゲストの興味を引くことに
なり、芸術祭の企画公演の観劇を
希望されたわけ~。

ハジメは、目の先で 始まるで
あろう、舞台の演目表がわりの
団扇を、指さす。
団扇には鈴?が ついている。

「この 農村歌舞伎は、役者から
裏方の 全ぇん部を、住民がやる
んですよ~。
西日本を 代表する 歌舞伎に
よる伝統神事でもありますねぇ。

とくにぃ、この茅葺きの 寄棟造り
舞台は、先ほどの 金丸座を
参考に建てられて、回り舞台や、
スッポンまであるんですよん。」

そうなんだよぉ、
昔は 牛に引かせてだよ!
舞台を回していたって!
ビックリだよねん~。

ハジメは、改めて演目団扇に
視線を落とす。

「今回はぁ、奉納舞台とは別の、
芸術祭の企画公演みたいですねぇ。
今でこそ、高尚な芸能の代名詞で
すけど~、出雲の阿国『かぶき踊り』から始まった 歌舞伎です
からねぇ。

もとは、当時の事件や話題。
ワイドショーの再現ドラマ。
あ、あのスカッとする話の
バラエティーとか?
『ザ・庶民娯楽』だったのが
明治までの 歌舞伎ですよぉ?

それこそ
『長屋で男女が逢瀬を憩う』
なんてぇ、生活感ある色も 歌舞伎のシーンに多いのですけどね?
今の劇場だとぉ、話と舞台の大きさが、合わないのですねぇ。

大劇場でやると、間延びするんですよ、だから セリフと動きが
そのままだと、合わない。

じつはねぇ、こじんまりした
小屋が本来、歌舞伎の面白さが
良く 出るんですよぉ。
臨場感ですかねぇ?

だから、金丸座は、演者も客も
好む小屋なんでしょう~。
そういうわけでぇ、

今日はぁ、『芝居』語源、
『芝の上に居る』のごとく、
芝生に座って、江戸から続く、
農村歌舞伎を楽しんで
頂きたいですねぇ~。」

そう、開演前の口上を切って
ハジメは、

スタッフの、ヨミに後を預けて
同じくスタッフのシオンが
あいさつに行っている、
芸術祭企画委員の元、
社横の小屋に、
顔出しに立ち上がった。