「……とにかく、無事に黄金獅子を討伐できたみたいだね、フォン」

 クロエは胸を撫で下ろした。その隣のカレンも、サラを担いだサーシャも、フォンが勝利したのにはとりあえず安心したようだ。
 フォンも同様に、ようやく一呼吸置いてクロエに告げた。

「討伐というよりはまだ意識があるから、動けなくしただけだよ。黄金獅子をどうするかも大事だけど、クラークの仲間達を一緒にどうにかしないと」
「分かってる。穴を掘って全員埋めるんだよね」
「恐ろしいこと言わないでよ、クロエ……どうあっても人命には代えられない。せめて、山の麓に停めてあるはずのドレイクの近くまで運んであげないと」

 尻餅をついたままのクラークを含めて、のびている勇者パーティの面々を一通りじろりと睨んだクロエの結論は、既に決まっていた。

「お前、甘すぎる。こいつら、死んで当然。サーシャ、こいつら、許さない」
「拙者が焼き払いたいくらいでござるよ。特にそこの、勇者とやらは!」

 サーシャとカレンも、クロエとほぼ同意見だった。死んで当然とまで言われ、猫と野獣の視線をぶつけられたクラークは、ただ委縮するばかりだ。

「う、ううっ……」

 そんな勇者、もとい敗北者の有様を見ても、フォンは意見を変えなかった。

「そこをなんとか、今だけは、ね?」

 フォンとしては、仲間を危機に巻き込んでしまっただけでなく、その元凶を庇っているのだから、言い分が二転三転しているのも、立場が弱いのも分かっている。
 だとしても、命を奪うまでには至れなかった。誰も見ていないとしても、仲間を傷つけられてもまだ応報しないフォンの甘さに、とうとうクロエが大袈裟なため息をついた。

「…………もう、変なところで頑固なんだから」

 自分のせいで仲間を傷つけたのに、傷つけた相手を許してくれと頼み込む。我ながら間抜けな話だと、フォンは小さく俯き、どっちつかずな自分を心の中で責めた。

「分かった。サーシャ、サラをあそこの木の下に下ろして、周りに倒れてる奴らを同じところに集めて。カレンとあたし、フォンで黄金獅子を連れ帰る準備に取り掛かろう」

 だからこそ、クロエの的確な指示を聞いて、フォンは顔を上げた。サーシャも深く言及せず、寧ろ納得したかのように頷いて、辺りに転がっている人間を回収し始めた。
 驚くフォンに振り向き、クロエは悪戯っぽく笑ってみせた。

「今回だけだからね、フォン? 次甘いこと言ったら、拳骨しちゃうかもよ?」

 こんなことを言いながらも、クロエはフォンの甘さに付き合って、彼が困るなら背中を押してくれるのだ。いつもよりもずっと、もっとフォンは彼女に感謝した。

「……ありがとう、クロエ。それじゃあ魔物を……」

 そうしてはにかんだフォンを含む一行が、倒れた黄金獅子に近づこうとした時だった。

「……!?」

 なんと、周囲でこっそりと隠れていた沢山の魔物達が一斉に飛び出し、黄金獅子を守るようにして立ちはだかったのだ。

「どういうこと? 魔物の群れが、獅子を守るように……?」

 麓で襲われた時のように、様々な種族が壁の如く立っている。なのにいずれも敵意を示さない。実力を目の当たりにし、勝てる相手ではないがせめて壁になると言わんばかりの態度を見て、勇者パーティを拾い上げるサーシャも、遠くのクラークも驚いた。

「サーシャ、驚いた。他の種族の魔物、守る。サーシャ、見たことない」
「師匠、拙者が彼らに理由を聞くでござるよ。拙者は魔物と話せるでござるからな」

 カレンは、元は海猫という名の魔物だ。他種族との会話もできるらしいが、フォンは彼女が躍り出ようとするのを手で遮った。

「……いや、今は話さなくても大丈夫。彼らの事情は分かったよ」

 彼は魔物に囲まれた環境、そして彼らの行動から、獅子の立ち位置を察していた。

「彼は、山の主というだけじゃない。この群れの長なんだ」

 黄金獅子は、孤高の存在ではない。山の魔物全てを纏め上げる長なのだ。
 彼の仮説に、クロエもサーシャも、今度こそ信じられない調子で目を見開いた。

「長って、種族も何もかも違う魔物の!? そんなの、初めて聞いたよ!?」
「僕も初めて見る、けどそうとしか説明しようがない。恐らく、これだけ沢山の魔物がいるゲムナデン山で無益な縄張り争いを避ける為に、この獅子が長になったんだ……この山そのものを、獅子の群れの縄張りにして、均衡を保っているんだ」

 きっと、黄金獅子の存在は、頻発していた魔物同士の争いを減らしたのだ。危険だとされているゲムナデン山の平定は彼によって齎されており、だからこそ他の魔物は身を挺してでも、今こうして壁になろうとしている。
 そんな魔物を殺せば、山の平和はどうなるか。考え、決意し、フォンは言った。

「……ここで僕達が彼を殺せば、またゲムナデン山は危険な山になってしまい、人と獣の血が流れる……皆、怒らないで聞いて欲しいんだけど……」
「怒らないから言ってみて。フォンの言いたいこと、あたしは分かってるつもりだから」

 クロエの優しさと、仲間達の頷きに感謝し、フォンは話を続けた。

「僕は、黄金獅子を討伐しないでおこうと思う。彼を長として、ここに残したい」

 依頼が達成できないとしても、フォンは山の平穏と均衡の復元を選んだ。
 少しずつ雨がやみ始め、黄金獅子の指先が僅かに動いた。