一分の迷いもなく、フォン達はハンゾーに突進した。
目を合わせただけで人を操れる忍術を使う相手に、よもや正面から挑むとは。数が揃っただけの烏合の衆だと、ハンゾーは彼らを小馬鹿にしていた。
「馬鹿者共が……儂の洗脳忍術を忘れたか!」
「覚えてるさ! けど、対策もある!」
ほざいていろ。腹の中で敵の無能さを嘲る彼は、真正面から突っ込むサラを見た。
「う、あいつ、ここからでも洗脳を……」
当然、彼女の体がぐらりと揺れる。即座に心を支配することが出来なくても、フォンのように目を逸らしながら戦い続ける技術がない凡人なら、動きを制するくらいは造作もない。
このままもう少し見つめていれば、目を合わせていれば、再び手駒が完成する。
――はずだった。
「聞かんと言ったでござろう! 拙者の『幻猫眼』を舐めるなッ!」
そう叫んだカレンが一歩前に飛び出し、サラの顔と自分の顔を鏡合わせにした。
すると、彼女の星の瞳がサラに映し出され、足を止める間もなく、戦士は正気の顔色を取り戻した。しかも、何一つ戸惑うさまもなく、闘志を剥き出しにして疾走を続けるのだ。
「皆の衆! 奴の洗脳は拙者の目で解けるでござる! 遠慮なく攻め立てるでござるよ!」
カレンの術を目の当たりにして、仲間達は幽鬼で一層身を奮い立たせる。
「なんじゃと!? あやつ、本当に儂の目を無効化してみせたのか!?」
一方で、ハンゾーはまさかここまで簡単に術を解かれると思っていなかったのか、敵の目を見ることすら忘れてしまった。長年かけて手に入れた禁術が、猫が変身した程度の魔物によって無効化されたかと思うと、腸が煮えくり返りそうだった。
しかし、そこはレジェンダリー・ニンジャ。感情に呑まれ、愚策は取らない。
(ならば、一番無策に突っ込んでくるあの猫の魔物を洗脳してやろう! 恐らく自身に対しての術は解除できないはず、それから奴を肉の壁として――)
いよいよ双方が射程距離に入ろうとした時、ハンゾーはカレンを手玉に取ろうと企んだ。
本人ならば、術の解除ができないと予想して、彼女をしっかりと見据えた。
「――クロエ、ここだ! 皆、目を瞑れ!」
それこそが敵の最大の狙いだと気づいた頃には、既に遅かった。
フォンの号令と共に、クロエはもう、黄色く輝く弓矢を引き絞っていた。しまった、とハンゾーがカレンから目を逸らそうとするよりも早く、クロエは矢を放っていた。
ハンゾーを狙ったのではない。光る矢は互いの間までくると、僅かに光を収縮させて――。
「『忍魔法矢』――『閃光弾』!」
一気に、解き放った。
「ぬお、おおぉッ!?」
しっかと目を見開いていたハンゾーの視界は、瞬く間にブラックアウトした。
あまりの眩さに、彼は視力を一時的に奪われてしまったのだ。
(まさか、わざと洗脳忍術を使わせたのか!? 儂があの小娘の前で目を見開くと知っていて、目潰しを確実に当てる為に!?)
反面、フォン達が間誤付いている様子は、音では全く感じられない。あの短時間でこれだけの作戦を練り、アイコンタクトだけで共有したのだ。
奪われた視界、洗脳が使えない状況、一対八。
全てが、ハンゾーにとって不利の極みである。
(人数に差がありすぎる、洗脳できなければ不利は必至! 回復まで距離を取らねば……)
迎撃する気など最早なく、後方に飛び退いて隠れようとしたが、やはり遅い。
「そうは!」
「させるかってのッ!」
誰よりも早く敵に辿り着いたサラとジャスミンが、拳と剣で攻撃を仕掛けたのだ。
「がああああぁ!? この、忍者でもない雑兵が、ぬぐぅッ!?」
忍者の剛体は幸いにも大したダメージを受けなかったが、これはあくまで序章である。
「『山赦連撃』!」
「忍術『連猫拳』!」
次いで放たれたサーシャとカレンの打撃は、無防備に近いハンゾーの脳と腹を激しく揺らした。忍者の修行で得た力は、直撃すれば彼に血を吐かせるほどには強力だ。
当然、ハンゾーも手足を振るって反撃を仕掛けるが、カウンターをしようとする頃には距離を取られるのだ。音を頼りに先手を取ろうとしても、床を擦る音や爪を鳴らす音、あまたの音で妨害され、まともに敵の居場所が掴めない。
(目が見えないと踏んでも、必要以上の攻撃を仕掛けない!? しかも、こちらに回復の余裕を与えぬほどの連撃を叩き込み続けるとは、こやつら、ここまで強いはずがなかろう!?)
そうこうしているうちに、どんどん体にダメージが蓄積されていく。殴打、斬撃、突き刺さる矢に攻め立てられる彼は、着実に弱っていく。
的確に敵を弱体化させるフォンの入れ知恵に、ハンゾーは怒りをいよいよ隠せなくなってきた。だが、それよりも心を埋め尽くすのは、肝心のフォンの気配を感じない状況だ。
(まずい、フォンはどこじゃ!? 一旦退いて、目の回復を――)
ちかちかする視界は、もうじき回復する。そうなれば、反撃に転じられる。
死に至るまでに恐れる相手はフォンだけだ。フォンさえ見つけて倒せば、問題ないのだ。
そんな彼の目論見通り、フォンは見つかった。
「させないぞ、ハンゾー」
不意に聞こえた声――ハンゾーの真正面から、攻撃の隙間をかいくぐり現れたのだ。
しかも、フォンだけではない。彼の隣で剣を構えるクラークすらも、気配を完全に断ち切り、ハンゾーの前に現出してのけた。
「なにぃ!? 今の今まで、気配を隠していたじゃとぉ!?」
「お前が僕に、俺に仕込んだ忍者の技術だ! 後悔しても遅いぞ、ハンゾー!」
慄くハンゾーに、もう逃げ場はない。回避も、防御も許されない。
ここにいるのは、フォンとクラーク、そして彼らが闇に封じ込めていたもう一つの悲しみだ。それらと和解した今、躊躇いも迷いもなく、二人の力は放たれる。
金色の光と漆黒の拳が、邪悪な敵の前で込められて――。
「秘伝忍術『山崩』ッ!」
「くらえ、勇者ガルシィ直伝! 『ヒーローエッジ』ッ!」
ハンゾーに、あらん限りの声と共に叩きつけられた。
究極の斬撃と打撃は、少しばかり回復したハンゾーの目にも映った。体を何百もの肉塊に変えるのではないかと思えるほどの衝撃と激痛だけが、ハンゾーを支配した。
「ぐ、お、ごおおおがああああぁぁ――ッ!」
いかに体を強化していたとしても、勇者と忍者の渾身の一撃に耐えられるはずがない。
衝撃波と共に、ハンゾーの体は遥か後方に吹き飛ばされた。
瓦礫を砕き、床を擦り、煙を噴き出した彼は壁に激突して、ようやく止まった。
引きずるように付着した血が、彼の重傷を意味していた。 三人では困難だが、七人なら効果のあるコンビネーションは、ハンゾーに確かなダメージを与えることに成功したのだ。
もくもくと砂埃が立ち込める壁の奥を見つめながら、フォンとクラークは互いを一瞥した。これまでのような関係性ではなく、双方が実力を認め合った証だ。
「斬るだけに留まらず、オーラで体を弾き飛ばす……流石だ、クラーク」
「フン、てめぇほどじゃねえよ。そんでもって、あの野郎はどうなった――」
最早友人のように話し合う二人は、ハンゾーは死んだものだと思った。
仮に相手がレジェンダリー・ニンジャだとしても、渾身の一撃を命中させたのだ。普通の人間、忍者、魔物でもまず生きては帰れないと、二人とも確信していた。
――尤も、二人は、七人は忘れている。相手はまともな生物ではない。
「……よくも、よくも虚仮にしてくれたのう……餓鬼共が……」
砂埃が晴れた時、忍者も勇者も、我が目を疑った。
瓦礫をどけ、ふらふらとハンゾーが起き上がってきたのだ。
目を合わせただけで人を操れる忍術を使う相手に、よもや正面から挑むとは。数が揃っただけの烏合の衆だと、ハンゾーは彼らを小馬鹿にしていた。
「馬鹿者共が……儂の洗脳忍術を忘れたか!」
「覚えてるさ! けど、対策もある!」
ほざいていろ。腹の中で敵の無能さを嘲る彼は、真正面から突っ込むサラを見た。
「う、あいつ、ここからでも洗脳を……」
当然、彼女の体がぐらりと揺れる。即座に心を支配することが出来なくても、フォンのように目を逸らしながら戦い続ける技術がない凡人なら、動きを制するくらいは造作もない。
このままもう少し見つめていれば、目を合わせていれば、再び手駒が完成する。
――はずだった。
「聞かんと言ったでござろう! 拙者の『幻猫眼』を舐めるなッ!」
そう叫んだカレンが一歩前に飛び出し、サラの顔と自分の顔を鏡合わせにした。
すると、彼女の星の瞳がサラに映し出され、足を止める間もなく、戦士は正気の顔色を取り戻した。しかも、何一つ戸惑うさまもなく、闘志を剥き出しにして疾走を続けるのだ。
「皆の衆! 奴の洗脳は拙者の目で解けるでござる! 遠慮なく攻め立てるでござるよ!」
カレンの術を目の当たりにして、仲間達は幽鬼で一層身を奮い立たせる。
「なんじゃと!? あやつ、本当に儂の目を無効化してみせたのか!?」
一方で、ハンゾーはまさかここまで簡単に術を解かれると思っていなかったのか、敵の目を見ることすら忘れてしまった。長年かけて手に入れた禁術が、猫が変身した程度の魔物によって無効化されたかと思うと、腸が煮えくり返りそうだった。
しかし、そこはレジェンダリー・ニンジャ。感情に呑まれ、愚策は取らない。
(ならば、一番無策に突っ込んでくるあの猫の魔物を洗脳してやろう! 恐らく自身に対しての術は解除できないはず、それから奴を肉の壁として――)
いよいよ双方が射程距離に入ろうとした時、ハンゾーはカレンを手玉に取ろうと企んだ。
本人ならば、術の解除ができないと予想して、彼女をしっかりと見据えた。
「――クロエ、ここだ! 皆、目を瞑れ!」
それこそが敵の最大の狙いだと気づいた頃には、既に遅かった。
フォンの号令と共に、クロエはもう、黄色く輝く弓矢を引き絞っていた。しまった、とハンゾーがカレンから目を逸らそうとするよりも早く、クロエは矢を放っていた。
ハンゾーを狙ったのではない。光る矢は互いの間までくると、僅かに光を収縮させて――。
「『忍魔法矢』――『閃光弾』!」
一気に、解き放った。
「ぬお、おおぉッ!?」
しっかと目を見開いていたハンゾーの視界は、瞬く間にブラックアウトした。
あまりの眩さに、彼は視力を一時的に奪われてしまったのだ。
(まさか、わざと洗脳忍術を使わせたのか!? 儂があの小娘の前で目を見開くと知っていて、目潰しを確実に当てる為に!?)
反面、フォン達が間誤付いている様子は、音では全く感じられない。あの短時間でこれだけの作戦を練り、アイコンタクトだけで共有したのだ。
奪われた視界、洗脳が使えない状況、一対八。
全てが、ハンゾーにとって不利の極みである。
(人数に差がありすぎる、洗脳できなければ不利は必至! 回復まで距離を取らねば……)
迎撃する気など最早なく、後方に飛び退いて隠れようとしたが、やはり遅い。
「そうは!」
「させるかってのッ!」
誰よりも早く敵に辿り着いたサラとジャスミンが、拳と剣で攻撃を仕掛けたのだ。
「がああああぁ!? この、忍者でもない雑兵が、ぬぐぅッ!?」
忍者の剛体は幸いにも大したダメージを受けなかったが、これはあくまで序章である。
「『山赦連撃』!」
「忍術『連猫拳』!」
次いで放たれたサーシャとカレンの打撃は、無防備に近いハンゾーの脳と腹を激しく揺らした。忍者の修行で得た力は、直撃すれば彼に血を吐かせるほどには強力だ。
当然、ハンゾーも手足を振るって反撃を仕掛けるが、カウンターをしようとする頃には距離を取られるのだ。音を頼りに先手を取ろうとしても、床を擦る音や爪を鳴らす音、あまたの音で妨害され、まともに敵の居場所が掴めない。
(目が見えないと踏んでも、必要以上の攻撃を仕掛けない!? しかも、こちらに回復の余裕を与えぬほどの連撃を叩き込み続けるとは、こやつら、ここまで強いはずがなかろう!?)
そうこうしているうちに、どんどん体にダメージが蓄積されていく。殴打、斬撃、突き刺さる矢に攻め立てられる彼は、着実に弱っていく。
的確に敵を弱体化させるフォンの入れ知恵に、ハンゾーは怒りをいよいよ隠せなくなってきた。だが、それよりも心を埋め尽くすのは、肝心のフォンの気配を感じない状況だ。
(まずい、フォンはどこじゃ!? 一旦退いて、目の回復を――)
ちかちかする視界は、もうじき回復する。そうなれば、反撃に転じられる。
死に至るまでに恐れる相手はフォンだけだ。フォンさえ見つけて倒せば、問題ないのだ。
そんな彼の目論見通り、フォンは見つかった。
「させないぞ、ハンゾー」
不意に聞こえた声――ハンゾーの真正面から、攻撃の隙間をかいくぐり現れたのだ。
しかも、フォンだけではない。彼の隣で剣を構えるクラークすらも、気配を完全に断ち切り、ハンゾーの前に現出してのけた。
「なにぃ!? 今の今まで、気配を隠していたじゃとぉ!?」
「お前が僕に、俺に仕込んだ忍者の技術だ! 後悔しても遅いぞ、ハンゾー!」
慄くハンゾーに、もう逃げ場はない。回避も、防御も許されない。
ここにいるのは、フォンとクラーク、そして彼らが闇に封じ込めていたもう一つの悲しみだ。それらと和解した今、躊躇いも迷いもなく、二人の力は放たれる。
金色の光と漆黒の拳が、邪悪な敵の前で込められて――。
「秘伝忍術『山崩』ッ!」
「くらえ、勇者ガルシィ直伝! 『ヒーローエッジ』ッ!」
ハンゾーに、あらん限りの声と共に叩きつけられた。
究極の斬撃と打撃は、少しばかり回復したハンゾーの目にも映った。体を何百もの肉塊に変えるのではないかと思えるほどの衝撃と激痛だけが、ハンゾーを支配した。
「ぐ、お、ごおおおがああああぁぁ――ッ!」
いかに体を強化していたとしても、勇者と忍者の渾身の一撃に耐えられるはずがない。
衝撃波と共に、ハンゾーの体は遥か後方に吹き飛ばされた。
瓦礫を砕き、床を擦り、煙を噴き出した彼は壁に激突して、ようやく止まった。
引きずるように付着した血が、彼の重傷を意味していた。 三人では困難だが、七人なら効果のあるコンビネーションは、ハンゾーに確かなダメージを与えることに成功したのだ。
もくもくと砂埃が立ち込める壁の奥を見つめながら、フォンとクラークは互いを一瞥した。これまでのような関係性ではなく、双方が実力を認め合った証だ。
「斬るだけに留まらず、オーラで体を弾き飛ばす……流石だ、クラーク」
「フン、てめぇほどじゃねえよ。そんでもって、あの野郎はどうなった――」
最早友人のように話し合う二人は、ハンゾーは死んだものだと思った。
仮に相手がレジェンダリー・ニンジャだとしても、渾身の一撃を命中させたのだ。普通の人間、忍者、魔物でもまず生きては帰れないと、二人とも確信していた。
――尤も、二人は、七人は忘れている。相手はまともな生物ではない。
「……よくも、よくも虚仮にしてくれたのう……餓鬼共が……」
砂埃が晴れた時、忍者も勇者も、我が目を疑った。
瓦礫をどけ、ふらふらとハンゾーが起き上がってきたのだ。