「ふう……あたし達にできる手伝いは、これが限界ってとこかな」
「負傷者の搬送と治療、集会所の清掃に死体の運び出し。街の人達総出で、診療所の救護員に炊き出しまでしたんだから、十分でしょう?」

 結局、死闘の現場から移動したフォンとアンジェラ、仲間達が落ち着いて集会所のテーブルを囲めたのは、日も暮れかかってからだった。
 酷い有様だった自警団の集会所は、パトロールに出ていた他の団員や街の協力者、専門業者達によって血や肉を洗い流された。怪我をするだけに留まった男達は街にある五つの診療所が総出で救護に励み、どうにか死人が増える事態だけは回避されたらしい。
 当然、フォンも怪我の手当てを施された。擦り傷や切り傷は多かったが、額にガーゼを貼って軟膏を塗っただけでに留まり、彼はたちまち作業へと戻ってしまった。
 食事をとる間もないまま、一行はひたすらボランティア活動に精を出した。そうしてようやく、フォン達五人はどこかに行く気力もないまま、ここで食事をとることにしたのだ。

「くたくたでござる……昨日の疲れもまだ取れてないでござるのに……」
「サーシャ、力仕事、得意」

 目の前に並べられた夕飯のサンドイッチに手を付けないカレンやクロエとは真逆で、疲れを誤魔化すように夕飯を頬張るサーシャに、フォンは微笑む。

「本当に助かったよ、皆。特にサーシャ、壊れた家具の殆どは君が外に出してくれたんだってね。街の人達がありがたがってたよ」
「あんなの、軽い。サーシャ、力持ち」
「はいはい、力持ちで良かったわね。で、フォン、本題に入っていいかしら」

 朗らかなやり取りを遮るように、荒立った調子のアンジェラが言った。

「……僕を襲った、あの忍者についてだね」
「他に何があるというの? 約束通り、知ってることはすべて話してもらうわ」

 彼女も救護活動をしていたが、終始気にしていたのは襲撃者の詳細だけだと、仕事をしながらでも全員が分かっていた。だから、夕飯よりも情報を優先するのも納得できた。
 ようやく手を付けようとしたサンドイッチを置き、フォンはクロエ達を見回した。アンジェラのように忍者について詳しくもない彼女達をどかそうかとも思ったが、じっと自分を見つめる三人の目が事実を知りたがっていると感じた彼は、静かに口を開いた。

「……彼女の名前はリヴォル。僕が知っていた時には、レヴォルだった……忍者だ」
「リヴォル? レヴォル? どっちなの?」
「僕が知っているのはレヴォル、彼女はリヴォルだ。僕も今日まで知らなかったけど、彼女は双子なんだ。尤も、妹の方は僕が殺して、リヴォルが人形へと作り替えてしまった」
「人形?」
「人間の死体に特殊な加工を施して、武器を内蔵した人形に作り替える『傀儡の術』。人間を越えた強度と機動性を持つ人形を操る禁術だ」
「……話を聞いた限りだと、そいつ、自分の妹を人形にしたの?」
「そうだ、僕が殺した妹を作り替えた。僕を兄のように慕うのは、彼女の人生を自分のものとして乗っ取ったからだ」
「妹、殺した? 姉、知らない? サーシャ、意味不明」

 フォンですら現状を把握しきれていないのだから、サーシャが頭を捻るのも当然だろう。

「……一つでも多くの手がかりが欲しいわ。最初から話して、フォン」

 ボランティアで集まった住人達の声が遠く聞こえる。カレンのどこか彼を慰めるような目と、アンジェラの厳しい視線の二つが、フォンに突き刺さる。過去を語るのに抵抗があるらしいフォンだったが、観念してぽつりと語り出した。

「……最初に会ったのは、忍者の里に彼女が拉致されてきた時だ」

 当時のフォンは無機質そのものだったが、それでもレヴォルについては覚えていた。

「レジェンダリー・ニンジャであるドラゴン・ハンゾーが、とある村落からレヴォルを攫ってきた。見込みがあるといって、僕達と共に修行をさせたのが始まりだ」
「攫ってきたって、子供を忍者にする為にでござるか!?」
「忍者の素質がある者や弟子になる子供は捨て子か、拉致されるのが殆どだ。邪魔をするなら村や町を滅ぼしてでも連れてくる……それくらい、忍者の里は維持が難しかったんだ。過酷な修行と苛烈な任務で人が死に、常に人員は足りなかった」
「そんな里を繁栄させる期待の星ってのが、あの龍の刺青の忍者ってわけね。でもフォンは彼女が双子だとは知らなかった、と」
「ああ……僕が彼女から聞いた限りだと、姉は里とは別のところに隔離され、そこでハンゾーから独自の訓練を受けさせられていたみたいだ。双子は忌み子とされている地域が多いし、殺されかけたのを助けられたのかもしれない。ハンゾーへの忠誠心も高いようだった」
「忍者の里の長だけの秘密、ってとこかしらね」
「リヴォルの存在を知っているのは彼と、妹のレヴォルだけ……僕も、全く気付けなかった」
「だから、里を滅ぼした時にも見逃してしまったの?」
「それこそが、ハンゾーの狙いだった。里が滅びても、彼女が里を再興できるように……だとしても、僕は僕の知っている限りで里を潰すしかなかった」

 アンジェラの問いは、やはり答えをフォンに言わせるだけのものだった。

「レヴォルの殺害は、忍者の里を滅ぼす際の最優先事項だった。ハンゾーが連れてきただけあって、多くの忍術に精通し、禁術の会得にも手を伸ばしかけるくらい強くなっていたんだ」
「里の壊滅……フォンが、忍者の里を滅ぼしたの?」

 彼は頷いた。彼の罪を話したのはアンジェラだけで、クロエ達には隠していた。

「必要だったんだ。彼らは恐ろしい計画を立て、世界に楔を打ち込もうとした。止められるのは僕だけだった……はず、だ」

 今でも思い出せるのは、燃え盛る里の成れの果てと、死屍累々の肉の山。無数の武器を手に取り、地に落とし、仲間だったものを全て殺し尽くした己の、天に向かい吼える姿。
 足元に転がっていたのは、レジェンダリー・ニンジャの生首。四肢を斬り落とされたレヴォルの亡骸。それを確かめた時には、間違いなく忍者の恐るべき野望を食い止めたと――安堵こそしなかったが、指名を成し遂げたと思った。
 ただ、アンジェラは彼の口ぶりに違和感を覚えたようだった。

「……だった? フォン、何を隠しているの?」

 全てを言及しかねないアンジェラは誤魔化せない。フォンは、戸惑いながら言った。

「――思い出せないんだ。僕が止めた忍者の計画を……記憶の、一部を」
「えっ?」

 クロエが目を点にするのも当然だった。アンジェラも、仲間達も同様だった。
 ここまで物事を説明していたのに、急に知らない、覚えていないと言い出すのだ。いくらフォンを信頼しているクロエ達であっても、とても信用できない発言である。アンジェラは特に、彼の発言に対して苛立ったようだ。

「フォン、冗談はやめて。何かを隠しているんでしょう、言い辛い何かを」
「本当だ。里を出てからずっと、僕の記憶は靄がかかってるみたいなんだ。修行の記憶、殺した記憶はあるのに、あの日だけが結果以外の全てを欠落してる。まるで――」

 今まで彼は言わなかったのではない。言えなかったのだ。
 周囲の冷たい、心配するような目に突き刺さっても、こう伝えるほかなかった。

「――まるで、誰かが僕の記憶を封じ込めているみたいに」

 忍者の里を破壊した記憶の中に、今でも残り続けている。フォンの話はすべて真実であり、黒いインクで塗り潰されたような動機と過去の一部、忘れたのではなく最初から存在しないかのような空虚が、ずっと彼に留まり続けていた。
どうでもいいと思い込もうとしていた何かが、蛇の如く忍び寄ってきていたのだ。