ギルディアの街に、朝焼けが差し込んできた。
 この街では、まだ陽が完全に昇り切っていない時間帯から人が動き出す。喫茶店はモーニングメニューの準備を始め、万屋は朝一番で出発する冒険者が必要とする商品を店頭に並べる。昼夜問わず冒険者が動く街ならではの光景だ。
 そんな街だから、出発する者もいれば、戻ってくる者もいる。特に、夜にしか出没しない魔物を討伐する依頼をこなしたり、人気者だったりすれば猶更である。
 今回の場合は、前者の理由だ。彼らへの依頼を仲介する冒険者組合総合案内所に最も近い東側の門から案内所の前を通り過ぎ、のそのそと帰ってくる四つの影があった。
男性が一人、女性が三人。どれも少し疲れた様子だが、仕事を無事に済ませたのか、妙に機嫌が良さそうでもあった。そのうち一人が、小さく息を吐きながら言った。

「よかった、予定通り朝には帰ってこられて」

 彼らはギルディアの街で近頃名を上げている、フォンを含めた冒険者四人組である。
 黒いバンダナを口元に忍ばせ、大きな鞄を背負って歩く右端の少年が、フォンだ。とある理由で所属していたパーティをクビにされ、流れで現在のパーティを組むことになった彼は、『忍者』と呼ばれる世界最後の忍ぶ者――人知超越の力を持つ者だ。

「いやあ、ビッグラット五匹で銀貨三枚とは、なかなかいい小銭稼ぎでござるな!」

 青髪と大きな胸を揺らし、隣で彼にべったりとくっつくのは、忍者の卵にして魔物のカレン。今は人の姿をしているが、禁じられた忍者の術で魔物から変貌しているのである。

「五匹で三枚、十五匹で九枚。サーシャ、ほくほく」
「今回は状況もツいてたね。死体回収業者は漢方に使うビッグラットの内臓が不足してるって言ってたし、そうじゃなきゃ銀貨一枚くれるかくれないかだよ」

 談笑する二人の大人びた女性は、サーシャ・トレイルとクロエ・ディフォーレン。
黒髪をポニーテールのように纏めた仏頂面のサーシャは、ボロボロのいつも羽織っているマントを買い直せそうな額の報酬に、いつになく嬉しそうな顔をしている。
パイナップルのように金髪を束ねているクロエは、冷静な弓矢使いだけあってこのパーティの中では一番大人びている。鼠の遺骸が高額で取引される理由も知っているし、黒茶色のジャケットと砂色のズボン、赤いマフラーが似合うのもそれが理由だろう。
 そんな四人は冒険者として、人々の依頼を請けおい、報酬を稼いで生活している。ギルディアに住まう大半の乱暴者や男性はそうやって暮らしているのだが、彼らの場合は特に功績を上げ、組合のスタッフや同業者にも一目置かれ始めている。
 つい数日前まで街を震撼させていたカルト集団による殺人事件を解決したのも、彼らである。そんな実績も、街の人々から敬意を払われる理由だ。
 おかげで、かつてフォンが所属していた、勇者が率いるパーティには目を付けられているのだがその話はまたの機会にしても良いだろう。
 色々とあって成り行きで構成された四人組だが、今はこうして、青い屋根の宿屋の前まで来るまで話が続くくらいの友情で結ばれている。

「とにかく皆、今日はお疲れ様。依頼の報告は後にして、まずは休もうか」
「フォンに賛成。一晩中鼠を狩って、あたしも流石に疲れちゃったし」

大きく伸びをしたフォンの提案に同意しない理由はなかった。

「昼にはジャンジャンの酒場で打ち上げでもしたいでござるな! 簡単な依頼で荒稼ぎ、こんな依頼ばかりなら大歓迎でござる!」
「ちょっと不満。サーシャ、もっと強い連中、倒したい」
「サーシャより強い相手なんて、きっと数えるほどのいないよ……ん?」

 宿に入り、フロントから階段を上って自分達の部屋に戻ろうとしたフォンだが、掃除をしている小太りの女性亭主が、じろりとこちらを見ているのに気付いた。

「どうしたの、フォン?」
「ううん、何でもない。大家さんが僕を見てるような気がして……」
「あたし達の格好のせいかも。一晩中鼠を追いかけて洞窟を走り回ってたし、あの大家さんって綺麗好きだし。ほら、皆が歩いてたところ、足跡だらけだよ」

 クロエに言われて、フォンは底の厚いブーツの周りを見た。泥だらけで、木造りの階段やフロントの床が乾いた泥で汚れている。彼女が目を細めるのにも頷ける。

「だったら、後で謝っておかなくちゃ」
「その時は、あたしがついてってあげる」

 くすくすと笑う彼女につられて微笑むフォンは、二階の廊下に四つ並んだ部屋の前までやってきた。一番奥からサーシャ、フォンとカレン、クロエの部屋で、カレンは家賃の軽減と師匠への貢献も兼ねてフォンと同じ部屋に住んでいる。

「サーシャ、寝る。昼になったら起こせ」

 労いの言葉をかけ合うよりも先に、サーシャはどかどかと部屋まで歩いていき、中に入ってしまった。普段は疲労などおくびも出さない彼女だが、人くらいの大きさがある鼠を最も叩き潰していたのも彼女だ。功労者はゆっくり休めておくべきだろう。

「じゃ、あたしも部屋に戻るよ。シャワーを浴びて、ごろ寝するんだーっ」

 クロエもにっこりと笑いながら、扉を開けて自室へと戻っていった。

「お疲れ様、クロエ。僕達も部屋に戻ろうか」
「承知でござる、師匠! ささ、拙者が扉を開けるでござるよ!」

 フォンがドアノブに手をかけるよりも先に、カレンがそそくさと割って入る。

「ははっ、使用人みたいなこと、しなくてもいいのに――」

 弟子として奉仕してくれるのはありがたいが、フォンは時折やりすぎだと思うこともある。少しばかり気恥ずかしくなるときだってあるくらいだ。
 だから、そこまでしなくていいと言いかけたのだが、フォンの口は閉ざされた。
 いや、正確に言うと閉ざされたのではなく、異変を察して思考が切り替わった。
即ち、扉の向こうからつんと鼻腔を刺す、腐った卵の臭いと、細い糸の存在を瞬時に理解したのだ。カレンがドアノブを回して扉を僅かに開き、卵の臭いはより一層強くなり、糸がプツン、と切れる音がした。
 彼は、この事象が何を表すかを知っている。
 腐臭は物体を破壊するのに使う『爆薬』と呼ばれる道具の特徴。切れた糸は、何かの引き金を引くのに使われるスイッチ。部屋を使う者が扉を開けば、作動する仕組み。
 つまり、内側で恐ろしい現象が、今この瞬間起きようとしている。

「――カレン、伏せろ!」

 未だ状況を理解していないカレンをドアノブから引き剥がすか、その刹那。

「――のわあああぁぁぁッ!?」

 凄まじい爆発が、フォン達の部屋を、扉の前を埋め尽くした。
 忍者が作る、炎によって全てを破壊し尽くす兵器――『爆弾』によって。