ボフールと今後の話を詰め、簡易版の認識阻害の魔道具を譲って貰い、店を後にする。
 ムンク精霊は、忘れずに起動させた。
 あの体制で長時間固まっていたフラウに驚いた。精霊とは特殊なのだと、ギルベルトは認識を改めた。
 その場にヴィリバルトがいれば、一般的な精霊は違うと、即座に否定が入っただろう。

 行きと違い、ゆったりとした歩調で歩くギルベルトに、テオバルトは声をかける。

「父様、アル兄さんを、連れてこなくてよかったのですか」
「あぁ、アルベルトには私から魔道具を渡している。アルベルトにはまた機会を作るので安心しなさい。今後魔道具が必要となるのは、アルベルトよりテオバルトだろう。第五騎士団への入隊に了承したと聞いてる」

 ギルベルトの配慮にテオバルトは感謝した。
 世間では、寡黙で厳しいイメージのあるギルベルトだが、子供たちに関することは些細な事でも見逃さない。子煩悩である。
 そんなギルベルトをテオバルトは、父親としても大人としても尊敬している。

「はい。まだ入隊が確定ではないため、報告が遅れて申し訳ありません」
「いやいい。私も多忙だったからな。ヴィリバルトからの推薦だ。了承したとなれば入隊は確定だ。またその話は屋敷に戻ってからだ」
「はい」
「いや、屋敷に戻る前に話そう。マリアンネが暴走して話す機会が遠のくだろう」
「そうですね」

 マリアンネの話題が出た瞬間、父と子は遠い目をした。

 ――コアンに出発する前、我が家では一悶着があった。
 例の如く、アルベルトとマリアンネのブラコン兄姉が、駄々を捏ねたのだ。

「お父様! 私も一緒にコアンへ連れて行ってください!」
「父上! 私も一緒に行きます!」
「ならん」

 二人の要望をギルベルトが否定する。
 納得のいかない二人は、ギルベルトに詰め寄る。

「どうしてですかお父様! 私は、頑張ったジークを迎えに行きたいのです!」
「そうです! 兄として可愛い弟を迎えに行くのです!」

 ギルベルトはマリアンネに視線を合わせると、淡々と自身の考えを伝える。

「マリアンネ、ジークベルトは数週間慣れぬ野宿をして、心身ともに疲れている。屋敷に戻った時に、マリアンネが出迎えたら、帰ってきたのだと心底安心するのではないか」
「そっそれは……そうですけど」

 その内容に、マリアンネの勢いがなくなる。
 ギルベルトは、その姿を確認すると、アルベルトの方に視線を向けた。

「アルベルト、ジークベルトが可愛いのはわかるが、兄が自分のために仕事を蔑ろにしたと聞けば、ジークベルトはさぞかし心を痛めるだろうな」
「うっ……」

 アルベルトが言葉を失った瞬間、マリアンネが突っ込んだ。
 ギルベルトの口上に騙されてはいけない。

「お父様、コアンでも出迎えはできます」
「マリアンネは、まだまだだな。心から休まる場所で、大好きな姉には待っていて欲しいものだ」
「そうなのですか」

 またしてもギルベルトの言葉に惑わされるマリアンネ。
 ギルベルトは止めを刺す勢いで、マリアンネを説得する。

「そうだ。マリアンネには、屋敷の管理を任せる。ハンスとアンナと相談し、ジークベルトが帰宅後、疲れを癒すためにはからってくれ。母代わり(・・・・)のマリアンネにしかできないことだ。頼んだぞ」
「はい!」

 マリアンネは、喜色満面の笑みで返事をすると「母親代わり…ジークの母親代わりは私しかできないのよ。うふふ」と、某精霊を思い出す様に「しまった。少し煽りすぎたか……」と、その場を抑えるためとはいえ、拍車をかけ過ぎたと後悔したが、当の本人は素知らぬ顔で、妄想を膨らませていた。
 マリアンネの態度に若干引き気味のギルベルトだが、やはり親である。
 ふと将来娘は結婚できるのだろうかと心配になった。

 ほんの数分でマリアンネを説得した父の采配に、静観していたテオバルトは関心した。
 さすが父様、日常と変わらない事をさも非日常であるかのように伝え、姉様のコアン行きを阻止した。
 キナ臭い状況で、非戦闘員のマリアンネを連れて行くのは得策でない。
 執務室での話合いで、マリアンネは屋敷で待機させると事前に決めていた。
 だがアルベルトが王都に残るとは微塵も思っていなかった。
 残す理由があるのか……とテオバルトは考えるが、父様たちの策は到底考えに及ばない。いずれその策を見通せるように、今は父様たちの指示に従い経験を積もうと、改めて決意した。
 それにしても、父様は、ジークが帰宅した後、マリー姉様の暴走を止める手段はあるのだろうかと、マリアンネの様子に心配するのだった――。



 昨夜、ヴィリバルトから連絡が入り、明日ダンジョンボスに挑むとの報告をフラウから受けていた。
 ジークベルトも順調にレベルアップをしていて「実力は折り紙つきよ」と、フラウが自身のことのように自慢げに話す姿にギルベルトは苦笑いした。
 フラウは、ヴィリバルトの契約精霊だが、ヴィリバルトの身内を守る対象としている。
 ギルベルトが、初めて顔を合わせた時「あなたがヴィリバルトのお兄さん? 嫌いじゃないわ! 私が守ってあげる」と、声高に宣言した光景は今でも思い出せる。
 ギルベルトに興味本位でまとわりつき、あの当時はまだ可愛らしかった弟が恐縮した様子でギルベルトに頭を下げていた。
 フラウが「ヴィリバルトの家族は大好きよ。そばにいて心地いいもの!」と、ヴィリバルトに釈明していた。
 ヴィリバルトを外せば、フラウの中で好感度が一番高いのは、間違いなくジークベルトだ。
 フラウの態度を見れば一目瞭然。
 ジークベルトはやはり精霊に好かれるのだろう。いずれ精霊と魔契約をする未来を想像し、精霊同志で覇権争いしそうだと、未確定な事柄にギルベルトは大きく溜息をついた。

「父様? どうされました?」

 テオバルトの声にハッと我にかえる。「気にするな」と手で制し、宿屋の大部屋で待機していたのだと気を引き締めた。
 昼が過ぎ、一向に踏破の連絡がない状況に、ギルベルトは表情には出さないが焦ってはいた。
 ジークベルトの実力を考えても遅すぎる。何かあったかと、一抹の不安が過ぎるが頭を振る。ヴィリバルトがいるのだ。最悪の事態にはならないと、弟に絶大な信頼を寄せ依存する現状に、甘え過ぎだと内心苦笑いした。
 例の件、話を進めるかと決断する。

「ギルベルト、ヴィリバルトから伝言よ」

 フラウが突然、顕現して現れる。
 ギルベルトは慣れているため、微動だにしなかったが、テオバルトは違った。
 心臓に悪すぎる。あとで注意して言い聞かさないと、教育係の心に火がついていた。

「ダンジョンボスを討伐後、エスタニア王国の介入あり、負傷者が一人。聖魔術師の派遣求むとのことよ」
「わかった」

 ギルベルトは承諾すると席を立ち、大部屋の隅にいるハクに声をかけた。

「ハク、来なさい」
「ガウッ?(なに?)」
「今からジークベルトたちを迎えに行く。私と一緒に来なさい」
「ガウ!(わかった!)」

 ハクは、尻尾をピンと伸ばし、ギルベルトのそばに寄る。その頭を優しく一撫でし、テオバルトに視線を合わせる。

「テオバルト、フラウを頼む」
「はい。父様」
「えぇーー! ギルベルト、わたしも連れて行ってよ!」

 フラウが非難めいた声をだすが、ギルベルトは首を横に振る。

「だめだ。顕現した姿で街中を歩いて、フラウを精霊ではないかと疑っている者がいる。この町は人族より亜人が多い。特に感覚が鋭い者は、声には出さないが精霊だと確信している。ボフールでさえ精霊かと驚いていただろう。亜人は精霊との繋がりが深い。下手に動いて危険な目にはあわせられない。騎士団ご用達のこの宿に奇襲をするような馬鹿はいないはずだが、護衛に騎士をおいていく」
「むぅーー。そうだわ! 顕現をしなければいいわ!」

 ギルベルトの言い分は筋が通っているが、フラウも譲れない。
 ヴィリバルトに会いたいのだ。もう数週間もそばにいない。契約で無事だと理解できているが一刻でも早く姿を確認したい。
 妙案を思いつきギルベルトに提案したが、それも却下される。

「だめだ。すでに目立ち過ぎている。騎士団の者たちにどう説明する。我が騎士団の先鋭を甘くみないでくれ。フラウを精霊だと一部の亜人たちが騒いでいると報告が騎士から入っている。騎士たちは、フラウの美しさからでた亜人たちの虚言だと思っているようだ。まぁヴィリバルトの連れのため、これ以上の追及はしたくないようだがな」
「うぅーー。顕現しても王都ではバレなかったのに……」

 フラウは俯くと、拗ねたように言葉を詰まらせた。

「私も油断した。王都では、認識阻害の魔法をヴィリバルトが施していたのだろう。今はボフールの魔道具で何とかなっているが、簡易版だと強く主張していた。下手に動き、万が一、魔道具が壊れた場合どうする」
「わかったわ。大人しくここで待つわ」

 フラウが不承不承ながら聞き入れた様子に、ギルベルトは頷くと部屋を後にした。
 残されたフラウは、ギルベルトが出て行った扉をジッと口を尖らせ見ていた。その様子をソファで静観していたテオバルトは、満面の笑みでフラウに近づき肩に手を置く。

「フラウ。話があるんだ」
「テオ…バルト……?」

 普段と違うテオバルトに、フラウは後ずさる。顔は笑っているのに、なぜか、テオバルトのそばにいないほうがいいような気がした。逃げようと心に決めるが『拘束』の魔法を発動されていた。

「テオバルト! どうして?」
「今、逃げようとしたでしょ。いい機会だからゆっくりと話合おうね」

 どの行動が、テオバルトの地雷を踏んだのだろうか。今のテオバルトを止める人はいない。「いやーー」と、声をあげるが、テオバルトは抜け目がない。部屋には『遮断』が施されていた。


***


 宿の大部屋の扉の前で、二人の人物が小声で会話をしていた。

「ねぇまだなの? ヴィリバルトの気配がするわ! わたし約束した通り大人しくしたわ! もういいでしょ?」
「だめだよ。今は大事な話の最中だから」
「大事な話? ならわたしも聞くわ!」
「ちょフラウ!」

 テオバルトの静止も聞かず、顕現した大人のフラウが、大部屋の扉を勢いよく開けた。
 部屋にいた全員の視線が、フラウに注目する。

「ヴィリバルトもジークベルトも帰ってきたのに、わたしに、ただいまの挨拶がないわ!」
「すみません。いまはダメだといったんですが……」

 テオバルトはフラウの突然の行動に、まだ話合いが足りなかったかと、次はもう少し強く話会おうと心に決める。
 フラウは、背中に悪寒が走り後ろを振り向こうとしたがやめた。
 ヴィリバルトが労わるように、テオバルトの肩を叩き「テオは悪くないよ」と伝える。
 やっと保護者が帰ってきた。心底安堵し肩の荷が下りる。
 テオバルトは、スーッと横に動き、ヴィリバルトに場所を譲る。二人の再会を純粋に喜んだ。
 それに満足したフラウは、大事な話の続きを促すが、ヴィリバルトから「終わったよ」と聞き、またもやムンクの表情で固まった。
 フラウの再起動後「テオバルトが邪魔するから間に合わなかった」と、キッと睨まれたテオバルトだが、あえて笑顔で答えた。
 テオバルトにとって、とても長い数週間だった。



 子供たちを退室させ、ギルベルトたちは改めて席に腰を掛けた。

「さて本題に入りますか」

 ヴィリバルトの合図で、ギルベルトが口を開く。

「バルシュミーデ伯爵、貴殿は」
「エトムントに家督が移りましたか」

 想定の範囲だったのだろう、ギルベルトが話すよりも先に自身の進退について追及した。

「まだ正式ではない情報ですが、ご子息のエトムント殿が、このたびの貴国の反乱で率先して反乱軍と戦い、バルシュミーデ伯爵とは無関係であることを示したようです」
「私の潔白より先に一族の存続を考えたのでしょう。エトムントは、おそらく背景にも気づいております。自慢の息子です」

 バルシュミーデ伯爵は腕を組みながら、当然といった態度をとった。

「早急に連絡を取りますか」
「いや、時期尚早。首謀者を洗い出すほうが先ですな」

 ギルベルトの提案に、バルシュミーデ伯爵は少し考えたそぶりを見せるが断った。

「わかりました。心あたりがあるのですね」
「第一王子トビアス様の腰巾着、ビーガー侯爵が有力ですな。ダニエラを派遣したのも侯爵ですしな」
「それだけでは判断しかねます」

 ギルベルトが、はっきりと言った。ふたりの視線が激しくぶつかり合う。
 先に視線をはずしたのはバルシュミーデ伯爵だった。
 彼は目を閉じると、静かにエスタニア王国の内情を話しだした。

「ご存じの通り、エスタニア王国の王太子は、第三王子であるマティアス様です。王位継承権は、第三王子マティアス様、第一王子トビアス様、第二王子エリーアス様、そして第三王女ディアーナ様です。我が国は特例がない限り、正妃のお子様の男児に第一王位継承権が与えられます。ただ王太子であるマティアス様はまだ十二歳。トビアス様は、マティアス様がご誕生になる前まで、王太子として教育をされていました」

 ギルベルトが「なるほど」と相づちを打つ。
 バルシュミーデ伯爵は続ける。

「そもそもトビアス様の母上である第一側室のエレオノーラ様は、もともとは正妃でした。しかし王がブルーム公爵のご令嬢であったシャルロッテ様を見初められたため、正妃がシャルロッテ様に移ったのです」
「また厄介だね」

 ヴィリバルトが、少しあきれたと言わんばかりの態度でそう言うと、ギルベルトに視線を移した。
 ギルベルトは黙ってうなずいた。

「えぇ、それだけであればよかったのですが……非公式ですが、王は病に臥せっておられます」

 バルシュミーデ伯爵は意を決した様子で、機密事項を口にした。
 しばらく沈黙が続いた。

「だがなぜ、王太子ではなく継承権の低い第三王女に手を出す必要があるのだ」

 ギルベルトの疑問に、バルシュミーデ伯爵はさらなる爆弾を落とす。

「ディアーナ様の先祖返りです。正式な第一王位継承権はディアーナ様にあります」

 その爆弾発言に、ギルベルトたちは表情を変えることもなく、ただバルシュミーデ伯爵を見た。
 真意を問うその姿勢に、バルシュミーデ伯爵はうなずいた。

「エスタニア王家には、亜人の血が入っております。王位継承権には特例があり、先祖返りした王族が王になるといったものです。代々王家は、その特例を死守してきました。私も詳しくは知りませんが不変の条約だと聞いています。しかし、王はディアーナ様に王位を継がせるおつもりはなく、特例である先祖返りを公表されませんでした。ディアーナ様の先祖返りはごく一部の者しか知りません。また民は王家の秘密を知りません」

 バルシュミーデ伯爵の話を聞いたヴィリバルトは、いくつかの質問をし始めた。

「なるほどね。気になる点は多いけど、まず伯爵はその王家の秘密をどうして知っているの」
「先代の王が逝去される直前、先王から秘密を明かされました。現王を支えてほしいと。私を含めると王家の秘密を知る者ものは、数人しかおりません」
「ビーガー侯爵も王家の秘密を知っている?」
「おそらく。秘密を共有している人物の中に名はないが、情報が漏れたと考えたほうがいい」
「ビーガー侯爵が黒幕だとすると単純すぎないかい。私はほかに首謀者がいると考えるよ」
「経済力、権力、実力を兼ね備えているのは、あの男だけです」
「へぇー、伯爵がそこまで警戒するビーガー侯爵にぜひ会いたいな」
「ヴィリバルト」

 ヴィリバルトの悪い癖が出始めたので、ギルベルトがいさめた。

「だけど兄さん、彼女たちを助けるならこの問題は解決しないといけないよ。ジークのためにもね」
「わかっている。一度、王に報告する。バルシュミーデ伯爵、よろしいですね」
「我が国の問題を解決するのに他国に協力してもらうとは……」

 バルシュミーデ伯爵は天を仰ぐ。その姿にギルベルトたちは同情した。
 しかし他国を巻き込んだ内乱がもう始まっている。
 決意を新たにしたバルシュミーデ伯爵と、心強い味方となったアーベル侯爵家との話し合いは、深夜まで続いた。



 エスタニア王国の反乱事件から約三ヶ月。
 第三王女ディアーナ・フォン・エスタニアの婚約が発表された。
 相手は、ジークベルト・フォン・アーベル。
 そう俺だ。

 コアンから帰宅して数日後、父上に意志を確認された。
 突然の婚約話にひどく狼狽した俺は「えっ!?」と、素っ頓狂な声をあげた。
 思ってもいなかった展開に思考が追いつかず、しかも父上は、俺と王女ディアーナが相思相愛だと認識していた。
 ディアーナも照れながら「ジークベルト様は、受け入れてくださいました」と宣言した。
 その宣言に俺は、「えっ、いつ?」と、心の中で叫んだ。
 俺の困惑した表情を見て、なにかを察したディアーナは「夜の砂漠で受け入れてくださったじゃないですか」と、頬を赤くしてうつむいた。
 かわいいなぁーと、微笑ましく思うが、それどころではなかった。
 夜の砂漠って……あの時か!
 たしか、ダンジョンでの最後の夜、お礼を言ってくれた時、早口で聞き取れなかったあれねと気づいた。
 まじか……。あれ告白だったのか。
 いったいいつ好意を持たれたのか。事実は小説よりも奇なり。

 唖然として返事をしない俺に「ジークベルト様?」と、ディアーナが不安気げな声で尋ねてきた。
「うん。そうだったね」と、若干頬を引きつらせながらも俺は微笑んだ。
 ディアーナに恥をかかすことはできないと思った。
 俺はディアーナを嫌いではないし、むしろ好意はある。その気持ちが恋愛かと問われれば、肯定はできない。
 だけど、温めていくことはできる。
 ディアーナは、気立ても器量もいい。正直俺にはもったいないと感じている。
 ただ気になるのは、彼女がエスタニア王国の王女であり、王位継承権があることだ。マンジェスタ王国の侯爵家の四男と婚約しても国際的に問題はないのか。エスタニア王国の貴族たちは、この婚約を受け入れるのか。
 王太子以外の王族は、悪い言い方だが、政治の駒である。他国とのよりよい関係を築くため、婚姻を結んだり、自国の貴族に褒美として下賜贈することもある。
 そのような立場のディアーナが、俺と婚約って、父上はなにを企んでいるのでしょう。
 それに彼女は今反乱の首謀者として、祖国から指名手配されている。

「父上、それは彼女たちを守る武器になりますか」

 その発言にディアーナがハッとした表情で俺を見た。
「なる」と、父上が力強くうなずいた。
 それを目視した俺は即座に「ディアーナ王女との婚約の手続きをよろしくお願いします」と伝え、父上に頭を下げた。

「あとは側室のことだな。すでに王女には許可を得ている」

 またしても父上の突拍子もない言葉に「はっ!?」と、あっけにとられる。

「ジークベルト様、わたくしは正室としてがんばりますわ」

 涙ぐみながら感動した様子でディアーナが追従した。
 俺は慌てて「いやいや、ちょっと待って!」と止めるが、勘違いしたディアーナが「わたくしが正室ではいけませんか?」と、涙目で訴えてくる。

「そもそも側室ってなに?」
「はい? ジークベルト様はいずれ側室を迎えますよね。うれしいことに候補者の名にエマの名前があります。エマは恐れ多いと恐縮しておりましたが、わたくしが説得いたしますわ」

「父上?」と、すがるような気持ちで尋ねた。

「アーベル家では、恋愛結婚だ。複数相手がいても問題はない」

 いやいや、いくら貴族が一夫多妻でも、アーベル家は、ほぼ側室いませんやん!
 なぜそのような考えに至るのですか!
 しかも、エマを側室候補にって、範囲が狭すぎるでしょ!
 説得とかいらないよ。エマが、かわいそうだ。

「父上、なにか勘違いが あるようです。側室はいりません。婚約はディアだけで十分です」
「いいのか?」
「ジークベルト様?」

 俺の回答に、父上とディアーナは互いに顔を見合わせ、心底不思議そうな顔で俺を見る。
 なぜかふたりは、意気投合している。
 ここでの心象が大事だと感じたので、俺は真剣な表情で姿勢を正し「はい」と返事をした。

「わかった。では今回はディアーナ王女との婚約を進めよう」
「そうですね。今回はわたくしの婚約だけお話を進めていきましょう」

 俺の態度をどう捉えたのか、ふたりは、はいはいといった感じで流している。
「お二方、次回はありませんよ」と、笑顔で強く否定した。
 これ以上の話は無駄だと判断して、俺は頭を切り替えて言葉を続けた。

「父上、エスタニア王国はこの婚約を受け入れるのでしょうか。反乱が先日起きたばかりですし、ディアーナが首謀者だとの疑いは晴れてはいませんよね」
「そのことだが、五ヶ月後にエスタニア王国で武道大会が開催される。その賓客に王の名代でマンジェスタ王国の王太子ユリウス殿下がご訪問される。その際、ディアーナ王女とバルシュミーデ伯爵にも同行していただく」

 父上はいったん言葉を切ると視線をディアーナに向けた。
 意志確認がしたいようだ。
 その意図をくみ取ったディアーナが無言でうなずいた。

「それまでにジークベルトとディアーナ王女の婚約を発表する予定だ。万が一首謀者の疑いが晴れずとも、マンジェスタ王国の侯爵家の婚約者として地位を確立すれば、相手は手出しできない。降嫁すると決まった時点で、王女の王位継承権は消滅しているのでな」

 父上の説明は俺が危惧していたことが解消される内容だったが、新たに気になることが出てきてしまい思わず口に出していた。

「反乱が起きた直後なのに、武道大会ですか?」
「そうか、ジークベルトは知らないのか。武道大会は三年に一度、数十カ国の参加で開催される国際行事だ。毎回開催国が代わり、今年はエスタニア王国で開催される。各国で優秀な選手を二名選出し競うのだが、国力を示す重要なものでもある。戦火中でもない限り開催国が勝手に中止できるものではない」
「政治的なものでもあるんですね」と、俺は関心した表情でうなずく。
「そうだ。しかし近年は遠方の国での開催が多く、我が国は参加をしなかった」
「えっ? 父上、言っていること矛盾していますよ?」と、俺が声を上あげると、父上が不敵に笑う。
「我がマンジェスタ王国の国力は、世界有数だ。それを誇示する必要はない。だが今年は参加する。アルベルトを選手として出場させる」
「アル兄さんをですか?」
「アーベル家の嫡男は、一度は武道大会に出場することが決まっている。ユリウス殿下がご訪問される機会に出たいと、アルベルトから申し出があった。同じ年で幼い頃から仲がよかったユリウス殿下が、王の名代で訪問されるため、華を添えたいのだろう」

 そんな決まりがあるのか、嫡男は大変だと思った。
 父上の自信に満ちた態度から、アル兄さんに期待をしていることがわかった。
 俺はつい茶化すように「優勝でもする勢いですね!」と言った。
 すると父上が「ジークベルトなにを言っている。出るからには優勝だ」と真剣な面持ちで俺に指摘した。
 その圧に「そうですよね」と、俺は肯定するしかなかった。
 アル兄さんは大変だ。当然のように優勝って。各国の猛者たちが集まる大会だよ。
 その中で勝ち抜くのは一苦労、それ以上のものだよ。
 アル兄さんを心配しつつも、ディアーナの婚約者の俺は同行するってことだよな。武道大会、外国旅行、楽しみだと心が浮きだった。
 ごめんね、アル兄さん。

 その日のうちにアーベル家に従事する者も全員集め、父上がディアーナと俺の婚約を発表した。
 正式な発表は、後日となる旨を説明し、ディアーナたちの正体を明かした。
 コアンから帰宅した際、ディアーナとエマは、我が家で預かることになったが、父上のお客様としてもてなすようにとの命が出ていた。
 全員が驚き「さすがジークベルト様! 婚約者が王女様なんて素敵すぎる」などといった声がチラホラと聞こえる。
 その中でマリー姉様が崩れ落ちた。

「私のかわいいジークベルトが婚約!? 彼女は高位貴族の庶子だと思っていたのに……。まさか王女だったなんて! 仲がいいとは思っていたのよ。器量は文句のつけようがないから、庶子なら妾で我慢しなさいと説得するはずだったのに! なんてことなの!」

 マリー姉様の心の声は、ダダ漏れだった。
 しかもなんだか恐ろしいことを考えていたようですね。
 未然に防げてよかったと安堵する。
 ここ数日のマリー姉様の不満気な態度は、おそらくディアーナたちが同行して屋敷に帰宅したため、盛大な歓迎をしたが、満足するまで俺にかまえなかったことだ。
 事前にテオ兄さんから注意喚起を受けていたので、俺も未然に防いだりして流したが、ディアーナたちがいなければ、ひどいありさまだったと確信できる。
 本当に父上はなんと言って、マリー姉様を屋敷にとどめておいたのだろうか。
 背中に悪寒が走る。
 うん。知らないほうがいいこともある──。



 我が家は内示に俺の婚約を発表してから、平穏が保たれていた。
 特にマリー姉様とディアーナは、実の姉妹のように仲がよくなった。
 どのようにしてマリー姉様を手な……ゴホン、仲よくなったのかは不明だが、さすが王女、人の心を掴む手腕は素晴らしいと感心すると共に、『俺、尻に敷かれるの確定じゃない!?』と未来の自分を想像してげんなりした。
 まだ俺は七歳だ。主導権を握る機会はあるはずと心を落ち着かせた。
 婚約を発表したことで『誓約魔書』を破棄することになった。もちろんエマも一緒にだ。
 本人たちはこのままでもいいと、破棄に消極的だったが、すでに身内である。ちょっとした手違いで誓約魔書が発動し、死ぬことになれば俺が後悔する。
 特にエマは要注意である。ドジ侍女は健在で、あのアンナが頭をかかえていた。悪気があるわけではないため、怒るに怒れないんだよね。
 朝食の後、ディアーナと今日の予定を確認し合う。

「今日の午前中に、ヴィリー叔父さんが来る予定だから、そのつもりでいて」
「はい。お手数をおかけします」

 無表情で軽く頭を下げるディア。非常に残念なことに耳と尻尾を隠蔽しているので、感情を読み取ることは難しい。
 この無表情も見慣れると、うん、悪くない。

「いや『誓約魔書』の破棄はそうそうにしたかったんだ。時間がかかってごめんね」
「いえ、ジークベルト様の大事なことですから、慎重になるのは当然のことです」

 実は誓約魔書の破棄に叔父が渋ったのだ。
 ディアーナやエマの破棄なら、すぐ了承が出ると思ったが、思惑がはずれ驚いたのは俺だった。
「婚約が確定した後、彼女たちの様子を見て判断しよう」と、叔父が俺に伝えてきたのだ。
「どうしてですか」との俺の問いに「彼女たちには、滞在中アーベル家の教育を受けてもらう。アーベル家の者としての心構えがあると判断できれば破棄するよ」と笑顔でかわされた。
 これ以上の質問は受けつけられないとその場を後にしたが、アーベル家の心構えとはなにやらとの好奇心から、ヘルプ機能を発動させた。


 **********************

 アーベル家に従事する者は、例外なく教育を受け、アーベル家に生涯の忠誠を誓う。
 教育途中に逃亡する者、資格がないと判断される者は『忘却』の魔法で、アーベル家に関するすべての記憶を抹消される。
 アーベル家に従事できる者は、国籍やステータスにかかわらず優秀であり、ほかに類を見ない。

 **********************


 その事実に言い知れぬ恐怖を感じた。
 たしかに……アンナの動きとか、ステータス以上の素早さで俺を確保したり、気配がない時もたまにあったんだよね。
 気づいたらそこにいた──なんて日常で……。
 考えれば、考えるだけこわいんですが。


 **********************

 現在アーベル家の『至宝』はご主人様ですよ。

 **********************

 恐怖におののく俺にヘルプ機能が、軽いノリでいらぬ情報を伝えた。
 どういうことだ?

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 ご主人様だからです。

 **********************

 困惑する俺に、なんとも曖昧な返答をしてきた。
 とっ、とりあえず、俺の『至宝』うんぬんについては後々考えることにする。
 ヘルプ機能の情報から、叔父が誓約魔書の破棄を渋った理由を知り、その思考に過保護すぎると頭をかかえた。
 また一方で叔父が、彼女たちに無理難題を叩きつけ、誓約魔書を破棄する気がないとも思った。
 エマは、見習いだがディアーナの侍女である。主人への忠誠を尽くしているはずだ。
 今さら変更できるのかと疑問が生じた。心が追いつかないだろうと思った。
 そしてディアーナは、エスタニア王国の王女だ。王族は忠誠を誓ってもらう立場だ。
 それなのに忠誠を誓わせるなんて無茶だと──そう思っていた。
 しかし俺の心配をよそに、ディアーナとエマのふたりはすんなりアーベル家の教育を受け、忠誠を誓った。
 そして今日『誓約魔書』が破棄される。


 約束の時間から三十分以上経ち、『移動魔法』で現れた叔父は、少々疲れた顔をしている。
 チート叔父の弱っている姿に、物珍しさから言葉を出せずにいた。
 ダンジョン内でも一度も疲れた様子を見せなかったあの叔父が、少々とはいえ弱っているのだ。
「遅れてすまないね」と、言葉にも覇気がない。
 そんな叔父を見かねた俺は意を決して、質問する。

「いえ、なにかあったのですか」
「あぁー。ルイーゼ姉様が昨日帰国されてね」

 思ってもいなかった返事に、俺は瞬きをする。

「伯母様が帰国されたのですか。伯母婿のクルマン伯爵はたしかリストアに大使として派遣されていましたよね」
「私が伯爵の爵位を得るので、緊急帰国したんだよね。現在我が家に滞在中──ハハハ」

 乾いた笑いをした叔父は遠い目をする。
 そう叔父は、来週伯爵になる。我が国では数十年ぶりの新たな伯爵家に国中大騒ぎだ。
 授与式には祖父母や伯母夫妻も含めアーベル家全員で参加し、王城で開かれるパーティーには、ディアーナを伴い、俺の婚約者としてお披露目することになった。
 その授与式のために伯母は帰国したのだ。
 ルイーゼ・フォン・クルマン、父上の姉で、俺の伯母にあたる人だ。
 大恋愛の末、フェルディナント・フォン・クルマン伯爵に嫁いだ。伯母は我が国では初の女騎士であり、近衛騎士団に所属していた。父上も叔父も唯一頭が上がらない人物である。
 俺は赤ん坊の頃に一度対面しているが、視界がボヤケていたため、姿絵でしか伯母を見たことがない。
 その伯母が叔父の屋敷に滞在しているなら、ディアーナたちを連れて後で挨拶しに行こう。
 ちなみにアーベル侯爵家の西隣にある古い屋敷が、現在の叔父の家である。
 とある伯爵家の所有だったが、最近売りに出され、叔父が購入したのだ。
 売りに出されたタイミングとか、いろいろと怪しすぎる点が多いが追及はしない。
 伯爵の体面上、屋敷は必要だった。
 管理が面倒であると叔父は嘆いていたが「敷地内の外装に文句は言わないよね」と言って、西側の伯爵家との間にあった壁をぶち抜き、侯爵家の敷地とつないだ。それにより両家を楽に行き来できるようにした。徒歩五分の距離だ。
 広がった庭を見てハクがうれしそうに走り回っていた。叔父の計画では庭の中間地点に別邸を建てるとのことだ。
 表面上は伯爵家と侯爵家の敷地は別となっていて独立貴族としての体面を取るが、内情はひとつの家として運用する。その中間地点に別邸を建てることで、伯爵家の負担を分散するのだろう。
 叔父が遠い目をしながら「ディアーナ様とエマはどこかな」と確認する。
 当初の予定よりもかなり遅れ、叔父が現れたのは昼過ぎ。ディアーナは午後にマリー姉様との茶会の予定があり、エマを伴いサロンに行っている。そのため、叔父の到着と同時に、俺は『報告』の魔法を使ってディアに知らせておいた。すでにディアーナからもその返事が届いていた。

「今、こちらに向かっています」
「ありがとう。本人たちがいないと『誓約魔書』は破棄できないからね」

 叔父は二通の『誓約魔書』を机に出す。
 誓約魔書から流れ出る魔力の多さに俺は驚愕する。ダンジョン内で取得した『魔力察知』で、その魔力容量を把握したのだ。
 命をかける誓約書なだけある。
 叔父の伯母への愚痴を聞き流しながら過ごしていると、ディアーナとエマが部屋に入ってきた。
 彼女たちの到着がもう少し遅かったら、俺は拗ねていたかもしれない。一方的に愚痴を聞くのって、つらい。
 ディアーナとエマはテーブルを挟んで叔父と俺の向かい側の席に並んで座った。

「今から『誓約魔書』を破棄する。ふたりとも目の前にある誓約魔書に手をかざして」

 叔父の指示にふたりは息をのみながら『誓約魔書』に手をかざす。
 それを見届けた叔父が破棄呪文を唱える。

「古来より受け継がれし誓約よ。ヴィリバルト・フォン・アーベルの魂のもとにおいて誓約を破棄する」

 叔父が破棄呪文を唱え終わると同時に『誓約魔書』が輝きだし 、彼女たちそれぞれを包み込む。
 光が彼女たちの中に消えると、机にあった『誓約魔書』は消えていた。



『誓約魔書』を破棄した直後、ふたりの体に異変がないか俺は念入りに確認した。
 叔父を信頼はしているが、それとこれとは話が別だ。命を代償とした誓約なのだ。
 俺の行動に「過保護だね」と苦笑いする叔父を横目に、これぐらいの心配は許してほしいと思った。

「ジークベルト様、ご心配していただき、ありがとうございます」
「ありがとうございます」

 異常がないことに、ほっと胸をなで下ろす俺にディアーナとエマが、頬を染め若干目を逸らしながら頭を下げる。
 ふたりの態度に、あぁー、無遠慮に触りすぎたと、反省するが後悔はない。
 女の子特有のいい匂いでやわらかかった。うん、うん。

「うん。なにもなくて本当によかった。改めてこれからよろしくね」

 俺はそれに気づかなかったふりをして、笑顔をふたりに向ける。

「「はい!」」

 ふたりの元気な返事に、時には開き直りも有効だと悟る。

「ヴィリー叔父さん、のちほど屋敷を訪問してもいいですか。伯母様にご挨拶したいので」
「ジークは、律儀だね。私は魔術団に顔を出しに行くので付き合えないが、姉様を頼んだよ」

 やはり元気がない叔父に、一緒に行きましょうとは誘えなかった。
 一日であれだけの愚痴がたまるぐらいストレスを感じているのだ。伯母からやっと解放された叔父に再び戻れとは言えない。
 俺は空気を読める子なのだ。
 庭で遊んでいたハクを呼び、ディアーナとエマを連れ立って、西の屋敷に足を運ぶ。
 アーベル家の敷地内での移動のため、護衛は必要ない。道中はたわいのない話で盛り上がっていた。

「ジークベルト様の伯母様はどのような方なのでしょうか」

 ディアーナの問いかけに、俺が知っている情報を伝える。

「我が国で初の女騎士だったけど、大恋愛をして伯爵夫人になったって話だよ。赤ん坊の頃に対面しているんだけど、ほぼ初対面だからね」
「大恋愛ですか、ぜひそのお話を伺いたいですわ」
「女の子は好きだよね」

 俺は言葉をつなげ、人並みの反応を示すディアーナを微笑ましく思う。

「そうですね。ジークベルト様は、恋愛小説はお読みになりませんか」
「そうだね、むか……魔法書や知識本、歴史書、あと戦記の小説などはよく読むよ」

 転生前の記憶と混同しそうになり、動揺して若干早口になってしまう。
 前世の妹に勧められ、数々の恋愛小説を読破した経験がある。本が好きだったので、ジャンルを問わず読んでいたのだ。

「ジークベルト様も姫様も本を読んでいて頭が痛くなりませんか。私は一ページ目でダメです」

 エマがおどけたように話に加わる。その様子から気づかれてはいないようだ。
 ほっと気づかれないように息を吐く。
 無意識のうちについ前世のことを口にしてしまう。
 前世の妹に勧められ数々の恋愛小説を読破した記憶がある。前世の俺も読書が好きだった。不運値のおかげで時間だけはたっぷりあったので、ジャンル問わず読破したせいで色んな分野の知識が中途半端にある。
 料理もそうだが無意識の内に口に出してしまう。
 気をつけないと、ただでさえ危ない体質なのだから。
 そうダンジョン踏破後、しばらくしてステータスを確認した際、それはあった──。


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 ジークベルト・フォン・アーベル 男 7歳
 種族:人間
 職業:侯爵家四男
 Lv:12
 HP:230/230
 MP:1310/1310
 魔力:1310
 攻撃:230
 防御:230
 敏捷:230
 運:420
 魔属性:全属性
 戦闘スキル:魔法剣Lv1・剣Lv1・短剣Lv1
 魔法スキル:火魔法Lv4・水魔法Lv2・風魔法Lv3・土魔法Lv2・光魔法Lv3・闇魔法Lv1・生活魔法Lv3・空間魔法Lv1・魔力制御Lv5
 身体スキル:毒耐性Lv5・麻痺耐性Lv4・状態異常耐性Lv3・闇耐性Lv3・呪耐性Lv7・雷耐性Lv1・気品Lv3・直感Lv1・魔力察知Lv1・気配察知Lv1・危機感知Lv1・索敵Lv3
 技能スキル:隠蔽Lv-・作法Lv3
 上級スキル:鑑定眼Lv-・地図Lv-
 固有スキル:言語完全理解Lv-・成長促進Lv-
 加護:転生祝福
 称号:幸運者・苦労人
 魔契約:白虎
 スキルポイント:3950
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 称号欄に『苦労人』との表示があった。
 待て待て待て、いつ称号を取得したんだ。いつもの報告がなかったぞ。


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 ご主人様、申し訳ありません。
 取得時にご報告するべきでしたが、ダンジョン踏破に集中していただきたく、生死に関わる称号ではないはずですので、士気を下げるかと思い、ご報告いたしませんでした。

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 ヘルプ機能がいらぬ気遣いをしていた。
 しかも、生死に関わる称号ではないはず? そこはないと断言してよ!
 はぁーー。『苦労人』なんとなく答えはわかるが、調べてみる。


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 苦労人:あらゆる出来事になぜか巻き込まれ、その中心となる者に与えられる称号

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 うん。トラブル体質ってやつだね。
 幸運者の称号と、どちらの影響が高いのだろう。


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『苦労人』の巻き込まれ度合いは、予測不可能です。
『幸運者』で、ある程度の不幸は回避できますが、トラブルを事前に阻止することはできません。

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 まぁそうだろうね。『幸運者』のわりに俺は、数々のトラブルに巻き込まれてきたように思える。
 もともと、トラブル体質だったのだろう。それが蓄積され『苦労人』の称号を得たんだろう。
 あの事件、白虎、精霊、ダンジョン、反乱、ただ悪いことばかりではなく、ハクやディアーナたちに出会えたことには、心底感謝する。
 うーん、得たものはしょうがない。なんとかなるだろう。
 あきらめの早さとポジティブ思考は、前世の不運値のおかげでもある。
 さて切り替えて『苦労人』以外のスキルを確認しよう。
 今回ダンジョンで新たに取得したスキルは、魔法剣と剣、短剣、魔力察知と地図だ。
 レベルが上がったのは、風魔法・索敵だ。それぞれ1ずつ上がっている。
 そのほかは、日頃の訓練や狩りなどで取得していた。
 特に待望の戦闘スキルを所持できることはうれしかったし、ダンジョンボスとの戦いで、魔法剣・剣をダブルで取得できたのはラッキーだった。
 これで安全に魔物討伐できる範囲が広がる。ハクと一緒に『コアンの下級ダンジョン』へ魔物討伐に出向いてもいいだろう。
 ハクのレベル上げも考えないといけないしね。考えるだけでもワクワクしてきた。
 早く『身体強化』のスキルを取得したい。それにはまず体を強化する修練に耐えられる体力をつけなくてはならない。
 うん。新たな目標ができた。父上との八歳の誕生日までに剣スキルを取得するという課題の約束も守れたし、満足だよ。
 魔力察知は、地底湖内で取得できた。
 おそらくだが、ダンジョン内は魔力が充満しているため、そこで数週間、戦闘を繰り返し索敵などのスキルを乱発したことで、魔力に触れ合う機会が格段に上がったのが、魔力察知を取得できた理由だと思われる。
 気配察知と危機感知は『白の森』での狩りと、テオ兄さんたちとの魔物討伐の中で取得していたが、魔力察知だけは、取得できずにいたのだ。
 きっとダンジョン内の条件と経験があいまったのだろう。
 そもそもスキルを取得するには、相当な修練を積まないといけない。
 魔力察知の条件が俺の認識通りであれば、やはりダンジョン内でのレベルアップを今後視野にいれるべきだ。
 ハクも行きたがっていたし、コアンの下級ダンジョンの調査は一ヶ月ほどで終了する。
 広大なダンジョンのため冒険者に会う機会も少ない。
 しかも、俺は踏破済みであり、索敵と統合された地図スキルを所持している。
 うん。次の狩場は『コアンの下級ダンジョン』に決まりだ。
 そして最後は地図。取得時は技能スキルでの表示だったが、索敵と統合することで上級スキルでの表示となっている。
 これって、俺以外できるのかと疑問に思ったが、ヘルプ機能が答えてくれた。


 **********************

 可能です。地図と索敵のスキルレベルがLv-に到達した時点で統合が可能となります。
 地図、索敵スキルを同時使用し、一定の経験値を積み上げることで、統合されます。
 当時ご主人様の索敵はLv3で、地図スキルとの同時使用の経験もありませんでした。
 しかし、ご主人様がご希望されたため、スキルポイントを消費することで、統合を可能としました。
 私、がんばりました!

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 声色からヘルプ機能が褒めてほしいのが伝わる。
 たしかにあの統合には助けられました。ありがとうヘルプ機能。
 だけど、ご褒美に『精霊の森』は、ごめんなさい。まだ無理です。


 **********************

 残念です。
 しかし、私はあきらめません。
 もっと精進し、ご主人様の役に立ってみせます!

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 ヘルプ機能の決意表明が聞こえた。
 願いを叶えてあげたいのは山々だけど、俺の直感が『まだダメだ』と言っているんだ。
 だからごめんね。
 俺はひょんなことから『直感』のスキルを取得した。
 前世の料理を我が家の料理人に説明している時に、ヘルプ機能の機械的な声が聞こえた。


 **********************

 直感スキルを取得しました

 **********************


 その時は驚いて、手に持っていた食材を落としてしまった。
 三秒ルールで美味しく調理したが、突然の声は心臓に悪い。
 すぐにヘルプ機能に取得条件を確認した。


 **********************

 直感は直感が働いた時ですので。

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 じつに曖昧な回答が返ってきた。
 たしか──調理道具の代替え品を思いついた瞬間だった。
 だけどそれは、ひらめきであって、直感ではない。
 摩訶不思議な出来事である。
 このことから直感スキルを鍛えることはできそうにないと判断した。


 西の屋敷の中庭にたどり着く。
 このまま中庭から屋敷に入ることもできるが、今日は伯母に挨拶をしに来たのだから、礼儀を重んじて正面玄関から屋敷に入ろう。そう思って方向転換した矢先、大きな魔力の流れを感じ、俺とハクは素早く反応する。

『守り』
『ガウッ!(氷結!)』

 ハクは氷で防御を張り、辺り全体を霧で包む。その上から俺が守りの防御を重ねる。頭上から、氷の刃が降り注ぎ、中庭に次々と突き刺さる。

「ハク、ディアとエマを頼む」
「ガウ!〈わかった!〉」
「ジークベルト様、お気をつけて」

『収納』から黒い剣を取り出すと、殺気がする方向に構え、走りだす。もちろん『倍速』と『守り』を自分に使用することも忘れない。
 正面から人影が現れたと同時に、キンと剣と剣がぶつかり合う音が響く。「ぐっ」と腹に力を入れ、受け流すが重い。ザ―ッとうしろに下がり次の攻撃に構える。
 ここまでお転婆だとは聞いてないよ。先触れは出してたよね。
 挨拶に来たことを少々後悔するが、次の攻撃がくることもなく、霧が徐々に晴れていき、赤い髪を高く結った女性が、困った表情をして剣を鞘に収めていた。

「強者の気配がしたので、すまない」

 女性は深く頭を垂れた。反省しているようだ。
 この人が、ルイーゼ・フォン・クルマン、俺の伯母だ。
 騎士団の軍服に似た装いだが、赤い刺繍が上着全体に施され品がある。
 伯爵夫人とは、到底思えない格好だけど、とても似合ってはいる。

「ルイーゼ様!」

 非難めいた声が聞こえ「まずいっ」と、素早く俺のうしろに隠れるが背丈が合っていないので、バレバレです。
 侍女長のアンナが、ハクとディアーナ、エマを引き連れて現れる。

「隠れても無駄です。あれほどお伝えしたではありませんか。屋敷内での戦闘行為は禁止であると。ルイーゼ様は、伯爵夫人なのですよ。わかっているのですか」
「しかしアンナ、強者の気配がした。魔獣を確認すれば危険だと判断するだろう」

 伯母が俺の背後で正当性を主張するが、アンナがそれを一掃する。

「ヴィリバルト様が、屋敷内全体に強固な『守り』の魔道具を設置されているとお伝えしましたよね。国中の魔術師が総出で攻撃しても耐えられる仕様だと、ご心配はご無用ですと何度もお伝えしましたよね。またハク様の存在も事前にお伝えしましたよね」
「いやしかし、とてもかわいい皆の癒しだと聞いていたのだ」
「ガウッ?〈なに?〉」

 警戒を解いたハクが首を傾ける。
 うん。かわいい。思わずモフモフしたいぐらいにはかわいいし、癒しだ。

「そうですよ。この姿を見てもそうおっしゃいますか」
「うっ、それは……」

 現実を突きつけられた伯母は反論ができず、黙ってしまう。

「このことはクルマン伯爵にしっかりとご報告させていただきます」
「アンナ! それだけは勘弁してくれ。フェルに知れれば、当分コルセット付きのドレスで過ごさないといけなくなる」

 悲壮な声でアンナに訴える伯母に、にこやかな顔をしたアンナがとどめを刺した。

「いいことではありませんか。ルイーゼ様、あなた様は伯爵家へ嫁いだのですよ。伯爵夫人としてクルマン様を支えなければなりません。私の教育不足だったようですね。滞在中、再教育を行います。覚悟なさってください。逃げ出すことは許しません」

「そんなっ!」と、絶望した声を出す伯母。

「本日からと言いたいところですが、私も鬼ではありません。せっかくジークベルト様がご挨拶に来られたのです。積もる話もありましょう。お茶をご用意いたしますので、室内でお話しください」

 アンナは伯母の態度を気にすることもなく淡々と話をする。
 俺の背後で「わかった」と落胆した声が聞こえた。

「その前に中庭をもとに戻してくださいね」
『整地』

 アンナの指示に、伯母が従い土魔法で、氷の刃が刺さってボコボコになった中庭を整えた。広範囲の魔法施行と剣技に、我が国初の女騎士になっただけはあると評価して、伯母の実力を認識する。
 そろそろ俺のうしろから隠れずに出てきてほしい。伯母はアンナのことがよほど怖いらしい。
 父上や叔父が唯一頭の上がらない伯母。その伯母が恐れるアンナ。アンナ最強説が頭をよぎる。
 たぶん単純に伯母の弱点がアンナなのかもしれない。
 そもそもアンナが叔父の屋敷にいること自体珍しいのだ。きっと叔父が手配したのだろう。


 室内に入ると、すでにお茶やお菓子の用意がテーブルの上にされていた。
 上座に伯母が、その正面に俺、その両隣にディアーナとエマがそれぞれ席に着く。
 もちろんエマは強制的に座らせた。
「うっうう。私、侍女なのですよー」と、泣き言が聞こえたが無視した。
 ハクは俺たちから少し離れた室内の場所に用意された丸いクッションの上にくつろいだ。

「改めまして伯母様、ジークベルトです」
「ルイーゼ・フォン・クルマンだ。先ほどは突然攻撃をして失礼した。お嬢様方もハク殿も驚いただろう。誠に申し訳ない」

 俺の挨拶を受け、伯母は立ち上がると頭を下げた。
 その所作は、美しく、綺麗な礼儀が、気品を際立てる。
 侍女たちが『麗しの騎士』との二つ名で呼んでいたのもうなずける。

「伯母様、頭を上げてください。もう済んだことです」
「しかし私は本気だった。ジークベルトが強くなければ大怪我をさせていた。すまない」
「誰も怪我をせず、穏便に済みました。もうよしましょう」

「だが……」と、納得しそうにない伯母に俺は告げる。

「伯母様は、明日からアンナの再教育を受けるという罰があるではないですか」
「そうだったな。しかし、やはりけじめは必要だ。今後なにか困ることがあれば協力しよう。お嬢様方もハク殿もだ」

 伯母が一瞬苦渋の表情をするも、すぐに表情を戻し俺たちに提案した。
 それに俺は了承を伝え、全員に同意させる。

「わかりました。みんなもそれでいいね」
「「はい!」」
「ガゥ!〈いいぞ!〉」

 その様子に伯母は小さく息を吐き、ほっとした表情をして再び席に腰を掛けた。
 アンナが用意したお茶に手をつけ、三度息を吐く。
 殺気立った相手が子供だったことを相当気にしていたのだろう。

「ジークベルト様、ご挨拶をしてもよろしいでしょうか」

 ディアーナが空気を読み、俺に尋ねる。

「うん。ディア、後回しにしてごめんね」

「いえ」と俺に微笑むと、伯母に向けて挨拶をする。

「クルマン伯爵夫人、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。わたくし、エスタニア王国第三王女ディアーナ・フォン・エスタニアと申します。先日ジークベルト様と正式に婚約いたしました。今後はジークベルト様を支えるよう努力いたします。どうぞよろしくお願いいたします」
「貴殿が……やはり噂はあてにならないな」

 どのような噂があるのか、後でヘルプ機能に確認しておこう。

「侍女のエマです。このような状態でのご無礼をお許しください」

 エマは皆と一緒に腰掛けていることを詫びた。

「気にするな。側室候補と聞いている」
「伯母様、それは違いますよ」

 伯母の危ない発言をすぐに俺は訂正した。
 すると伯母がと不思議そうに首を傾ける。

「そのように大事にしているのにか。男たちの考えはわからないな」
「クルマン伯爵夫人、ジークベルト様は照れているだけですわ」

 否定する俺の様子を見て、ディアーナが的はずれなことを言う。

「やはりそうか。ディアーナ王女、私のことはルイーゼと呼んでくれ。敬称はどうも慣れなくてな」
「わかりました。ルイーゼ様、わたくしも敬称は必要ございません。婚約ではございますが、すでにわたくしはアーベル家の者です」
「そうか。ディアーナ殿、ジークベルトを支えてやってくれ」
「はい。もちろんです。エマと共に生涯お仕えいたします」
「それは心強い! 安心した」

 伯母とディアーナは互いに顔を見合わせ、微笑み合う。
 会話の内容は置いといて、ふたりの会話が弾んでなによりだ。
 ディアーナがいまだに側室をあきらめていないこともわかったし、まぁエマも「私がジークベルト様の側室だなんて、恐れ多いです」と言っていたので、側室候補の話は時間が経てば流れるだろう。

「ガゥー〈紹介して〉」と、ハクが俺の膝に両足を置き鳴いた。
 丸いクッションにいたハクが挨拶と聞いて俺のそばに寄っていたのだ。
「ごめんね、ハク」とフワフワの頭をなでる。

「伯母様、ブラックキャットの変異種で、僕の相棒のハクです」
「ガゥ!〈ハクだ!〉」
「変異種だったのか、どうりで強い。氷魔法が使えるのだな」

 伯母が興味深そうにハクを見て、俺に尋ねた。

「はい。僕と共にヴィリー叔父さんに指導していただいています」
「ヴィリバルトにか。ほほぅ」

 俺が叔父の名前を出した瞬間、伯母のまとっている空気が豹変し、黒い瞳が妖しげに光る。
 えっ!? 叔父、伯母になにをしたのですか。めっちゃ地雷ですやん。

「次の指導はいつなのだ?」
「あっ明後日ですね」
「そうか。ぜひとも私も参加したいな」
「僕には判断ができません。ご教授いただいている立場ですので」
「それもそうだな。アンナ!」

 伯母が呼ぶと、扉の前に待機していたアンナが伯母のそばに寄る。

「はい。ルイーゼ様いかがなさいましたか」
「次のジークベルトの魔法の修練。私も参加したい。手配してくれ」
「しょうがないですね。今回だけですよ。私がヴィリバルト様にお伝えしておきましょう」
「助かる」

 アンナがあっさりと伯母の参加を許可した。
 えっ、再教育は? えっ、絶対空気おかしくなるよね。その中で魔法の訓練を俺がするの?
 あっ、もう確定事項なんですね。
 まじか、叔父よ、伯母となにがあったか知らないが、巻き込まないでほしい。
 どう考えても板挟みな情景が思い浮かび、頬が引きつる。
 後でアンナに、叔父と伯母のことを聞いて、対策を取ろう。
 するとハクが「ガルゥ?〈ルイーゼも一緒に修練するの?〉」と、期待した目で俺に聞いてきた。

「そうだよ。伯母様も次の修練に参加してくれるんだよ。ハクと同じ氷魔法の使い手だから、いろいろと教えてもらえるね」
「ガウッ!〈ルイーゼ、よろしく!〉」
「あぁ、よろしくな」

 ハクの純粋な瞳に、伯母は毒気が抜けた顔をして返事をする。
 そうだ、俺にはハクがいた。これは大丈夫かもしれない。光が見えた。

「では、わたくしたちも見学してよろしいですか。もしくは参加させてください」
「ディアーナ殿も参加か。エマ殿はどうする?」
「私は適正がありませんので、見学でお願いします」
「そうか。アンナ」
「はい。ヴィリバルト様にお伝えしておきましょう」
「ありがとうございます。実は風魔法のレベルがなかなか上がらず困っていたのです」

 あっさりとディアーナの参加も決まる。
 あれ? もしかして俺が思っているほど深刻なものじゃない。
 伯母が申し訳なさそうに、ディアーナに伝える。

「風魔法か。すまない。私は専門外だな」
「いえ、お強い方にご教授いただくだけでも、勉強になります」
「向上心が高いことはいいことだ」

 伯母が感心したようにうなずく。

「ありがとうございます。あのルイーゼ様」

 ディアーナが言い難にくそうな雰囲気を出し、伯母の注目を集める。

「なんだ?」
「ルイーゼ様は大恋愛の末、クルマン伯爵に嫁いだと伺いました。よろしければそのお話聞かせてくださいませんか」
「大恋愛と言うほどの話でもないが……」
「それでもお願いします!」
「あぁ、わかった」

 ディアーナの勢いに負けた伯母は返事をすると、クルマン伯爵との馴れ初めを話しだした。
 アンナがそっと伯母たちのそばを離れると、そのやり取りをうなずきながらニコニコと笑顔で見届けていた。



 ドン、ドン、ドカーン!
 ザッ、ザッシューー、キンッキンキン──。

 修練場に剣と魔法の轟音とふたつの影が重なる。

「くっ、ヴィリバルト腕を上げたなっ」
「姉様こそ、実戦から遠ざかってるとは到底思えませんよ」
「その油断が命とりになるぞ!『氷刃』」

 伯母の氷魔法が至近距離で叔父に炸裂した。
 あれは一昨日、俺たちが受けた魔法だ。次々と氷の刃が地面に刺さり、叔父の周りから土埃が舞い上がる。
 さすが叔父。あの距離でひとつも被弾していない。

『疾風』

 土埃が円を描く。地面に突き刺さった氷の刃が宙に舞い、10mほど上で止まる。
「チッ」舌打ちをした伯母がうしろに下がる。すると止まっていたはずの氷の刃が、伯母に襲いかかる。その勢いは『疾風』の影響により、速さが増していた。
 辺り一面にズドドドドッとの地響き鳴り、土が舞う。伯母が襲いくる氷の刃を剣で防ぐが、数本が服にかする。

「姉様、甘いですよ」

 氷の刃に気を取られていた伯母のすぐそばに叔父が移動していた。
 叔父が剣を振り、キンッと、伯母の剣が空を舞う。
 決着がついたと誰もが思った瞬間、叔父の首筋に短剣があてられていた。

「その言葉そのまま返すぞ、ヴィリバルト」

 伯母が不敵に笑う。
 叔父が剣を鞘に納めながら「姉様、引き分けですよ」と伝えた。

「なに!?」
「うしろを見てください」
「いつの間に……無詠唱か」

 そこには鋭く尖った土の塊が、伯母のすぐうしろまで迫っていた。
 大きくため息をついた伯母は、叔父の首から短剣を引く。すると土の塊が砂に戻った。

「この根性悪っ!」
「姉様も人が悪いですよ。短剣を服の中に忍ばせているなんて」
「それぐらいしなければ、お前には勝てん」
「まだあの時のこと根に持ってるんですか」
「うるさいぞ。ヴィリバルト! 今回は引き分けで許してやる。そもそもお前は相手に対しての誠意が足りんのだ! そもそもあの時だって──」

 伯母の怒涛の口攻撃が始まった。幾ばくか戦いより白熱しています。
あれには近づかないほうがいい。

「すごかったですね」

 ディアーナが両手を胸に組んで戦いの余韻を味わっている。その横でエマがコクコクとうなずいていた。

「そうだね。いろいろと参考になったよ」

 俺が同意すると、横にいたハクが興奮した様子で話した。

「ガルゥ! ガゥッ!〈すごかった! ハクも『氷刃』使う!〉」
「うん。でも今日はそっとしておこうね」

 今伯母に近づくと絶対に巻き込まれる。それだけは断固阻止だ。
 言い聞かせるようにハクに伝えると、俺の意図を察したハクが返事をした。

「ガウ〈わかった〉」
「じゃ屋敷に戻ろう。ディアさえよければ一緒に魔力循環の修練をしよう。風魔法がうまくできないって言っていたよね」

 俺の問いかけに「はい」と弱々しげな返答がくる。

「魔力循環がうまくできるようになれば『魔力制御』の取得が可能になるんだ。そうすれば風魔法の制御がうまくできるようになりレベルアップにつながると思う」
「本当ですか」

 説明を聞いたディアーナが食い気味に俺に迫る。
 俺は無言でそれにうなずいて、その矛先を変えるように隣にいるハクの頭をなでる。

「ハクも一緒にやろうね」
「ガルゥ!〈やる!〉」

 俺たちは屋敷に向かう。するとエマが遠慮がちに声をかける。

「あの本当に、あのままでよろしいのでしょうか」
「うん? ルイーゼ伯母様が突然仕掛け始めたことだからね。一時間ほど戦っていたんだから満足したんじゃない」


 今からおよそ一時間前、俺たちがいつもの修練場に赴くと、すでに叔父がいた。
 ただまとう空気が尋常ではなかった。その雰囲気に誰も声をかけず佇んでいると、後方から伯母の姿が見えた。
 そしてそれは突然始まった。伯母が剣を抜き、叔父に切りかかったのだ。
 唖然としている俺たちのすぐそばで始まった戦いに、やはりこうなったかと、念のため『守り』を施しながら、修練場より遠のいた場所に土魔法でベンチをつくり、観戦した。
 ふたりの戦いは、最初は純粋に剣のみだったが、中盤から魔法が入り、後半は白熱の攻防となった。
 ブランクがあるはずの伯母の動きは、現役騎士に勝るとも劣らないものであり、それを受け流す叔父も相当の腕だった。
『お属初め』から、叔父のステータスやスキルレベルは、だいぶ上がっていると予想する。
 きっと新しいスキルもたくさん取得しているだろう。叔父のステータスを鑑定しようと決める。
 残念ながら、伯母のステータスも確認できていない。
 一昨日挨拶しに行った時、『鑑定』をするタイミングを逃してしまったのだ。
 というのも、意外や意外、クルマン伯爵との馴れ初めは、とても伯母らしいエピソードで心を掴む話であり、不覚にも聞き入ってしまい、気づけば夕食の時間になっていたのだ。
 しかも話が佳境に入りつつあったため、そのまま西の屋敷に泊まり続きを催促した。この俺たちの行動に伯母は苦笑いしながらも付き合ってくれた。大恋愛と噂が立つのもうなずける内容だった。
 そんなこともあり、伯母のステータス確認はできなかったのだ。
 それに伯母の事前情報から、だいたいのステータスは把握できる。
 近衛騎士団所属のため、レベルは20以上であることは間違いないし、魔属性も水・土・氷だと予想ができる。高い戦闘スキルを所持していることもわかる。
 ともあれ伯母は、この戦闘で落ち着くらしい。
 アンナ曰く「ルイーゼ様は、一戦交えれば落ち着きますので」とのことだった。
 どこの戦闘狂ですか、まったく。
 次は、誰かの剣の修練時に父上、いやアル兄さんと剣を交えてそうだなぁと、遠くない未来を想像する。
 当分は伯母に振り回されそうだ。



 俺たちはアーベル家の屋敷に戻ると、室内で魔力循環の修練を始めていた。

「ディアは、魔力循環が苦手なんだね」

 苦戦している様子のディアーナに、俺はつい声をかけてしまった。

「はい。つい集中が途切れてしまうのです」
「こればかりは、日々の積み重ねがとても大事だよ」

 不甲斐ないそぶりを見せたとうつむいて話すディアーナに、毎日の修練が大事であることを俺は伝える。

「ジークベルト様は毎日魔力循環されているのですか」
「そうだね。時間があればハクと魔力循環しているよ」

 魔力循環は瞑想に近いものだ。
 体内の魔力の流れを感じ、均等に魔力を循環させ、高質な魔力循環を行う。
 この行為を長く持続でき、また瞬時に質のいい魔力循環ができれば、戦闘においてとても有利に立てる。
 だから日々感覚を忘れないよう努力している。
 実は、魔力循環が『魔力制御』の修練にもなることはあまり知られていない。

「ハク様は『魔力制御』をお持ちなのですか」
「ガウ!〈持ってる!〉」

 ディアーナの質問にハクはうれしそうに尻尾を振りながら肯定し、それを俺が補足する。

「最近Lv2になったんだよね」
「ガルゥ!〈がんばった!〉」

 ハクは『魔法色』の影響で、魔力循環ができない状態だったが、その後『浄化の石』で体内の魔法色を消し、魔力循環ができるようになった。
 できないものを克服したハクは、魔力循環を好み毎日欠かすことなく行った結果『魔力制御』を早い段階で取得した。そして氷魔法の修練も順調に進み、氷魔法スキルを取得したのだ。


「ディアは、風魔法スキルを取得できているんだよね」
「はい。Lv1ですが取得はしております」
「魔属性は、風と無だったよね。生活魔法は?」

 唐突な俺の質問に、意図が読み取れないのであろう。ディアーナは何度か瞬きを繰り返しながらも素直に応えてくれる。

「生活魔法は取得できていません。修練では風魔法の取得が最優先でしたので」
「なるほど……。なら当分の目標は『魔力制御』と『生活魔法』の取得だね。『空間魔法』は今のディアの魔力値では取得はできないからね」
「えっ『空間魔法』ですか?」
「うん。今は無理だけど、レベルを上げて『魔力制御』のレベルも上げれば『空間魔法』を取得できると思うよ」
「本当ですか!」

 ディアーナは驚いた表情で俺を見ると、すごい勢いで俺のそばに近寄ってくる。
 そんな彼女に「うっ、うん」と俺はうなずく。
 それを見たディアーナが、ぱぁと花が咲いたような笑み顔を浮かべた。
 めちゃくちゃかわいい。
 俺の婚約者、めちゃくちゃかわいいんですが。

「魔力循環、がんばろうね」
「はい! 高い目標があればがんばれます!」

 ディアーナに気合いが入ったのがわかった。
 魔力が高い彼女のステータスなら『空間魔法』の取得条件である魔力値200は、Lv24で到達可能であると予測できる。


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 ディアーナ・フォン・エスタニア 女 7才
 種族:人間(先祖返り)
 職業:エスタニア王国第三王女
 Lv:5
 HP:34/34
 MP:39/39
 魔力:42
 攻撃:28
 防御:30
 敏捷:26
 運:10
 魔属性:風・無
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 本人の強い要望もあり、今後パーティーを組んで一緒に行動するので、レベル上げの心配はいらないし、その前に『魔力制御』を取得できれば、ステータスの数値に反映されない魔力値が補填されるので、魔力値200に到達しなくても取得が可能なのだ。

「いいなぁ。私も魔法が使えれば、皆様と同行できますのに……」

 俺たちが盛り上がっていると、エマが、ぼそっとささやいた。その声を俺は見逃さず拾う。

「エマなにを言ってるんだ? ディアが僕の出した条件をクリアできれば、君も一緒にパーティーを組むんだよ」
「えぇ! そうなのですか!? 私なにも聞いてませんし、足手まといになりますよ。えっ?」

 見当がつかない不測の事態に、エマが混乱し始める。

「エマは、今アンナに体術を叩き込まれているよね」
「はい! アンナ様にご教授いただいております」
「戦闘スキルを取得できれば、戦えるよ?」

 俺はエマにわかりやすいように言葉を選び誘導すると、眉をひそめながら自信なさげにつぶやいた。

「えっ、でも、皆様のように強くありませんし……」
「自分の身を守れれば大丈夫だよ」
「えっ?」
「旅先の料理をお願いするって話だったよね?」
「えっ?」

 エマが疑問を再度口にしたところで、あきれたと言わんばかりの口調でディアーナが言った。

「聞いていなかったのね、エマ」
「姫様、申し訳ありません」

 エマが恐縮して頭を下げると、しかたがないといった様子でディアーナが、俺たちがパーティーを組む条件を説明しだした。
 自身を守れる魔法スキルを自由に操れること。これがディアーナとパーティーを組む俺の条件だった。
 次の日からディアーナは『守り』の修練を始め、エマはアンナに体術を習い始めた。てっきり話を聞いて、体術を習い始めたと思っていたが、ただの偶然でどうやら俺の勘違いだったようだ。
 どうもエマは俺が出した条件を聞いて、自分はその対象にさえ入れないと思い、ショックのあまり話を最後まで聞いていなかったようだ。
 俺が出した条件はあくまでもディアーナのみであり、エマに該当はしない。けれどディアーナが条件をクリアしたら、エマともパーティーを組む。ただしエマは戦闘スキルを所持することとしたのだ。
 一般的な冒険者は、魔法スキルを所持していない。魔属性がない平民が多いからだ。そのかわり戦闘スキルを所持して冒険者になり活躍している。
 ディアーナの説明が終わったので、俺がエマに声をかける。

「エマは、戦闘スキルの取得が目標だ」
「はい! ジークベルト様と姫様に同行できるようがんばります!」
「ガゥ!〈ハクも!〉」
「すみません。ハク様も一緒にですね」
「ガウッ!〈そうだ、忘れるな!〉

 ハクがエマにツッコミを入れる。
 その微笑ましいふたりのやり取りを見つつ、俺は魔力循環の修練に戻り集中するのだった。