「リア、体調はどうだ」

 この渋い声は、俺の父、ギルベルト・フォン・アーベル。
 父のステータスは既に『鑑定』で確認済みである。


 ***********************
 ギルベルト・フォン・アーベル 男 37才
 種族:人間
 職業:侯爵、第一騎士団副団長
 Lv:57
 HP:493/493
 MP:135/135
 魔力:145
 攻撃:392
 防御:403
 敏捷:412
 運:102
 魔属性:火・土・炎・雷
 **********************


 侯爵であり、第一騎士団副団長でもある。
 実力は折り紙つき、将来の総帥候補で、近々団長に昇進することが決まっている。
 この情報は、ヘルプ機能からである。
 ヘルプ機能の意志? あれは目下調査中です。まぁ調査という名の放棄ですけどねー。
 それよりも『鑑定』でヘルプ機能が使えたのには驚いた。『鑑定眼』の機能だと思っていたよ。


 **********************

 特例です。

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 だそうです。
 もう突っ込まない。無駄な努力はしない。

 鑑定の消費MPは5、鑑定眼の消費MP50と比べると、かなり使い勝手がいい。
 このMP差は情報量。鑑定はある程度の情報。鑑定眼はすべての情報と詳細な内容となる。
 ちなみに俺の鑑定のスキルLvは、鑑定Lv10に相当する。上位スキル所持のため、下位スキルは取得可能条件Lvが使えるようだ。
 調子に乗り、視界に入ったもの全てを鑑定した結果、情報がパンクした。
 記憶に自信があっても、これほどの情報量は、さすがに無理だ。
 さてどうするかと思案していたら、ヘルプ機能から救いの手が差し伸べられる。
 鑑定したものは、履歴に保存されるとのことだ。
 はぁーと、思わず感嘆する。死角なしのスキルだと感心していると、これも特例とのことだった。やっぱりね。
 結論としては、鑑定Lv10の情報が確認でき、消費MPも少なく、特例でヘルプ機能が使える鑑定を普段利用することにした。

「ギル、とてもいいわ」

 うふふっと、可愛らしい声が、頭上で響く。
 申告が遅れましたが、俺は幸せの国の中にいます。赤ん坊生活で精神を削られている俺の唯一の癒し時間だが、毎回毎回謀ったように、子煩悩で愛妻家でもある父ギルベルトが訪れる。
 邪魔だとは少しも思ってませんよ。えぇ、本心ですとも。ただこの正確さには驚きますけどね。
 多忙な執務の合間に、抜けて来るようで、執事ハンスに「やはりここでしたか」と、強制連行されるのは日常。

「ジークも元気そうだな」

 父上、今朝もお会いしましたよ。
 アンナが止めているにもかかわらず、俺を抱き上げ、無言で上下に振り、怒られていましたね。
 おそらく、高い高いをしたんだと思いますが、まだ首すわってませんから! 頭がもげて死ぬかと思いました。反省してますか? してますよね?! 身動きができれば即逃亡してますからね!
 ゴツゴツした手が、遠慮がちに頬を撫でる。
 まぁ悪くはない。欲を言えば、その繊細さを今朝だして欲しかった。
 父上は、慎重派らしいが、母上や俺に関しては、たちまち我を忘れるようだ。

 頭上で二つの影が重なる。
 視界見えてません。邪魔もしません。ただ、このダダ漏れの甘い空気は勘弁してほしい。
 夫婦仲が良いのは、もちろんいいことだ。
 念のため、もう一度言う。
 夫婦仲が良いのは、いいことだ。
 だが! だが! だがぁー! 俺のいないところでやってくれーー!
 俺の心の叫びを無視して、両親はとても仲睦まじく、甘々の雰囲気のまま、他愛もない話をする。これも普段通りである。
 そして俺は、両親の会話に耳を傾けるような、無粋な真似はしない。まぁ眠気に勝てないので、物理的にできないんだけどね。
 例の如くうつらうつらし始める。両親の会話は子守り歌で、幸せの国の心地良さが、さらに強固な眠りを誘う。
 気づくと九割八分が、ベッドの上だ。マジ完敗です。

「ジークも安定してきたし、鑑定はどうするの?」
「ゲルトの件で鑑定師は信用できない。ヴィリバルトに頼んでいる」
「そう。ヴィリーなら安心ね」
「あぁ。ヴィリバルトはディライア王国を訪問中だ。帰国後の鑑定となる。早くて一ヶ月後だな」
「サンドラ様のご出産がもうすぐだものね」
「出産後の経過連絡の任務と鑑定も請負っているようだ」
「鑑定眼持ちは大変ね……」
「リアが気にすることではないさ」

 幸せの国に滞在中ですが、今の会話は聞き逃しませんでした。
 完落ち寸前のところで、戻ってきました。
 はい、俺頑張った。

 情報を整理します。

 まず、ゲルト。
 兄姉の中で唯一対面したことはないが、俺の兄らしい。
 侍女たちの会話では、特待生で魔術学校に通っており、麒麟児と称されているようだ。
 誕生時の鑑定で何かあったようだが、詳細は不明。大体予想がつくけどね。

 ヴィリバルトは、父の歳の離れた弟で第三魔術団所属の騎士だ。
 魔術に長けており、適応属性も多く、上級属性も複数所持している。
 外見と実績から『赤の魔術師』『赤の貴公子』との二つ名があるようだ。
 未だ独身で、貴族女性からの人気も非常に高く『赤貴公子会』という名の会があるらしい。
 燃えるような赤髪と赤瞳、貴族の中でも一際、端整な顔立ちが、その特徴を更に印象づける。赤のイメージである活発や情熱とは反して、落ち着いた冷静さが意外性と繋がり、人気を高めている。また物腰も柔らかく、洗練された動きが更に人を魅了するようだ。
 侯爵家にはよく滞在しており、兄弟仲はすこぶる良好、お世話に慣れているはずの侍女たちが、漂う色気で一瞬失神するそうだ。

 サンドラは、我が国の第一王女で隣国のディライア王国に正妃として嫁いでいる。
 臨月に入り、近く、第一子が誕生する予定である。王女時代に、赤貴公子会を発足させた一人であり、初代会長だったとの噂もあるらしい。

 全て侍女情報です。
 皆さん、赤ん坊だと油断して、雑談多いんですよね。大変有り難いことです。
 叔父の情報が多いのは察してください。

 問題は叔父ヴィリバルトが『鑑定眼』持ちであると判明したことだ。
 貴族は生後一ヶ月ぐらいに鑑定師を呼んで、魔属性を確認することが習わしである。
 貴族の多くは魔属性を所持しており、適応属性を把握することで、子に初級魔法を覚えさせる。魔力があっても、魔属性を所持していなければ、魔法は使えないのだ。魔属性のない子は、スキル取得を目指し教育転換する。
 この鑑定は近年『お属初め』と呼ばれ、とても重要視されている。
 お属初めの情報に、ヘルプ機能が暴走したのかと焦った。このネームセンスのなさは、さすがにないと思ったからだ。


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 失礼です。

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 その後、ヘルプ機能の応答がなくなった。
 悪かったーと、平謝りして、機嫌を直してもらった記憶も新しい。いやもう生命線ですから。謝って許してくれるなら、謝りますよ。

 お属初めの結果は、各家で対応が違う。
 一部の貴族は公表する。特に第一子は、公表する家がほとんどだ。
 家の跡継ぎが魔属性を所持していると証明するためだ。貴族は魔法が使えて当たり前というのが一般論である。
 しかし、魔属性がない子もいる。理由は色々あるが、多くは片親が貴族出身でないことだ。
 その子が第二子以降なら、スキル教育を徹底され体面を保つ。
 第一子は悲惨だ。スキル教育はするが、家の面汚しだと親族中に罵られる。そのためまともに育てられることは少なく、成人までに病死することが多い。少数だが、分け隔てなく立派に育てる家もある。
 だが第二子以降の魔属性を所持した者に家督は譲られる。貴族の家督は長子が継ぐ。男子がいなければ長女が継ぐことになる。
 ただし魔属性がないものは家督が継げない。貴族家にとって魔属性はそれだけ重要なのだ。

 魔属性の属性数は平均1.5であり、属性は遺伝されることが多い。

 通常属性は、火・風・土・水・光・闇・無
 上級属性は、炎・雷・氷・聖・呪

 上級属性は、後天的に取得する者が多い。
 稀に先天的に上級属性を所持している者もいる。その者は、神童・麒麟児と称されることが多い。
 はい、でました麒麟児!
 予想でしかないが、ゲルト兄さんは、先天的に上級属性を所持していると思われる。
 ゲルト兄さんの侍女情報、極端に少ないんですよね。もう少し掘り下げて欲しかった。
 情報からもわかるように、全属性所持などありえないのだ。
 俺は、自由きままに普通の生活がしたい。そこで転生祝福の加護から有効なスキルを取得しようと思いつき、隠蔽スキルにたどり着いた。
 転生祝福の加護で取得できるスキルは、Lvでの解放条件がある。
 例えば、鑑定スキルを取得するには、解放条件であるLv10が必要となる。
 隠蔽スキルは、Lv1で取得可能だった。
 助かったと、心底思った。そうそうにスキルポイントから隠蔽スキルを取得する予定にした。
 一般的な鑑定師なら、ある程度の隠蔽Lvで誤魔かしが可能だからだ。
 鑑定師になる人間は少ない。そもそも鑑定スキルの取得は難しく、長けた知識と修練が必要である。
 鑑定Lvにより、確認できる情報がことなるのはもちろんだが、自身のLvより高い相手への鑑定は、鑑定Lvが高くなければ無理である。鑑定師の仕事は、ほぼ『お属初め』の魔属性確認だ。成人を鑑定することはほぼほぼなく、鑑定Lvを上げる難しさから鑑定Lv3が平均的である。

 ちなみに自身のステータスは『ステータス表示』で確認できる。
 ヘルプ機能でこの情報を知った時、崩れ落ちた。実際は崩れ落ちないが、精神的に折れた。
 日々知識を蓄えていた。
 お属初めや鑑定師の情報は、ステータスの魔属性や鑑定眼から掘り下げて掘り下げて掘り下げて掘り下げて……掴んだ。
 ヘルプ機能は鑑定の情報内でしか、応答がない。そのため消費MPが高い鑑定眼を自身に実行し、残りのMPで鑑定を使用していた。
 消費MPを意識しながら、少しでも多くの知識を得るため、取捨選択していたのだ。
 それが、それが! 『ステータス表示』でステータス確認ができるなんて!
 便利だ。だが、その情報なぜすぐにくれなかった。俺の努力、返してくれーーーー。
 半日やさぐれていたが、俺の努力は無駄ではなかった。万能なヘルプ機能でも、魔力を使用していないステータス表示では、ヘルプ機能が使えないことがわかった。


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 精進いたします。

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 だそうです。精進してできるものなのか。

 最近では魔道具が発達し、冒険者ギルドの登録時に簡易版でステータス確認できる物もあるらしい。
 やはり在ったか冒険者ギルド! ゆくゆくはお世話になるつもりである。
 貴族でも兄姉が多い場合は、冒険者になる者も珍しくはない。
 普通は文官や騎士団・魔術団に所属するが、一般からの雇用もあるため、狭き門だ。
 口利きもあるが、すべての貴族の子に対応できるわけもなく、次男以降はそれぞれの道を探す。
 この世界でも、雇用問題はあるんだね。まぁ俺は『世界を見て回りたい』ので、冒険者になる予定だ。


 話を戻す。
 当初予定していた隠蔽Lv5では、鑑定眼持ちの鑑定はおそらく欺けない。
 隠蔽Lv10 もしくは 隠蔽Lv-を取得するしかない。
 事前に確認した取得スキルポイントはこれである。


 **********************

 取得に必要なスキルポイントは、以下となる。
 スキル取得には、取得Lvまでの合計Pが必要である。

 Lv1 10P
 Lv2 20P
 Lv3 30P
 Lv4 40P
 Lv5 50P
 Lv6 60P
 Lv7 70P
 Lv8 80P
 Lv9 90P
 Lv10 100P
 Lv- 450P~

 **********************

 要するに

 隠蔽Lv10を取得するには、550P
 隠蔽Lv-を取得するには、1000P(隠蔽Lv-の取得Pは450Pだった)

 必要ってことだ。

 俺は二つとも選択ができる状態である。
 隠蔽Lv10を取得するか、隠蔽Lv-を取得するか悩ましいところだ。
 スキルポイントを残すか残さないか、安全をとるかとらないかだ。
 隠蔽Lv10だと心許ない。心許ないんだが、今後のことを考えると、スキルポイントを残すべきではないかと躊躇してしまう。
 迷わず選択ができる決定的な情報があればいいんだが……。

 ここは一つ、教えてヘルプ機能様!

 『鑑定眼』発動!

 …………
 …………
 …………

 少々お待ちください。
 ただいま、掘り下げ中です。

 …………
 …………
 …………

 鑑定眼を隠蔽スキルで欺けるLvは?


 **********************

 通常の鑑定眼であれば、隠蔽Lv10で対応可能。ただし、実施者と対象者のLv差が大きい場合や、実施者の取得スキルによる環境で、隠蔽Lv10にて対応できない可能性あり。

 **********************


 微妙だな。
 叔父のLvや取得スキルはわからないが、まずLv差はどれぐらいなんだ?


 **********************

 Lv差は50以上です。

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 うわぁー。また微妙な数字だ。
 父上は騎士団の副団長でLv57、叔父は魔術団の騎士ではあるがそれ以上のLvであるとは考えにくい。
 年齢差から考えても、Lv50は超えていないと推測する。
 騎士の条件の一つに、最低Lv20が必須とはあるが、なんせ一般人の平均はLv10ですから。
 そうとなれば後は、取得スキルによる環境だよな。
 あいまいな説明ですな……。どの取得スキルが影響するのか。


 **********************

 実施者の取得スキルの環境によるため、回答不可。

 **********************


 えっ?! まさかの回答不可です。
 ヘルプ機能でもわからないことがあるのか。


 **********************

 不確かな情報の中での回答となるため、予測も含め何百通りの情報を表示しますがよろしいですか。

 **********************


 すみませんでした。遠慮しておきます。


 **********************

 わかればよろしい。

 **********************


 んーー。これはもう、隠蔽Lv-の選択しかないかな。
 念のため、もう一度内容を確認する。
 ん? 通常の鑑定眼?
 冒頭の通常の鑑定眼を見逃していました。


 **********************

 例外は、特賞特典で付与された鑑定眼。

 **********************


 ここで特賞特典、再登場です。
 そして俺のスキルチートすぎる。
 なるほど、これも環境ですね。
 もしかして、対応できない可能性のスキル環境って、考慮しなくてもいいぐらいのレアケースなのか?


 **********************

 正解です。

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 おぉー。やっぱりそうか。
 そうなると振り出しに戻りますがな!


 **********************

 あとはご主人様の選択です。

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 そうなんですがね。
 決め手がないから、決断ができないんですよ。決断力がない主人で申し訳ない。
 あっ! 最近ヘルプ機能が、俺をご主人様と呼ぶ。
 ムズ恥ずかしいので、やめてくださいと平にお願いしたが、応答なし。
 俺、ご主人様なんだよね? そこで無視する?
 いいんだ……。もうなんとでも呼べばいいんだ。はぁー……。

 そもそもスキルポイント1000は、どこからの付与だろう。


 **********************

 生死案内人の心配りです。

 **********************


 そこは応答するのか。
 これも特典かと思ってましたよ。
 生死案内人、ありがとうございます。






『お属初め』の日がとうとうやってきた。

 俺は子供用ベッドに寝かされており、そばには母リアがいる。
 母上は、落ち着かないのか、俺のベッドの脇を行ったり来たり、時には俺を抱き上げたりしている。
 執事のハンスが、叔父の訪問を伝えると「すぐ戻る」と、父上が部屋を出てから大分時間が経っている。
「遅いわね。何かあったのかしら?」と、母上がこぼすと、トントンと扉をノックする音が聞こえた。

「はい。どうぞ」

 母上の返事とともに、扉がゆっくり開き、複数の気配を感じる。

「義姉さん、ご無沙汰しています」
「ヴィリー、元気そうね」
「えぇ、義姉さんも元気そうで安心したよ。相変わらず美しいね」
「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
「私は世辞はいわないよ。美しい人に美しいと称しているだけだよ」

 ヴィリバルト叔父さん、初見ですが、侍女情報と大分違いませんか。
 なんだかチャラ男臭がします。
 そして横にいる父上から相当な威圧を感じます。

「兄さん、挨拶だよ」
「わかっている」
「嫉妬深い夫を持つと大変だね、義姉さん」
「うふふ、嬉しいわ」
「リア」
「はいはい。ここでイチャつかないでくださいね」
「わかっている」

 慣れって怖いよね。
 この程度のイチャつきならもうスルーできますよ。
 いつでも二人の世界へ入りますからね。

「それでは、今日の主役君と対面いたしますか」
「ヴィリバルト、優しく扱えよ」
「わかっていますよ。まだ赤ん坊なんだから、丁重に扱いますよ」
「なんだ」
「なるほど。兄さんのことだから、首もすわっていないジークに高い高いとかして、乱雑に扱ったとアンナに怒られたんですね」

 叔父さん正解です! 現場見ていたんですか!
 俺は半分意識が飛んでいたけれど、もうこってりぽってり絞られていましたよ。

「見ていたのか!?」
「兄さん、私は任務で昨日帰国したばかりです」
「わっ、わかっている」
「ギル、ヴィリーには勝てないわ」

 会話しか聞こえない状況だが、なんとなく把握はできる。
 父上、さきほどまで目が泳いでいましたね。母上の参加でこの話が終わったと安堵しましたね。
 ええぇ、えぇーー、まだ二ヶ月の付き合いですが、俺にはわかりますよ。
 叔父は一歩引いて、事の成り行きを静観する。これがアーベル兄弟の日常であると、この数分の会話で察しました。

 視界に細長い影が入る。
 父上とは違う、大きく繊細な手が頬を撫で、俺を抱き上げた。

「はじめまして、ジークベルト。叔父のヴィリバルトだ」

 まだ視力は、顔を詳細に把握できないが、父上と同じ鮮やかな赤は認識できる。

「義姉さんに似ているね。男にしておくのはもったいないね」
「そうだろう」
「うふふ、そうでしょう。私と同じ色の髪に瞳なの。他の子供たちは、ギル、アーベル家の遺伝子を引き継いでしまったから、とても嬉しいわ」
「義姉さんの色は珍しいからね」

 母上と同じ外見で似ているのは、すごく光栄なことだけど、ますます容姿確認したくないなぁ……。
 男にするには勿体ない愛らしい顔立ちってことですよね。
 父上までもが賛同するぐらいだから、生まれてくる性別間違えたかね。
 ただ俺はノーマルなので、女性にはなりませんよ。女装もしませんからね。
 だから母上! 叔父と一緒に女の子の服を検討しない! 「可愛いと思うぞ」って、父上! 賛同しない!
 あぁー。俺が身動きできない赤ん坊だからって、勝手に話を進めないでください。
 泣くぞ! 思いっきり泣くぞ! いいのかっ!
 俺の心の声とは裏腹に大人たちは、楽しそうに会話を続けていた。

「今から君に『鑑定眼』を使うね、特に身体が痛くなるとかはないから安心してね」

 脱線してようやく本題です。
 意外と紳士な叔父。ご丁寧な申告ありがとうございます。
 隠蔽スキルよ、上手くやってくれぇー。マジでなんとかしてくれよ。頼むぞ!
 上手く隠蔽ができていれば、叔父に見えるステータスはこれだ。


 ***********************
 ジークベルト・フォン・アーベル 男 0才
 種族:人間
 職業:侯爵家四男
 Lv:1
 HP:10/10
 MP:10/10
 魔力:50
 攻撃:10
 防御:10
 敏捷:10
 運:200
 魔属性:火・風・土・水・無

 身体スキル:毒耐性Lv5・麻痺耐性Lv4・状態異常耐性Lv3・闇耐性Lv3・呪耐性Lv7
 称号:幸運者
 **********************


 魔属性は、実用を考えて五個。
 本心は、光と闇も加えたかったが『将来全属性所持の可能性あり』なーんて、大騒動になる気配がしたので断念。
 そもそも隠蔽スキルを取得した意味がないしね。

 ステ値は、MPと魔力を隠蔽。
 魔属性が五個も適応されて、魔力が低いのはどうかなぁと思い、平均より上の50にしてみた。
 運値はそのままで、称号から察知してくれるかなぁと期待。
 称号を残した理由は、今後の行動で『最強運』だからと、周りが納得してくれれば重畳。
 加護と特典スキルはすべて隠蔽した。これを隠さずに何を隠すのかとなるよね。
 母胎時に取得した身体スキルだけは、一切隠蔽しませんでした。
 母上が頑張ってくれた証ですしね。

「ふーん」

 叔父から、何とも捉え難い声が聞こえた。
 隠蔽失敗したのか?!
 変な汗がでてくる。不安で、やばい。泣きそうだ。

「ヴィリバルト、鑑定はどうだったんだ」
「魔属性は火・風・土・水・無だよ」
「光・聖属性はないのか」
「ないよ。代わりに幸運者の称号付きで、運値が200だよ」
「運値200?!」

 あれ? 期待と違う反応。
 魔属性の数で多少驚くかなと思っていたが、追加属性の確認がありました。
 しかも上級属性の聖が含まれている、まさかの展開です。
 いやはや選択属性間違えたか?
 だけどアーベル家は、火属性を多く輩出する名家である。
 上級属性を選択するなら炎と考えていたが、何故聖なのか?
 んん……。わからない。
 ただ、隠蔽スキルは上手く仕事をしてくれたようだ。
 ホッと、一安心で終了したかったが、運値でその反応は想定外だ。
 称号ですんなり受け入れられると思っていた。何がいけなかったんだ。

 父上が驚きのあまり、俺たちに急接近していた。
 近い近いですよ、父上!

「落ち着いて兄さん」
「わるい」
「あくまで推測だけど幸運者の称号が、運値に影響していると考えるよ。幸運者の説明は『最強運を持つ者に与えられる称号』とあるからね」
「そう……か」
「兄さん、驚くのはまだ早いよ」
「まだなにかあるのか?!」
「落ち着いてくださいね、魔力値が50でした」
「なんだって!」
「この理由はわかりません。お手上げです」

 あれ? あれれ? 魔力値50ってまずった?!
 叔父さん、お手上げって、何らかの理由を推測してください。お願いします!
 空気がすごーーく重い気がする。
 あっ! おっ、おれ、Lvやステ値の平均に魔力値上乗せしたけど、初期ステ値調べてないわーー…………。
 うおぉーー。やっちまった感ハンパねぇーー!

「まぁ難しい顔して、ギル、ギル? 聞こえてないわね」
「衝撃だったんだと思うよ。この顔は何を言っても無駄ですよ」
「そうね、ヴィリー鑑定は以上かしら」
「さすが義姉さん、少しも動揺はしてないね。それとも想定の範囲内だったのかな」
「あらすごく驚いているわよ。でもそうね、ジークは私にとって特別だから、何を聞いても受け入れられるわ」

 母上の登場で場の空気が和らぐ。
 まさかの初期ミスをする息子ですが、優しく包み込んでください。
 叔父よ。今すぐ母上に俺を渡しなさい。渡せぇーー。

「なるほど。あとは身体スキルですね。毒・麻痺・闇・呪・状態異常の耐性を取得している。これは義姉さんが頑張ったからだね」
「そう! ジークに耐性スキルがついたのね! 嬉しいわ」
「耐性スキルは取得するのが難しいスキルだからね」
「耐性スキルがついていたのか」

 おお。父上、再起動!
 フリーズするほどの衝撃を与えてしまい、申し訳ないです。
 猛省中です。
 今後このようなことはないよう、精進します。

「早い復活だね。もう少し掛かるかと思っていたよ」
「わるい。公表の件を考えていた」
「そう。兄さんは公表しないと断言していたけど、考えが変わったんだね。私はジークのためにも公表するべきだと思うよ」
「覚悟は決めた。全力でジークベルトを守る!」

 あれ? 雲行きが怪しくなっていませんか。
 公表することで、父上が覚悟するようなことが俺に生じるんですか。
 全力で守っていただけるのは、大変有難いんですが、トラブルが判明しているなら公表やめましょうよ。

「兄さん、別に全てを公表しろとは言ってないよ。魔属性だけ公表すればいい」
「だが」
「公表はあくまでも任意だ。さきのゲルトの件で、注目度は高いだろう。だけど魔属性の適応数だけで満足するよ。誰も魔力値や運値の異常に気づく者なんていないし、アーベル家の公表を疑う者はいないよ。心配なら私が『守り』の魔法でジークを鑑定できないようにするよ」
「それはそうだが、万が一のことを考えれば」
「わざわざ騒動を増やす要因を作らなくていいよ。それに成長すればLvなどで誤魔化しがきくし、称号もその際ついたことにすればいい」
「ギル、私もヴィリーの意見に賛成よ。魔属性だけの公表でいいと思う。他のことは、今ここにいる三人だけの秘密にすればいいわ」
「リア」
「ジークを騒動に巻き込みたくないわ。ゲルトを守れなかったことを今も後悔しているの」
「魔属性の適応数だけでも魔術省は動くよ。だけど問題はない。魔属性は当時の私と同じだから、対応を父さんに聞けばいいよ」
「父上にか」
「上手く対応すればゲルトみたいにはならない。珍しいよね、父さんがこの場に出席しないなんて」
「お義父様たちは、魔法都市国家リンネに滞在されているわ」
「リンネにかい? 最近はよく国を離れているけど、また遠い場所へ行ったね」
「国王に代わり臨時の特派大使として訪問している。賓客だと喜んで二つ返事だった」

 俺から祖父母の話に変わった。
 話の流れから、魔属性のみ公表ってことでいいのか。
 魔力値と運値は、異常値だったんですね。
 叔父は、Lvが上がれば誤魔化しがきくと言っていたが、俺には成長促進があるので、隠蔽スキルに頑張ってもらおう。
 初期ステ値を調べ忘れて、勘違いして本当にすみませんでした。

 サクッと反省したところで、兄ゲルトの件だ。
 兄ゲルトは、属性鑑定の結果、騒動に巻き込まれて、父・母が守りきれなかった。そこに魔術省が関わっている。
 侍女情報の特待生で魔術学校に所属している件が、これに繋がっているのだろう。
 ゲルト兄さんに未だ会えない理由もここだな。
 なんとなくだが、俺は騒動に巻き込まれない気がする。祖父の対応もそうだが、最強運が良いように作用しそうだ。

 で、俺が注目したいのが『魔法都市国家リンネ』だ。
 情報が遠い場所とだけだが、名前の通り魔法に精通しているのだろう。
 魔道具なども多く作製していそうだな。
 行くのが楽しみだ!

 魔法と言えば、叔父の『守り』の魔法だ。
 この世界の魔法は、大雑把に言えばイメージ。
 同じ魔法名でも多種あり、その効果は色々だ。
 例えば『癒し』なら、麻痺や毒など状態異常の完治も、怪我などの緩和や全快も同じ名前である。
 術者のイメージによって、魔法は行使され、効力は魔法Lvと魔力による。
 怪我の全快をイメージして『癒し』を行使しても、術者の魔法Lvや魔力が低ければ、怪我の緩和になるんだそうだ。
 叔父の『守り』は、魔法を阻害するものだ。まぁ他にも使えるんだと思う。

 ということで叔父を鑑定して見よう!
 興味本位だが、叔父のスキル等はすごそうなので、鑑定眼を使用する。
 叔父に『鑑定眼』と念じる。

「ん?」
「どうした? ヴィリバルト」
「今、魔力が動いた」

 魔力を感じるんですか、叔父様!
 やばい。見えてないが、叔父が俺をすごく見ている気がする。
 叔父こわいです。
 こわい。こわい。こわい。この人こわい。
 赤ん坊になってから、感情の起伏が激しい。
 少しでも、不安などを感じると、泣きたくなる。いや泣く。
 赤ん坊の防衛機能だ。もう制御不能です。

「ぅうっうぎゃあぁーーうんぎゃーあぁーーーー」
「あらあら、ジークがこんなに泣くなんて珍しいわね」

 幸せの国が迎えにきましたが、中々落ち着きません。
 一旦、泣き出すと満足するまで泣き続けます。

「あぁーー、失敗した。嫌われたかな」
「お前がこわい顔してジークを見るからだろ」
「魔力の痕跡を探っていたんですよ。ジークの周辺に散らばっていたのでね」
「わかったのか」
「はい。犯人は扉の向こうにいます」

 叔父が言葉を発した後『ガチャ』と扉が開く音がした。

「マリアンネ! テオバルト!」
「お「父様、ごめんなさい」」
「テオ『報告』の魔法を使ったね」
「ヴィリー叔父様、私がお願いしたの。ごめんなさい」
「マリー姉様は悪くない。僕が勝手に使ったんだ」

 少し落ち着きました。
 姉さん、兄さんナイスです。
 助かった。まじで助かりました。
 俺の『鑑定眼』と、テオ兄さんの『報告』が、同時期に使用されたのだと考える。
 まさか叔父が、魔力を感知するなんて、想像していなかった。
 しかも使用した魔法を特定できるとは、驚きだ。
 鑑定眼を使用したの……バレてないよね。スキルだからバレてないよね。

「マリー、テオ、怒っているわけではないんだよ。『報告』の魔法を使った理由を教えてくれるかな?」
「ヴィリー叔父さんごめんなさい。ゲルトと同じようなことだけは、ジークには絶対させたくなかったんだ。ゲルトは、五歳で強制的に魔術学校に入学した。入学年齢を満たしていないのに特例だと、父様たちが邪魔できないよう公表までして。しかも優秀な魔術師の育成のためと入寮を促し、屋敷にはほとんど帰さない。今は喜んで勉強や研究をしているけど、当時は母様に会いたいってよく泣いていたんだ。ただ上級属性の雷を所持しただけで、家族と離されて、孤立させるなんて、可哀想だ。だから僕、悪いことだと分かっていたけど『報告』を使って、ジークの属性を確認したかった」
「お父様は魔属性を公表しないとおっしゃっていたわ。でも先生方が大変期待されていたの。また魔術学校に特待生が現れるんじゃないかと。強制的に鑑定師を派遣する可能性も示唆していたの。だから鑑定結果を聞いて、もし上級属性を所持していたら、お父様を説得しようと話しあったの。でもアル兄様はその必要はないと賛成してくれなかった。お父様たちが、守るから大丈夫だと。私でも心配で」
「二人ともジークを心配してくれたのね、嬉しいわ。でも大丈夫よ。お父様やヴィリーが必ず守ってくれるわ。だから安心してね」
「お「母様、ごめんなさい」」

 兄さんっ! 姉さんっ!
 感激して言葉がでない。ありがとう!
 今世もいい家族に囲まれて、俺はすごく幸せです。

「――ということですよ、兄さん」
「うむ」
「子供たちは、ずいぶん優しく成長したね」
「あぁそうだろう。自慢の子供たちだ」
「だけど、それとこれは別よ」
「義姉さん、いいのですか子供たちをほっておいて」
「今はジークに夢中だからいいの。あの子たちには罰が必要よ」
「リア」
「ダメよ、ギル。優しさをはき違えたら。あの子たちはまだ子供。大人に守ってもらう必要があるの。ゲルトのことは、私たち大人の失態よ。子供たちに心配させたことは反省しなければならないわ。だけど、あの子たちが、大人の話に首を突っ込んだことは別よ。いつでもいい話で終わるとは限らないわ。恐いこともあると教えなければならないの」
「義姉さんに賛成! その役目、私に任せてくれないかい? もちろん無理はさせないけど、二度と同じことはしないと後悔させるよ」
「あら? どういった内容かしら」

 大人たちが、着々と罰計画を立てているのを、兄さんたちはまだ知らない。






 お属初めが無事に? 終了した数日後、俺は幸せの国の中で微睡んでいた。

「ねぇ、ジーク。貴方のお兄様とお姉様は、ヴィリーの試練をクリアできるかしら。うふふふ」

 母上のその言葉で、俺は覚醒する。
 ここ数日、屋敷にいるはずの父上が、めずらしく現れなかった。
 それも関係しているのだろう。
 大人たちは、なにを企んでいるのだろう。
 赤ん坊で、動けない俺には、その情報を入手することは、困難だ。
 兄さん、姉さん、よくわからないが、頑張って試練をクリアしてください。
 祈っていますよ。

 ――三日前。アーベル家屋敷内の某廊下。

 侍女たちが、もくもくと清掃をしていた。
 塵一つない廊下を維持できるのも、この優秀な侍女たちのおかげである。
 新人の侍女が、声をひそめ、気になる話を始めた。

「ジークベルト様の噂聞きました?」
「ええ、属性確認のために、魔術省が特例で動いているわ」
「噂ではないのですか?」
「一般的な『お属初め』の日から、一ヶ月以上経ってもアーベル家からの公表がないことに、痺れを切らしたそうよ」
「それはヴィリバルト様が、鑑定なさるから遅れていただけで、旦那様は公表すると宣言されていましたよね」
「そうね。でも旦那様の発表前に動くそうよ」
「嘘?!」
「なんでも明後日、アーベル家に鑑定師を送り込む手筈とか」
「それ本当なんですか?」
「貴方たち仕事中に私語は慎みなさい」
「アンナさん! 申し訳ありません」

 侍女長のアンナに、新人侍女は萎縮する。
 廊下の掃除が一段落つきそうだったので、今日聞いた噂の真相を確かめたかったのだ。
 先輩侍女は、噂を肯定した。
 三日後に魔術省から、鑑定師がくるのだ。
 ジークベルト様の『お属初め』は、すでに終了している。
 その発表を待たずに魔術省が動いたのだ。
 これは一波乱も二波乱もありそうだ。 
 新人侍女は、廊下の掃除を終えると、そそくさとその場を後にした。
 すると、廊下の奥にある部屋から、二つの影が出てきた。

「テオ聞いた?」
「うん。でも姉様だめだよ。大人の話に首を突っ込んだらいけないと、父様たちに怒られたばかりじゃないか」
「でもでも、もしかしたら、ジークもゲルトのように強制的に魔術学校へ行かされるかもしれないわ」
「大丈夫だよ。父様たちが、絶対に阻止するから、安心しなさいと言っていたじゃないか。それに不審者は、アーベル家の敷地内には、入れないよ」
「そんなのわからないわ。少しでも危険な可能性があるなら、私は阻止するべきだと思うわ! 私は行くわ!」
「姉様!」
「離してテオ!」
「姉様、落ち着いて。鑑定師が来るのは明後日だよ」
「あら、私としたことが」
「姉様……」
「テオ、手伝ってくれるわよね」

 マリアンネの真剣な顔つきに、テオバルトは、思案した。
 この顔は、僕が否と言っても行動するな。
 姉様、一人で行動をさせると、あとあと大問題になるような気がする。
 はあー。深いため息がでる。

「テオ、ため息なんて吐いて、どうしたの」
「手伝うよ」
「本当!」
「だけど条件があるよ。当日までは絶対に動かないこと」
「どうして?」
「姉様、考えてもみて。魔術省に行って鑑定をやめるように訴えても、大人たちが子供の訴えを聞くとは思えないよ。だとすれば、当日、鑑定師を何とかする方が良いと思う」
「それもそうね」
「うん。だから当日までにどうするかを考えよう」
「わかったわ」

 二人は、お互いしっかりと頷いて、その場を後にした。
 その行動、言葉を陰で見ていた人物にマリアンネたちは、気づいていない。
 ふと影が呟く。

「テオは、及第点だね。マリーは、もう少し状況を冷静に判断する必要があるね」


 ――三日後の昼過ぎ。

 マリアンネたちは、裏門の木陰に潜んでいた。
 魔術省から派遣された鑑定師が、昼過ぎに裏門から来るとの情報をえたからだ。

 情報源は、あの新人侍女。
 マリアンネたちに情報を与えるきっかけとなった人物だ。
 彼女もやはり、動向が気になったようで、あれから先輩侍女に食いつき、魔術省がどのように鑑定師を送り込むのか、詳細を聞いていた。
 その様をテオバルトの『報告』で随時、把握していたのだ。
 アーベル家ではめずらしい、教育を受けていない新人侍女。伯爵家の息女で、行儀見習い中である。
 教育を受けないのは行儀見習いだから。だけどアーベル家が、行儀見習いで貴族の息女を預かるのは、ほぼない。
 テオバルトは、その不自然さに何度か疑問を持つ。
 侍女たちが、鑑定師が来ることを許容している。アーベル家はそれを受け入れたと判断していい。
 ジークベルトをそのまま鑑定させれば、大問題になるのは、理解している。
 父様たちには、なにか考えがあるのだろう。
 僕たちの出番はない。けれど、姉様を説得することは、僕にはできない。
 大人たちへ相談しても、結果は変わらないと思う。それに姉様を裏切ることはできない。
 怒られるなら、姉様と一緒に怒られよう。
 おそらく僕たちの作戦は、父様たちに筒抜けだ。
 野放しなのは、実行しても問題ないと判断されたからだ。

 小型馬車が、ひっそりと裏門に着く。
 裏門の衛士が、馬車内を確認すると、黒いマントを羽織った一人の人物が馬車から降り立った。
 身長は高く、体格もいいが、フードを被っており、その顔は拝めない。
 なぜかこの鑑定師に親近感がわいた。

「やっと来たわね。テオバルト用意はいい」
「うん……」

 二人の作戦は、鑑定師を屋敷に入室させないことだった。
 ジークベルトにさえ、接触させなければ、鑑定はできないだろうと考えた。
 裏門から屋敷内までは、距離にして一キロメートルほどある。
 その道中で、鑑定師を穴に埋め、断念させる作戦だ。
 子供の浅はかな知恵である。
 その穴は、テオバルトの土魔法であけるので、魔力が低い人が脱出するには、時間がかかることも計算されている。
 鑑定師は、知識が豊富な人は多いが、魔力は低いのだ。
 子供だが魔力が高いテオバルトと、大人だが魔力が低い鑑定師であれば、この作戦で勝つのは前者だ。
 勝利の確信をもった二人は、この作戦を実行することにした。
 ただの落とし穴作戦ではあるのだが、有効ではある。

 案の定、鑑定師がマリアンネたちの用意した区間に入っていく。
 倉庫内でたまたま見つけた『隠蔽』の魔道具を設置した場所である。
 これも時間稼ぎの一環だ。
 マリアンネたちは、固唾を呑んで鑑定師の動向を窺っていた。
 予め指定していたポイントに鑑定師の足が着く。
 マリアンネが合図をするが、魔法を放つのに一瞬躊躇した。
 鑑定師の後ろ姿が、父様と重なったからだ。
 まさか、そんなっ。だったら、この作戦は大失敗だ。
 だけれど、作戦をやめることはできない。

『沈下』

 テオバルトは魔法を放つが、鑑定師の足元が崩れることはなく、逆にマリアンネたちのいた場所が崩れていった。

「うわっーー!」
「きゃーーーー!」

 二人の叫び声が辺りに響く。
 鑑定師は、その様子をフードの下で、心配そうにみていた。

「いたっ、姉様、大丈夫?」
「だっ、だいじょうぶよ」

 二人が落ちた場所は、深い洞窟のようだった。
 上を見上げるが、地上の光はなく、落ちたはずの穴がない。
 テオバルトは、確信した。
 これは父様たちの罰だ。大人の話に首を突っ込んだからだ。

「テオ、膝を擦りむいているわ『癒し』」
「姉様、ありがとう」
「それにしても、ここはどこなの?」
「姉様、おそらくここは……」

 テオバルトが、父様たちが用意した罰のようだと話そうとした矢先、ドッ、ドッ、ドッドッドッ、ドドドと、なにかが迫ってくる音が聞こえる。

「なっ、なに? なになの?」
「姉様、走って!」

 巨大な石が、マリアンネたちの方へ転がってくる。
 洞窟いっぱいのそれは、回避できそうにない。
 あれに押し潰されたら、怪我じゃすまないよね。
 どうする? どうしよう! 逃げていてもらちがあかない。
 体力はあるけれど、所詮は子供の体力だ。
 横にいる姉様は、動きやすい服を着用しているが、それでもドレスに違いはない。
 そろそろ息が上がって……。そうだ!

『沈下』

「姉様、その横穴に身を隠して」
「よっ、よこあなっ……」

 二人して横穴に身を寄せる。
 巨大な石は、危機一髪のところで、二人の横穴を通り過ぎた。
 ほっと安心したのも束の間、ドンッと大きな音とともに、地面が揺れた。
 その揺れに、顔面が蒼白になる。
 えっ? さっきの石? 死んでいた?
 父様たちの罰だから怪我などすることはないと、安易に考え油断していた。
 もしかすると、父様たちの罰ではないのかもしれない。
 新たな迷宮やダンジョンが、出没した可能性も少なからずあるのだ。
 乱れた呼吸を整え、疲労困憊の姉様をみる。
 ドレスは、ドロドロで裾が所々破れている。幸い靴はヒールがあるものではなかったようだ。
 これならまだ動けそうだ。
 回復魔法を使用して、強制的に体力を戻す。あとあと身体に響くが、そうはいってられない。

「姉様、早急にここを出ましょう」
「うん。でもここはどこなの」
「アーベル家の敷地内です。『報告』で確認をしました」
「出口はあるのね」
「あるけれど、距離が……」
「どうしたの?」
「距離がおかしい!」

 ズッ、ズッ、ズーーと、横穴の壁が動き出す。
 その異変にマリアンネが、不安な声をだす。

「次はなに?」
「姉様、ここを出ましょう」

 テオバルトが作製した横穴は、子供二人でいっぱいいっぱいだった。
 徐々に身体を壁に押し出され、テオバルトはマリアンネの手を取り、洞窟へ戻る。
 そこには、大きな壁があり、徐々にだが動いていた。

「壁が動いているわ」
「そうだね。姉様、追いつかれる前に動きましょう」

 壁の動きは、石よりは遅く、歩いて移動しても間に合う状況だった。
 先ほどのこともあるので、油断はせず、壁との距離を稼ぐため、足早に出口を目指す。
 姉様には報告途中だったが、出口はあるが、その距離が『???』だったのだ。
 誰かの意図がある。ここは迷宮でもダンジョンでもない。
 しばらく歩くと、大きな穴があり、穴の下にはお約束の大量の針があった。

「テオ、どうするの」
「土魔法苦手なんだけれど『形成』で、橋を作ってみるよ」
「ごめんね、テオ。私、なんの役にも立たないわ」
「姉様が気にすることはないよ」

 テオバルトは、集中してイメージを固める。
 魔力循環を高め、強度の高い橋をイメージして『形成』と放った。
 そこには、およそ橋ではない土の塊が、穴を覆っていた。

「テオ、穴を塞いだのね。これなら動きやすいわ」
「いや、姉様……。僕は橋を…………」

 マリアンネは、テオバルトの落胆に気づかず、土の塊の上を歩いて行く。
 その後、何度か同じ光景が現れ、その度にテオバルトが『形成』をするが、橋ではなく、土の塊が穴を覆っていた。徐々にテオバルトの精神が削られていく。
 僕は、ものを作る技術がないようだ。
 頭の情景には、王都の立派な橋をイメージしているのだ。決して土の塊をイメージしてはいない。
 ここまで才能がないとは、思っていなかった。うん。次の魔術学校の課題は、あきらめよう。
 テオバルトは、転んでもただでは起きない精神力の持ち主だった。