最下層の『階層スポット』に全員で手をかざす。
 白い光に包まれ、気づいたら小部屋に転移していた。
 小部屋の中は、魔法陣の上に設置された台座があり、台座には大きな丸い玉が置いてあった。
 俺たちはその台座の前に並んで転移していた。
 俺はダンジョンの外に転移すると思っていたため、拍子抜けした。
 物語とかでは、踏破したら外に転移して、周囲にダンジョン踏破したことがわかるような派手な演出があったりとか……。
 いや、あくまで物語だけど……。決して期待してたわけじゃないよ。

「なんだか不服そうな顔しているね」

 俺の反応を見ていた叔父が、若干笑いながら尋ねてきた。
 自分が子供じみた考えをもっていたことが、少し恥ずかしくて視線を外しながら、誤魔化すように答える。

「ダンジョンの外を想像していたんです」
「それは残念だったね」

 俺の返答に笑いながら返事をし、俺の頭をポンポンとなでる叔父。
 少しぐらい夢見たっていいじゃないか。
 俺の機嫌が急下降したのを感じとったのか、叔父がダンジョンの仕組みについて、詳しく説明してくれた。
 その説明のおかげで、ここが、ダンジョン入口付近にある『階層スポット』であることがわかった。

「さてお迎えもきたようだし、行こうか」

 叔父がそう言って小部屋の扉を開けた瞬間、白い物体が俺に向かって飛びついてきた。

「「ジークベルト様!!」」

 王女とエマの悲鳴に近い声と共に、俺はその白い物体と一緒に後方へ倒れ込んだ。

「ガウッ! ガウッ! ガウッ!(ジークベルト! ジークベルト! ジークベルト!)」

 その正体は、ハクだった。
 ハクが興奮して、俺の名前を呼び、抱きついたようだ。
 一緒に倒れてからは、顔中のいたる所を舐め回されている……。
 傍から見ると魔獣に襲われている少年に見えるだろうな……。
 俺は遠い目をして、うん。ハクが満足するまで耐えようと思った。
 10分ほどたち、ハクが周囲の生暖かい視線に気づいたようで、素早く俺の上から下りると、すぐそばで座る。
 俺はその様子を確認してから、起き上がるとハクに向けて手を伸ばし、ハクのふわふわの頭をなでる。

「ただいま。ハク」
「ガウッ!(おかえり!)」

 ハクが元気に返事をする。
 尻尾をパタパタと振り全身で喜びを表している。
 そして、もっとなでて欲しいのか俺の膝に頭を乗せ、咽喉を鳴らした。

「盛大な歓迎を受けたね」

 笑いながら叔父が近づき『洗浄』を俺にかけてくれた。
 ベタベタだった顔がさっぱりとする。
 その声を聞いたハクの耳がピクッと動き「ガウッ、ガウッガゥー(ヴィリバルト、ジークベルトを守ってくれてありがとう)」と、感謝の言葉を叔父に伝えている。
 なぜかハクと意思疎通ができる叔父が「大切な家族だから、当たり前のことだよ」と、ハクの頭をなでた。
 ハクの言葉に感動した俺は「ハク!」とふわふわの身体に抱きついた。
 俺の行動の意味を理解していないハクは、小首を傾げながら「ガウッ?(どうした?)」と俺を受け止めていた。
 そのハクの反応で、帰ってきたのだと安堵した。

「ジークベルト様? その魔獣は?」

 俺たちの様子を遠目で見ていた王女が、俺に声をかける。
 そしてエマと二人で、恐る恐る俺たちに近づいてきた。

「ハクだよ。ぼくの相棒なんだ。ハク、この子たちは一緒にダンジョンを踏破した。ディアーナとエマだよ」

 ハクは、二人が近づくと耳をピンと立て、はじめは警戒した様子をみせるが、俺が二人を紹介すると、たちまち尻尾を激しく振り喜んだ。

「ガウッ!(仲間!)」
「そうだよ。ディアもエマもいい子なんだ。きっとハクも仲良くできるよ」

 俺の言葉をうけ、王女がハクに挨拶をする。 

「はじめましてハク様、わたくしディアーナと申します」
「エマです」
「ガゥ!(ハクだ!)」

 続けてエマも挨拶をして、ハクたちが和みだした頃に、見慣れた赤い短髪の大柄な騎士が近づいてきた。

「ジークベルト、無事で何よりだ」
「父上!」
「積もる話もあるが、ここでは邪魔になる。宿をとってある。お嬢さんたちも一緒にな」

 父上は俺の頭に手をポンと置き、小部屋の扉にいる騎士たちに指示を出す。
 あれは父上が率いている第一騎士団の精鋭部隊だ。カミルは回収されたようで姿はもうなく、扉の前には伯爵が立っていた。
 俺は頷くと立ち上がり、扉に向かって歩む。その横にはハクが、後ろには王女とエマが続いた。


 その三人と一匹の姿を見たギルベルトが深く頷き、つぶやいた。

「ヴィリバルトの報告通りだな」
「兄さん、私を疑っていたんですか」

 心外ですと言わんばかりに、ヴィリバルトがわざとらしく肩をすくめた。
 ギルベルトは、弟のその仕草に眉を顰める。
 アーベル兄弟の日常がうかがえた。
 ギルベルトが言葉を発する前に、ジークベルトの弾んだ声が聞こえた。

「父上! ヴィリー叔父さん! 先に行きますよ」
「すぐに行くよ。行きますよ兄さん」
「あぁ」

 かわいい息子の声とヴィリバルトに促され、ギルベルトはその場を後にする。
 そして、静かに小部屋の扉が閉じられた。