二十一階層に下りてすぐ、叔父が「まずいね……」と 言って、悩ましげに眉間にしわを寄せ、立ち止まった。
 ダダ漏れの色気が、洞窟内に広がる。叔父に免疫がないエスタニア王国の面々は、突然身に起こった体の変調に戸惑いを隠せないようだ。
 たしか、歩くエロスと揶揄されていたっけ? 赤貴公子会の方々が、不謹慎だと騒いで、あまり表には出ていないが、俺はなかなかのセンスだと思うんだけどね。

「ジーク、なにか余計なことを考えているね?」

 察しのいい叔父が、俺に問いただすが、俺はとぼけた感じで返す。

「えっ? あー、また洞窟に戻ったなぁと……」
「苦しい言い訳だね。まぁ、考えていることは、だいたい想像はつくけどね」

 だったら、突っ込まないでくださいと、心でつぶやく。
 少し間が空いた後、叔父が階層の説明を始めた。

「二十二階層の階段は把握できているけど、距離がね……。このままだと、数日かかってしまうんだよ」
「? 十七階層は、迷わなかったじゃないですか?」
「あれはね、階段が近かったのと、ほぼ直線上にあったからね。迷うことはないよ」

 俺の疑問に応えると、叔父は顎に手を当て、悩ましげに話す。

「んーー。この距離だと『地図』スキルが必要だな。ジークは、さすがに取得はしてないよね。通常、洞窟があるダンジョンに挑むなら、地図機能付きの魔道具を用意するのが当然だけど、そんなものないしね。んーー。まいったなぁ。いっそう壁に穴をあけて進むか?」

 叔父には珍しく歯切れが悪く、肩をすくめている。
 ダンジョン内で活躍している『索敵』は、敵などの個体を把握するには優れているが、地図機能はない。今までは、草原や森だったので、『索敵』に示された場所へ向かえばよかった。
『地図』スキルね
 実は先ほど、地図スキルの取得解放条件であるレベル10になったところだ。
 つくづく運がいい。これも『幸運者』の称号のおかげだろう。
 現在のスキルポイントは3412なので、余裕で地図スキルの獲得が可能だ。
 迷わず『地図〈極〉』を取得する。スキルポイントが、残り1512となったが、気にしない。中途半端な地図ほど役に立たないものはないからだ。
 早速取得した『地図』を起動すると、目の前に洞窟の詳細な地図が展開する。
 3D機能もある。そこにボタンがあれば、もちろん押すでしょ。ポチッとな。
 おお、立体になった。まずは、上部に視点を合わせて……洞窟だから高低差がない。3Dの意味なし(笑)
 ん? 地底湖が広がってる。水中も見れるのか。おもしろい!
 んーー? 水中の奥に洞窟? 隠しダンジョンか? 進むと行き止まりだが、そこを浮上すれば……。出ました地上に!
 大きな扉がある。……これって魔術団で見た『移動門』に似てないか?
 ここから先が見えないということは、あの扉はおそらくそうなのだろう。
 気になるが、踏破が先決だ。
 3Dから2Dへ切り替え、ヘルプ機能のボタンを押す。


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 ご主人様、寂しかったです。

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 やはり使えたか、ヘルプ機能!
 地図スキルにも、アクセスできるようだ。
 ヘルプ機能って、いったいなんなんだ?
 気にはなるが、深追いはしない。


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 とても残念です。

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 いやいや、質問をしても、ヘルプ機能、答えないでしょ。


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 …………。

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 ほらね無言。今はその時期ではないんだよね。
 わかってるよ、はいはい。
 精霊の森だよね。でもまだまだ俺は、行きませんからね。
 当面の問題を解決して、もう少し成長したら考えるよ。
 さて叔父に『地図』スキルを取得したことを伝えるのは、いろんな意味で危ないから、ここは称号に頼りますか。

「ヴィリー叔父さん、僕が先導します」
「ジーク?」
「僕の『幸運者』の称号を信じてください」と、叔父にだけ聞こえる音量で伝える。
「そうだね。それに乗っかってみようか」

 叔父の同意を得て、俺は隊の先頭に出る。
 もちろん『地図』スキルは起動中だ。
 戦闘のため、俺ひとりが先行することは、もうあたり前なので、誰も疑わない。

 途中で、Dランクのガーゴイルとキラーバットの団体に遭遇するが、油断はできない。ガーゴイルは石化に、キラーバットは毒の魔法を使うので、注意が必要だ。
 洞窟内での戦闘は、コンパクトにほかに影響が出ないよう、最小限の魔法で仕留めるのが常だ。
 崩落とか落下なんて、嫌だしね。
 制御できるようになった『疾風』で、モンスターたちの羽を切り落とし『灯火』でとどめを刺す。
 数十匹いたため、騎士たちも手伝ってくれる。狭い洞窟内の戦闘で、仕留め損ねて反撃され、逃げ場を失ったら困るので、手出し無用とは言えない。

「ガーゴイルが、三匹交じっておりますな」
「バルシュミーデ様、ほかの者が先行しているのでしょうか?」
「他者が先行している反応はないよ」

 伯爵と男騎士の会話に、叔父が割り込む。
 ガーゴイルは、本来、門番の役目をしている魔物だ。小部屋などに置いてある石像に紛れていて、ある一定の距離に近づけば襲ってくるのだ。
 その魔物が野放しでいる。先行者がいると、考えても仕方がない。
 だけど、叔父の『索敵』に反応がないことから、その線はなしだ。

「貴公の『索敵』の範囲外の可能性もあるだろう」

 なにも知らない男騎士が、叔父に強く言った。

「私の『索敵』は、二百キロだよ。その範囲内でダンジョンに入ってから、君たち以外の反応がないんだ」
「二百キロだと!? ありえない。俺たち騎士団の中で『索敵』が得意な奴でも、せいぜい五十キロまでだぞ、ありえない。化け物か!」
「カミルやめなさい。アーベル殿、申し訳ない」

 叔父の索敵範囲を聞いた男騎士が狼狽し、叔父に暴言を吐くと、それを伯爵がとがめ、叔父に謝罪する。

「いえいえ、伯爵が謝罪するほどのことではないですよ。ガーゴイルは、このダンジョンの仕様なんでしょう」
「そう考えるのが正しいですな。そうなると石化が厄介ですな。ジークベルト殿、羽を落としたら、まずはガーゴイルを仕留めてください」

 叔父は気にした様子もなく、淡々と意見を述べ、伯爵がそれに同意して、俺に戦闘の指示をした。
 俺は「はい。わかりました」と、素直にうなずく。
 石化は、状態異常ではあるが『聖水』『癒やし』などの魔法では、完治されない。
 聖属性の領域なのだ。
 しかも上位魔法のため、使用できる者が少ない。
 そのため、石化されると治療費がバカ高く、破産する冒険者が後を絶たない。
 このメンバーでは、おそらく俺しか使えないのだが、公開してないから十分注意しないといけない。
 叔父の『索敵』の結果、この先ガーゴイルの数は、少ないとわかった。
 安心はできないが、進まないと二十二階層にたどり着けない。
『地図』と『索敵』を統合できたらいいのに。


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 承知しました。
『地図』スキルに『索敵』スキルを統合させます。
 統合には、スキルポイント1000が必要です。
 統合しますか?

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 普段のヘルプ機能の声とは違う、機械的な声が突然頭に流れた。
 突然すぎて、びっくりするわ!
『地図』スキル起動中だから、反応したんだね。
 ヘルプ機能、できることが増えてるよね。


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 統合しますか?

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 無視かい!
 わかったよ。はい。統合します。


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 統合が完了しました。
 ガーゴイルの位置を『索敵』範囲内で、赤の点で表示します。
 その他の魔物は、青の点で表示します。

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 おぉー、便利!
 ん? 今日の野営場所として狙っていた小部屋が、青の渋滞だ!
 えっ、どうする? スルーして別の場所を選ぶか。


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 小部屋内の魔物数、67匹
 その内、ガーゴイル1匹
 魔物を排除した後の小部屋の安全度99%

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 はいはい。小部屋に行けってことですね。
 行きますよ。
 小部屋までの道のりは、青が点在しているが、数は少ない。小部屋に魔物が集中している影響か。
 左右の分かれ道を、右側へ進む。
 叔父が目配せをするが、俺は首を横に振ると、しかたないねと目が笑っていた。
 魔物数を把握していての行動に、だだ甘だよね。
 進むにつれ、道は狭まる。
 数匹のキラーバットを仕留め、小部屋の前で立ち止まる。

「ジークベルト殿、どうされました」
「この中に魔物が大量にいます。ヴィリー叔父さん、ガーゴイルの数は?」
「一匹だよ。小部屋のようだね。殲滅したら今日の野営場所に最適だね」

 あえて叔父にガーゴイルの数を聞き、伯爵や騎士の顔色をうかがう。
 うん、大丈夫そうだ。
 魔物を殲滅したら、安全な野営場所が得られるとの情報に、周囲の小部屋への関心が高まる。

「アーベル殿、魔物数は?」
「六十強ってところかな。ジーク、威力の強い魔法は控えてね。せっかくの小部屋を貫通したら意味がないからね」
「わかってます。ヴィリー叔父さんも手伝ってくださいね」
「今回はしかたないね。伯爵もお手伝い願いますか」
「承知した。カミルも一緒に来い。ダニエラは、姫様の護衛でここに待機だ」
「「はい!」」
「中にいる魔物は、スライム、オーク、ガーゴイル、キラーバット、そしてサイクロプスとゴーレム」
「Cランクとは腕が鳴りますな」
「サイクロプスが四匹、ゴーレムが二匹だ。私はゴーレムに対応しよう。ジークはガーゴイルを先に仕留めた後、サイクロプスだ」
「ジークベルト殿、ガーゴイルを仕留めた後、キラーバットの羽を落としてくれると助かりますな。私とカミルで仕留めましょう」
「わかりました。小部屋の扉を開けると同時に『疾風』を展開します」
「了解」
「承知」
「わかった」

それぞれ返事が返ってきたのを確認し、戦闘態勢が整ったところで「行きます」と、声をかけ扉を開けた。