「んーー……。ここは……」

 目の前には、柔らかい布の感触と鍛えられた筋肉の厚み。親しんだ匂いに包まれ安心する。
 二度寝しそうな状態から、はっと覚醒する。そうだった。無理矢理マントの中に押し込まれ、不覚にも瞬落ちしたのだった。
 マントの中は、快適な温度が保たれていた。これも叔父が作製した魔道具である。俺のマントも叔父からプレゼントされたもので、同じ効果がある。
 モゾモゾと動き、マントから顔を出すと、端正な叔父の寝顔があった。
 イケメンは、寝ていてもイケメンです。侍女たちが見たら卒倒するなぁーと、感想を述べつつ、腕から抜けようと試みるが、俺をガッツリホールドして動けない。脱出不可能と悟る。
 抱き枕ですか俺は……。叔父にあきれつつ、ハクに念話を送る。

『おはよう! ハク!』
『ジークベルト、おはよう!』

 昨日は、バタバタしていたため、念話が遅くなってしまった。事の経緯を簡単に説明して、朝に連絡すると伝えてあったのだ。

『――ということで、王女たちと一緒に行動することになったんだ』
『ハクと一緒!』
『んー? そうだね、助けたのはハクと一緒だね。一緒と言えば、王女には、ハクと同じ耳と尻尾があったよ』
『ハクと同じ?』
『うん。動きがすごく似ているんだ!』
『仲間!』
『そうだね。仲良くは、できると思うよ。それでねハク、王女たちと一緒に行動するとね、踏破に時間がかかるんだ』
『どうして?』
『大人数で移動するとどうしても時間が掛かるし、非戦闘員が二人いるんだ』
『……わかった』
『ありがとう。いま二十階層だから、二日で一階層と考えて早くて十日かな』
『十日……』
『寂しい思いをさせてごめんね。そうだハク! フラウが屋敷に来たら、テオ兄さんにお願いして森林公園にお出掛けさせてもらえるようにお願いしてごらん。テオ兄さんは、フラウの存在を知っているからお願いができるよ』
『テオバルト……。わかった!』
『じゃまた連絡するね』

 テオ兄さんの存在に感謝しつつ、ハクとの念話を切る。俺の事情で、二週間も屋敷から出ることができないなんて、かわいそうだ。
 きっとフラウが、ハクとテオ兄さんの通訳になってくれる。フラウは、ああ見えて案外察しがいいので、俺の意図を読み取ってくれるだろう。
 テオ兄さんには悪いが、ハクを外に連れ出してもらおう。

 叔父のまつ毛がピクピクと動く。やっと起床ですね。

「んーー、おはよう。あと少し……」

 ちゅっと額に口づけされ、また夢の中に戻っていく。
 一瞬何が起きたか理解できなかったが、叔父……。まじ起きてくれーー‼︎ 誰と間違えているか知らないし、余計な詮索もしないし、興味もないけど、ここだけは、ここでだけは、寝ぼけない! 誰かに見られたら、絶対誤解されるシュチュエーションだから‼︎
 グイグイと胸を押していると、ガサッと音がした。
 嫌な予感がして、音のした方向にゆっくり首だけ向けると、エマが赤い顔をしながら「わっ、私は、なっ、なにも見ていません。見ていません。見ていませんよ。ただ、朝食の材料を取りにきただけなんです。お邪魔するつもりは、全くありませんでした。お邪魔してごめんなさい。ごめんなさい」と走り去って行った。
「誤解! 誤解なんだー……」と、叔父の腕の中で説得力なく叫んだ。


「めずらしいね、ジークの機嫌が悪いなんて」

 誰のせいだ。誰の‼︎ ムスッとした表情で朝の支度をすませる。
 叔父はとりあえず無視だ。無視。
 ぐいっと頭を引っ張られ、目の前には、叔父の端正な顔。イケメンのドアップは、迫力がある。

「んーー。熱はないようだね」

「きゃっ」と、女の人の声がする。
 まっ、まさか……。
 そっと振り向くとエマがいた。
 完璧なタイミングですやん!!

「おっ、お邪魔して、すっ、すみますせっん」

 動揺して、言葉になってないからね。
 赤い顔して、まともや走り去って行きました。
 あぁー、あの角度だと、少年と男がキスしてるように見えるよなぁ。
 叔父も同じ結論に至ったのだろう肩が笑っている。

「ヴィリー叔父さん」
「なんだい、ジーク」
「今朝方、寝ぼけて俺の額に口づけしている場面をエマに見られていますからね。完全にヴィリー叔父さん変態ですよ。尊敬していますけど、ぼくそういった趣味はないので、ごめんなさい」

 表情なく淡々と言いたいことを伝え、頭を下げてその場を後にする。

「えっ、ジーク!? えっええぇーー、なにかものすごい誤解してないかい」

 焦る叔父を無視して、朝食の準備をしているエマの元に足を向ける。
 後方で「ジーク」と叫んでいる叔父がいるが、無視だ。無視。叔父がノーマルだってことは、わかっていますよ。単なる意趣返しです。少しは反省してくださいね。