発見した繭は、全部で十二個、生存者は五名だった。
七名分の髪の毛と遺品は、叔父が空間魔法で収納し、遺体は土の中に埋めることとした。放置しても、一時間後には、ダンジョンに吸収されるが、やはり人として埋葬はするべきだ。
叔父はすぐに移動するべきだと主張したが、俺が埋葬をしたいと我儘を言った。命の危険があるのは理解しているが、やはりそのままにはしておけなかった。
簡易な墓石を作り、手を合わせる。
「ジーク、そろそろ行くよ」
「ヴィリー叔父さん、ありがとう」
「君は、優しい子に育ったね」
頭をポンポンと撫でると、丸太の上に並べている生存者の方へ向かう。さきほど俺が変異種と共になぎ倒した木々が役に立っていた。
「この人数を運ぶのは、苦労するな『浮遊』」
ぼやきながらも、魔法を駆使する姿はさすがだ。数本にまとめた丸太が宙に浮いている。その上には人……実にシュールだ。
「ジーク、この森は早く出たほうがいい。下級ダンジョンでBランクの変異種が出現するとは、異常事態だ。二十階層の階段は、すぐそこだから急ぐよ」
「はい」
俺と叔父は、進む速度を上げるため『倍速』を使用する。森を切り開くため『疾風』を駆使して、『索敵』で二十階層の階段まで進む。
叔父は同時に四種類の魔法を使用しているが、涼しい顔をしている。さすがだなぁーと、目指す人が、すぐそばにいる環境に感謝し、遠いなぁーと、尊敬の眼差しで、見つめる。叔父の背中に一歩でも早く近づけるように、ダンジョン踏破するまでの間、多くのことを学び吸収するんだと目標を定めた。
一時間ほど歩いた先に、二十階層の階段を見つける。階段の幅が、丸太より大きく、そのまま下りても支障がなかったことは、ラッキーだった。
二十階層は、草原だった。
野営ができる場所まで移動すると、丸太を置き、それぞれの容態を確認した。生存者は、金髪少女、侍女、女騎士、男騎士、スキンヘッドの騎士だ。
外傷は、ほぼなく、全員気絶をしているだけだとのことだった。
丸太の上には、一際大きい繭が、一つ置いてあった。
叔父が研究のため、確保したのだ。その中身はスキンヘッドの騎士だった。
コールスパイダーの繭は、生命力を徐々に吸収し、繭を大きくしていく。大きければ、大きいほど、繭の中の生命力が高いということだ。つまり中の人物のレベルが高いことになる。だが、これほど大きな繭が完成することはまずないそうだ。
レベルが高い者ならその前に脱出するので、外傷がないことから、繭に包まれる前に、状態異常であったのだろうと分析していた。
叔父の説明に耳を傾け、大きな繭とスキンヘッドの騎士を交互に見る。
うーん、気になるけど、今はいいや。俺は鑑定の使用を控えている。叔父が既に情報を収集をしていると判断し、無駄な魔力は使用しないように心がけていた。万が一に備え、魔力を極力残しているのだ。といっても、『倍速』と先の戦いで魔力が余り残っていないんだけどね。
それに、この五人が、危険人物なら、叔父が野営場所に連れ帰るはずがないのだ。
そろそろ日が暮れる頃、俺が助けた金髪の少女が最初に目覚めた。
「うぅっん……。ここは……わたくしは……エマ! パル! あっ……」
少女は、急に起き上がったため、体勢を崩す。
慌てて駆け寄り、上体を起こし支える。白い耳がピコピコと動いている。
補足で付け加えておくと、少女には、白い耳と尻尾があった。繭から出した時に気がついたが、叔父の指示で詮索はしない。
「ありがとうございます」
「立てますか?」
「はい。立てます」
俺は少女をエスコートしながら、高貴な身分であると確信した。戸惑いなくエスコートされる様と、背筋をピンと伸ばし歩く姿勢は、優雅で品がある。手入れされた金髪の髪と琥珀の瞳、きめ細やかな白い肌に映える朱、耳と尻尾つきのまごうことなき美少女である。
焚き火の前に用意された椅子に案内し、果樹水を手渡すと、一瞬躊躇したが、コクコクと飲みほした。
ついでに、キャラメルも差し出す。
「あの、これは?」
「キャラメルってお菓子だよ。甘いもの食べると落ち着くよ」
「ありがとうございます」
昨日、空間魔法から魔法鞄へ移しておいて正解だった。
少女はキャラメルを口にすると、目を見開き、破顔する。うん。笑顔は最高の褒め言葉です。
「新作かい?」
「はい。叔父さんもどうぞ」
「うん、美味しい! 口の中に入れた瞬間、溶けるんだね。きみの発想力には、毎回驚かされるよ」
「貴方がお作りになったのですか?」
「いいえ、料理人ですよ。ぼくは、アイデアを提供しただけです」
「すごく美味しいです」
「まだあるからどうぞ」
「ありがとうございます」
少女の耳と尻尾がパタパタと嬉しい! を表現している。うん。ハクと同じだ。
俺と叔父と少女、まったりとした時間が流れていた。
雑談をしながら、少女が落ち着いたところを見計らって、叔父が切り出した。
「なぜあのような場所にいたのかな」
「わかりません。『移動石』を使用したら、魔物の巣の中にいて、次から次へと繭の中に……」
「それは災難だったね。ここがダンジョンであるのはわかるかい」
「そのようですね」
「『移動石』は、どこで購入したものかわかるかい?」
「わかりません」
「そうか、私たちも、同じようにダンジョンに飛ばされたんだよ。何かヒントがあればと思ってね」
「そうなのですか! お力になれず、申し訳ございません」
少女は申し訳なさそうな表情をし、耳と尻尾が下がっている。うん。ハクと同じだ。
その様子から少女が、嘘を言っているようには、みえない。それに叔父、少女の同情をさそうように、話を盛りましたね。俺たちは、実験の失敗で、ここに飛ばされたのであって、少女たちのように、故意に飛ばされてはいない。なにか考えがあっての発言だと思うので、黙っておきますが。
少女の後方から大きな影が近づいてくる。スキンヘッドの騎士だ。俺たちが雑談している間に、目が覚めたようで、丸太から下り、静かに状況を確認していた。俺と叔父は、気づいてはいたが、あえて無視をした。
少女は影に気づくと、後ろを振り向き「パル!」と声を上げる。その声は、喜色に溢れていた。
パルと呼ばれたスキンヘッドの騎士は、少女に対し力強く頷くと、叔父に向かい頭を下げた。
「貴殿が助けてくれたのか。お礼を申し上げる」
「貴方がたを発見したのは、この子だよ。助けたのもね。私は手伝っただけさ……。お行儀が悪いね!『守り』」
直後、丸太から火の玉と剣を抜いた男騎士が奇襲をするが、叔父の『守り』でひれ伏した。
「グッ」と男騎士の声が漏れる。
「さて、助けた恩人に対しての暴挙は、いくら頭が混乱していても、褒められたものじゃないね」
叔父の周辺から冷気が漂っている。ゴクリと喉が鳴る、すげー威圧だ。
威圧対象外の俺でも息をのむほどだ。直接威圧を受けている男騎士は、玉の汗をかき、顔色は白くなっている。
「このまま君たちをここで見放しても構わないんだよ。エスタニア王国のご一行殿」
「貴様‼︎」
「あれ違ったかい? 白狼と剣の紋章は、エスタニア王国だよね」
叔父のあからさまな挑発に、あっさりと乗る男騎士。這いつくばった状態で抵抗しようとするが、スキンヘッドの騎士が制した。
「貴殿のおしゃる通り、我々はエスタニア王国の者です。この者にはあとで強く言い聞かせますので、貴殿の怒りをおさめては頂けないだろうか」
叔父とスキンヘッドの騎士の視線が交差する。
しばらくして、叔父の威圧が緩和されていく。ほっと、安堵の息を吐き、俺は叔父のそばに寄る。万が一、交戦となった時に、邪魔をしないように、叔父が逃走することはないと思うが、逃走がしやすいようにだ。
俺の行動に、叔父の眉が上がり、俺の頭に手を置いた。満足いく行動だったようだ。
その後、残りの二名も目覚めるが、女騎士も男騎士と同じ暴挙を働き、叔父にひれ伏した。叔父の機嫌はすこぶる悪く、男女の騎士をゴミのような眼で見ている。
「さて、全員目が覚めたようだね。正直、私はこれ以上、関わりたくないね」
叔父が、七人分の髪の毛と遺品を出すと「「収納魔法!」」と、男女の騎士の驚いた声が聞こえる。
空気を読めよ。空気を! 騎士だよね? 無能なの? ほら、叔父の機嫌が、一段と下がった。
すかさずスキンヘッドの騎士が、感謝を述べ、腰にある魔法袋にそれらを収納する。
「ありがとうございます。お礼はまた後日」
「いらないよ」
「ですが、しかし……。ダンジョン内での所持品は発見した者に利権があります」
「いるかい?」
叔父が俺に問いてきたため、首を横に振る。
確かにダンジョン内で、所持品を発見した場合、発見者の物になる。そもそも遺品として渡すつもりだったのだ。お礼は不要だ。
叔父の態度に、男騎士が不満気な声を出す。
「そのチビは関係ないだろう」
「エスタニア王国の騎士は、レベルが低すぎる」
「なんだと!」
「やめなさい。失礼した。未熟者のうえ、お許し頂きたく」
再びスキンヘッドの騎士が、頭を下げる。
男騎士はグッと感情を抑えた顔をして、それ以上言葉を発しない。手綱は、しっかり握れているようだ。
若い上の暴走ですね。自分よりもはるかに強い相手を認めることができないんだよね。
うんうん、嫉妬だね。まぁ叔父、年齢よりかなり若く見えるもんね。たぶん同じ年ぐらいと勘違いされてるんだよね。で、態度が大きく生意気に見えるんだろうな。スキンヘッドの騎士の態度を見れば、一目瞭然なのに、若いねぇー。
女騎士は我関せずといった態度で腰を落とし、少女と侍女は、不安そうに様子を見ている。
「叔父さん」
「はぁーー。君たちを発見したのも、助けたのもこの子だからだよ。命の危険があるにも関わらず、七名の遺体を丁重に埋葬したのもこの子だからね」
叔父が俺の頭をポンポンと叩く。
ああ、ほんとズルイよなぁー。決定権を俺に委ねるなんて、マジ男前!
そう俺たちは、互いにまだ名を名乗っていないのだ。この意味は、至極簡単だ。名乗れば、踏破するまで共に行動をする。名乗らなければ、一夜のみ共にし、別行動だ。
はぁー。この面子での踏破は難しいだろうな……。
戦闘能力は問題ないけれど、ダンジョンでの野営準備は万全ではない。広範囲の『索敵』が、できそうな人物は……いないよね。このまま別行動をすれば、野垂れ死にはしないけれど、いい結果にはならないことが目に見えている。
んー……。結論は出ているのに、行動に移せない理由がある。俺の魔法だ。異常性が国外に露呈するのだ。守秘を約束させても、五人の内、二人にかなりの不安がある。
あぁーー。どうするかな。
悩んでいると、琥珀の瞳が優しく笑う。
ここで笑うのか……。
悩んでいた俺が、すごく小さく思えてしまう。
聡明だ。俺の決断で、自身の運命が決まるのに……器が、デカ過ぎるだろ。
パンと膝を叩いて気合を入れ立ち上がると、四人の主の前に立ち、片膝をつく。
「わたくしは、ジークベルト・フォン・アーベルと申します。名乗りが遅くなり大変失礼を致しました」
高貴な身分の方への挨拶をした。格式も時には大事だ。
一瞬静寂が包むが、外野からアーベル家! と驚愕の声が聞こえる。他国でも、アーベル家は、有名なのだ。彼らの反応から、それだけ影響力があるのもわかる。
琥珀の瞳と視線が交わる。次は君だろと合図を送ると小さく頷き、少女がそれを返す。
「エスタニア王国、第三王女ディアーナ・フォン・エスタニアと申します。命の恩人に対し挨拶もせず、申し訳ございません」
ディアーナ王女は、躊躇なく頭を下げる。
うん。素直な謝罪は心証が良い。
まぁ高貴な身分であるとは予想してたが、王女様ですかーー⁉︎ しかも、耳・尻尾付きの王女様! うぉーー。テンプレすぎて言葉が、でてこない。
俺が、心の中で悶絶していると、叔父が挨拶をした。
「マンジェスタ王国、第三魔術団副団長、ヴィリバルト・フォン・アーベルです。エスタニア王国、第三王女ディアーナ様とは知らず、ご無礼を致しました」
さすが叔父! 見習うべき、所作がここにある。
ディアーナ王女が、見惚れるほどの気品と優雅さだ。叔父、王子に見えるわ! なんでここにいるのまじで‼︎
「「赤の魔術師!!」」
あぁー、外野二人がうるさい。
せっかく叔父が、イケメンフルパワーをだしたのに、もう少し静かに観察させてよ。雰囲気がだいなしだ。あぁ、もう普段の叔父に戻っているし、貴重な瞬間だったのに。
「これはまた大物ですなぁ。失礼。エスタニア王国、パスカル・フォン・バルシュミーデです。恐れながら伯爵の位を授かっています」
「やはり、バルシュミーデ伯爵でしたか。このような出会いでなければ、一度手合せをしてみたかった」
「私もです」
スキンヘッドの騎士がそれに続き、叔父とバルシュミーデ伯爵は固く握手をした。
叔父の『魔テント』は、ディアーナ王女たちが、使用することになった。
ここでもひと騒動あり、俺が王女たちと一緒にテントの中に入る入らないで、大いに揉めた。いくら王女と同じ年であっても、問題があると男女の騎士が騒いだのだ。
だから空気を読め!
いい大人が地団太を踏むなよ!
俺の中での騎士像が、崩れていくから!
頼むから、空気読んでよ!
魔テントの中は、空間魔法で拡張されており、中は十二畳ほどの大きさで、キングサイズのベットとソファと机がある。
早い話、ディアーナ王女がベット、俺がソファでと、叔父たちの中で、まとまっていたのだ。
それを騎士二人が、空気を読まずに騒ぎだし、いまや事態の収拾がつかなくなった。
自国の騎士の醜態をディアーナ王女が、困った顔をしながら、抑えようとしているが、どうも耳を傾けてくれないようだ。
あぁー。王女の尻尾と耳が、ペタンと下がっている。可哀想だ。
ぶるっ。
一瞬、身体に悪寒がはしった。
その一因にそっと目を向ける。
叔父の顔から、表情がなくなっている!
バルシュミーデ伯爵のこめかみに筋が!
これはまずい!
やばい空気を察知した俺は、機転を利かせ、わざと明るい声をだして「外で寝るのも楽しそうですね」と、無邪気を装った。「そうですね。楽しそうです!」と、聡いディアーナ王女が、それに合わせてくれる。
うん。王女とは、気が合いそうだ。二人で仲良く話しをしていると、侍女のエマが「姫様ーー。それだけはご勘弁をーー」と、必死に止めていた。その姿がとても面白く、王女と二人で笑い合う。「なにか面白いことがありましたか?」と、汗をかきながら、不思議そうに問うエマに「エマは、そのままでいいの」と、王女が笑顔で答えた。
場の雰囲気が和み、俺があらためて、叔父と一緒に外で寝ると、宣言して、その場をおさめた。
王女たちが、魔テントに入ったのを確認して、俺たちも、就寝の用意をする。
さてどこで寝ようかな?
野宿なんて初めての経験なので、不謹慎ながらワクワクしている。土魔法で、かまくらを作るのもありだし、満天の夜空を見上げて、寝るのもいいな。と、考えていたら、叔父が、俺を呼ぶ声が聞こえた。
「ジークおいで」
なぜか叔父が、色気全開で、マントを開き手招きをしている。
えーと、俺。あの中に入らないといけない? 外で寝るとは言った……。いや、いやいや、えっ? たしかに、叔父と一緒に外で寝ると、言った。いや、でも、あれは、そう言ったほうが、おさまりがつくし。えっ? ヴィリー叔父さん、あの言葉、間に受けたの? いやいや、でも、さすがにあのマントの中で、叔父との添い寝は遠慮したいのですが……。
俺が戸惑っている間に、あれよあれよと叔父に捕まり、懐に収められた。
「んーー……。ここは……」
目の前には、柔らかい布の感触と鍛えられた筋肉の厚み。親しんだ匂いに包まれ安心する。
二度寝しそうな状態から、はっと覚醒する。そうだった。無理矢理マントの中に押し込まれ、不覚にも瞬落ちしたのだった。
マントの中は、快適な温度が保たれていた。これも叔父が作製した魔道具である。俺のマントも叔父からプレゼントされたもので、同じ効果がある。
モゾモゾと動き、マントから顔を出すと、端正な叔父の寝顔があった。
イケメンは、寝ていてもイケメンです。侍女たちが見たら卒倒するなぁーと、感想を述べつつ、腕から抜けようと試みるが、俺をガッツリホールドして動けない。脱出不可能と悟る。
抱き枕ですか俺は……。叔父にあきれつつ、ハクに念話を送る。
『おはよう! ハク!』
『ジークベルト、おはよう!』
昨日は、バタバタしていたため、念話が遅くなってしまった。事の経緯を簡単に説明して、朝に連絡すると伝えてあったのだ。
『――ということで、王女たちと一緒に行動することになったんだ』
『ハクと一緒!』
『んー? そうだね、助けたのはハクと一緒だね。一緒と言えば、王女には、ハクと同じ耳と尻尾があったよ』
『ハクと同じ?』
『うん。動きがすごく似ているんだ!』
『仲間!』
『そうだね。仲良くは、できると思うよ。それでねハク、王女たちと一緒に行動するとね、踏破に時間がかかるんだ』
『どうして?』
『大人数で移動するとどうしても時間が掛かるし、非戦闘員が二人いるんだ』
『……わかった』
『ありがとう。いま二十階層だから、二日で一階層と考えて早くて十日かな』
『十日……』
『寂しい思いをさせてごめんね。そうだハク! フラウが屋敷に来たら、テオ兄さんにお願いして森林公園にお出掛けさせてもらえるようにお願いしてごらん。テオ兄さんは、フラウの存在を知っているからお願いができるよ』
『テオバルト……。わかった!』
『じゃまた連絡するね』
テオ兄さんの存在に感謝しつつ、ハクとの念話を切る。俺の事情で、二週間も屋敷から出ることができないなんて、かわいそうだ。
きっとフラウが、ハクとテオ兄さんの通訳になってくれる。フラウは、ああ見えて案外察しがいいので、俺の意図を読み取ってくれるだろう。
テオ兄さんには悪いが、ハクを外に連れ出してもらおう。
叔父のまつ毛がピクピクと動く。やっと起床ですね。
「んーー、おはよう。あと少し……」
ちゅっと額に口づけされ、また夢の中に戻っていく。
一瞬何が起きたか理解できなかったが、叔父……。まじ起きてくれーー‼︎ 誰と間違えているか知らないし、余計な詮索もしないし、興味もないけど、ここだけは、ここでだけは、寝ぼけない! 誰かに見られたら、絶対誤解されるシュチュエーションだから‼︎
グイグイと胸を押していると、ガサッと音がした。
嫌な予感がして、音のした方向にゆっくり首だけ向けると、エマが赤い顔をしながら「わっ、私は、なっ、なにも見ていません。見ていません。見ていませんよ。ただ、朝食の材料を取りにきただけなんです。お邪魔するつもりは、全くありませんでした。お邪魔してごめんなさい。ごめんなさい」と走り去って行った。
「誤解! 誤解なんだー……」と、叔父の腕の中で説得力なく叫んだ。
「めずらしいね、ジークの機嫌が悪いなんて」
誰のせいだ。誰の‼︎ ムスッとした表情で朝の支度をすませる。
叔父はとりあえず無視だ。無視。
ぐいっと頭を引っ張られ、目の前には、叔父の端正な顔。イケメンのドアップは、迫力がある。
「んーー。熱はないようだね」
「きゃっ」と、女の人の声がする。
まっ、まさか……。
そっと振り向くとエマがいた。
完璧なタイミングですやん!!
「おっ、お邪魔して、すっ、すみますせっん」
動揺して、言葉になってないからね。
赤い顔して、まともや走り去って行きました。
あぁー、あの角度だと、少年と男がキスしてるように見えるよなぁ。
叔父も同じ結論に至ったのだろう肩が笑っている。
「ヴィリー叔父さん」
「なんだい、ジーク」
「今朝方、寝ぼけて俺の額に口づけしている場面をエマに見られていますからね。完全にヴィリー叔父さん変態ですよ。尊敬していますけど、ぼくそういった趣味はないので、ごめんなさい」
表情なく淡々と言いたいことを伝え、頭を下げてその場を後にする。
「えっ、ジーク!? えっええぇーー、なにかものすごい誤解してないかい」
焦る叔父を無視して、朝食の準備をしているエマの元に足を向ける。
後方で「ジーク」と叫んでいる叔父がいるが、無視だ。無視。叔父がノーマルだってことは、わかっていますよ。単なる意趣返しです。少しは反省してくださいね。
朝食の用意をエマが、一人でしていた。
あたりを見回すが、人の気配がない。昨日の様子から期待はしていなかったが、七人分の食事を一人で作るのは、とても大変だ。配慮が足りなすぎる。王女や伯爵は、別としても、男女の騎士のフォローがあってもいい状況だ。
手際よく朝食の準備をしているエマをみて、感心する。たしかエマは、侍女見習いだったはず。王族の侍女候補は、原則、身元の保証がある貴族の子女がほとんどのはずだ。エマの所作は、綺麗ではあるが、洗練された貴族の教育を受けていないように、見受けられる。なにか事情があるのかもしれない。
エマの年齢は十二歳。成長が早いのだろう、女性らしい身体つきで、ほぼ完成されている。笑うと年相応の顔になり、えくぼが、大変可愛らしい。
「ぼくも手伝うよ」
「ジークベルト様! あの、その、もっ、もう、そっ、そのぉー、よろしいのでしょうか」
「ん? これはスープかい?」
エマの質問をあっさりスルーし、矛先を朝食のスープにかえる。
「あっ、はい。昨日のオーク肉の骨から出汁を取り、塩で味付けをしました」
「そうなんだ」
「昨日、ジークベルト様から頂いた食材を勝手に使ってしまいましたが、よろしかったでしょうか」
「そのために出したからね。問題ないよ」
そこには、焼いたオーク肉と野菜スープがあった。昨日は、オーク肉の丸焼きだったので、その余りで作ったのだろう。少ない材料でここまで作ったのかと関心する。
スープからは、とてもいい匂いが漂っている。
これは、期待できると、朝食に胸を弾ませ、魔法袋からパンと野菜、チーズと果物を出し、エマに指示する。
「エマ、焼いたオーク肉を薄く切って。野菜とチーズをパンで挟んでサンドイッチにしよう」
「はい!」
「ぼくは果物を切るね」
「よろしいのですか?」
「んー。野営はみんなが協力するものだよ。一人でこの人数分を作らせてごめんね」
「いえ、とんでもないです。私の仕事です。それに料理を作るのが、好きなんです」
「そうなんだ。それは楽しみだね」
エマと雑談をしながら、朝食の準備をしていると、叔父が調理場に顔をだした。
「いい匂いだね」
「えっ⁈ あっ、はい。アーベル様、さっ、さきほどは、お邪魔をしてすみません」
「ん? あぁー、ジークとのことだね。内緒でお願いするよ」
「はいっ!」
叔父が口に人差し指をあて、エマに近づくと、再度「内緒だよ」と、耳元で囁いていた。
エマは、赤い顔して、勢いよく頭を振り返事をする。
あざとい。無駄に色気をだして、遊んでいる叔父に、俺が呆れた口調で窘めた。
「ヴィリー叔父さん……」
「まぁ、私がジークを愛しているのは、嘘ではないからね」
「そんなに深く……。私、誰にも言いません!」
「ありがとう。ではそこにテーブルを用意するから朝食を運んでくれるかい」
「はい!」
この状況を楽しんでいますね。さきほどの叔父の焦りは何だったのか……。エマをいいように翻弄する姿は、さすがです。もぅ好きに遊んでください。
はぁーーと、大きな溜息を吐き、叔父の用意したテーブルに朝食を運んでいく。
朝食の準備が整ったところで、タイミングよく伯爵が顔をだした。
「アーベル殿が、ご準備を?」
「いえ、エマとジークが用意してくれました」
「ほぼエマだよ。ぼくは果物を切ったにすぎないよ」
「カミルとダニエラは何をしているだ」
伯爵の顔が、みるみる険しくなっていく。
いまここにいない男女の騎士の名をだし、言葉にならない憤りを感じているようだ。
伯爵の怒りはもっともで、他国であっても、侯爵家の二人が、朝食の準備をしていて、自国の一般騎士が、未だに姿を現さないのだ。
昨日の醜態もしかり、これ以上、自国の騎士の評価を下げたくないのは、わかるけど、あの二人に期待するのは、難しいじゃないかなと思う。
おそらく、事前に伝えてさえいれば、朝食の準備をしているだろう。自ら率先して、気が利いたことをするタイプにはみえない。それに騎士のプライドだけは、高そうだしね。
ほんのすこしだけ、伯爵に同情してしまうのだった。
ディアーナ王女が「おいしいです」と、ニコニコして、食事をとり、その横に座っているエマが、ぎこちなくサンドイッチを口に含む。微妙な空気がただよう中、全員で食卓を囲んでいた。
この空気を作った本人たちは、黙々と食事をしている。結局、食べるんなら、はじめから騒がなくてもよくない? そこは騎士の意地を貫き通してよ。とも思うが、伯爵の喝が、よくよく効いたのかもしれない。
王女と同じ食卓を囲むなんて、由々しきことだと、一番最後に食卓に現れた男女の騎士が騒ぎだした。すると「有事でなにを言っている!」と、伯爵が黙らせた。この間、数分。あっという間の出来事だった。
非難の的になっていたエマも「エマ、私の隣で食べましょう」との王女の一言で、困惑しながらも静かに席に着いた。
ここはダンジョンだ。死と隣り合わせの場所である。身分など関係ない。
まあそれはそれ。王国一行のゴタゴタは、伯爵に任せ、俺はマイペースに、エマが作ったスープを堪能していた。
残り物から、これだけ素晴らしいスープができるとは、感心するほど、それだけ、エマが作ったスープは絶品だった。エマには料理の才能があるようだ。
おかわりを所望したいところだが、雰囲気てきにも、今回は遠慮したほうがいいと、空気を読んで「ごちそうさま」と、手を合わせる。
その作法にディアーナ王女が「失礼ですが、ジークベルト様、食前と食後の作法はどちらのものですか?」と、不思議そうに問う。「本の中に書いてあった島国の習慣です。食材の命を自分の命にすることへの感謝と、食材にたずさわるすべての人への敬意が込められているそうです」と、予め用意していた答えをだす。すると、王女が感心したように「それは素敵な習慣ですね」と、キラキラした瞳で俺をみた。「はい」と、無難に答えたが、どうも王女は、なにか思いちがいをしているようにみえる。
叔父が「昔からジークは、不思議な行動をとるんだよね」と、フォローのようで、フォローではない発言に、ジト目になる。
うん。叔父にだけは、言われたくない。
全員の食事が終わり、今後の予定について伯爵が口にする。
「本日は、二十一階層の階段を目指すことでよろしいですか。アーベル殿」
「ん? まだ協力するとは言ってないよ」
叔父の発言に、全員の動きが固まる。
えっ? 叔父よ、何を言っているんだ? 昨日の挨拶で共に行動することになったのでは?
俺の戸惑いを余所に叔父は言葉を続ける。
「一緒に行動をするなら、こちらの条件をのんでもらおう」
「なっ、なにを今さら言いだすんだっ!」
「だから一緒に踏破するなら、その前に条件があると言ったんだよ」
男騎士が、狼狽するのも、しかたがない。
俺も予想していなかった叔父の発言に心底驚いているのだ。
騒然とした中、空気をかえる凛とした声が辺りに響く。
「条件とはなんでしょう」
「ディアーナ王女はさすがだね。落ち着いているね。私からの条件は一つ、踏破するまでの間にえたジークベルトに関する情報を黙秘する。もちろん誓約魔書にサインしてもらうよ」
「誓約魔書だと⁈ ふざけるなっ!」
「ヴィリー叔父さん………」
「ジーク、これだけは譲れない条件だ」
叔父が真剣な表情で、俺に諭す。これはもう決定事項だ。俺の異常性を他国にバラさないための手段なのだ。
誓約魔書とは、魔力で施行する契約書だ。
その効果は著しく、誓約魔書に違反すれば、命を落とすことになる。そのため、一般的に使用されているのは、下位の魔約書だ。魔約書は違反した際の罰が予め指定でき、命を落とす心配はない。
誓約魔書を持ちだすのは、よほどの事がない限りありえないのだ。
「誓約魔書を断れば」
「ここで解散だよ。君たちが短期間で踏破できるとは思わないけどね。その前に小さな事故があるかもしれないから気をつけてね」
「アーベル家の子息にそれだけの価値が……っ」
「言葉には、注意したほうがいい。たかだか小国潰すよ」
男騎士が言葉を終える前に、叔父の周りの空気が一変する。
「ひぃっ」とエマが尻餅をつき、後ずさる。王女や女騎士の顔色が、一気に青白くなる。男騎士は、そのプレッシャーで、動けなくなっているようだ。
伯爵は、額に汗を掻きつつ、叔父に問う。
「ジークベルト殿が、当代の『アーベル家の至宝』ということでしょうか」
「そうだよ。ジークに何かあれば、アーベル家を敵にまわすと考えてくれていい。その意味わかるよね? そうだね、大国を壊滅までに追い込むぐらいの戦力はあるよ」
さらっと、恐い発言をしないでください。
俺には、それほどの価値はありませんよ。評価が高すぎます。いくら誓約魔書で契約したいからと、言いすぎですよ。
非難めいた視線を送ると、それに気づいた叔父が、ゆっくりとした口調で俺に伝える。
「ジーク、いい機会だから覚えておくんだ。君は自分が思っているより影響がある存在なんだよ。兄さんだけではない。アーベル家が、全力で君を守る。これが我が国の王族であってもかわりない。ジークに刃をむけるなら消えてもらうよ」
ゴクッと、喉が鳴る。いま叔父はなんと言った。俺が王族より優先される? 不敬どころか、謀反とも取れる発言をしたのだ。
その事実をのみ込めない俺に、叔父は優しい笑顔で、ポンポンと頭を叩く。
「いまは、頭の隅に入れておけばいいよ」
叔父の真意がわからない。
『アーベル家の至宝』その言葉を何度か耳にしたことはある。あるが、それは言葉のあやで、アーベル家が俺を大事にしていると、外面的にアピールするための略称だと思っていた。
まさか、アーベル家が国に謀反までしても俺を守るとは、考えてもいなかった。
アーベル家の歴史は長い。マンジェスタ王国が誕生した際の立役者でもある。その功績から侯爵位を授かり、初代王の次男を婿に迎えている。
その後も何度か王族から臣籍があり、マンジェスタ王国の『第二の王族』と陰で囁かれている。
「答えはでたかな?」
「誓約魔書を受け入れます」
「「姫様‼︎」」
「ジークベルト様に助けて頂いた命です。ジークベルト様にどのような秘密があるかはわかりません。ですが、ダンジョン踏破するまでの間にえた情報です。日常生活でそれを口にすることはない事柄なのでしょう。誓約魔書を受け入れることで、この状況を改善できるなら、わたくしは受け入れます」
「御意」
「私も姫様のご意志に従います」
「残りはどうするんだい」
「くっ……。姫様に従います」
「仰せのままに……」
「それはよかった」
五人の意志を確認すると『収納』から紙を五枚出し、それぞれの前に置く。
用意周到だ。叔父の中では、既定路線だったようだ。
「おっと、忘れるところだった。署名のあと血を一滴垂らしてね」
「血ですか?」
「えぇ。私の作成した誓約魔書は、署名だけでは発動しない仕様なんですよ」
「そうなのですね」
王女は叔父の言葉を疑うことなく返事をすると、エマから針を借り、誓約魔書に血を落とす。
パァーと、誓約魔書が光り、跡形もなく消えた。
「先祖返りですか」
「はいそうです。お恥ずかしい話、まだ制御ができないのです」
「姫様」と、バルシュミーデ伯爵が嗜めるが、ディアーナ王女は、首を横に振り、反論する。
「パル、魔道具が壊れて見えているのです。隠したところでどうしようもありません」
「ですが、王家の秘密を他国に易々と答えるなど……」
魔道具って、あの胸にあるペンダントのことかな。華美な装飾はないが、丸い紫の宝石がついている。残念ながら魔力の波動は感じられない。
チート叔父ならと期待をこめて「叔父さん」と、うかがった。
「ジーク、いくら私でも壊れた魔道具を修復する技術はないよ。コアンの中に腕のいい魔道具職人がいるから、踏破したら紹介しよう」
「ありがとうございます」
ニコニコと笑顔で応じる王女に、自然と周りの雰囲気も明るくなる。なかば強引に誓約魔書へサインをさせたのに、とても好意的だ。
俺は着ていたマントを脱ぐと、ディアーナ王女へ渡す。王女はキョトンとした顔をする。
「耳を隠すならフード付きがいいですよね? ぼくが所持しているマントでフード付きなのは、それしかないんです。着用しているもので、悪いんですが……」
「いいえ、ジークベルト様、ありがとうございます」
王女は頭を横に振り否定すると、マントを嬉しそうに羽織る。王女と俺の背丈は、ほとんど変わらないため、ピッタリだ。
俺も『収納』から予備のマントをだし、装着する。
王女の耳と尻尾は、エスタニア王国内でも極僅かしか知らない極秘情報だった。
王女付きの侍女見習いのエマは知っていたが、男女の騎士は知らなかった。
昨日、互いの挨拶を終えた後、それは起きた。
「姫様、その耳と尻尾は、どうされたのです?」
俺と叔父が詮索しなかったのに、男騎士が率直に問うたのだ。
「カミル!」と伯爵が慌てたが、王女が男騎士に説明をする。
生まれながらにしてあるが、種族は人間であること、普段は隠していること、極僅かな人物しか知らない情報であることを伝えていた。
男騎士は「そうなのですね」と納得しつつも、耳と尻尾が気になっているようで、チラチラと盗み見ていた。
その気持ちわかる。美少女に耳と尻尾は、萌えるよね。うんうん、男だものつい見てしまう気持ちはわかるけれど、あまり見過ぎるのもどうかと思う。ほら、女性陣の冷たい視線。その視線に気づいた男騎士は、ばつの悪そうな顔して、王女から距離をとった。
男騎士の態度に、ほんの少し親近感を覚えた。
この世界にも差別はある。特に亜人に対して、迫害がある国が多い。
人種至上主義の代表国である帝国は、亜人は生まれながらに奴隷だ。
マンジェスタ王国では、迫害はないが、人種の国であるため、田舎などでは、亜人への差別があったりする。コアンなど都心部に近い町は、ほぼないと信じたいが、奴隷落ちする人の多くは、亜人だったりする。亜人の人権が著しく低いのは、否めない。
エスタニア王国が、どのような状況かは分からないが、王女の説明と騎士の態度をみて伯爵が安堵している点からして、亜人に対してあまり良い環境ではないのであろうと推測ができた。
「んー、遠いな。このメンバーで、今日中に二十一階層まで到着するのは難しいかな。ちなみに私とジークなら余裕で着くけど、君たち『倍速』は、使えないでしょう。先に伝えておくけど、全員に『倍速』をかけて移動なんて、嫌だからね」
男騎士が口を開く前に、叔父が先手をうつ。
叔父の『索敵』の範囲は、最大二百キロ。その範囲に正しい階段があったことに、ほっとした。
「アーベル殿。どのような隊列で進みますか?」
「隊列は……。ジーク、前方にホルスタインの団体。数は二十弱だ」
「はい」
叔父の指示に、素早く『倍速』を使い、ホルスタインの団体との距離を詰める。魔力循環を高め、ホルスタインとの距離を確認しながら魔法を放つ。
『疾風』
ホルスタインの団体は、瞬時にドロップ品へと変わったが、その場所には、百メートルほどのくぼんだ地形ができていた。
チッと、思わず舌打ちをしてしまう。
また魔法が拡散した。ホルスタインを狙ったつもりが、地面にまで魔法が到達している。
「ホルスタインは、単体ではEランクですが、団体はDランク。それを一瞬で殲滅する魔力とは……。アーベル殿が、誓約魔書を強く要望した理由がわかりました」
「見ての通り、戦闘に関しては、手出し無用でお願いするよ。ジークの修練を兼ねているんだ。ドロップ品が必要なら、半分そちらに渡すよ」
「いえ、結構です」
「そう。なら王女の護衛に務めてください」
俺は戦闘の反省をしたあと、テキパキと魔法袋にドロップ品を納めていた。
牛肉、牛乳、チーズ。いつも思うが、加工品のチーズがドロップされるなら、バターやヨーグルト、アイスなども、ドロップしてもよくないと思ってしまう。
牛肉は部位でドロップされ、ロースが多いが、ヒレやサーロイン、バラ等の部位もドロップされる。また、ホルスタインには上位種があり、その肉は最高級品として取り扱われる。
今日は焼き肉かなと、思っていると、叔父が隣にいた。
「ジーク、『疾風』の制御が上手くできていないね。『熱火』のほうが難しいはずなんだけどね」
「どうしてもヴィリー叔父さんのイメージが払拭できなくて。無意識に力が入っているようです。回数を熟せばなんとかなると思います」
「問題点が分かっているならいいよ『疾風』を上手く扱えるようになれば、その上の『狂風』『暴風』を教えよう」
「えっ」
「何を驚いているんだい。このダンジョンで相当レベルが上がるだろう。魔力値はおそらく足りるよ。まぁ『狂風』『暴風』もそうかわらない魔法だからね。どちらかを重点的に覚えるのがいいかもね」
たしかにダンジョンに入って三日。すでにレベルが、2上がった。ダンジョンに入る前はLv7で、なかなかLv8に上がらず、難儀していた。
Lv5までは比較的簡単にレベルが上がったのだが、レベルの壁があるのか、そこからが長かった。
Lv6に上がるのに、Lv5までに取得したスキルポイントの倍以上かかったのだ。
簡単に説明すると、Lv5までにホワイトラビットを計100匹倒したとしよう。Lv6に上がるには、そこから200匹以上倒す必要があったのだ。
実際はLv5で、スキルポイントが200、Lv6では426、Lv7では824だった。ダンジョン前は1200弱までポイントがあり、現在Lv9で2328なのだ。おそらくLv10になるには、3000を超える必要がある。
三日で大体1000を超えているので、踏破するまでに、Lv11にはなる計算だ。
「そうだジーク! 魔力を枯渇してもいいよ。ただ気絶するまでは使わないでね」
「いいんですか⁈」
「戦闘はジーク。私はサポートで温存。王女の護衛は三名いる。特に伯爵は桁外れに強い。まぁ兄さんのほうが強いけどね。だから後方を心配する必要はないよ。全力で戦闘しなさい」
叔父の言葉を真に受け、その後、俺は無双した。
そのおかげで『疾風』を自由に扱えるようにまでなった。制御が完璧だった『疾風』を見て、叔父は満足そうに頷いていた。
後方のエスタニア王国の騎士たちの顔が、ひきつっていたのは、気にしないでおこう。
残念ながら、レベルは上がらなかったが、明日以降『狂風』『暴風』を実戦で使用することにした。
まずは叔父が手本を示してくれる。
今度は、叔父の魔法に引きずらないように、客観的に魔法を分析しよう。