***




 謹慎期間中は、ハクと一緒に魔法の修練をし、技術を磨いた。
 マリー姉様にお願いし、侍女付きなら庭に出てもいいとの許可をえる。
 もちろんハクも一緒にだ。
 そして、マリー姉様の過保護対象が増えたことを報告しておく。

 謹慎期間が終わり、第三週の二日目、そう今日はテオ兄さんたちとの狩り日だ。
 もちろんハクも同行する。
 事前にテオ兄さんには、許可をとった。兄弟間でも根回しは大事だ。
 ハクは、魔物を狩ったことがないそうで、昨日から興奮してあまり寝ていない。
 玄関先で馬車を待つ間も、ペタンペタンと尻尾が上下に落ち着きなく動いていた。
 興奮と緊張がこちらにも伝わってくる。
 遠足前の子供だなと、その微笑ましい様子にクスッと笑みが漏れ、落ち着かせるために頭を撫でる。
 そして緊張のあまり、馬車の踏み台を踏み外すというハプニングを起こした。
 御者が慌てて支えようとするが、ハクは見事に着地していた。
 一応、聖獣ですから、運動能力はズバ抜けてはいる。
 再度踏み台に足をかけようとして、ハクの動きが止まる。幾ばくか思案したあと、勢いなしで跳躍し馬車に乗った。
 また踏み外してはだめだと思っての行動だろう。ただ褒められた行動ではないので、あとで注意する。
 貴族は体面を保つことも重要なのだ。
 その様子を静観していた侍女も御者も、魔獣が踏み外した事実が衝撃だったようで、目が語っていた。

 ハクは馬車に乗ると、すぐ俺の膝に頭を乗せ、体勢を整えた。
 馬車も初体験のため、緊張しているようだ。
 ゴトゴトと動く馬車に合わせて耳がピクピクと動いている。
 前でその様子を見ていたテオ兄さんが思わず「かわいいね」とこぼすほどだ。
 うちの子、めちゃくちゃかわいいんですよ。
 声には出さず、内心で萌える俺。
 馬車の中は、のほほんとした雰囲気に包まれ、目的地に進んで行った。

 今日の狩場は『白の森』だ。
 俺が魔法の修練を始めてからは、近場ではあるが白の森以外の狩場にも同行させてもらっている。
 ただ今日はハクのLvUPのため、『白の森』だ。
 言うなれば、ハクの『白狩り』だ。
 テオ兄さんは、快く引き受けてくれたが、ニコライには事情を説明していなかったようだ。
 白の森の入口付近に、金髪の長身が不貞腐れたように立っていた。
 あぁー、前もこんな感じだったよなーと思う。
 ふとテオ兄さんの顔を覗き見ると不敵な笑みを浮かべていた。
 あっ前回の件、根に持っていたのか。意外だなぁと思っていたら、テオ兄さんと視線が合う。
 …………おっ、おれは、なっ、なにも見ていないです。
 腹黒兄さん、ここに降臨。ガクブルッ。

「ニコライ、どうしたんだい?」
「テオ、説明しろ」
「説め「ニコライ様、お待たせしました」」

 げっ! テオ兄さんの言葉と被ってしまった。
 すみません、邪魔する気はありませんでした。
 テオ兄さんしか視界に入っていないニコライへ挨拶をしただけなんです。
 決してテオ兄さんの邪魔をする気はありません。
 もう存分に前回の鬱憤を晴らしてください。
 ぼくは下がりますので、そんな目で見ないでください。
 声にならない声で、訴えてみる。

「なっ、ななっ、な、な、な、なんだ!」

 俺が心中で大反省して、テオ兄さんに許しをえていると、ニコライが狼狽した声を上げた。
 驚くような速さで、数歩下がると、震える手でなにかを指さす。
 その方向には、早く狩りに行きたいとソワソワしているハクがいた。
 その反応に俺とテオ兄さんは、顔を見合わせる。
 まさかとは思うが、その図体でこんなにかわいい子が苦手とかないよね。

「ニコライ、まさかハクが怖いなんてことないよね。魔物を討伐しているしね」
「怖くなどはない! 魔獣の赤子を初めて見たので驚いただけだ!」
「そう、ならいいけど。今日はハクのLvUPだよ」
「ガウッ!(よろしく!)」
「おっ、おう!」

 テオ兄さんの問いかけに、強い口調で返すニコライ。ただ目が完全に泳いでいます。
 しかも、ハクの声にさらに数歩、後ずさっている。
 本当に大丈夫かと、心配している俺とは別に、テオ兄さんがとても楽しそうです。
 アーベル家の血筋やはりここにもあったか……。こえぇーー。




***




 どうもニコライは、人に飼われている魔獣にトラウマがあるようだ。
 道中も「近くないか」「急に動かないか」「噛まないか」と、ハクを意識しすぎている。

「ニコライ様、そんなに怖がらなくてもハクは噛みついたりしませんよ」
「怖くなどない!」
「そうですか……。ハクおいで」
「チッ、チビ、ここは一度話をしようか、なっ!」
「どのような話です?」

 俺の問いかけに「いや……。その、なんだ「ガルゥ?(どうしたの)」ヒィ」と、後ずさっていく。
 ニコライの態度にハクはとても悲しそうだ。
 頭を撫で「悪い人ではないんだ。ただトラウマがあるみたいなんだ。ハクが嫌いなわけではないよ」と説明する。
 耳をピンと立て、テオ兄さんの横に逃げたニコライをジッと見つめ「ガウ(大丈夫)」と鳴いた。
 やはりハクは賢いなぁと、手触りの良い毛を撫で上げる。
 うちの子、こんなにも賢くてかわいいのに、近づくことすらできないなんて、ニコライ不憫だな。
 いずれ慣れるとは思うけど、ニコライは戦力外とそうそうに判断した。

 ハクの初めての狩りは、あっけないものだった。
 ホワイトラビットと遭遇した瞬間、ハクは駆け出し、前足で首を裂いた。
「ガルーー!(狩ったぞーー!)」と勝利の雄叫びを上げる。
 ハクには事前にホワイトラビットの姿絵を魔物図鑑で見せていた。
 そのため瞬時に行動できたのだと思うが、早すぎやしないですかね。
 テオ兄さんが『魔法鞄』でホワイトラビットを収納している。

「赤子でもやはり魔獣だね。攻撃力がすごいね」
「それにしても、あっけないものですね」
「それをジークがいうかい」

 呆れた表情のテオ兄さんに俺は苦笑いをするしかない。
 確かに俺は、ハクのことは言えないと、自嘲する。
 ハクのLvUPは、ホワイトラビット八匹だった。人とは違い上がりにくいようだ。
 まぁ無事にレベルが上がり、ほっとした。これで多少の無理はできるだろう。






 ギルベルトが、屋敷に帰宅すると、執事のハンスが普段通り出迎える。

「旦那様、お帰りなさいませ」
「かわりないか」
「はい。本日はヴィリバルト様が執務室でお待ちです」
「そうか」

 外衣をハンスに渡し、汚れを軽く落とす。
 塵一つない廊下を歩きながら、確か今日はジークベルトの講師の日だったなと、ヴィリバルトがいる状況を確認する。
 となれば、あれの報告だろう。さて、吉と出るか凶と出るか……。
 執務室の扉を開けると、ソファの上で、優雅にお茶を飲むヴィリバルトが待っていた。

「おかえり、兄さん」
「あぁ今帰った。ヴィリバルト、待たせたか」

 簡単に挨拶をし、ギルベルトは、ヴィリバルトの前に座る。
 ヴィリバルトは、カップを置くと両手を上げ、矢継ぎ早に話し出す。

「いいえ、先ほどまでジークたちと食事をした後、談話室で雑談をしていましたからね。ジークは博識ですね。あの広い知識はどこで学んだのかが気になります。発想も面白いし、一度頭を覗いてみたいなー。マリーはあと数年すれば、聖魔術師としてデビューができるね。そうなる前に婚約をしてくれればいいけど、私が言える立場でもないしね。そうそうテオはいい感じになりましたね。第五騎士団へ推薦しておくよ」

 ヴィリバルトが、めずらしく上機嫌だ。
 なにかいいことでもあったのか……。いや、この機嫌の感じは、暇潰しの対象を見つけたのだろう。
 今回はいつまでもつやら……。ターゲットに、ご愁傷様と心の中で呟く。
 話に付き合うかと、ギルベルトが口を開く。

「ジークベルトの知識には、侍女たちも驚かされるようだ。最近では甘味のプリンだな」
「プリンだね。今日食べたよ。あれは絶品だね。特にカラメルソースの苦味がいいね!」
「そうだろう。ハンスが侯爵家の隠れレシピとすると言っていたな」
「さすがハンス! 私もそれがいいと思うよ。ジークは他にも料理の知識があるようだね」
「そのようだ。料理図鑑を見て落胆していたと報告を受けている。その後、ラピスは手に入らないのかと執拗に聞いたそうだ」
「ラピス?」
「あぁ、東の一部の国で、穀物の一種として栽培されている。我が国では、流通していないがな」
「入手してみましょうか」
「いや手配はしてある。ただ入手するにも時間が掛かるようだ」
「どんな料理か気にはなるね」
「そうだな。他にも料理に関しては、アイデアがあるようだ。どこで知識をえたのか」

 ギルベルトの顔は、言葉と裏腹にゆるみっぱなしだ。
 じつはギルベルト、甘味が大好物なのだ。
 ハクが屋敷に来る前、アーベル家にプリン激震が走った日は忘れもしない。
 ジークベルトよ、甘味の革命はお前に任せた。父はできるだけお前の要望に応えると決めた日だ。
 当主の燃えるような決断をジークベルトは知らない。

「マリアンネの婚約は、本人に任せている。アーベル家は自由恋愛だからな」
「えぇ、それをいいことに、私は身を固めていませんしね」
「そうだ。マリアンネよりお前だ。お前の婚約話が後を絶たない。いい年だ、お前が対応しろ」
「そこは結婚しろでしょ、兄さん」
「するのか? しないだろ。独身を通すならそれでいい。だが婚約話はお前が処理しろ」

 ギルベルトはそう言って立ち上がると、机の引き出しを開け、その中から数十枚の紙の束を出す。
 そしてそれを持つと、ヴィリバルトの前に置き、ソファへ戻る。

「これはまた……」
「今月は少ないほうだ。毎月毎月届くのだ。アーベル家は自由恋愛だと知れ渡っているからな。身分が関係ない分、数が多過ぎる」
「わかりました。策を考えましょう」
「そうしてくれ」

 ヴィリバルトは、数十枚の束を空間魔法で収納する。
 この話はもう終わりだ。あとはヴィリバルトが、上手くするだろう。
 もっと早く伝えるべきだったと、ギルベルトは後悔した。
 弟の婚約話は、後を絶たない。
 身内贔屓とはいえ、優良物件であることには、否定できない。
 物腰の柔らかさ、洗練された動き、魔法の実力も折り紙つき、端整な顔立ち。
 まあ、性格に多少難はあるが、これほどの者が、独身なのだ。
 本人には伝えていないが、中々面倒な婚約話もあり、骨を折った日々が記憶に新しい。
 それが今日で終えた。
 よし。グッと心の中でガッツポーズをして平然を装いながら、次の話題に移る。

「テオは、やはり第五騎士団か」
「はい。素質は十分あります」
「あとは本人の意志次第だがな」
「テオは受け入れますよ」

 ヴィリバルトは、力強く頷く。
 一片の迷いもない答えに、テオバルトの評価が非常に高いことがわかる。
 最近、手合わせをしていなかったな。ふむ、次の休みに合わせてみるか。
 ジークベルトの剣の修練も始めるのにいい時期でもある。
 ギルベルトの気分が上がったところで、ヴィリバルトの纏う雰囲気が変わる。
 本題に入るかと、ギルベルトは姿勢を正した。

「ハクを視たよ」
「どうだった」
「変異種だけあって、基本値は高いけど、標準内ではある。ただ、魔属性が雷・氷だったよ」
「上級属性を二個所持しているとは……」
「問題はないと思うよ。ハク自身、素直だし、可愛いし、人への敵意もない。それにジークにすごく懐いている。魔契約しなくとも害はないと判断するよ。ただ、魔法色が残るほどの攻撃を受けたようだ」
「魔法色だと?!」

 思わずギルベルトは、机をドンッと叩き、立ち上がる。
 茶器がカチャと、その振動で動く。

「落ち着いて、兄さん」
「あぁ悪い。ジークベルトの話になるとついな」

 ギルベルトは、ソファにドカッと座り直し、一呼吸おく。

「ジークは愛されているね。だけど、過保護すぎるのはダメだよ。義姉さんに怒られてしまうよ」
「わかっている」
「ならいいんだ。話を戻すけど、ハクに攻撃をした術者は、相当な手練れだね。魔法色だけではなく、術者以外が回復魔法を掛けると体内に魔法色を残すように呪魔法を掛けている。また僅かに『追跡』の魔法が残っていた。ハクを屋敷に入れて四日目だったね」
「あぁ、そうだ」
「ジークがどこで助けたかは知らないけれど、あと二、三日遅かったら、見つかっていたね。ハクの首から胸にかけて『追跡』が残っていた。おそらく『追跡』の魔道具が壊れた時に、身体に微弱だけど『追跡』がつくようにしたんだね。普通の魔術師なら後を追うことが難しいけどね。術者は、どうしてもハクを手に入れたかったと考えられる。もちろん解除はしたから安心してくれていいよ」
「そうか、助かった。で、何をした?」

 話の最中、ヴィリバルトの笑顔が一段と濃くなった。
 ギルベルトがそれを見過ごすはずもない。

「少しね……。ハクについていた『追跡』を『沈黙の森』深くに落としてきたよ。突然、真逆からターゲットの反応がしたら驚くよね。今頃、混乱しているよ。赤子にあのような手段をとるんだ、反省するべきだよ」
「まさかとは思うが『最奥』ではなかろうな」
「どうだろうね」

 ヴィリバルトの笑顔に、あぁー『最奥』に落としたなと確信する。
 その術者がハクにしたことを考えれば同情はできないが、だがだがだが、目をつけられる相手が悪すぎた。
 俺の実弟だが、世界最強の魔術師になる男だぞ。腹黒さもピカイチだ。
 その術師終わったなと、ギルベルトは思った。

「用心するに越した事はない。早急にアーベル家のペットである印をハクに着けるべきだね」
「わかった。用意しよう」
「兄さん、それ私が用意してもいいかな」
「いいが、どうした」
「ハクがせっかく身に着ける物だし、デザインは重視したいよね。それに『守り』の魔法を付与させたいからね」
「ヴィリバルト、お前もか!」

 ギルベルトは、ソファにもたれ掛かると額に手をあてた。
 ハク信者が増えている。
 この数日で、ほぼ屋敷の者が落とされた。
 悪いことではないが、冷静に判断する人も必要なのだ。
 幸いハンスやアンナ、極一部の使用人は、まだ信者ではない。だだ甘くはあるがな。
 ジークベルトが拾ってきた魔獣だ。
 遅かれ早かれそうなると予想はしていた。悪いことではないのだ、諦めよう。

「あぁ、そうだ。フラウを今度連れて来るよ」
「大丈夫なのか」
「あれから四年経つからね。影響もないようだし、なによりフラウがジークに興味を持っているんだよ」
「ジークベルトにか?! 一度も対面をしていないだろう」

 ギルベルトの声が一際大きくなる。
 何故、ジークベルトなのだ。
 フラウは気分屋だが、一度興味を持つと頑なまでに貫き通す。
 来ることは確定だ。なにか起こりそうな嫌な汗が湧き出る。

「そうなんだけどね。お友達が噂をしていたそうでね。会いに行くと言ってきかないんだよ」
「それは……。大変だな」
「今日もついて来ると言ってね。ハクの件もあったし、なんとか説得して、兄さんの許可を取ってからだと言い聞かせたよ」
「そうか。では明日は、魔術団には近づかないでおこう」
「それがいいと思うよ」

 ヴィリバルトは、笑顔で答えると片手を上げ「じゃ」と、執務室から姿を消す。
 最後に大きな爆弾を落としていったなと、先ほどまでヴィリバルトが座っていたソファを見つめる。
 今夜も長くなりそうだと深いため息を吐いた。






 今日も雨。この世界にも梅雨があるようだ。
 窓からはザァーザァーと、雨音が聞こえる。
 雨は嫌いではないけれど、連日になると、少し憂鬱な気分になる。
 六歳になり始まった父上指導の剣術の稽古も雨の日はない。
 もちろん、危険性が高くなるため、狩りや冒険は休みだ。
 屋敷内でゆっくりまったり過ごす……。
 書庫に籠り、読書を楽しむのも然り、急遽開催されるアンナの鬼マナー教室もあったりするのだが、今日は、自室にて砂と格闘していた。

「だめだ。均等に魔力が入っていない。失敗……」

 ゴロッと、濁った玉が机に転がる。
 ここ最近、時間が空けば、ガラス石作りに奮闘していた。
 以前マリー姉様に譲ってもらった『ガラス石』を解析したところ、材料は、魔力砂のみだった。
 魔力砂とは、魔力が濃い地域に発生する砂で、砂の成分に魔力が混ざり込んでいる。
 質の良い物は、高値で取引される素材である。
 特に『沈黙の森』の奥地にある魔力砂は、高級で魔力砂S+のランクである。
 素材にもランクがあり、SS、S、A、B、C、D、E、F の八段階で表し、同じAでも五段階あり、A--、A-、A、A+、A++ となる。
 その中でも、魔力砂S+は、ガラス石の材料に適している。手元にあるリンネ製のガラス石の材料も、魔力砂S+が使用されていた。

 ただハクと出会って以来、『沈黙の森』へは行っていない。
 なんとなくだが、今は行ってはいけない気がするのだ。
 俺は直感を信じるタイプだ。
 ハクにもそれを伝えると「行かないほうがいい」と、同意してくれた。
 俺と同じく、あまり良い感じがしないとのことだった。


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 精霊の森の深奥の砂も使えます。

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 精霊の森は、場所がわからないので、いいや。


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 場所検索は可能です。

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 関わりたくないので、調べる必要はないです。


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 非常に残念です。

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 ヘルプ機能との会話を思い出す。
 ことあるごとに、精霊の森を推すんだよね。
 ゴリゴリ推している様子から、ヘルプ機能は、精霊の森に行って欲しいのだと思う。
 ヘルプ機能には、大変お世話になっているので、希望を汲んであげたいのは山々だが、今抱え込むには大き過ぎる問題なのだ。
 だから当分の間、待ってください。

 ガラス石だが、その作製方法は、魔力砂に均等に魔力を注ぎ、透明な玉を形成していけば完成だ。
 透明度が高ければ高いほど、ガラス石の品質が高い。
 説明すると簡単なのだが、この均等が難しいのだ。

 ハクは、失敗したガラス石モドキを転がして遊んでいる。
 最近のハクのブームである。
 一生懸命石を転がして遊んでいる姿は、かわいくて萌える。
 うちの子、一歳になったけれど、かわいさの成長が止まることはなく、成長毎に倍増している。
 毛の艶も最高で、一度撫でると、病みつきになる。自慢もいいとこだ。
 遊んでいるハクの右前足には、キラキラと光る高級なアンクレットを着用していた。
 アーべル家の紋章が付いたアンクレットは、ハクが、この屋敷に来て、一ヶ月が過ぎたあたりに、父上から渡されたのだ。
 魔契約をしていない魔獣の赤子が、外出するには危険であり、しかも変異種であるため狙われやすい。
 そこでアーベル家の紋章を付けておけば、ペットであることが証明され、安全が確保できるとのことだった。
 父上の説明には納得したが、渡されたものに驚愕した。

「父上、これはすごく高い魔道具ではないですか」
「ヴィリバルトが用意したものだ」

 俺の問いかけに、父上は目を逸らしながら答える。
 父上らしくない挙動不審なしぐさに、その場で迷わず鑑定をする。


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 守護のアンクレット・ヴィリバルト製
 効果:常時攻撃を15%カット。瀕死状態を一回のみ回避
    体長を伸縮可能
 説明:アーベル侯爵家の紋章がついたミスリル製のアンクレット
   『伸縮』魔法で、装備者の体長を変更することが可能
   『守り』魔法と『報告』魔法を二重掛けし、瀕死状態を回避すると壊れ、予め指定した者に報告する
 指定:ヴィリバルト・フォン・アーベル
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 やはり。叔父お手製の魔道具でしたよ。
 しかも使用されている材料が、希少金属のミスリルです。
 瀕死を回避する魔道具とは、これは素晴らしい。
 ハクに危険が迫ると、叔父に連絡が入るようです。アフタフォロー完璧ですね。
 体長を伸縮するのも、ハクの成長を考えれば必要だった。
 さすがチート叔父。気が利く。

「ハク、おいで」
「ガゥッ?(呼んだ?)」
「父上から、ハクがアーベル家の一員だと示す物をくれたよ。着けていい?」
「ガゥ(いいよ)」

 ハクは素直に右足を出す。
 アンクレットは、大きな輪っかとなっているため、そのままハクの足に通す。
 サイズが少し大きいなと、思った瞬間、アンクレットが緑色に光る。
 光が消えると、右足首にフィットする大きさに変わっていた。
 おぉー、さすが叔父作製の魔道具である。

「痛くないかい」
「ガゥ(大丈夫)」
「父上、ありがとうございます」
「ガゥーー(ありがとう)」

 父上は、複雑そうな顔して頷いた。
 その態度から、叔父が作製した魔道具ではあるが、効果などの説明を受けていないようだった。
 効果を把握していない魔道具を俺に渡したことに躊躇っていたようである。
 叔父、変な所で信用がないんだなーと、思ったのは内緒だ。

 アンクレットを渡された経緯を思い出していると、手元から砂がこぼれ落ちていく。
 集中力を切らしたため、本日六度目の『ガラス石』に失敗する。
 はぁーー。思わず大きなため息がでる。
 玉にも形成されず、ただの砂となった砂が机の上に広がる。
 ここ数ヶ月、これの繰り返しだ。
 今手元にあるのは、流通している魔力砂で、ランクA-である。
 んーー。難しい……。S+でないとダメなのか……。
 いや劣化版のガラス石は、Bの物が多いとの情報だ。やはり形成段階で、均等に魔力を注ぐことができていないのだ。
 まだまだ修練が足りない。魔力制御を中心に鍛え直そうと決める。
 同時進行で、魔道具作製は続け、経験値を積み、まずは品質関係なく魔道具を一個完成させるんだ。
 机に広がった砂を空間魔法で片づけて、一人遊びしていたハクに向き合う。

「ガルゥ?(今日は終わり?)」
「ううん。休憩。そのあと魔力制御の修練だよ。一緒にやるかい」
「ガルゥ!(やる!)」
「小腹空いたよね。侍女に何か持ってきて貰おう」
「ガルゥ!(すいた!)」

 侍女を呼ぶため『呼び鈴』に手をかけようとしたところ、廊下からバタバタとした足音が聞こえる。

「ガウッ?(なんだ?)」

 ハクは、警戒して低姿勢をとり、耳を忙しなく動かす。
 屋敷内で大きな足音が聞こえるのは、めずらしいのだ。
 足音が近づき、俺の部屋の前で止まると勢いよく扉が開く。
 そこには、絶世の美女がいた。
 八頭身の長身で手足が長く、豊満な胸だが腰は細い。
 白い肌に流れるように美しい緑色の髪がさらに美女を際立たせる。
 ぱっちり大きな緑色の目、筋の通った高い鼻、ぷっくりとした唇、顔はシミ一つなく陶器のような白さで、左右対称になっていた。
 息をのむ美しさに絶句する。

「みぃーつけた!」

 美女は俺を見ると素晴らしい速度で動き、ムギュとその豊満な胸に俺を抱く。
 豊満な圧迫感に、幸せだが……窒息で死ぬ。
 アワアワと、必死にその腕から逃れようとするが、美女のどこにそんな力があるのか、ビクともしない。

「やっと、やっと会えたわ!」

 歓喜の声が上から聞こえる。さらに強い力で抱きしめられた。
 あぁ俺、美女の胸で死ぬのか……。
 間抜けな死にかただな……と、意識が飛ぶ寸前、俺の危機を察して、ハクが助けに入る。

「ガウガゥ!(ジークベルトを離せ!)」
「なに? なんで聖獣がここにいるの?」
「ガルゥ?! ガッガルゥ!(なんで?! おっ、おれは魔獣だ!)」
「なにを言っているの? 白虎でしょ? 聖獣じゃない」
「ガルゥ!(魔獣だ!)」

 ハクの参戦で、美女の腕がゆるんだ隙に脱出する。
「あっ」と美女は声を漏らすが、素早くハクと一緒に後方へ下がる。
 酸欠で頭がフラフラするが、美女の言葉は聞き捨てならない。
 ハクが聖獣であることを見破っているのだ。
 俺と魔契約したことで、ハクは隠蔽Lv-が使えるのだ。
 隠蔽Lv-で誤魔化しが利かないだと……。
 この美女は一体何者なんだ。

「ステータスを隠蔽しているのね。知られたくないの? 内緒ってこと?」
「ガウ!(そうだ!)」
「じゃあ、秘密ね! ヴィリバルトにも秘密にしておくわ! うふふ、ヴィリバルトが知らないなんて……うふふふ」

 あれ? やけにあっさりと引き下がった。
 油断させて隙を狙って……いるようには全く見えない。
 美女は未だ「うふふふ」「ヴィリバルトが知らない秘密」「秘密なのよ」「うふふふふ」と、上機嫌に一人の世界に入っている。
 叔父の知合いのようだが、アーベル家の屋敷を自由に歩けるだけの人だ。

 ……まさか。

 俺が確信の言葉を口に出す前に、扉が開き、叔父が登場した。

「フラウ! やはりここでしたか」
「見つけるのが早いわ!」
「魔術団から気配が消えたら、心配するよ」
「心配してくれたの?」
「もちろん。フラウは私の大事な友だからね」
「ごめんなさい。でもヴィリバルトだって悪いのよ。約束したのに、いつまで経っても連れて来てくれないんだもん」
「それとこれとは話が別だよ」

 美女が反論しようと口を開きかけると、ポンッ! と美女から音がした。
 そこには、三十センチメートルほどの姿となった美女? 西洋人形のような人? が宙に浮いている。

「あぁーもぅ! あの姿、気に入っているのに!」
「魔力の無駄遣いだね」

 プクゥと頬を膨らませ、叔父の周囲を回り抗議している。
 やはりそうかと、確信をえるために、叔父に声をかけた。

「ヴィリー叔父さん」
「ジーク、迷惑をかけたね」
「この子って?」
「視えているのかい? 顕現していないはずなんだけどね」

 えっ? と、驚愕する俺を横目に、叔父の視線が動く。

「顕現していないわよ。ジークベルトは資格持ちだから視えるわよ」
「やはりそうなんだね」
「あのー」

 また二人の会話に戻りそうだったため、俺は途中で声をかける。
 それにフラウが答える。

「うふふ、わたしは風の精霊のフラウよ。稀有な人の子。ジークベルト貴方に会いたかったの」
「ぼくにですか」
「そうよ!」

 叔父のそばにいたフラウが、勢いよく俺に近づくと、弾丸トークしだした。

「もう他の子が貴方に会ったって自慢するから、悔しくて! ヴィリバルトの血縁者なのに一度も会ったことがないって言ったら、あの子鼻で笑ったのよ。わたしは、ヴィリバルトと契約しているから、貴方との契約は無理でしょ。なのにあの子が貴方と契約したいって言い出しているのよ。わたしがヴィリバルトのそばにいるのによ。ヴィリバルトが大事にしている子を守るのは、わたしの役目なのにぃーー」
「あの精霊様」
「フラウでいいわよ」
「フラウ様」
「フラウよ」

 頬につきそうなぐらいの至近距離まで近づき、腰に手をあて注意する姿は、とても愛くるしい。
 フラウの本来の姿なのだろ、腰まである緑色の髪と大きな緑色の目が、美女と同じだ。

「フラウ、精霊に会ったのはフラウが初めてです」
「あら? 貴方なら顕現しなくても視えるはずよ。現にわたしは視えてるでしょ」
「はい。フラウの姿はわかります」
「わたしだけ視えるの?」
「今まで精霊を視たことはありません」
「そうなの! そうなのね! あの子、視えてないなら契約なんてむりじゃない。なんだ心配して損をしたわ。うふふ」

 上機嫌に宙を舞い、部屋の中を「うふふ」と漂っていく。
 その姿に満足したのかなと、精霊は気まぐれ屋であることを思い出す。
 叔父が俺の肩に触れる。

「フラウを意識したから、視えてるんだと思うよ。普段は視えないはずだから安心していいよ」
「はい」
「迷惑をかけたね」
「いいえ」

 俺は首を横に振る。
 精霊を視たいとは、今は思っていないが、興味はある。
 たぶん、精霊に会いたいと思えば、俺は視えるのだろう。
 ただ俺は幼すぎる。自分さえ守れない男が、他を守るなんてことできない。
 守れる時期が来たら、会いに行こう。

 ふと叔父の噂が頭を過ぎる。
 まさか、精霊をそんなことに使うのかと疑惑の目を叔父に向ける。

「ん? ジークなにかな?」
「ここ最近、叔父さんに恋人ができたと侍女たちが噂をしていましたが」
「それわたしよ! 人間サイズに顕現して、ヴィリバルトとたくさん出掛けたわ」
「とても助かったよ」
「ヴィリバルトの役に立てたならいいわ!」

 嬉しそうに叔父を見つめるフラウを見て、ありなんだと吃驚した。
 叔父の常識に目を疑いながら、宙を舞う精霊に、異世界なんだなぁと改めて自覚した。




「ジークベルト、プリンが食べたいわ!」
「精霊って、食することができるの?」
「あら、食べる必要はないけれど、味覚はあるわよ」
「そうなんだ。食材で、口にしたらダメなものはないの? 例えば、肉とか?」
「ないわよ。どうして?」
「いや、偏った知識があってね。殺生したものは、口にできない……とか?」
「うふふ。ジークベルトは、面白いことを言うのね。だとすれば、何も口にできないわ。すべてのものに、生命(いのち)はあるもの」
「そうだよね……。ごめん、フラウ。変なことを聞いて」
「気にしてないわ! ジークベルトは、優しいわね。うふふ」
「プリンだったね。なら今日のおやつは、ポテトチップスも作ってもらおう!」


 あの突然の訪問から、フラウが、俺の部屋に入り浸っている。理由は、俺と仲良くなりたいらしい。俺のなにかが、フラウの興味を引いたようだ。精霊の気まぐれは、よくあることなので、あきるまで付き合うしかないようだ。

 叔父は精霊との契約を隠蔽している。
 理由は、言わずと知れた『精霊狩り』で、厄介ごとを避けるためでもある。
 この部屋でも、万が一に備えて、顕現はしていない。顕現せずとも、俺とハクには視えているので問題はないが、侍女たちには視えないので、最近では「ジークベルト様が、壁に向かって、ブツブツと独り言を……」との噂が流れ、侍女たちに心配されている。

 ねぇ、俺の評判!
 いままで、築き上げたものが……。
 そんなイタイ子を見る目で、みないで!
 はあーー。

 この屋敷で、フラウの存在を認識しているのは、父上、執事ハンスと侍女長アンナ、テオ兄さんだと、フラウが、教えてくれた。
 テオ兄さんは、フラウのうっかりで、存在を知ってしまったようだ。

「ギルベルトと久しぶりにお話がしたくて、テオバルトがいるのを忘れて、ついつい顕現しちゃったのよね。うふふ」

 フラウが、悪気もなく、あっさりと答えた。
 テオ兄さんって、かなりの確率で、大はずれを引くよね。俺の件といい、秘密を抱え込んでいる。うん。なんだかひどく同情してしまう。
 秘密の一部は、俺なんだけど……。
 テオ兄さん、ごめんね。ストレスで、倒れないでね。

 ついでに、俺の隠蔽が効かなかった理由もフラウは、教えてくれた。

「あら、知らないの? 精霊は『真実の眼』があるから隠蔽してもだめよ」
「真実の眼?」
「簡単に説明すると、そのものの本当の姿を視る眼よ。だからわたしには、隠蔽は効かないのよ! すごいでしょ!」

 フラウは、得意げな顔で、腰に手をあて、胸を張る。翠の髪が、サラサラとなびく。
 うん。かわいいだけです。

 精霊の秘密を少し教えてもらい、フラウに興味が湧く。他にも面白そうなスキルを所持していそうだ。精霊を鑑定する機会なんて、そうそうないし、鑑定眼、使ってみようかな。

「ジークベルト、だめよ! 鑑定なんてしたら絶交よ! 女の子のヒミツを覗き見るなんて、ジークベルトのエッチ!」
「えっ? どうして鑑定をしようとしたことがバレているの? えっ? 精霊って心が読めるの? それに精霊って性別があるの?」
「ヴィリバルトと同じ顔をしたもの! なにか企んでいそうなことぐらい察するわ! それに失礼よ! 精霊に性別はないけれど、わたしは女の子よ!」

 えっ? 性別がないのに、女の子なの?
 たしかに、豊満な肉体は、ありましたよ。実体験しているので、あの柔らかさは最高でした。俺も男だから、そりゃー嬉しかったですよ。
 えっ? でもあれって、作りものでしょ?
 作りものではない? フラウが、人間の女性だったら、あんな感じになる?
 えっ? それは、無理ゴリ押しじゃない?

 フラウの性別云々を思い出していると、この世界にないはずの食べ物の名前が、耳元に響く。

「ポテトチップス?」
「ガルゥ?(ポテトチップス?)」

 ハクとフラウが、仲良く小首を傾げている。
 うわぁー。かわいい! かわいすぎるっーー! これだけで、ご飯一杯はいける! 聖獣と精霊の最強タッグ! もうっ、かわいすぎだろ! やばすぎぃーー!

「それ、プリンより、美味しいの?」
「ガルゥ?(おいしいの?)」
「甘味ではないけど、お菓子だよ」
「甘くないお菓子? ならいらないわ!」
「ガゥ!(食べる!)」

 俺の簡単な説明に、きれいに意見が分かれました。
 ハクは、食べる。フラウは、甘くないならいらないと。
 んーー。でもフラウは、食べると思うな……。しかも、お気に入りとかになりそうな予感がする。
 不思議なもので、あるとつい口に入れてしまうし、手が止まらなくなるんだよなぁ。
 まずは、再現だな。

「では、料理長にお願いしにいきますか」
「「ガルゥ! はーい!」」
「ん? ハクとフラウはお留守番だよ」
「えっ、なんで?!」
「ガルゥ?!(なんで?!)」
「ヴィリー叔父さんとの約束は、この部屋だけって話だったでしょ。たぶんフラウ、部屋から出れば、ヴィリー叔父さんに強制回収されるよ。ハクは、料理長NGだったよね」
「そんな……」
「ガゥー(そうだった)」

 両手を頬にあて、口を開けたまま、固まるフラウと、頭を垂れて微動だにしないハクのあまりにも素直すぎる反応に、思わず、笑ってしまうのだった。



***




 調理場に入ると料理人たちが一斉に、俺に注目した。その中から、恰幅のよい中年の男性が、こちらへ近づいてくる。
 料理長だ。

「ジークベルト様、いかがないさいました?」
「忙しいところごめんね。おやつにプリンを食べたいんだけれど、三個用意できるかな?」
「もちろんです。侍女にお伝えいただければ、お持ち致しましたのに」
「うん。ありがとう。じつはプリン以外にも作って欲しいものがあって……」
「新しいレシピですか?!」

 俺の言葉に、料理長が食い気味に反応する。
 プリンのレシピを伝えた時「その他は、その他は、ないのですかーー!」と、なかなか離してもらえなかったのだ。一瞬の隙をついて、逃げていたのを忘れていた。
 やべぇーー。失言だったかも……。
 ちらっと、料理長を見る。その瞳は、期待に満ちてキラキラと輝いている。後方の料理人たちも、同じ眼をしていて、新レシピに興味津々だ。

 あぁ、期待しているわーー。
 ただのポテトチップスなんだけど……。
 申し訳なさすぎるんですが……。

「たっ、たいしたものではないよ。期待は、しないでね」
「はい!」

 若干引き気味で、苦言をさすが、料理人たちからは、威勢のいい返事が、かえってくる。
 その食いつき振りに、頬が引きつる。
 料理人たちは、はやくレシピをくれと、訴えている。その姿は、飢えた野獣のようだ。
 単純なレシピすぎて、暴動なんて起こさないよね。それぐらいの勢いなのだ。
 あぁーー、もう!
 期待するなとは、言ったからね。苦情はきかないよ。

「芋を薄切りにして、オリーブオイルで揚げて欲しいんだ」
「オリーブオイルで、揚げる?」

 あぁーーーー! 揚げる文化がないんだった。
 不思議そうな顔している料理人たちに、手順を説明する前に鍋の確認だ。

「えっと……。まず鉄鍋を見せて」
「はい。少々お待ちください」

 料理長は、俺の言葉に素早く反応すると、料理人たちに指示を出す。

「おいっ鉄鍋だ。すぐ用意しろ」
「「「「はい!」」」」

 料理人たちは、調理置場から鉄鍋をかき集める。
 色んな形の鉄鍋が並べられ、揚げ物に適している鍋を選ぶ。
『魔コンロ』に鍋を置き、用意されたオリーブオイルをなみなみとつぐ。
 俺の行動を黙って見ている料理人たち。その静けさが逆にこわいんですが……。

「まずオリーブオイルを熱します。ある程度熱したら、水を一滴落とす。ジュッと音が鳴り、パチパチ弾けだせば、薄く切った芋を入れます。大体二分間揚げてください。揚げた芋は紙などでオリーブオイルを切って、その後、塩を少々かけてください」
「わかりました。やってみましょう。すぐ準備しろ」
「「「「はい!」」」」

 料理長の指示とともに、料理人たちが動き出す。
 あっという間に芋はスライスされ、揚げられていく。
 待つこと五分。

「ジークベルト様できました」

 皿の上には、ポテトチップスの山ができていた。
 それを一枚とり、口に運ぶ。
 パリッと、心地いい音が調理場に響く。

「ポテトチップスだ」
「これはポテトチップスという料理名なのですね」

 思わず呟いた言葉を料理長は見逃さない。
 もう名称、前世の名前でいいわ。
 気にしないでおこう。

「料理長も食べてください」
「はい。では」

 パリッパリと、いい音をさせる料理長。
 思わず喉が鳴る。もう少し頬張ればよかった。
 料理長は、食べ終わると眉間に皺を寄せ、味を確認している。
 プリンの時とは違い、不味そうな顔をしているな。
 口に合わなかったのかと、不安がよぎる。

「固くシンプルな味ですが、なんとも癖になりそうです。もう一枚と手に取ってしまいますね」
「これは、甘味ではないお菓子なんだ。甘くないお菓子があってもいいと思うんだ」
「ほぉー。甘くないお菓子ですか。なるほど、そのような考えは盲点でした」

 料理長の意見にほっとして、再びポテトチップスを頬張る。
 うん、絶妙な塩加減だ。
 そうなると、ポテトフライも作って欲しい。

「同じ材料で、芋を太く細長くすれば、また違う料理になるんだ」
「また違う料理ですか? では早速作ってみましょう」

 俺の言葉に料理長は、すぐさま動く。
 包丁を片手に、芋の太さを確認する。

「これぐらいの太さでしょうか」
「うん。先ほどより長く、芋がきつね色になるまで揚げてください。あとは一緒だよ」
「この料理名は?」
「ポテトフライです」

 慣れ親しんだ名称を口にした。
 そして、待つこと二十分。

「できました! ジークベルト様、試食をお願いします」

 できたてのポテトフライを口にする。
 熱いがホクホクで上手い!

「ポテトフライだーー!」
「私もいただいてよろしいでしょうか」
「もちろん!」
「これは! 先ほどとは、食感が違いますね。材料も同じで簡単な手順ですが、こうも違うとは、奥深い」
「今回は塩だったけれど、色んなソースを付けて食べるのもいいね」
「なるほど、これは軽食などの付け合せにいいですね」
「ぼくは、おやつとして食べたいな」
「わかりました。ご用意します」

 あぁ、もういいや。料理長に丸投げしよ。
 食べたかった物を食することで、今までの料理に対する欲求不満が見事に爆発した。

「揚げ物には、唐揚げや天ぷらといったものもあります」
「唐揚げや天ぷらとは、どんなものです?」
「詳しくは知らないんだけれど…………」

 俺のあるだけの知識を料理人たちに伝える。
 熱心に俺の話を聞き、メモを取りだす。その熱量に俺も感化され、次から次へと料理名を口に出す。
 あとは料理人たちに任せ、再現してもらうんだ。
 前世の知識が、ここで生かせている。妹のお菓子作りを手伝っていたのも役に立った。
 これだけ受け入れてくれるなら、遠慮せずに食改革をしよ。
 この世界の食は、まずくはないが、単調すぎる。
 料理長に説明しながら、いくつかの可能性を伝え、いつの間にか料理人たちも話の輪に入っていた。


 まだまだ料理話は尽きないが、話が一段落したところで、料理人の一人がプリンを持ってきた。
 あっ、忘れていた! ハクたちを待たせているんだった!
 料理人たちに挨拶をし、また来ることを伝え、調理場を急いで後にする。
 少し熱くなりすぎたかと反省するが、食事が充実するだろうとの満足感に胸が踊る。
 今日の夕食が楽しみだ! 唐揚げを試すと言っていたな。ワクワクする気持ちを抑え、足早に自室へ向かう。
 自室の扉の前で深呼吸をする。
 ハクたち、すごく怒っているだろうな。プリンで機嫌がなおるほど単純ではないよね。
 俺が悪いんだし、ここはあえて受け入れよう。
 覚悟を決めて扉を開けた瞬間、顔面と胸にダブルタックを受け「うわぁ」と、その場で沈み込む。

「遅い! 遅すぎるわ!」
「ガルゥ!(遅い!)」
「ごめんね。新レシピを教えていたら、話が広がってしまったんだ。気が付いたら時間が経っちゃって……」
「新レシピ? ポテトチップス?」
「他もね、たくさん教えたから、今日の夕食は豪華になると思うよ」
「他ってなに? 美味しいの?」
「ガルゥ?(おいしいの?)」
「とりあえず、ぼくの上から降りてくれるかな?」

 ハクたちは、怒りを忘れ、素直に俺の上から降りる。
 そして促すかのように、テーブルの前まで行くと、俺を無言で見つめる。
 はい。すぐにご所望の物を用意します。
 空間魔法から、プリン、ポテトチップス、ポテトフライを取り出し、机に置く。
 フラウは、プリンをパッと掴むと「うふふ」と笑いだした。

「これがプリン。ヴィリバルトが美味しいって、自慢していたものね。うふふ」

 ハクは、ポテトチップス、ポテトフライに興味津々だ。
 ちょこんとお座りしながら、俺の許可を待っている。
 うちの子、賢いんですよ。待てができるんです。
 その上、かわいいし、モフモフだし、かわいいし。
 俺が悶絶していると、ハクがたまらず伺いをたてた。

「ガルゥ?(食べていい?)」
「いいよ」

 美味しそうに食べるハクの姿に、頬がゆるみっぱなしだ。
 うん。俺の決断は間違っていなかった。
 これから、アーベル家だけでも食改革をしよう。
 俺の前世の知識をフル活用するのだ。
 あぁー楽しみだ。
 父上にお願いして、ラピスが手に入らないかお願いしてみよう。
 ラピスは、白米に似た穀物であることを確認している。
 やはり元日本人は、お米が欲しいのだ。
 想像しただけで、涎が口にわいてくる。

「ガルゥ!(おいしい!)」

 ハクの歓喜の声をきいて、さらに決意を固くする。
 こうして、アーベル家の食改革が始まったのだ。