ハクとの契約は、血契約だった。
 血契約とは、古の魔法の一種で、上級魔獣や聖獣などに限定された特殊魔法だそうだ。
 契約者の血を体内に入れ、絆を繋ぎ、支配を受けるとのことだ。生涯に一度しか使えない魔法でもある。
 この情報は、ヘルプ機能からです。


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 最近出番がなく、ご主人様に嫌われたかと思いました。

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 えー……。拗ねてました。
 出番って、いや鑑定はよく使っていましたが……。


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 そうではなく、ご主人様との会話です。

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 あっ、掘り下げのことですね。
 いやー……。最近は、鑑定の情報だけで満足していた。
 単に掘り下げるほど、興味を引くものがなかっただけなのだが、これからは定期的に掘り下げることにする。
 ヘルプ機能のご機嫌をそこねることだけはしたくないしね。まじ生命線だから。
 じつは、ハクにもヘルプ機能の声が聞こえている。
 魔契約したので、聞こえるようにしたとのことだ。
 さすがヘルプ機能、有能だ。そしてその能力が、摩訶不思議すぎる。
 もう、突っ込まないけどね。

「ガウー……?(なにこの声……?)」
「俺のスキルのヘルプ機能」
「ガウッ?(スキル。ヘルプキノウ?)」


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 はい。ヘルプ機能です。よろしくお願いします、ハク!

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「ガウッ!(よろしく!)」

 はじめは戸惑っていたハクだが、すんなりヘルプ機能を受け入れた。
 順応はやくねーー。もう少し動揺してもよくねーー。
 頭に知らない声が響くんだよ。会話してくるんだよ。俺ならプチパニックだ。
 ってか、ヘルプ機能、普通によろしくしていますよ。


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 待っていて下さい。あと少し魔力値が上がれば、自由にできます。

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 あっ! なんだか変な宣言をしている。しているよーー。
 俺は、なにも聞こえていない。聞こえていないからね。

 ヘルプ機能が暴走する前に会話を強制的に終え、部屋で寛ぐハクと向き合う。
 もちろん、毛をモフ……撫でることは忘れない。

「古の契約か」
「ガウッ!(すごいだろ!)」
「うん。すごいとは思うけど、もっと慎重に契約するべきじゃなかったのかな?」
「ガウッ。ガウガウッ(ジークベルトがいい。だからいいんだ)」
「生涯一度の契約に俺を選んでくれて、ありがとう」
「ガゥ(うん)」

 ゴロゴロと喉を鳴らしながら、返事をするハク。
 よほど毛を撫でられるのが気持ちいいのか、尻尾がパタンパタンと上機嫌に揺れている。
 ほんと、かわいいな。あぁ、幸せだ。
 この艶、毛の滑らかさ、文句のつけどころがない。
 それにしても、こんなにかわいい子を傷つけた冒険者許すまじ。
 
 ハク曰く、天気がよかったので、仲間たちから離れ、お気に入りの場所で昼寝をしていた。
 すると突然、炎魔法で攻撃を受けた。
 お気に入りの場所は、仲間の結界があり、周囲の警戒もせず無防備に寝ていたので、防御態勢をとることもできず、直接攻撃を受けてしまった。
 その威力に、一瞬にして気を失ったとのことだ。

 魔力色が残るほどの攻撃だ。
 おそらく生け捕りにするため、加減をしたはずだ。それができる実力を持ち合せているのだ。
 今の俺では、圧倒的に実力と経験が不足している。
 背筋が冷えた。
 ハクを助けたあの時、冒険者に出くわしていれば、逃げることもできず、完全に負けていた。
 口封じのために殺されていたか……。
 ハクの回復状況をみて有能と判断され、捕縛される。いや奴隷として売られる可能性もある。
 あぁーー。考えもなしに、MPをほぼ使い切った点は、反省だ。
 MP回復薬も、最悪の状況を考えれば、悪目立ちなどとは言っていられない。今後は必ず所持しよう。

 ハクの話に戻る。
 気づいた時には檻に入れられ、首に拘束具をはめられていた。
 檻の中は暗く、ゴトゴトと揺れていた。
 攻撃を受けた傷は、見た目よりもひどくなく、動ける程度には回復していた。
 ここからすぐに逃げないといけない。本能でそう思ったそうだ。
 檻と繋がっている鎖の拘束具を外すため、幾度となく身体を引っ張ると、繋がっていた鎖が切れ、その衝撃で檻の扉が開いた。

 よく見つからなかったねと聞くと、攻撃した男ではない者たちが、何度か様子を見に来ていたそうだ。
 ただ檻の扉が開いた際、外でも何かあったのか、強い揺れに襲われた。その隙に檻から逃げだし、全力で森の奥へ走ったとのことだ。
 逃亡途中に拾った刃物を木の幹の間に挟み、何度も首の拘束具にあてた。
 様子を見に来た男たちが「逃げても場所はわかる」と言っていたそうだ。
 まさか白虎が人語を理解しているとは、想像もつかないのだろう。
 ハクは、その言葉が首の拘束具を示しているのだと理解し、拘束具を外すため、必死に刃物を首へあてた。
 拘束具は丈夫で、なかなか壊れない。最後は、氷魔法で固め、刺したとのことだった。
 ただ必死すぎて、何の氷魔法を使ったかも覚えていないようだ。
 拘束具が外れたことを確認し、その場をすぐに後にした。
 この時には、意識が朦朧としていて、自身がどこを走っているかも分からない状況だった。
 もう走ることはできないと、身を潜めていた所で、俺に出会った。

 この話を聞いた俺は目に涙を浮かべ、ハクに抱きついた。
 状況はどうあれ、突然攻撃を受け、気を失ったのは同じだ。
 あの時の俺は、優秀な家族がそばにいて、すぐに処置をしてくれた。
 死の恐怖は残ったが、適切な対処でトラウマを残すこともなかった。
 だがハクはどうだ。
 傷ついた身体に鞭を打ち、知恵を絞り脱出。追跡の魔道具を外すため、自ら刃物を首に刺す……。
 助けてくれる人もなく、どれだけ怖い思いをしてきたのだろう。

 ハクは、俺と魔契約したことで、誰かに従属されることはなくなった。
 そのため、捕縛されることはない。逆に素材目当てで、狙われることはあるだろう。
 だが魔契約や調教している魔獣を狙うことは、犯罪となるので、そうそうないと思う。
 表向きハクは、ブラックキャットの変異種だ。貴重だが、わざわざ犯罪を犯してまで、狙う必要はないからだ。
 素材は購入すればいいし、なければ自身で狩りに行くか、冒険者ギルドへ依頼をすればいいのだ。
 それが、希少種の聖獣だとわかれば話が変わるが…………。
 ハクを撫でる手に力が入る。

「俺はいずれ冒険者になる予定だ。たくさんの世界をこの目で見るんだ」
「ガゥ?(どうしたの?)」
「ハクは、俺の相棒だから、もちろんついて来るだろう?」
「ガウッ!(行く!)」
「うん。だけど世の中には、俺たちより強い者が多くいる。同じことが起きないように、俺たちは強くなる!」
「ガウッ!(強くなる!)」

 俺の言葉を聞き、ハクは興奮して立ち上がり、叫んだ。
 その声はいささか大きく、侍女たちが慌てて部屋に来るほどだった。

「「「ジークベルト様、大丈夫ですか!」」」
「心配掛けてごめんね。ハクが興奮して声を出しただけなんだ」
「ガウゥゥー(ごめんなさい)」
「「「かっ、かわいい!」」」

 ハクの反省ポーズに黄色い声が上がる。
 侍女たちの黄色い声に、ハクは驚き、俺にすり寄る。
 そんな状態のハクを見て、侍女たちは一層興奮し、各々がしゃべりだす。

「きゃー。ジークベルト様に寄りかかっているわ。かわいい」
「ねぇ、ねぇ、この構図、すごくよくない。かわいすぎる!」
「あぁー。他の子たちが羨ましがるわ。かわいい! 自慢しよう! きゃー、かわいい!」
「これから毎日この光景が見られるなんて、至福だわ。ジークベルト様付きになったことに感謝するわ」
「アンナさんに報告しなくては!」

 かわいいのは否定しないが、最後のアンナへの報告とはどういうことだ。
 最後に発言した侍女に詰め寄ろうとするが、侍女の動きは素早くすぐさまこの場を後にした。

 くっそーー。逃げられた。
 あの侍女は、最近、俺付きになった新人だったはず。
 くっ、アンナの手下だったのか。報告が気になるぞ。
 俺たちさえ、巻き添えにされなければいいけど……。
 想像しただけで、背筋に寒気が走る。
 鬼教官再び。ガクブルッ。

 侍女たちの行動は、他の貴族家では考えられない不敬の状況だが、我が家、特に俺の前ではこれが当たり前なのだ。
 以前、侍女たちに畏まった感じは嫌だ。自然がいいと訴えた。
 初めは躊躇したが、なんとあのアンナが許可した。度が過ぎるとアンナの説教と言う名の教育がはいる。
 だが優秀な侍女たちだ。場所や場面を考慮して対応している。そこらへんの抜かりはない。

 ハクは、屋敷に馴染みはじめている。
 まぁ、すごくかわいいので、屋敷の人たちも、魔獣だからだと怯えることもなく、受け入れてくれた。

 マリー姉様には、怪我をした魔獣の赤子の手当をしたら懐かれてしまった。
 なぜ魔獣の赤子がいたのかはわからないけれど、このまま放置することもできず、連れて帰って来てしまった。
 人(悪人以外)は、襲わないように育てるから、飼っていいよね。
 ごくごく簡単な説明をした。
 魔契約は高度な技術のため、調教することを全面に出した。
 調教師などが、魔獣の赤子を調教することは、一般的ではある。なかには懐かれて、調教師でもないのに、魔獣を飼っている人もいるのだ。
 調教自体は、珍しいことではない。ただ、飼っている人は少ないけどね。

 俺は、姉様に最大限のお願いをした。
 子供ができる最上級の仕草で、ノーとは言わせない可愛さをただよわせる。
 俺の行動をハクも理解したのか、上目遣いキラキラの瞳で「ミャァー」と鳴いた。
 ハク! その仕草で『ミャァー』だと、グッジョブ!
 それにしても、なんてかわいい声が出せるんだ。かわいい、俺の聖獣が可愛すぎる!

「もぅ……。私がジークのお願いを断れるはずがないじゃない。はぁーー。わかったわ。お父様には私から伝えておくわ」

 二人の協力タッグで、マリー姉様は不承不承ながら了承してくれた。
 ただ父上は甘くなかった。
 夕食後すぐに、執務室へ呼び出された。
 マリー姉様が上手く説明してくれたおかげで、ハクが白虎であることはバレなかった。
 だけど、ハクと遭遇した場所の追及が強く、危うく『沈黙の森』に行ったことがバレそうになった。
 ブラックキャットが『白の森』に生息していることは、ほぼないのだ。
 大きな怪我をしていたことを説明し、捨てられた、もしくは捕縛されかけ逃げたのではないかと意見した。
 父上は、俺の言葉に納得はしていないようだったが、一人で『白の森』へ入ったことは、すごく怒られた。
 これからは誰かを伴って入ることを約束し、二週間の謹慎を言い渡された。






 ギルベルトは、自室で酒をあおるように飲み、最愛の妻を想う。

「リア、君との約束を守りきれないかもしれない。ジークベルトは……おそらく……」

 その言葉は闇に包まれ、続くことはなかった。


 数時間前に遡る。
 帰宅後すぐにマリアンネが自室に訪れた。
 珍しいことがある、屋敷内でなにかあったかと思案し、入室の許可をする。

「お父様、マリアンネです」
「入れ」
「お疲れのところ申し訳ございません。ジークのことでお話があります」
「どうかしたのか」
「ジークが、魔獣の赤子を拾って参りました」
「魔獣の赤子? テオバルトは一緒ではなかったのか」
「はい。屋敷から抜け出し『白の森』へ一人で入ったようです。申し訳ございません」
「一人でか……」

 責任を感じているのかマリアンネの態度はひどく萎縮している。
 ギルベルトはマリアンネの頭を優しく一度撫でる。

「マリアンネが、気にすることはない」
「お父様……。お気遣いありがとうございます。ですが屋敷を管理する代理の者として、ジークが屋敷から抜け出したことの責任はあります」
「マリアンネが屋敷を管理してくれて大変助かっている。男の子だ。アルベルトもよく屋敷を抜け出していた。よって今回は不問とする」

 おそらくジークベルトは、屋敷をよく抜け出しているのだろう。
 それをいまさら止めることはできない。
 マリアンネは、ギルベルトの判断に、不服そうな顔を一瞬したが、すぐに正す。
 家長が下した決断である。マリアンネがいくら不服に思っても覆すことはないのだ。
 この件は、もう終了したのだ。

「ありがとうございます。それでジークが連れ帰った魔獣の赤子ですが、屋敷で飼いたいとのことです」
「なんの魔獣だ」
「ブラックキャットの変異種らしく毛は白です。とてもジークに懐いていて、怪我をしたところを助けたとの話でした。私も世話をいたしますので、屋敷で飼ってもよろしいでしょうか」
「あぁ、かまわない。ただし責任を持って世話をするように」
「お父様! ありがとうございます!」

 マリアンネが、両手を組みながら喜ぶ姿に、マリアンネも年頃の娘なのだと改めて思った。
 それとは別に胸中は荒れていた。
 白の森には、ブラックキャットは生息していない。
 これが何を意味しているのか……。
 ジークベルトは、どこへ行き、魔獣と遭遇したのか。

 夕食後、ジークベルトを執務室へ呼び出した。

「ジークベルト、呼び出した理由はわかっているな」
「ハクのことですよね」
「ハク? あぁ魔獣の赤子のことか。それに関しては、マリアンネから話は聞いている。責任を持って世話をするんだぞ」
「父上! ありがとうございます!」

 無邪気に喜ぶジークベルトを見て、心底安心する。
 まだ五歳児なのだ。この子は聡明だが、まだまだ手のかかる幼い息子だ。
 ジークベルトの態度は嬉しい誤算だった。頬が緩みそうになり、慌てて気を引き締める。
 いまは問い質すことに集中するのだ。

「さてその件で、一つ質問がある」
「はい?」
「魔獣の赤子、ハクだったな。どこで拾ってきた」
「『白の森』です」
「白の森には、ブラックキャットは生息していない」
「……ですが、白の森にいたのです」
「白の森は、ホワイトラビット・ゴブリン以外の魔物は、ほぼ生息していない。またブラックキャットの首都付近での生息は、ほぼ確認はされていない。ジークベルト、どこで拾ってきた」
「白の森です。すごく傷ついていて、捨てられたのか、捕まって逃げてきたのかわかりません。何度も回復魔法をかけて助けました」
「……真に『白の森』なんだな」
「はい……」

 ジークベルトの眼は、どこか視点が定まっておらず、何かを隠しているのは、明瞭だった。
 そんな息子をこれ以上問い詰めるのは、得策ではない。
 ここは折れるしかない。

「そうか。だがジークベルトなぜ『白の森』に一人で入った」

 ギルベルトが、矛先を変えたことに、ジークベルトは、一瞬戸惑った表情を見せる。
 だがすぐに表情を引き締め、ギルベルトの問いかけに回答する。

「それは……ホワイトラビットなら、ぼくでも倒せるからです」
「ジークベルト、お前はまだ五歳児だ。倒せるからと言って、わざわざ危険な場所に一人で行くことは、褒められたものではない。白の森には、ゴブリンも生息する。極僅かだが他の魔物もいるのだ。万が一があったらどうする。己の傲慢と油断は、死を早めることを忘れるな」
「ごめんなさい、父上」

 ジークベルトは、神妙な顔つきで反省の言葉を発した。
 なにか思い当たることがあったのだろう。素直に反省している点は心証が良い。

「森に入る時は、必ず誰かを伴って入ることを約束しなさい」
「はい! 父上!」
「二週間の謹慎だ」
「はい! 父上! ありがとうございます!」
「ジークベルト、謹慎だからな。二週間大人しく屋敷で過ごすんだぞ」
「はい! わかっています!」

 やはり俺はジークベルトには、甘い気がする。
 森に入るなとは、言えなかった。
 言えるはずもない、俺も父上に内緒で魔物討伐に出ていたのだ。
 ジークベルトよりも上の八歳だったが、約束はさせた。
 一人では、もう入ることはないだろう。

 ジークベルトが退室すると「父上」と執務室の内扉からアルベルトが現れた。

「アルベルト、聞いての通りだ。ハクとは『白の森』では出会っていない。ジークベルトは何らかの方法で別の地域に赴いたのであろう」
「別の地域……」
「テオバルトと魔物討伐に出掛けているのは、認識しているな」
「はい。冒険者ギルドでの聞き取り調査によりますと、冒険者ランクCのニコライ・フォン・バーデンと共に行動をしています。魔物がほぼ無傷で買取される日があり、その傷跡は高度な魔法が使用されていると、噂を呼んでいます。その魔術師は誰だとバーデンに詰め寄った冒険者がいたようですが、一笑に付したとの報告を受けています。その買取日ですが、ジークがテオ達と魔物討伐する日とほぼ一致します。最近は討伐後、数日時間をあけて、買取依頼しているようです。おそらくテオに指摘されたのでしょう」
「そうか、その噂消せるか」
「はい。既に叔父上と協力の上、口の堅い冒険者に叔父上の狩った魔物を数度買取に行かせています」
「さすがだな」
「いえ、ジークを守るためです」
「その討伐で得た資金で『移動石』いや『倍速』を使用した魔道具を手に入れた可能性がある」
「行動範囲が広がりますね」
「あぁ、厄介だ。大人しくしてくれればいいのだが……」
「それは難しいでしょう。父上の息子ですよ」

 ギルベルトの嘆きに、アルベルトは笑顔で回答する。

「そうだな、お前にも手を焼かされたな」
「えぇ。アーベル家の男は、何かと問題を起こします。血筋です。諦めてください」
「ジークベルトを守るために、これからも頼むぞ、アルベルト」
「もちろんです。俺の可愛い末弟ですから!」






 貴族は『白狩り』でLvUPを終えた後、週に数度、講師を迎え、魔法の基礎、初級魔法を習う。
 もちろん俺も白狩りの後、講師を迎えることになった。
 俺の白狩りを早めた理由は、俺の魔力値を誤魔化すためである。
 Lv3なので、誤魔化せてはいないんだけどね。平均に少しでも寄せたいと思っているんだろうな。
 俺が基本値MAXUP+100とは、考えもしないのだろう。知らぬが仏ですな。うんうん。
 
 アーベル家の講師は、叔父ヴィリバルトだ。
 チート叔父である。普通の講師を雇うより、何十倍も有能であるのは間違いない。
 ゲルト以外の兄姉は、叔父ヴィリバルトを師事している。
 ゲルトは、魔術学校の講師だ。

 謹慎中であっても、魔法の修練はできるわけで、今日は週一回の叔父の授業日なのだ。
 屋敷の庭で、魔法制御を中心に鍛えること一時間、一旦休憩に入ったところで、叔父が切り出した。

「ジーク、魔獣の赤子を拾ったんだってね」
「はい。ブラックキャットの変異種を拾ってきました」
「変異種? またすごいのを拾ったね」
「たまたま懐かれたのが変異種だったんです。変異種といっても毛が白いだけです。すごくかわいいんですよ! ヴィリー叔父さん、ハクを紹介したいのですが、いいですか?」
「ハク? 魔獣の名前かい。もちろんだよ」
「ありがとうございます! 呼んできます!」

 叔父の許可がでたので、屋敷にかけ走る。
 よしこれでなんとかなるはずだ。叔父がハクの話をしてくれて助かった。
 いつ話そうかと様子を窺っていたのだ。
 俺は部屋に入ると、ソファの上で寛いでいるハクを呼ぶ。

「ハク、おいで!」
「ガゥッ?(呼んだ?)」
「うん。屋敷の庭へ行こう! そこでヴィリー叔父さんを紹介するよ!」
「ガルゥルル! ガルゥ?(外に出ていいの! ヴィリー?)」

 ハクは外に出られると喜び、ソファから飛び降りると、一目散に俺に近づいてきた。
 その姿を見て、窮屈な思いをさせて、ごめんなと、心の中で謝る。
 頭を優しく撫でながら、事情を説明する。

「そうだよ。ヴィリー叔父さんは、最上級の魔術師だ。だからハクにも魔法を教えてもらえるように交渉しようと思うんだ」
「ガゥ!(いいの!)」
「うん、魔法の使い方がわからないんだよね」
「ガゥー(そう)」

 実はハク、魔法が使えないのだ。
 逃走中に使った氷魔法は、たまたま発動したようなのだ。
 そんなことあるのか? と疑問に思ったが、聖獣は生態がほとんどわかっていない。
 残念ながら、我が家の書庫にもなかった。
 一応、魔力循環の方法などを説明したが、ダメだった。
 そこでチート叔父だ。

 ハクと一緒に、庭へ向かう。
 久々の外が嬉しいのか、尻尾がピンと上がっており、お尻が揺れている。
 上機嫌だ。時よりガゥッと声を出し、口ずさんでいるようである。

「ヴィリー叔父さん、お待たせしました。ぼくの相棒のハクです」
「ガゥ!(ハクだ!)」
「これはまた……。かわいいね」

 叔父はハクを見て、僅かに目を丸くし、優しい表情になる。
 鑑定をしたのだろう。
 ブラックキャットは、図鑑で調査済みだ。
 見た目は、クロヒョウなのだ。そう白虎であるハクの隠れ蓑には一番適している魔獣である。
 またステ値も高く上級魔獣の仲間である。ブラックキャットの平均値は20、高い個体で30だ。
 魔属性は、闇・土・風が多く、水や雷も確認されている。
 ハクの隠蔽ステータスはこれである。


 **********************
 ハク ブラックキャット・変異種 オス 0才
 種族:魔獣
 Lv:1
 HP:30/30
 MP:30/30
 魔力:30
 攻撃:30
 防御:30
 俊敏:30
 運:30
 魔属性:雷・氷

 身体スキル:炎耐性Lv1
 **********************


 叔父が一瞬戸惑ったのは、魔属性の雷・氷のせいかと思われる。
 上級属性を二個所持に驚いたのだろう。
 魔法を教えてもらうのに、魔属性を隠蔽したら、意味がないからね。
 ここは変異種だからで押し切る作戦だったが、受け入れてくれたみたいだ。

 叔父は、ハクに近づくと「毛を撫でてもいいかい」と窺っていた。
 ハクは無言で叔父の前に座る。もちろん尻尾は嬉しそうに揺れている。
 スキンシップは大事だ。
 ハクのモフモフを堪能すれば、叔父もきっと折れるはずだ。
 俺は機会を逃すまいと、その様子を見守り、ハクに夢中になった瞬間、叔父にお願いした。

「ヴィリー叔父さん、ハクにも魔法を教えていただけるでしょうか」
「魔獣にかい」
「はい。ハクは人の言葉を理解しています。父上に一人で森に入らないと約束しました。ですので、相棒のハクと一緒に行動しようと思います。ブラックキャットは、上級魔獣であると本に書いてありました。魔法も使えるはずなのですが、どうやら魔法が使えないようなのです。適性がないのでしょうか」
「適性は雷・氷だよ。だから安心して大丈夫だよ。相棒としてね……。んーー……。そうだね、原因を知りたいから、一度、魔力循環をしてみてくれないかい」
「魔力循環は……ぼくが方法を教えたのですが、できないみたいで……」
「ジーク大丈夫だよ。ハク、ジークに教わったように魔力循環をしてみなさい」

 叔父はそう発言すると、モフるのをやめ、ハクの額辺りに手を置いた。
 そしてハクを促し、魔力循環するよう命令する。
 ハクは、一度俺に視線を向け、叔父に「ガゥ(わかった)」と魔力循環を始めた。
 しばらくして、叔父の手が離れ、ハクが小さく鳴く。

「ガゥッ(ダメ)」
「魔力循環が上手くできていないね。んーー……!! これは、なにか強い魔法を受けたのかい?」
「ガゥ!(そうだ!)」
「はい。ぼくが見つけた時は、全身を焼かれたような火傷がありました」

 叔父の問いに、すかさず答える。
 それにしても、さすが叔父だ。視ただけで攻撃魔法を受けたことがわかるようだ。

「ジークは、魔法色を知っているかい」
「はい。本で読みました」
「ジークは、炎属性がまだなかったね」
「はい」
「んーー……。おそらくだが、炎魔法を使用した攻撃を受け、その魔法色が残っていたのではないかなぁ。そのまま回復魔法をしたことで、体内に魔法色が入ってしまった。そのせいで魔力循環が正常にできていない可能性が高いね」
「ぼくの処置が悪かったのでしょうか」
「普通ならその処置で問題ないんだよ」

 えっ?! でもそれって俺のせいじゃないか?
 魔法色が残っている傷は、非常に治りにくい。
 高度な技がいるのは知っていた。だが、力技で完治させたのだ。
 叔父が諭すように話す。その眼はどこまでも優しい。

「ただね、この術者はかなりの極悪人でね、通常魔法色があっても回復魔法で体内に入ることなんてないんだよ。二重に魔法を掛けられた可能性がある。計算されているね。おそらくその術者以外の者が回復魔法を施した場合、体内に魔法色が残るように呪魔法を掛けたのではないかなぁ」
「それって……。ハクは、このまま魔法が使えないのでしょうか」
「ガゥゥーー(つかえないのか)」

 ハクの声が一段と低くなる。
 叔父は、落胆するハクと俺それぞれの頭をポンとたたく。

「大丈夫だよ。方法はある。魔法色を消すには『浄化魔法』が有効的だ。ただ私は聖魔法が使えないから『浄化』ができないんだ。『浄化』は聖魔法しかできないんだよ。最近マリーが聖魔法を取得したと聞いているから、『浄化』が使えるか聞いてみよう」

「ガルゥ!「はい!」」

 叔父は俺たちの返事を聞くと満足そうに頷き、『報告』の魔法で、マリー姉様を呼ぶ。
 しばらくすると、マリー姉様が庭に現れた。
 俺とハクの姿を確認し、叔父へ声をかける。

「お呼びですか。ヴィリー叔父様」
「マリー、急に呼び出してすまない」
「いいえ、今ちょうど休憩をしていたところなんです」
「それはよかった。マリーは聖魔法を取得したよね」
「はい。遅くなりましたが……、やっと、聖魔法を使えるようになりました」
「遅くなんてないさ。よく頑張ったね」
「間に……、合いませんでした」

 マリー姉様の声が急に詰まる。
 あぁ、そうだった。マリー姉様は、母上の病を治すために、光魔法の修練を欠かさず、ほぼ毎日していた。
 聖魔法の取得は、母上のためだったはずだ。
 母上が亡くなって四年。マリー姉様は、修練を続けていた。

「ごめんなさい。気が高ぶってしまって……」
「大丈夫だよ」
「お話とはなんでしょうか」
「マリーは『浄化魔法』が使えるのかな」
「お恥ずかしながら、魔力値が足らないようで、まだ使えません」
「そうなんだね。んーー。それは困ったな」

 肝心の浄化魔法使えないのか、マリー姉様!
 いや、マリー姉様は悪くないんだけどね。光が見えたと思ったら、その先は崖だったみたいな気持ちだ。遠回しすぎるけど、そんな感じだ。
 落胆する雰囲気の中、マリー姉様が遠慮がちに話す。

「あの浄化魔法は使えませんが、『浄化の石』はあります」
「『浄化の石』を持っているのかい!?」
「はい。なにかのお役に立てるかと思い、五年ほど前にお爺様に買ってきて頂きました」
「五年前? もしかして『リンネ』のものかい?」
「はい。『リンネ』のものです」
「リンネ製であるなら間違いない。しかも、父さんが購入したものとなれば相当良い物のはず。マリー、それをハクに使用してもいいかい?」
「どういうことでしょうか?」

 叔父はマリー姉様に、状況を説明する。
 マリー姉様は説明中に「まぁ」「可哀想に」「ひどい」と感想を述べ、ハクに近づくと「すぐに持ってくるからね。もう大丈夫よ」と、淑女らしからぬ動きで庭を後にした。
 あぁ、いつぞやの俺への行動と似ていない気はしない。これはハクも過保護対象に入ったかも……。一抹の不安が残る。
 とっ、とりあえず、それは後で考えよう。
 なにより今は、ハクが魔法を使用できるようになるのだ。
 俺は喜びに全身震える。当事者のハクも、尻尾が忙しなく動き、瞳の輝きが増していた。
 駆け回って吠えたいのをグッと我慢して、静かに俺のそばに座りなおす。
 俺はハクが隣に座ったと同時に、叔父に向き直り、頭を下げた。

「ヴィリー叔父さん、ありがとう!」
「ジークまだお礼は早いよ。それに私は何もしてないからね」
「いいえ、ヴィリー叔父さんがハクを視てくれなければ、原因がわかりませんでした。本当にありがとうございます」
「ガゥーー!(ありがとう!)」

 俺とハクは、同時に叔父に抱きついた。
 それを簡単に受け止め、叔父の呟きが辺りに響いた。

「まいったな。本当になにもしていないんだけどね」

 チート叔父最高だぜぃーー!


 俺たちが、叔父に感謝を伝えている間に、マリー姉様は戻ってきた。
 姉様の行動の速さには驚くが、スイッチが入った姉様は誰にも止められないので、ここはそっとしておく。
 手には、真珠の玉ように白く綺麗な五センチメートルほどの丸い石があった。
 俺の視線に気づいたマリー姉様は、そっと手のひらに『浄化の石』を置いてくれた。

「姉様?」
「気になるのでしょう? 使用する前に気の済むまで見分なさい。叔父様、それぐらいの時間はありますよね」
「あぁ、大丈夫だよ。一刻を争う事態ではないからね」
「ありがとうございます」

 二人の好意に感謝しつつ、手元にある『浄化の石』をながめる。
 遠目では、真っ白に見えたけど、小さく渦が巻いている。
 これは魔法の痕跡なのかもしれない。気になるけれど、それはあとでだ。
 鑑定だけして、あとで情報を確認しよう。
 叔父の手のひらに『浄化の石』を渡す。

「もういいのかい?」
「はい。堪能しました」
「ジークの探究心は、誰に似たのかな」
「叔父様でしょ。叔父様の魔術の研究。研究員たちからの悲鳴が聞こえるほど大変と伺いましたわ」
「また大袈裟だね」
「大袈裟ではないと思いますわ。お茶会などでも噂が上がっております。少し控えて」
「マリー。その話はまたにしよう」

 雲行きが怪しくなったのか、叔父が会話を切り上げる。
 そして、手のひらにある『浄化の石』をハクの額につけ『浄化』と発した。
 ハクの身体に白い光が降りそそぐ、まるで天使のはしごのように幻想的な光景だった。
 すぐそばにいたマリー姉様も「きれいね」と見惚れている。
 白い光が完全に消え、ハクの体調を確認する。
 特に変わった様子もなく、違和感もないことに一安心した。

 使用した『浄化の石』は、色が抜け透明なガラス玉のようになった。
 叔父曰く、このガラス玉が魔道具で『ガラス石』と呼ばれ、魔法を収納することができ、魔法によって色が変わるそうだ。
 またリンネ製のガラス石は、他のガラス石と比べ耐久がよく何度も使えるため大人気で品薄状態らしい。
 ただし『移動魔法』を収納した『移動石』は、使った瞬間に割れるそうだ。
 他にも高度な魔法を収納した場合、割れる率が高いとのことだった。
 マリー姉様にお願いして『ガラス石』いただきました。
 あとで鑑定して、ガラス石の魔道具を作る予定だ。
 材料や方法は、ヘルプ機能でなんとかなるっしょ。
 フッフッフ、楽しみだ。