ギルベルトは、自室で酒をあおるように飲み、最愛の妻を想う。

「リア、君との約束を守りきれないかもしれない。ジークベルトは……おそらく……」

 その言葉は闇に包まれ、続くことはなかった。


 数時間前に遡る。
 帰宅後すぐにマリアンネが自室に訪れた。
 珍しいことがある、屋敷内でなにかあったかと思案し、入室の許可をする。

「お父様、マリアンネです」
「入れ」
「お疲れのところ申し訳ございません。ジークのことでお話があります」
「どうかしたのか」
「ジークが、魔獣の赤子を拾って参りました」
「魔獣の赤子? テオバルトは一緒ではなかったのか」
「はい。屋敷から抜け出し『白の森』へ一人で入ったようです。申し訳ございません」
「一人でか……」

 責任を感じているのかマリアンネの態度はひどく萎縮している。
 ギルベルトはマリアンネの頭を優しく一度撫でる。

「マリアンネが、気にすることはない」
「お父様……。お気遣いありがとうございます。ですが屋敷を管理する代理の者として、ジークが屋敷から抜け出したことの責任はあります」
「マリアンネが屋敷を管理してくれて大変助かっている。男の子だ。アルベルトもよく屋敷を抜け出していた。よって今回は不問とする」

 おそらくジークベルトは、屋敷をよく抜け出しているのだろう。
 それをいまさら止めることはできない。
 マリアンネは、ギルベルトの判断に、不服そうな顔を一瞬したが、すぐに正す。
 家長が下した決断である。マリアンネがいくら不服に思っても覆すことはないのだ。
 この件は、もう終了したのだ。

「ありがとうございます。それでジークが連れ帰った魔獣の赤子ですが、屋敷で飼いたいとのことです」
「なんの魔獣だ」
「ブラックキャットの変異種らしく毛は白です。とてもジークに懐いていて、怪我をしたところを助けたとの話でした。私も世話をいたしますので、屋敷で飼ってもよろしいでしょうか」
「あぁ、かまわない。ただし責任を持って世話をするように」
「お父様! ありがとうございます!」

 マリアンネが、両手を組みながら喜ぶ姿に、マリアンネも年頃の娘なのだと改めて思った。
 それとは別に胸中は荒れていた。
 白の森には、ブラックキャットは生息していない。
 これが何を意味しているのか……。
 ジークベルトは、どこへ行き、魔獣と遭遇したのか。