「ジーク、頑張るのよ」

 マリアンネは、MP枯渇寸前だった。
 このままでは意識が途切れる。
 もう少し、もう少しなのだ。お願いもって……。
 最後となるだろう回復魔法を使用する直前、一際強い回復魔法が、ジークベルトの身体を包む。
 土色だった顔に変化が現れ徐々にだが赤みが戻る。

「マリー、よく頑張ったね」
「ヴィリー叔父様……」
「もう大丈夫だからね」

 ヴィリバルトは優しくマリアンネの手に触れ、『聖水』と再び回復魔法を施す。
 マリアンネは、安堵からその場に崩れ落ちた。
 助かったんだわ。ジークベルトはもう大丈夫。
 自然と涙が溢れてくる。淑女が人前で泣くなどはしたない。だけど止まらない。
 スーッと流れる涙をすくい上げた指先の主は、酷く冷たい表情をして、ジークベルトの顔、首、胸、腕、足と、身体の各箇所を丁寧に確認する。
 その動きに迷いはなく、最小限の負担ですむよう、気遣われている。
 ジークベルトがとても大事なのだとわかる。
 そして――心火を燃やしていた。
 その様子を、回復魔法をかけていた侍女たちやテオバルトも見ていた。
 誰も口を開かないが、気持ちは全員一致していた。
 一歳の母親を亡くした子供への仕打ちに、身勝手極まりない犯人への激しい怒りが沸き起こり、次はないと守る決意をする。
 ジークベルトの呼吸が戻り、身体には異常がないことを確認したところで、ヴィリバルトはジークベルトを抱き上げた。

「兄さん、ジークは私が引き取ります」
「あぁ、頼む」
「マリー、君も一緒にきなさい。立てるかな」
「はい。ヴィリー叔父様、一人で立てます」

 MP枯渇寸前の身体は、意志とは別に油断すればフラフラと倒れてしまうほど、精神をすり減らしていた。
 だが、マリアンネは、アーベル家の娘である。
 そこらの淑女とは鍛え方が違うのだ。気合いで立ち上がり、ヴィリバルトの後ろに続く。

 部屋を出る際、マリアンネはゲルトに視線を向けた。
 憎悪にみちた目が、叔父の腕にいるジークベルトを静かに捉えていた。
 ああーと、絶望に近い声が出そうになるが、ぐっと堪える。今、取り乱すことは許されない。
 もう修復が不可能なのだ。ゲルトにどのような言葉を告げても、その憎悪が消えることはない。
 なぜそうなったのかは、わからない。

 母リアの死にジークベルトが、関係するなどありえない。
 そもそもお母様は、ジークベルトが誕生する以前より体調を崩されていた。
『長くはない』何度この絶望の言葉を聞いただろう。医者も匙を投げた状態だったのだ。
 その中で、ジークベルトの誕生は奇跡だった。
 お母様の体調も以前より格段に良くなり、この奇跡に誰もがジークベルトに感謝した。
 ここ数年、ほぼ面会謝絶だったお母様が、私たちのために時間を割いてくれ、多くの思い出を残してくれた。
「これもジークベルトのおかげね」と、お母様自身が、奇跡はジークベルトが起こしたと、確信に近い何かを感じているようだった。
 末弟が皆から愛され、とても大事にされる理由の一端はこれなのだ。
 奇跡の確証などどこにもない。
 だけど、私たちはこの奇跡をジークベルトがもたらしたものだと思っている。それが永遠に続かないこともわかっていた。

 それなのに……。
 見当違いな憎悪を抱き、抵抗する間もなく不意打ちで殺そうとした。
 なんて身勝手な行動だろう。
 ゲルトの心情を理解することは、到底できない。
 兄弟間で憎しみ合うなんて悲しすぎる。
 だけど、ジークベルトを守ると、お母様に誓ったのだ。
 マリアンネは、意を決して声に出す。

「お父様、今後ジークにはゲルトを近づけないでください」
「姉上!」
「ゲルト、私にはジークをこれほどまでに憎む理由がわからないわ。お母様の死にジークベルトは関係していない。それだけは断言できる」
「みんな騙されているんだ!」
「やれやれ、誰に仄めかされたのか。これは調べる必要があるね」

 普段と変わらない口調だが、赤瞳は静かに怒気を帯びており、ギルベルトへ目を向けた。
 事の顛末があまりにもお粗末だ。誰がこの茶番をたくらんだのか。
 それ相応の覚悟があってアーベル家に牙を向けたのだ。
 黒い影が見え隠れする。私を怒らせたことを後悔すればいい。
 地獄の果てまで追いつめてやる。
 ギルベルトは、弟の言葉には出さない思いをくみ取り、俺も同じ気持ちだと、無言で頷いた。

「ゲルト。どのような理由があれ、貴方がしたことは、殺人未遂よ。私はジークの味方よ。今後、ジークを傷つけることがあれば、私は貴方を許さない」
「姉上! どうして、誰もわかってくれない!」

 ゲルトは絶望に顔を歪める。
 だが、その場の誰もがゲルトの主張にがえんじなかった。

「マリー、さぁ行こう」

 ヴィリバルトに促され、マリアンネはその場を後にした。




***




 目が覚めると、ベッドの上にいた。
 意識が朦朧としている。
 なにが起きたのか、少しずつ記憶を辿る。

 母リアが亡くなってから一ヶ月、『最後の別れ』をした。
 日本の四十九日みたいなものだ。
 儀式が終わり、兄姉だけ部屋に戻された。そう兄姉が揃ったのだ。

 ガタガタと全身が揺れはじめる。

 マリー姉様に手を引かれ、ソファに座った。
 ゲルト兄さんがマリー姉様を呼び、一人になった瞬間、『落雷』の魔法が俺の脳天に落ちた。
『生きている』喜びと『死んでいた』恐怖が交差する。
 殺意の恐怖が全身を覆い、「あっぁあーーーー」と、声にならない声が部屋中に響く。

「ジーク! 大丈夫よ。もう大丈夫だからね」

 マリアンネの涙声は、耳に聞こえるが何を言っているのか把握できない。
 混乱とともに、精神が病んでいく寸前、意識が明瞭に戻る。
 ヴィリバルトが『聖水』を施していた。
 全身が温かなものに包まれ、気持ちがだんだんと落ち着いてきた。
 周囲の様子も確認できるまでに回復し、俺の手をギュッと強く握っていたマリー姉様の泣き顔を見て、明日はひどく腫れるだろうなと、見当違いなことを考えていた。
 俺の視界いっぱいに赤い髪が入った。

「ジーク、私がわかるかな。わかるなら返事をして欲しい」
「はぃ」
「うん、大丈夫そうだね。気持ちを落ち着かせる魔法を使ったからね」

 叔父の繊細な手が、俺の髪をゆっくりと梳かす。
 ここは安全だ。ここに敵はいない。
 心底安心して、瞼を閉じる。

 ゲルトとは、数回対面しただけだが、嫌われているのは明白だった。
 初対面は、顔を認識できなかったが、雰囲気で察した。
 母親をとられた子供の嫉妬だと、時間が経てば解決するだろうと、安易にしか考えていなかった。
 それは他の兄姉がとても好意的に、俺に接してくれていたからだ。
 特に長兄アルベルトの溺愛はすごかった。
 十五歳の差が影響しているのだと、それだけであるとそう信じたいほどだった。会えば全身を抱きしめられ、顔中にキスの嵐。
 片時も俺を離さないその態度に、母上も父上も毎回苦笑いをしていた。
 だがゲルトは、回を重ねる度、態度が悪化していき、母リアが「困ったわね」と嘆いていた。
 あぁ、この人とは、どんなに努力をしてもわかり合えないのだ。相性がすこぶる悪いのだと感じた。
 そう悟ったのは、三回目の対面だった。
 母上の目を盗み「お前さえいなければっ」と、動けない俺に何かを仕掛けようとした。
 母上がゲルトの変化に気づき、事なきを得たが、もうこの時には予兆があったのだ。
 俺は兄弟でこのような関係はよくないと思ったが、解決の糸口が見つからない。
 長期戦と考え、極力近づかないでおこうと決めていた。
 まさか、殺意を抱くまで、憎まれていたとは想定外だった。
 俺がなにかしたのだろうか。死に際まで、母上を独占したのは、悪かったと思う。
 だけど、知らなかったのだ。母上が不治の病に冒されているなんて、わからなかった。
 いつでも美しく元気だった。身体が弱いのであろうとは、周りの態度で認識はしていた。
 もしあの時、俺が『鑑定眼』を使っていれば、母上の病を治せたのだろうか。
 原因をヘルプ機能に追及させ、特効薬を手に入れることもできたかもしれない。
 もしくは、事情を父上に話し、俺のチートスキルで母上を治すスキルを獲得できたかもしれない。
 何もできなかったかもしれない。だけど知らないよりも知っておきたかった。
 あの時の選択を後悔した。

『あなたはその時の最善を選択したのだから。前を向きなさいジーク』

 母上の声がした。
 はっとして瞼を開け、周囲を見るが、叔父と姉様が心配そうに俺を見ていた。

「まーねぇー。じょうぶ(マリー姉様、大丈夫です)」
「うん、よかった。ジークは私が絶対に守るから安心してね」
「あーとぉー。じょうぶ(ありがとう。でも大丈夫です)」
「心配はいらないよ。『監視』の魔法を使うからね。ジークにゲルトが近づけば、私や兄さんに報告が入るようにする。もう二度とこのようなことは起こさせない。だから安心しなさい」
「でもそれでも、ジークは私が守るわ」
「そうだね。心強いよ、マリー」
「ヴィーお、まーねぇー、あーとぉー。(ヴィリー叔父さん、マリー姉様、ありがとう)」
「ジーク少し眠りなさい。急激な回復を施したんだ。身体がまだ追いついていないはずだ。マリーも限界近くまで、魔法を行使したんだ。少しでいいから眠りなさい。私がそばにいるからね。安心しておやすみ」

 叔父はそっと姉様を俺の横に寝かせ、布団を掛けた。




***




「ジークベルトは、大丈夫なのか」
「精神的に疲れて、いまはマリーと一緒に寝ているよ。念のため確認したけれど、後遺症はない。マリーたちの適切な処置のおかげだよ」
「あぁ、感謝している」
「兄さん、ゲルトはどうなの」
「駄目だ。何を言っても聞く耳を持たない。ジークベルトへの恨み辛みだけだ」
「鑑定もしたけれど『洗脳』はされていないよ」
「そうか……」
「外部からの魔道具の干渉も考えられるけれど、私が結界を張っている屋敷内にまで影響があるとすれば、日常的に汚染された可能性も低いながらあるよ。魔術学校が怪しいね」
「だろうな。父上がこの件を聞いて、ゲルトを引き取ると言っている」
「また父さんは……」
「俺は、その提案をのむつもりだ。厳しい決断かもしれないが、我が家の敷地内には、二度と入れない。どのような結果であってもだ。まずは魔術学校の内部を洗い出す。協力してくれ、ヴィリバルト」
「了解です」
「調査の結果、考えたくはないが、万が一、ゲルト個人の感情から生じたのであれば、俺はさらなる決断をしなければならない」
「兄さん。私たち大人にも責任はあるさ」
「あぁわかっている。ゲルトは我々大人の被害者でもある。俺は教育を間違えてしまった。アルベルトにも協力はしてもらう」
「アルベルトは、知っているんだね。了解したよ」






 あの事件を機に、俺は強くなる決意をする。
 今ある環境を存分に活用することにした。チート上等だ。
 人目を気にするのをやめた俺の行動は、侍女たちをいささか困惑させたようだった。
 しかし、優秀な侍女たちは、順応が早かった。

 まず戦闘能力を上げるため、戦闘スキルを取得しようと試みたが、幼児には難しかった。
 訓練するにも身体が小さ過ぎて、武器を構えることもできない。武器を所持しない体術なども身体が保たない。
 では基礎だけでもと考えたが、未熟な身体が対応できるほど、甘くはなかった。
 身体スキルはどうだろうと考えたが、実戦と経験が必要であるため、これも断念した。

 次に魔法書だ。部屋にある魔法書を読み漁った。
 また、知識本もいくつか見つけ、読破する。
 その頃には、言葉を流暢に話せるようになり、侍女たちとのコミュニケーションも円滑になった。
 屋敷内なら自由に歩けるようになり、書庫の存在を知る。
 そこに毎日入り浸ることになるが、目標である『強く』には、ほど遠かった。
 魔法の修練は続けているが、MPにも限りがある。上位の魔法スキル取得には、魔力値が足りず、足踏み状態なのだ。

 ここ数日、書庫に入ると、本を読まずに考え込むことが多くなった。
 もっともっと修練がしたい。徐々にはスキルLvも上がり、強くもなっている。
 だが今の修練では、満足ができない。時間はある。だけど待ってはくれない。
 どうすればいい。俺はチートだ。これを生かすしかない。遅かれ早かれバレるのだ。

 決断しろ、ジークベルト!

 現状を打破するため、使いたくはなかったが、最終手段に打って出ることにする。
 そうと決めたら、行動あるのみ!
 書庫から廊下にでて、目的の部屋へ足を運ぶ途中、タイミングよく最終手段が、こちらへやって来た。

「テオ兄さん!」
「ジーク、どうしたんだい」

 十歳上の次男テオバルト兄さん、アル兄さんの陰に隠れがちだが、とても優秀な人だ。
 じつは魔属性を五個所持しているが、非公表であるため、周辺は穏やかだ。
 頭の回転が速く、物腰も柔らかい、性格もよく、アーベル家兄弟の中で、一番の優良物件だと俺は思う。
 だが、目立たない。いかんせん存在感がないのだ。
 これはもう特殊スキルかと疑うぐらいの存在感の薄さである。
 そのテオ兄さんの秘密を、俺は知っている。
 ここは直球でいく。

「次の魔物討伐に連れて行って欲しいんです」
「えっ、何を言っているんだい、ジーク?」
「ぼく、知っていますよ。テオ兄さんが冒険者ギルドに登録をしていることを。Eランクですよね」
「はっ?!」
「来週、ご友人のニコライ様と行きますよね。魔物討伐。ぼくも連れて行ってください」

 俺は笑顔のままテオ兄さんを見つめる。
 テオ兄さんは、表情を引きつらせたまま動かなくなる。
 テオ兄さんの秘密は、家族に内緒で、冒険者ギルドに登録して魔物討伐をしていることだ。
 理由は、テオ兄さんの友人であるニコライ・フォン・バーデンである。
 ニコライの妹セラが難病にかかっており、膨大な医療費が必要なのだ。
 バーデン家は、先々代からの没落貴族だ。
 金銭工面のため、ニコライは幼少期より、冒険者ギルドで活躍している。
 テオ兄さんは、そのニコライのお手伝いをしているようだ。
 この情報源は、ヘルプ機能からです。いい仕事するよね。
 テオ兄さんのステ値を確認した時に発覚しました。
 掘り下げもここまできたら、すごいとしか言葉がでない。どこまで掘り下げられるんだろうか。
 

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 試してみますか。

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 怖いので、遠慮しておきます。


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 残念です。

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 週に一度、週の二日目に、魔物討伐をしに出掛けているのも情報収集済みだ。

 この世界は、一週間が六日、月が週五の三十日、年が十二ヶ月の三百六十日である。
 第一週の一日、二日、三日と表現する。
 今日は第二週の四日だ。

「テオ兄さん、ぼくは、まだ誰にもこのことは話していません」
「ジーク、このことは内密に……」
「はい、わかっています。ぼくの希望は、レベル上げです。協力してください」
「それなら近く『白狩り』が行われる。本来なら四歳の誕生日だが、父様が、三歳の誕生日を過ぎたら行うと宣言していた。アル兄さんも僕も協力する予定だよ」
「テオ兄さん、ぼくが三歳になるまでには、あと三ヶ月と少しあります。時間は待ってくれません」
「いや、だが……」
「ぼくは強くなりたい。もうあのような思いは嫌です」
「ジーク……。だけど、レベルを上げるにも魔物を討伐しなければならない。僕たちは魔物を瀕死状態にできるほどの加減は持ち合わせてはいない。それに止めを刺すにも武器が必要だ」
「戦闘スキルはありませんが、火魔法は使えます『灯火』」

 指先に小さな火を出し、テオ兄さんへ見せる。
 魔力制御で、火の大きさ、熱さ、持続ができるようになった。

「火魔法?! いつの間に」
「ぼくの魔力値が異常値であることを知っていますよね」
「なんの話だか……」
「『お属初め』の時に、テオ兄さん、ぼくの鑑定結果を聞いたのでしょう」
「記憶があるのかい?!」
「まさか! 赤ん坊ですよ」
「いや、今もそう変わらないと思うのだが……」
「マリー姉様が、以前話していたんですよ。『お属初め』の時にテオ兄さんと二人で、ぼくの鑑定結果を盗み聞きしたと、ね」
「姉様には、『報告』の魔法は失敗したと伝えたよ」
「はい。マリー姉様は、ぼくの鑑定結果を知りません。でもその反応は、テオ兄さんは知っていますよね」

 俺の発言に、テオ兄さんは、言葉を詰まらせる。
 しばらくして、一度大きく息を吐くと、俺を見つめ切り出した。

「ジーク、侍女たちが噂をしていたよ。『ジークベルト様は神童だ』とね。最近は流暢に言葉を話して、難しい本も読んでいるようだね」
「ぼくは、他の子供より、成長が早いだけですよ。珍しくはありますが、いないわけではありませんよね」
「そうだね、いなくはないね。ただ、ここまで対等に話せて、駆け引きまでする二歳児を僕は聞いたことはないよ」
「それは、テオ兄さんの前だけですよ。交渉相手がただ成長の早い幼児では、相手にしてもらえないじゃないですか。それに、ぼくは、テオ兄さんの秘密を知っています。最大限それを使うのは、交渉では当たり前のことです」
「交渉ね」
「交渉ですよ」

 互いに視線を合わせ、相手の動向を窺い見る。
 んー。あとひと押しかな。
 ここは対等な関係を築かないとね。

「ぼくだけ秘密を知っているのは、不公平ですから、魔力値が異常で、Lv1で魔法が使えて、対等に会話ができ、難読な本も読める。他の大人には、神童と呼ばせて隠れ蓑にする二歳児なんです。これがぼくの秘密です。ぼくは、Lv2になれば満足です。その間だけお付合いください」
「わかったよ。第三週の二日に出掛けよう。ただし、ニコライの手は借りない。二人で討伐に行く。狙いはホワイトラビットだ」
「わかりました。ありがとう、テオ兄さん」

 テオ兄さんは、あきらめたかのように視線を外し、不承不承頷いた。
 俺は笑顔で答え、内心では、ガッツポーズを決めた。

 当初の予定通りホワイトラビット狩りとなった。
 ホワイトラビットは、『白狩り』で最初に戦う魔物だ。
『白狩り』とは、貴族の子が初めてのレベル上げをする行事である。
 貴族は、四歳を過ぎると魔法の特訓が始まる。
 だが、魔法スキルの取得は、魔力値が関係するため、平均的な初期値ではどんなに修練しても取得できないのだ。
 そのため『白狩り』で、ある程度のレベルを上げ、魔法スキルの取得ができる状況にする。
 ホワイトラビットは、魔物ではあるが、素早いだけで、非常に弱く、失敗しても、怪我ですむのだ。

「ジークは、いい性格をしているんだな。気づかなかったよ」
「褒めていただきありがとうございます」
「とんだ二歳児だよ」
「ぼく、テオ兄さんとは、とても仲良くできそうです」
「僕は、これからのことを考えると頭が痛いよ」

 テオバルトは、そっと天を仰いだのだった。


 約束の第三週の二日、初めての魔物討伐の日だが、俺は屋敷から出るに出れない状況にいた。

「どうするんだい。ジーク」
「マリー姉様の対策を忘れていました。何か策はありませんか」
「僕に聞くのかい」
「そこは年長者の知恵といいますか……」

 テオ兄さんと二人、目の前に立ちはだかるマリー姉様の対応策を模索する。
 マリー姉様は、あの日以来、俺に対し超超超超超超過保護になった。
 弟たちの惨事に相当ショックを受けたようだ。
 その豹変ぶりに、侍女たちはおろか家族までも引いてしまった。
 封印した記憶のため、詳細は語らないが、昼夜問わず俺を離さない家族ストーカーだった。
『ジークを守る』と宣言した責任感での行動のようだが、それでも限度があると思うんだ。
 父上に悟られ、一時ほどの執着はなくなったが、過保護は健在だ。

「二人とも何をこそこそしているの」
「姉様、今日は僕にジークを預けてください」
「だめよ。私が王妃様主催のお茶会に呼ばれているのを知っているでしょ。屋敷の中ならまだしも、ジークを外に出すなら、私も一緒じゃないとだめよ」
「普段からジークを独り占めしているではありませんか」
「うぅー。だからといって、外出はだめよ」
「マリー姉様、テオ兄さんと二人でお出掛けしたい」

 姉様の弱点である俺を最大限に使う。
 顔を斜めに傾け、目に涙を浮かべ上目遣いで、ここぞとばかりに、マリー姉様に訴える。

「うっ、その顔は反則ですわ」
「森林公園で遊ぶだけです」
「お庭でいいじゃない」
「屋敷内ばかりでは、ジークが可哀想です。気分転換に森林公園の自然で遊ぶのもいいことです。僕が小さい頃、アル兄さんと二人でよく連れて行ってくれたじゃないですか」
「それは……そうだけど。森林公園の奥は『白の森』に繋がっているわ。魔物だって出る可能性があるし、危ないわ」
「大丈夫ですよ。奥までは行きません。万が一、魔物が出ても、ホワイトラビットですよ。僕が仕留められます」
「んー……。でも、ホワイトラビットだけとは限らないわ」
「姉様、そんなことを言っていたら、ジークはどこにも行けなくなる。過保護すぎるのもだめだと父様に叱られたばかりですよね。僕を信頼して預けてください」
「テオ……。もう、行き帰りは馬車よ。これだけは譲れないわ」
「もちろんです」

 おぉーー。さすがテオ兄さん、マリー姉様を説得したよ。
 大難関突破です。思わず拍手をしそうになり慌てて止める。
 あぶねぇー。姉様の機嫌を損ねるところだ。
 静かに二人のやりとりを傍観していた意味がなくなる。
 冷静に対応しなければ、あくまでも今回はテオ兄さんとお出掛けなのだ。
 承諾を得たテオ兄さんは、素早く侍女に指示し、馬車を手配する。
 そして俺と姉様の接触を極力避けさせ、馬車へ押し込む。
 その間十五分あまり、その行動の速さは賞賛に値する。

「はぁー。お茶会の日でよかったよ。もしなければ一緒に行くと言って説得できなかった」

 馬車が動き出すと、テオ兄さんは疲労感たっぷりに大きく息を吐きだす。
 あまりにも冷静沈着に事を運ぶので忘れていたが、下手するとテオ兄さんの秘密がバレる可能性もあったのだと、今さらながら思った。

「ありがとうございます」
「お礼はいらないよ。姉様の暴走を止められなかった責任は僕にもあるからね。あの期間は酷かっただろ」
「まぁトイレまでついて来た時はさすがに困りましたね。マリー姉様も悪気があったわけではありませんし、ぼくを守ろうと色々と考えての行動だったようですしね」
「姉様は思い立ったら即行動の人だからね。猪突猛進なんだ。嫌わないで欲しい」
「もちろん、大好きですよ。テオ兄さんも好きですよ」
「はっはっは、ありがとうと一応お礼は言っておくよ」
「本心ですよ」

 俺の発言に馬車内の空気が一気に和んだ。
 テオ兄さんと交流を深めている間に、森林公園に馬車が着いた。
 馬車乗り場には、他の馬車は見当たらない。
 森林公園は、人気スポットなので、他の貴族とも会う可能性もあったが、幸運なことに今はいないようだ。面倒な関わりがなく安心して馬車から降りる。
 テオ兄さんが、御者に帰りの時間を指定している。
 馬車は一旦屋敷へ戻ってもらうのだ。これも面倒な貴族対策の一環である。
 一応俺たち、アーベル侯爵家の子息ですからね。
 縁を繋ぎたい人たちは、山ほどいるのだ。
 アーベル家の馬車があれば、ここにいますとアピールしているようなものだ。
 馬車を見送り、テオ兄さんと共に、森林公園の奥にある『白の森』へ向かう。
 白の森こそ今回の目的であるホワイトラビットが多く生息している場所なのだ。
 もちろん『白狩り』でも使用される場所だ。

 テオ兄さんは、やはり優秀な人だ。
 俺の歩調に合わせ、かつ平坦な道を選び先導してくれる。
 森林公園は、入口付近は整備されているが、奥に行くにつれ、けもの道となっている。
 魔物だけではなく、野生の動物も生息している。
 付近を警戒しながら『報告』の魔法を使用しているようだ。
 しばらく歩くと、開けた場所に出る。『白の森』に到着したようだ。
 突然、テオ兄さんの足が止まった。
 真後ろにいた俺は「ぶっ」と、テオ兄さんにぶつかり「どうしたのですか」と、鼻を押さえながら非難めいた声を上げる。
 だがテオ兄さんには届いておらず、その視線は、前方を見据えていた。
 その様子に、俺も身体をずらして前方を注視する。
 先に、金髪の長身が不貞腐れたように立っているのが見えた。
 あれは!? まさか! なぜここに?
 思い当たる人物は一人。
 テオ兄さんは慌てた様子で、金髪の長身へ駆け寄って行く。
 俺もその後に続いた。

「ニコライ!」
「よぉ、テオ」

 金髪の長身ニコライは、不敵に笑うと待っていましたとばかりに手を挙げる。
 この人が、ニコライ・フォン・バーデン。
 厄介な相手が出てきたなと、内心舌打ちする。
 当初からニコライとは、接触する予定はなかった。
 テオ兄さんと交渉すれば、おのずと二人で魔物討伐に行くと想定していたのだ。

「どうしてここにいるんだい。君は最近発見された迷宮へ行くと言っていたじゃないか」
「どうも気が変わってなぁ。おっ! このチビが噂の弟くんか」
「初めまして、ジークベルト・フォン・アーベルです」

 ニコライが、値踏みするように俺を見るが、アンナ監修の貴族の形式通りの完璧な礼儀で挨拶をする。
 おっ、驚いてる。驚いてる。
 開いた口が閉じませんね。幼児がする挨拶ではないよね。
 んー?
 真横のテオ兄さん、呆れた顔しないでください。狙ってやっているんですよ。
 さてさて、相手がフリーズしている間に情報をえましょう。
 ヘルプ機能の掘り下げで、ある程度の人物像は把握できてはいるが、詳細な情報が欲しいので素早く『鑑定』を行う。


 ***********************
 ニコライ・フォン・バーデン 男 15才
 種族:人間
 職業:冒険者
 Lv:17
 HP:121/121
 MP:98/98
 魔力:86
 攻撃:141
 防御:94
 俊敏:82
 運:34
 魔属性:光・水
 **********************


 テオ兄さんより、三歳上なのか。見た目はもう少し上に見える。
 やはり冒険者として活動しているだけあり、十五歳にして身体が出来上がっている。
 Lv17だが、ステ値は平均以上だ。特にHPと攻撃値が高い。
 腰にある長剣からして、戦闘スキルを所持しているのだろう。
 おそらくパワー系の魔法剣士だ。
 戦闘に備えMP温存のため『鑑定眼』が使用できないのが悔やまれる。
 魔属性は意外だった。
 光属性って、女神や勇者の物腰の柔らかいイメージが根強くて、体格がいいニコライでは想像の欠片もない。
 まぁ適応属性は選べないので、あくまでも俺のイメージなんだけどね。

「これはご丁寧に。俺はニコライ・フォン・バーデンだ。Dランクの冒険者だ」

 復活は予想より遅かった。
 不意を突かれ、動揺しているのが、手に取るようにわかった。
 まだまだ若いってことだ。精神年齢は俺がだいぶ上だから、余裕はある。
 ニコライが、立て直す間に、今後の行動方針を考えたかったので、狙い通りで満足です。
 俺の満面の笑みに、ニコライは眉を顰める。
 それを真横で見ていたテオ兄さんが、自然と俺を隠すように、ニコライとの間に入る。

「ニコライ、今日は『白の森』で予定があると伝えていたよね」
「あぁ『白の森』なんて初心者が行く場所へ予定があるなんて気になってな。でもよぉ、その予定がチビだとは思っていなかったぜ」
「三歳の誕生日の後に『白狩り』をすることになってね。その前に雰囲気だけでも味わえば、本番でも失敗しないだろうと思ってね」
「それは過保護なことで」
「ニコライ、悪いがあまり時間がないんだ。馬車の時間がある」
「なら俺も協力するぜ。実戦を見せた方がいいだろ」

 白の森に行くと、事前に情報提供をしていたんですね。
 そりゃー気になって待ち伏せするわ。
 長年の相棒が、急に初心者の森に予定があると言って、魔物討伐をキャンセルした。
 今までにない行動に動揺し、他の誰かと組むのか? パーティ解散危機?! かと、悪い思考に陥ったんだろう。
 初見の不貞腐れた態度はそれだな。
 冷静に考えれば、他の可能性も示唆されるが、突然過ぎて頭が回らなかったようだ。
 そして現れたのが俺だった。安心したのから一変、興味そそられるわな。
 テオ兄さんは、自分の迂闊さが招いたことだと気づいている。
 取り繕った嘘で、場を乗り切るつもりのようだが、無理ですよ。
 ニコライは、俺が起因だと確信して、この状況を面白がっています。
 はぁーー。いずれバレることだ。
 テオ兄さんが付き合う人だ信用しよう。

「遠慮「ぼくは、かまいせんよ」してくれ」
「はっ!? なにを言っているんだい、ジーク!」

 俺がテオ兄さんの言葉を遮り、了承と取れる発言をしたことに、テオ兄さんはひどく驚き、思わず俺の肩を掴んだ。
 俺は肩を掴んでいる腕に手をかけ「大丈夫です」と視線を合わせ頷く。
 黒瞳が真剣に事の真意を探っている。黙ったままその視線を受け続けると、そっと肩から手を放した。
 手を放す際、力が一瞬入ったのは、激励だと感じ、俺は、前に出る。

「ニコライ様、これから見るもの全ての内容を忘れていただけるならば同行を許します」
「ほぉー。こりゃまた上からだな」
「はい。今日は、ぼくがお願いをして『白の森』へ連れて来てもらいました」
「へぇーーーー。チビがお願いをしたのか」
「はい。言うなれば、ぼくが依頼人です。同行を許可する権利は、ぼくにあります」
「なるほどな、わかった。今日、俺はここにはいない」
「よろしくお願いします」
「ジーク、いいのかい」

 心配顔なテオ兄さんに、笑顔で頷く。
 確かに危ない橋だ。同行の許可は、魔力の異常値が家族以外に知られることになる。
 だが、他人がどのような反応をするのか、確認するいい機会でもあるし、その最初の人物が兄弟の信をえている人であれば、悪いことにはならないはずだ。もちろん、釘は刺しておくけどね。

「テオ兄さんのご親友でしょ。信用していますし、それにテオ兄さんを裏切ることはしないですよ」

 ニコライは、クックッと低い声で笑い「なるほどねーー。こりゃー、優秀な弟だなぁ」と、テオ兄さんの肩を叩いた。
 テオ兄さんはあきらめたように笑い、ニコライへ本日の目的を簡潔に述べていた。






『灯火』

 火矢をイメージした火魔法は、ホワイトラビットの急所を射抜く。
 これで二匹目だ。

 白の森に入るとすぐにホワイトラビットと遭遇した。
 ホワイトラビットは名の通り、見た目は白い兎だ。
 ただし、大きさは五十センチメートル以上あり、特徴として額に角が一本生えている。

「あれがホワイトラビット」
「そうだよ。弱い魔物だけど、ああ見えて素早いからね」
「チビ、得物はなんだ。俺たちで逃げないよう周りを囲んでやる」
「あっ! その必要はありません。火魔法で仕留めます」
「おいおい、火魔法で仕留めるにも、近づくだろ。素早いから逃げるぞ」
「いえ、ここから魔法を撃ちます」
「ジーク、ここからだと遠すぎるのではないかい」
「大丈夫です」

 二人の助言を無視し、俺は行動に移す。
 ホワイトラビットから目を離さず、魔力循環を行う。
 魔力制御で、威力・大きさ・持続を決め、矢尻に青い火がついた矢を放つイメージをして『灯火』を実行した。
 青い火は、一直線に、ホワイトラビットの腹に命中し、一瞬にして火に包まれ、絶命する。

「失敗した」

 急所である角の下を狙ったがだいぶずれた。また威力が弱すぎたせいで、射抜くつもりが、ホワイトラビットを焼いてしまった。
 むーー。思った以上に緊張していたようだ。
 次は、きれいに射抜いて見せる。同じ過ちは繰り返さない。

「失敗って、倒しているよ」
「緊張して狙いがズレました。魔法制御が上手くいきませんでした」
「おいおい、この距離で魔法放って一発で仕留めて、制御できてないって、なにが不満なんだ」
「んー……。言葉でお伝えするのは、難しいですね。次は失敗しないので、見ていてください」

 俺の言葉に二人は顔を見合わせ、やれやれと言った感じで首を振る。
 焼けたホワイトラビットをテオ兄さんが魔法鞄で回収し、森の奥へ足を進める。
 二匹目はすぐに見つかり、俺の描いていた急所を射抜く仕留めかたができた。

「うん、80%ってところですね」

 仕留めたホワイトラビットを見て、俺は満足する。
 そこには、角の下に直径二センチメートルほどの穴が貫通して絶命している、ほぼ無傷のホワイトラビットがいた。
 ただ穴の回りは、焼け焦げた跡があるため、そこは今後の課題だ。

「わぁーー。これはすごいね」

 テオ兄さんが二匹目を回収しながら、感嘆の声を上げた。
 ニコライは、魔法で射止めた部分の傷を丁寧に確認している。

「テオ兄さん、LvUPってどれぐらいでするんですか」
「んー。だいたい三、四匹で、LvUPするよ」
「だとすれば、あと二匹……。できれば複数同時に戦いたいのですが」
「複数同時にかい。今の戦闘を確認する限り問題ないとは思うけど、あと数匹単体で慣らしてからでもいいんじゃないかい」
「有難いお話ですが、Lv2に上がるまでのお付合いとの約束ですし、馬車の時間も考えるとギリギリかと。複数戦は経験しておきたいんです」
「そうだったね。ちょっと待って、探してみるよ。『報告』」

 風魔法の『報告』は、声を運んだり、聞いたりでき、周囲にあるものの情報を大まかに取得することができる。
 種類や個数などの特定は難しいが、大雑把に情報を得るには便利なのだ。
 ちなみに、魔物や敵を探り出すのに適しているのは『索敵』で、上位魔法となる。
 初級魔法なので、俺も使えるけれど、テオ兄さんの方が精度は高いので、ここは甘える。

「五百メートルほど先に団体がいるね」
「そこへ案内してください」
「了解。ニコライ行くよ」
「おぉー。なぁチビ、さっきの魔法は、火魔法の初級だな」
「はい。『灯火』です」
「そうか……。初級で、あの威力か……。現実だよな。ブツもあるしな……。いやいや、だけどなぁ……」

 ニコライは、俺の答えを聞くと、ブツブツと思案しながら歩いて行く。その手には、先ほど仕留めたホワイトラビットがあった。
 まぁ、言いたいことは、わかるけどね。
 本来の『灯火』は、種火みたいなものである。それが魔物を瞬殺するだけの威力を放つなんて、この世界の常識ではありえないのだ。
 明確なイメージと、魔力値が高ければ、容易にできるのだが、魔力値が高い = Lvが高いとなる。
 魔力値が高いほとんどの人が、初級魔法ではなく、上級魔法を使う傾向がある。これは主に貴族の面子が、関係しているようだ。
 確かに上級魔法は、攻撃力もズバ抜けてあり、魅力的ではある。
 だけど、コストが高く、現実的ではないので、今はパスだ。

 そっと視線をニコライに戻す。
 テオ兄さんの横で、未だブツブツ言っているが、俺の魔力値が異常であることには、まだ気づいていないようだ。
 冷静に考えれば、おかしいと思うのだが、俺の魔法が衝撃的すぎて、そちらに気がいっているようである。
 このまま気づかなければ、それでよし。そう甘くはないと思うけどね……。

 森の奥へ進むと、複数の白の塊が視界に入った。
 ひー、ふー、みー、よー、いー、むー、なー、やー、ホワイトラビットが八匹!
 想定より数が多いことに、思わず頬が緩み、いい戦闘経験になるだろうと、わくわくする。
 立ち止まったテオ兄さんたちに、声を掛ける。
 心なしか声が高くなった。

「団体ですね」
「数が多いね。間引きするかい」
「いえ、大丈夫です。お二人とも、手出しは無用です」
「おいっ」

 ニコライの呼び掛けを無視し、魔力循環を高める。
 火矢の同時展開は、魔力値が足りずまだできない。だが、連射は可能だ。
 視界にホワイトラビットを捉え、『灯火』を連射する。

「チッ、初級魔法であの威力はなんだ。あの精度、的確に急所を射抜いてやがる。化物だぞ、テオ!」
「僕も驚いているよ。ホワイトラビットは弱い魔物だけれど、素早いはずなんだ」
「実戦経験ないんだろ。あの動き見てみろ! 慣れてやがるぞ」
「ないはずなんだけどね。はははっはっ……」

 テオ兄さんの乾いた笑いが背後から聞こえるが、今はホワイトラビットの団体に集中する。


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 Lv2になりました

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 ホワイトラビットを二匹倒したところで、頭にLvUPが流れる。
 残りの六匹を仕留めた後、テオ兄さんに報告する。

「テオ兄さん、レベルが上がったようです」
「それはよかったね、僕はなにもしていないけどね」

 呆気なく終わった戦闘に、テオ兄さんが苦笑いする。
 その顔をみて、少し調子に乗りすぎたかと反省する。
 まぁせっかくの機会だったのだ。試してみたいことが実戦でき満足ではある。
 テオ兄さんはいいとして、あとはニコライだ。
 集めたホワイトラビットを魔法鞄へ収納しようとするテオ兄さんを止め、ニコライへ向く。

「ニコライ様、どうぞ。お付合いいただいたお礼です」
「可愛くねぇな」
「平たく言えば、口止め料です。ほぼ無傷で仕留めましたから買取額も悪くはないはずです」
「ったく、可愛くねぇぞ、チビ」
「お褒めいただき光栄です」

 この人、口や見た目の態度は悪いが、なぜか親近感が湧くんだよね。
 んー……。なんだろう。人を惹きつける魅力があるんだと思う。
 短時間しか接していないのに、懐に入っている錯覚があるんだよね。
 不思議に思っていると、ニコライが俺の頭を掴んだ。

「で、チビ、お前いつの間にMP回復薬を飲んだんだ」
「えっ?」
「あっ! ジークの魔法が凄すぎて忘れていたよ」
「何を隠しているんだ。ありえねぇーんだよ。Lv1のお前が魔法を連発するなんてな」

 おぉーー。MP値隠蔽していたのを忘れてた!
 うわぁ、やべぇーーーー。初めての戦闘で、舞い上がっていたよ。
 とりあえず、テオ兄さんは、俺の魔力値の異常を認識している。
 だが、MP値は隠蔽して普通なのだ。
 MP値も異常値だったことにするか。いやそうなると、鑑定の際にMP値の話題が上がらなかったことを疑問に思うんじゃないか。
 万事休す!
 とぼけるしかねぇーーーー。


「どういうことでしょう?」
「はぁーー!? チビ、お前自身のことだろう」
「MP値は普通ですよ。なんなら鑑定していただいても結構です。だけど『灯火』ならまだ撃てますよ」
「なんだとっ!」

 ニコライは、俺の回答に愕然と立ちつくす。
 額面通りに受け取ってくれたようである。
 あぁー、素直ですね。俺が能力を隠さず、行動したことが吉と出たようだ。
 ここだけとぼけるなんて、思ってもいないんだろう。

「MP回復が早いのか……。いやそれにしても早すぎる。魔力値の異常値が影響しているのかも……」

 顎に手をあて、考え込むテオ兄さん。
 おぅ! こちらもいい具合に勘違いしてくれた!
 若干、申し訳なくも思うけれど、死活問題なので、許してください。
 俺が心の奥底で謝罪していると、遠方から複数の話し声が聞こえてきた。
 独特なニュアンスの話し方に、人間ではないと、判断する。
 俺がそれを伝える前に、ニコライが、腰にある長剣を抜いた。
 先ほどとは一変し、真剣な表情で、辺りの気配を探り、戦闘態勢に入っていた。

「テオ、ゴブリンが複数、集まってやがる。チッ、白の森だと油断した。チビはそこで待機だ」
「はい」

 俺は素直に返事をし、邪魔にならない場所へ身を隠す。
 今回の戦闘には、参加しません。
 現役の冒険者の戦闘を間近で見るチャンスだ。そりゃもう、傍観に徹します。
 テオ兄さんも、短剣を構え、戦闘態勢に入った。
 数分もしないうちに、緑の団体のおでましです。
 おぅ、ゴブリンだ。
 魔物図鑑で姿絵は確認したが、本物は気持ち悪さが倍増だ。
 人型の魔物で、特徴的な緑の肌に、耳は細長く、鼻と口はでかいが均整がとれていない。
 小鬼との和名も納得できる容貌だ。
 だが、なによりも臭いが酷い。
 この距離でこの異臭、近づくにつれ、思わず、一歩後退してしまった。
 くっ、なぜか負けた感じがするのは、なぜだ。

 ニコライが、素早くゴブリンとの距離を縮め、斬りつける。
 すごい! その一言に尽きる。
 太刀筋に乱れがなく、無駄な動きが一切ない。
 ゴブリンを両断までとはいかないが、一振りで致命傷を負わせる技術に息を呑む。
 将来有望な冒険者であるとのヘルプ機能の情報に間違いはない。
 その圧倒的な強者の姿に、ゴブリンたちが戸惑っている。
 その隙を逃さず、ニコライは次々とゴブリンを倒していく。
 その真横で、テオ兄さんが、短剣を手にゴブリンに近づくと、素早く首の辺りを数度斬りつけて、倒す。
 その手腕は鮮やかだ。
 テオ兄さん、動きが忍者みてぇーー。
 あらかた片付けた後、ニコライがテオ兄さんに声をかけた。

「テオ、他に敵はいるか」
「いいえ、この団体だけのようです」
「俺が四、テオが二だ」
「了解」

 ニコライが指示すると、テオ兄さんが消えた。
 いや背後に回り、ニコライの補助に入りつつ、敵と交わる。
 連携プレーが様になっている。
 すると、二匹のゴブリンが、こちらへ方向転換する。

「ギャッギャギャ、グギャ(あの小さいの、くう)」

 うわぁーー。俺、ゴブリンの言葉理解できてるよ。
 嬉しくねぇ。しかも俺、食用かよ!
 まぁ、味見される前に、殺りますけどね。

『灯火』

 レベルが上がり、魔力値が倍になったので、二本の火矢を同時に展開し、二匹のゴブリンへ撃つ。
「「ギャッ」」と、二匹のゴブリンに命中し、同時に絶命させた。


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 Lv3になりました。

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 とんだ儲けもんだ。