純白の大理石の壁と漆黒の家具が調和する部屋。
 天井のクリスタルのシャンデリアが柔らかく光を反射し、最高級のベルベットのソファが優雅さを際立てる。
 中央の漆黒の大理石テーブルには銀の燭台が並び、蝋燭の光が温かみを添えていた。
 ユリアーナはご機嫌な様子で、そのソファに腰掛けていた。
 対面には、漆黒の甲冑を着た大柄な騎士がひとり、臣下の礼を取って報告をしている。

「エリーアスの客人として、アーベル家の者が王城に滞在するのね」
「はい。エリーアス殿下付きの侍女に話を聞いたところ、アーベル家の次男と親しい間柄で、愛称で呼び合うほどの仲だそうです」
「ふーん」
「特に怪しい点は見当たりませんでした」

 甲冑の男は頭を垂れたまま答えた。
 ユリアーナは、テーブルに置かれた銀の燭台を見つめながら、微笑を浮かべた。

「そうなのね。アルベルト様もご一緒なのかしら?」
「はい。それにディアーナ様も滞在されるそうです」
「ディアーナ? どうしてあの小娘がまた王城に戻ってくるの! せっかく追い出してやったのに、本当に厄介な存在だわ」

 ユリアーナは苛立ちを隠せず、大理石のテーブルを指で叩いた。
 その音が室内に響き渡り、銀の燭台が微かに揺れた。
「失礼しました」と甲冑の男はすぐに頭を垂れ、謝罪した。
 ユリアーナは指を止め、首をかしげて、不服そうな顔で続けた。

「それで、どうして?」
「アーベル家の四男ジークベルトの婚約者として滞在の許可が下りています」
「ジークベルト。アルベルト様が溺愛している弟……」

 ユリアーナはソファに身を預けながら、考え込んだ。
 しばらくして、彼女はゆっくりと立ち上がり、窓の外を見つめた。

「手に入れることはできる?」
「仰せのままに」

 漆黒の甲冑が不気味に光り、男が深々と頭を下げた。
 その瞬間、部屋の空気が一変した。甲冑の男は剣を抜き、誰もいないはずの壁に矛先を向けた。

「見事だな」

 壁の中から黒いマントに覆われたひとりの男が現れた。
 口元を隠したその男は、鋭い目つきで甲冑の男を見つめる。

「あら? ザムカイトの首領がわざわざ来るなんて光栄だわ」

 ユリアーナの言葉を聞き、危険がないと判断したのか、甲冑の男は剣を収めた。
 マントの男はその様子を見て、目を細めた。

「漆黒の甲冑アイゼン侯爵を手懐づけたのか」
「うふふ、これでもだいぶ苦労したのよ。初めは魅了を使いすぎちゃって、男性的な話し方でないと話を聞いてくれなかったのよ。でも、最近やっと普通に話せるようになったの」

 ユリアーナと男の視線が交わる。
 男の目が冷たく光り、部屋の緊張感が一層高まる。
 やがて、男がフッと鼻で笑い、冷ややかな声で言った。

「依頼したものを届けに来た」
「まぁ、さすがサムカイトね、仕事が早くて助かるわ」

 ユリアーナは窓辺から離れ、マントの男に近づく。
 手を差し出してそのものを受け取ろうとすると、男は一歩後退し、鋭い目つきで彼女を見つめた。

「無償で渡すきはない」
「どういうことかしら?」

 ユリアーナは眉をひそめ、男の反応を探るように視線を合わせた。

「俺の質問に答えろ。闇使いのお前が隷属もせず、どうやって光の精霊魔法を使用できるようになった?」
「なにかの取引かしら? わざわざあなたの契約を解除してあげたのに?」

 ユリアーナは首をかしげ、無邪気な笑みを浮かべる。

「わかりきった嘘をつくな。お前にそのような力があったのなら、すぐに我々を手中に収めていただろう」

 男はあきれたようにため息をつき、頭を振った。

「うふふ、残念。騙されないわね」

 再びふたりの視線が交わり、緊張が高まる。ユリアーナは一瞬の沈黙の後、口を開いた。

「神に魂を捧げたのよ」
「魂だと?」
「百人分の魂をね」

 ユリアーナは愉快そうに笑い、その笑みが部屋の冷たい空気に響いた。

「王女のお前が手を出すには難しい人数だろ」
「うふふ、簡単なことよ。孤児院がひとつ消えただけよ。誰も疑いはしなかったわ」
「アーベルの倅と逢引きしていたあの礼拝堂か、上手くやったもんだな」
「人の逢瀬を覗くのはやめてよね」

 ユリアーナは軽く肩をすくめ、呆れたように言った。

「気に入っているようだな」

 男の問いかけに、ユリアーナは黙って微笑んだ。

「いいだろう。報酬だ」

 男がユリアーナに腕輪を渡すと、闇の中に溶け込むようにその場から忽然と消えた。
 ユリアーナは腕輪を受け取ると、その冷たい感触を楽しむように指先でなで、すぐに装着した。

「これで混合魔法が自在に操れるようになるのね」

 妖艶に微笑みながら、彼女は腕輪の輝きをじっと見つめた。

「能力をお試しにはならないのですか」

 部屋の隅から、影のようにアイゼンが静かに姿を現した。

「心配いらないわ。ザムカイトは依頼を完璧にこなす組織よ」

 アイゼンのどこか不安そうな顔を見て、ユリアーナが肩をすくめる。

「実例ならあるわ。お花畑にかけた混合魔法も、ザムカイトの魔道具を使って完璧に成功したわ。魔剣も見事な出来栄えだった」
「そうであれば、かまいません」

 アイゼンがうなずいた瞬間、彼はすでに扉の前に立っていた。
 まるで予感していたかのように、扉がノックされる音が響いた。
 扉を開けると、そこにはひとりの近衛騎士が立っていた。

「ユリアーナ殿下、トビアス殿下が面会を希望されています」
「お断りしてちょうだい」
「よろしいのですか?」

 近衛騎士は驚いた表情で聞き直した。
 まさかユリアーナが断るとは思ってもいなかったのだ。

「ええ、どうして驚いているの?」
「いえ、失礼しました」

 慌てて頭を下げ、部屋をあとにしようとしたところで、ユリアーナに腕を掴まれた。

「待ちなさい」
「はい、他になにか?」

 近衛騎士は一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻し、ユリアーナを見つめた。
 ユリアーナは冷たい目で彼を見据え、ゆっくりと口を開いた。

「トビアスが王族でないと証言した私に、直接本人と会わせようとするなんて、それが近衛の判断なのかしら?」

 彼女はそう言いながら、掴んでいた腕を冷たく放した。
 その瞬間、腕輪が微かに輝き、近衛騎士の瞳が濁った。

「いえ、そう言った意味……申し訳ございません。すぐに対処します」

 近衛騎士はユリアーナに臣下の礼をし、一歩下がって部屋を退出した。
 その姿を見て、ユリアーナは満足そうに笑う。

「うふふ、効果抜群ね」
「魅了をお使いに?」
「そうよ。この腕輪は混合魔法の補助だけではなく、私に不足していた精霊魔法の力を補ってくれるのよ」

 ご機嫌な様子でそう言うと、ユリアーナは最高級のベルベットで覆われたソファに戻り、その柔らかな感触を楽しむように座った。

「ねぇ、あの子はいつ動くのかしら?」

 彼女は腕輪の輝きを一瞥し、妖艶に微笑んだ。