王宮の大広間には緊張感が漂っていた。
 豪華なシャンデリアが輝き、壁には歴代の王の肖像画が並んでいる。その中には、真新しい前国王の肖像画も含まれていた。大広間の中央には、重厚な木製のテーブルが置かれ、その周りにエスタニアの重臣たちが集まっていた。
 トビアスとマティアスが対峙する中、ユリアーナ、エリーアス、そして俺とディアーナもその場に座っていた。
 俺は息を呑み、緊張感が一層高まるのを感じていた。
 大広間には張り詰めた静寂が漂い、誰もが次の言葉を待ちわびていた。
 その静寂を打ち破るように、トビアスが椅子から立ち上がり、力強い声で言った。

「臣下たちよ、聞いてくれ。俺は真実を語るためにここに立っている。前国王の死は、神獣の怒りによるものだ。前国王は長年にわたり国を治めてきたが、その行いが神獣の逆鱗に触れ、命を落とした。金の瞳を持つ者こそが真の王位継承者であるという事実を覆したことで、呪いが降りかかったのだ」

 トビアスの言葉が大広間に響き渡ると、重臣たちはざわめき始めた。中には不安げに顔を見合わせる者や、眉をひそめる者もおり、その表情には明らかな動揺が見て取れた。
 彼らの顔には動揺と不信感がはっきりと浮かび、まるでその感情が大広間全体に広がっていくかのようだった。
 王家に対する信頼が揺らぎ、重苦しい空気が一層濃くなっていくのを俺は肌で感じた。隣にいるディアーナと目を合わせ、彼女の顔にも不安の色が浮かんでいるのに気づいた。
 ディアーナは唇を噛みしめ、手をぎゅっと握りしめていた。彼女は兄であるマティアスを心配している様子で、その視線はすぐに彼に向けられた。
 マティアスは周囲のざわめきを感じ取りながら、一度目を閉じて深呼吸をした。彼はゆっくりと目を開け、重臣たちの視線を一身に受けながら、冷静な表情を保ちつつ淡々と口を開いた。

「トビアス兄上、そのような話は信じがたい。私たちは皆、前国王が病に倒れたことを知っている。あなたの言葉には証拠がない」

 トビアスは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにその表情は焦りと怒りに変わった。彼は拳を握りしめ、声を荒げて叫んだ。

「証拠? じゃあ、どうして俺はここにいるんだ。真相を確かめるために呼ばれたんじゃないのか? 国の王太子に刃物を向けたのに、なぜ俺は指名手配されていないんだ? それこそが、俺の言葉の正統性を証明しているのだ!」

 トビアスの主張に、重臣たちは一斉に息を呑んだ。
 彼の言葉が真実味を帯びていると感じたのだろう。重臣たちは互いに顔を見合わせ、不安げにささやき合った。
 大広間全体が静まり返り、緊張感が張り詰めた。次の言葉を待ち構える空気が漂う中、視線が再びマティアスに集まった。
 彼は毅然とした態度でトビアスに向き合った。

「トビアス兄上、あなたがここにいるのは、我々が真実を求めているからだ。しかし、証拠がなければ、あなたの言葉はただの憶測に過ぎない。国の対応についても、我々は慎重に判断している。あなたの言葉が真実であるならば、確固たる証拠を示してほしい。それがなければ、我々は前国王の死因を病とする公式見解を覆すことはできない」

 トビアスは怒りを抑えきれず、拳を震わせながら声を荒げた。

「よく言う、お前が俺を陥れたのだろう! 俺が武道大会でお前を襲ったのは、魔剣に意志を奪われたからだ。お前の側近が仕組んだ罠に嵌まったのだ。俺は知っているぞ、お前が武道大会の裏で小型の爆弾を設置し、混乱を引き起こそうとしたことをな!」
「なぜ王太子の私がそんなことをする必要があるのです?」
「金の瞳を持つ者こそが真の王位継承者であると知り、姉上を消そうとしたからだ!」

 トビアスは怒りを込めて言い放った。彼の目は怒りで燃え、手は震えていた。そして魔法袋から小型の黒い装置を取り出し、高々と掲げながら続けた。

「革命の光のメンバーたちが、武道大会での陰謀を暴いたのだ。これがその証拠だ!」
「兄上、それこそ茶番だ。兄上が仕掛けた爆弾であることを、兄上が王にと掲げている姉上が証言している」

 今まで黙って事の成り行きを見守っていたエリーアスが冷静に、しかし鋭く反論した。
 一方で、当事者のユリアーナは静かに立ち上がり、トビアスに向かって一歩踏み出した。

「トビアス、あなたの目的はなに?」

 彼女の目は鋭く、声には冷たい怒りと揺るぎない決意が込められていた。

「姉上、どうして?」

 トビアスは眉をひそめ、ユリアーナの言葉に戸惑った。彼の目は揺れ動き、声には困惑と恐怖がはっきりと滲んでいた。
 その瞬間、俺はユリアーナの行動と態度がトビアスの予想を完全に裏切ったことを確信した。
 彼女の鋭い視線の裏に隠された真の意図が、冷たく感じられた。冷静を装う彼女の金の瞳には、計り知れない秘密が潜んでいるように見えた。
 俺はその狡猾さに気づき、背筋が凍りついた。
 彼女の予期せぬ反応が、トビアスの計画を狂わせているのは明らかだった。まるで蜘蛛の巣に絡め取られた獲物のように、俺たちを逃れられない罠に引き込んでいるようにも思えた。

「まさか、あなたの出生を隠すために、私を王に担ぎ上げ、傀儡にしようと企てているの?」
「姉上、なにを言っているのだ!」

 トビアスは慌てた様子でユリアーナに詰め寄ろうとしたが、近衛騎士に阻まれ、その場に立ち止まった。
 俺の目には、トビアスの顔に浮かぶ動揺と焦り、不安がはっきりと映った。彼の顔は蒼白になり、唇は震え、額には冷や汗が滲んでいた。
 ユリアーナのまさかの発言に、重臣たちはざわつき始め、互いに不安げな視線を交わした。

「王の子ではないとの噂は本当だったのか」
「だから、王太子の座を追われたのか」

 重臣たちの間に動揺が広がる中、トビアスは頭を抱え、必死に否定していた。

「ちがう。俺は王の子だ!」
「いいえ、トビアス。あなたは王の子ではありません」

 ユリアーナの声は冷たく、決然としていた。

「なにを言っているんだ、姉上!」

 トビアスは叫び声を上げ、ユリアーナの裏切りに驚愕し、焦りと絶望がその顔に浮かんでいた。

「私はあなたが悩み苦しんでいた姿をそばで見てきました。王太子としての重圧と、王家の血筋ではない事実を知り苦悩していたことも。だから私を担ぎ上げ、実権を握ろうと画策したのですね」

 ユリアーナの言葉は鋭く、トビアスの心を突き刺すようだった。
 大広間の空気が一瞬凍りついた。

「姉上!」

 エリーアスは椅子から立ち上がり、感情を抑えきれずに声を上げた。ユリアーナの発言を非難するように厳しい視線を向ける。

「エリーアスも耳にした覚えがあるはずです。トビアスが王の子ではない不義の子だとの話を」

 エリーアスは一瞬言葉に詰まり、視線を落としたが、すぐに顔を上げて反論した。

「それは、ですがトビアス兄上は、父王が実子と認め王太子として教育されたはず」

 ユリアーナは冷たく微笑みながら、さらに言葉を続けた。

「それが罰だとしたら?」
「えっ?」
「生きていく上での贖罪だとしたら?」

 エリーアスは言葉を失い、視線をユリアーナからトビアスへと移した。
 ユリアーナはその視線の動きを見て、一瞬ためらった後、静かに口を開いた。

「私は真実を知っています。トビアスが王族ではなく、不義の子であることを、私たちの母エレオノーラ・フォン・エスタニアから知らされたのです」

 場の空気が騒然とし、重臣たちは動揺の色を隠せなかった。誰もがこの衝撃的な告白に動揺していた。

「嘘だ!姉上、なぜそんなことを言うんだ!」

 トビアスが震える声で反論すると、ユリアーナは冷たい視線をトビアスに向けた。

「トビアス、あなたも知っているはずです。あなたが王の子ではないことを」
「そんなはずはっ、うわぁぁぁぁぁぁぁ」

 声にならない雄叫びを上げ、トビアスはその場に崩れ落ちた。
 彼の心の中でなにかが崩れ落ちる音が聞こえるようだった。
 ビーカーがトビアスに駆け寄り、ユリアーナを非難するように訴えかけた。

「ユリアーナ様、そのような根拠のない話をこの場で発言するとは、何を考えているのですか! エレオノーラ様が陛下を裏切るはずがありません」

 ユリアーナはビーカーを侮視し、冷たく吐き捨てた。

「口を慎みなさい、ビーカー侯爵」

 その目には、噂を信じ込んだかのような冷たさが宿っていた。
 エリーアスはそのやり取りを見て、真意を確かめるようにユリアーナに問いかける。

「姉上、それは本当なのですか?」

 ユリアーナはゆっくりとうなずいた。

「ええ、エリーアス。私は長い間、この事実を隠してきました。しかし、今こそ真実を明らかにする時です」

 ユリアーナは深く息を吸い込み、重臣たちに向かって毅然とした声で言った。

「ユリアーナ・フォン・エスタニアの名にかけて、トビアス・フォン・エスタニアが王族ではないことをここに宣言します」

 重臣たちは一瞬凍りつき、次いで互いに顔を見合わせ、困惑の表情を浮かべた。

「そして私は女であり、王位にふさわしくありません。マティアス王太子こそが、この国を導くべき人です。彼にはその力があります」

 ユリアーナの突然の王位継承権辞退の発言に、大広間は一瞬で静まり返った。
 重臣たちは驚きと困惑の表情を浮かべ、再びざわめきが広がっていく。
 彼らの視線がユリアーナに集中する中、マティアスがゆっくりと立ち上がり、重々しい声で言った。

「本日の会議はこれにて終了とする。皆、退席せよ」

 解散を宣言したマティアスはすぐさま、大広間から去り、エリーアスやユリアーナもそれに続いた。
 重臣たちもひとりまたひとりと退出していった。
 大広間には、いまだショックで立ち上がれないトビアスと、それに付き添うビーカーだけが残った。
 その光景は、彼の生涯を象徴するかのように、物悲しさに満ちていた。