エスタニア国王の死が国民に公表されたのは、国王の死後、十日以上経ってからのことだった。
 死因を未知の感染病による突然の死(・・・・)とし、王陵への埋葬当日に異例の公表をした。
 多くの国民が悲しみにくれる中、慣習から外れた国の対応に疑惑を向けるものもいた。

「トビアス殿下が姿を消してすぐに国王が崩御された。やはり、あいつの言っていたことは本当だったのか」
「どうするんだ、マックス。動くのか?」
「王の死因を巡る真実と、遅れた公表の背後に隠された意図を探る必要がある。あいつとはまだ連絡が取れるか」
「あぁ、大丈夫だ。すぐに手配する」
「頼む。エスタニアに栄光を!」

 雨が降りしきる中、棺桶がゆっくりと王陵に運ばれる様子を、黒い傘を差した参列者たちは頭を垂れながら、静かに見守っていた。
 空から降り注ぐ雨粒は、まるで天からの涙のようで、その一粒一粒が国王の死を悼んでいるかのようだった。


 ***


 時は国王の死去当日に遡る──。
 訃報を耳にした数時間後、俺とディアーナはエスタニア城にいた。
 俺たちの前には、憔悴した様子のマティアス王太子、その横に毅然とした態度をしたユリアーナ王女、彼らとは一線を引いたように少し距離をとったエリーアス王子がいた。

「国葬はできない」

 その言葉は、マティアスの口から静かに、しかし力強く放たれた。

「お兄様、それはなぜですか?」
「父上、いや、国王の遺体はすでに腐敗の兆しが見え始めている。国民に弔問を許す状態ではない」

 マティアスが告げる事実に「なっ」と、ディアーナが言葉を失った。
 険しくも鋭い目を保ったままのマティアスは、重い真実を伝えるため、再び口を開いた。

「宮廷魔術師の診断によると、強い呪いが国王にかかっているようだ。それが腐敗を早めている可能性がある」
「誰がそのようなことを!」

 ディアーナの声は驚きと怒りで震えていた。彼女の目は広がり、金の瞳には信じられないという感情が溢れていた。

「ディアーナ、気持ちはわかるけれど、落ち着きなさい」
「ユリアーナお姉様……」

 ユリアーナとディアーナの間には、言葉以上のものが交わされていた。それは、長い年月を共に過ごした姉妹の間だけに存在する、無言の理解と共感だった。
 ディアーナは言葉をぐっと飲み込み、うつむきながら手を強く握りしめ、口をかたく締めた。その金の瞳は涙で潤んでいた。
 俺はディアーナの隣で、かたく閉じられた彼女の手をそっと握り返した。その瞬間、彼女の手の力が少し緩んだことを感じた。
 しばらくして、ディアーナはゆっくりと顔を上げた。金の瞳は涙で潤んでいたが、一滴も涙を流すことはなかった。
 そして彼女は、静かに頷いた。その小さな動作からは、彼女の内に秘めた強さと決意が感じられた。

「エリーアス兄上は、どうお考えでしょうか?」

 ふたりのやり取りを静かに見守っていたマティアスが、深い声でエリーアスへ問いかけた。彼の目は冷静で、その言葉には重みがあった。
 マティアスの意外な問いかけに、一線を引いていたエリーアスが、ゆっくりと顔を上げ、彼らの方に向き直った。
 エリーアスは一瞬言葉を探し、その間、部屋は一瞬の静寂に包まれた。そして、彼は静かに口を開き、自身の見解を述べた。

「慣習に則り、葬式はする。ただし、国民の弔問などを省き、王陵への埋葬当日に国民へ公表する」
「極秘で葬式を執り行うのね。いい案だと思うわ」

 ユリアーナがエリーアスの考えに同意すると、エリーアスが続ける。

「死因は感染病による病死とする」
「そうね、それなら国民も納得するでしょう。突然の死に対する彼らの混乱や不安を、少しでも軽減することができるわね」

 ユリアーナはそう言いながら、表情を和らげた。しかし、その瞳はエリーアスをじっと見つめ、不安と期待が混ざった複雑な感情を映していた。

「エリーアス、トビアスの処置については、どう考えているの?」

 ユリアーナの問いかけに、部屋の空気が一瞬で凍りついた。

「私が兄上の処置について、何かを決められる立場ではありません。臣下たちの議論の結果を尊重するつもりです」
「そうよね、ごめんなさい。今はその話題を持ち出すべきではなかったわ」

 微妙な空気が漂う中、マティアスがユリアーナに声をかけた。

「姉上、お怪我の具合はどうですか?」
「光の精霊のおかげで、一切の傷跡もないわ」

 ユリアーナが安心させるように微笑むと、マティアスが複雑な表情を浮かべる。

「光の精霊……。やはり姉上は光の精霊と契約をしたのですね」
「あっ、その、契約というか、友情を育んでね。助けてくれたのよ。光の精霊との親密さは決して公にするつもりはなかったの」

 ユリアーナは微かに困惑した表情を浮かべた。
 その場は重苦しい雰囲気に包まれ、ユリアーナが国民たちの間にささやかれている新たな噂を耳にしていることは、彼女の様子から察することができた。
 叔父がにらんだ通り、ユリアーナは光の精霊と深いつながりを持っていた。
 アルベルト兄さんが受けた闇魔法と精霊魔法の混合魔法は、ユリアーナが関与している精霊の魔法なのだろうか。
 そうなると、彼女が真の黒幕?
 だとすれば、このように明らかにするような言葉を紡ぐのか。
 とても不自然に感じる。
 一連の流れを見守っていた俺は、ゆっくりと目を閉じ、握っていた手の先に感じる温もりを深く感じ取ったのだった。