決勝トーナメントが始まった。
予選はバトルロワイアル式だったが、決勝は一対一の対戦方式となる。
六十四名が決勝トーナメントへの出場権を獲得し、五回戦を勝ち進んだものが、勝者となる。
まずは四日間かけて、三十二試合が行われ、次に二日間で十六試合が行われる。
その後は、中一日空けて準々決勝、準決勝、決勝の運びとなる。全日程約二週間のスケジュールだ。
「あの子は棄権したのかな」
「ガウッ<残念>」
決勝トーナメント三日目、勝者の一覧に、控室の廊下で倒れていた彼の姿はなかった。
アルベルトたちと同日に開催された予選の組と考えれば、明日出場することはない。
治療後、すぐに俺たちは姿を消したので、彼の体の状態が気になっていた。
効果が高い『癒し』を施したが、いつも使用している『聖水』の方が、効果があったのではないかと、彼が棄権したことも含め、とても気になった。
肩を落とした俺に、「ガウッ<ケガ治ったのハク見た。大丈夫>」と、ハクが慰めてくれる。
ハクの気遣いに、俺は「ハク」と言って、その体を抱きしめた。
隣で観戦しているディアーナは微笑ましく、シルビアは冷めた目で俺たちを見ていた。
「アル兄さんの試合は見事だったね」
一通り感情を整理した俺は、先ほど行われていたアル兄さんの試合について感想を述べた。
すると、方々から堰を切ったように、剣技の美しさ、火魔法の精密さ、それらを上手く活用する戦術の素晴らしさを称賛する声が届く。
そんな周囲の反応を、俺は当然の評価だと思う。
俺の前では、かなり癖の強いブラコンのアル兄さんだが、外に出れば、若手の有望株筆頭の第一騎士団の隊長で、冷静沈着、頭脳明晰、魔法と剣術に優れた超エリートなのだ。
今回同行したマンジェスタの面々には、そのイメージが、俺との接触で壊れてしまったようだが、決して俺のせいではない。
《多少はご主人様の責任でもあるかと存じますが?》
ヘルプ機能から辛辣なツッコミが入る。
そんなはずは……。
《ご主人様が公の場での態度を強く指摘すれば、アルベルトは控えたと考えられます。マンジェスタの団員に、これほど周知されることはなかったと存じます》
ぐっ。いたいところをついてくる。
俺だってアル兄さんに、注意はしたんだよ。
だけどさ、あの、なんとも表現しがたい、絶望した表情を目の前でされたら、撤回するしかないだろ。
《ご主人様は優しすぎます。心を鬼にすることも時には必要です》
その場だけの妥協はよくないってことを、今回で学んだよ。
それで、調査は終わったのかな。
《はい。ある意味、ご主人様も、相当なブラコンですけどね》
うっ、だって仕方ないだろ。
あの状態のアル兄さんを見たら、やはり心配するものだろ。
《たしかに、先日のアルベルトの言動は、いささか驚くことでした》
そうだろう。
あのアル兄さんが、女性への贈り物をディアーナたちに聞いたんだよ。
俺も目を疑ったし、たまたまそばにいたテオ兄さんが、『アル兄さん、なにか悪いものを口にしましたか』と、本気で心配していたんだ。
《ご主人様も、気が動転してアルベルトの発熱を疑ったり、『鑑定眼』を用いて状態異常を確認したり、最後は私に『これが現実であるか』と問われました》
あっ、その行動は忘れて。
動揺したんだよ。もっとも色恋に縁遠いと思っていたアル兄さんが、異国で親しくなった女性がいるなんて、どう考えても怪しいじゃないか。
俺は弟として、アル兄さんの心配をしただけ。まあ多少は、興味本位があったことも認めるけど。
《では、本題に移ります》
そこは無視するんだ。
《まず、ご主人様に謝罪をいたします。やはり私の能力が制限されているようで、全貌を把握することは難しく、不甲斐ない報告となります。申し訳ございません》
うん。気を落とさないで、ヘルプ機能。すべてを網羅できるとは思っていないよ。
ヘルプ機能は、『はじまりの森』で神界の干渉を受けてから、一部の能力に制限がかかっている。
シルビア曰く、『主様のイタスラじゃな。時が経てば解除されるじゃろ』と、言っていた。
《お気遣いありがとうございます。では、報告を始めます。ユリアーナ・フォン・エスタニアについて》
ちょっと待て。
えっ!? アル兄さんのお相手ってディアーナのお姉さんなの!
《調査した結果、アルベルトが、逢瀬を重ねている相手はユリアーナ・フォン・エスタニアでした》
アル兄さん、またややこしい相手を……。
《ユリアーナの人柄などを調査しました。ユリアーナは、『博愛の第二王女』と国民に慕われ──》
俺の動揺を無視して、淡々とヘルプ機能の報告が始まった。