「──ということです」
「はあー、君たち兄弟は、本当に面倒ごとを拾ってくる」
アルベルトの報告を聞いたヴィリバルトが、額に手をあてながら顔を横に振った。
愚痴に近い内容でも、アルベルトはすぐさま反応した。
「ジークかテオに、なにかあったのですか!」
「ないよない。まだない」
ヴィリバルトが呆れた顔で手を横に振って否定するが、興奮したアルベルトはそれを無視して詰め寄った。
「まだとは、それは、近い将来危険があるということですか!」
鬼気迫った顔をするアルベルトに、ヴィリバルトが窘める。
「アル、危険があるのは承知のうえで、同行を許したのだろう」
「それは、そうですか」
指摘を受けたアルベルトは、勢いを失くしたかのように身を縮めていく。
その姿が主人にかまってもらえない忠犬に見え、ヴィルバルトの頬が緩む。
アルベルトがヴィリバルトのかわいい甥であることに変わりはない。
昔のように頭をなでて慰めようと手を伸ばそうとした時、アルベルトが突如顔を上げ、瞳に強い意志を宿して言った。
「弟たちに危険が迫っていると聞いて、はいそうですか。で、終われません!」
「はあー、本当に君はブラコンだね」
やれやれといった表情で、アルベルトとの距離をとるヴィリバルト。
なにを勘違いしたのか、アルベルトが満面の笑みでヴィルバルトを見た。
「ありがとうございます」
「褒めてないよ」
ヴィリバルトが一刀両断した。
それでも笑顔を絶やさないアルベルト。
「アルベルト、ひとつ質問がしたい」
「はい」
アルベルトは、背筋を伸ばす。
ヴィリバルトが愛称で呼ばない時は、怒っているか、呆れ果てた時だけだ。
「かの令嬢を助けようとしたのは、単純にジークベルトかな」
その問いかけに、アルベルトの眉間に皺が寄る。
『叔父上は、俺を試しているのか』
アルベルトにとっては、至極当然のこと。それを質問されれば困惑もする。
考えれば考えるほど、ヴィリバルトの考えが読めない。裏を読むにも、考えが至らない。
アルベルトの困惑している姿を見て、ヴィリバルトは『また余計なことを考えている』と推測した。
「もう、わかったからいいよ」
大きなため息のあと、ヴィリバルトが手で制すると、アルベルトに退出を指示する。
その指示に、アルベルトが反論する。
「叔父上、まだ危険が迫っている話しがまだです」
「しつこいね。わかったよ。迫りそうになったら連絡するよ」
ヴィリバルトの譲歩に、アルベルトは渋々ながらうなずいた。
そして、部屋の扉が閉ざされた。
***
ひとりになったヴィリバルトは、ソファに深く腰をかけると瞑想をはじめた。
一時間ほどして、精神世界から戻ったヴィリバルトは、友人に念話を送った。
『フラウ聞こえるかい?』
『なに? ヴィリバルト?』
『少しお願いがあるんだよ』
『ヴィリバルトが、私にお願い! もちろんよ!』
『実は──お願いできるかい』
『むぅ。あの子に頼るのは、嫌だけど、ヴィリバルトのお願いだから、聞いてあげるわ。だけど、あの子が嫌だと言ったら、ダメよ』
『ありがとう。助かるよ。できれば早めにお願いするよ』
『わかったわ。大急ぎで、あの子を捕まえてみせるわ!』
威勢の良い声で、フラウが念話を切った。
フラウのやる気満々の姿が目に浮かび、なぜかヴィリバルトは不安になった。
やる気が空回りして交渉に失敗し、ヴィリバルトに泣きつくフラウが想像できたからだ。
ヴィリバルトは、思う。
人選を見誤ったかもしれないと。
『できそこないが生き延びた?』
『はい。残念ながら、魔道具は壊れたようです』
『魔道具が壊れた? 彼のものに、そのような力は残ってはいない。誰が介入した? 赤か?』
『いいえ。『赤の魔術師』との接触はございません』
『エスタニアの馬鹿どもか?』
『いえ、動きは掴んでおりますが』
『となれば『至宝』が動いたか……。されど、赤が接触を許すとは思えん。まあよい。我々の手駒が、無傷で戻ってきた。糧となれど負にはならん。実験を続けろ』
『御意』
『やつとの連絡は取れたか?』
『それが……不甲斐なく』
『まあよい。やつは赤にしか興味を持たん。放置でよかろう。この内乱をかき乱せば、よき余興となろう』
『御意』
『神は我が帝国に味方した──。帝国の繁栄すなわち世界の統一』
***
謹慎中の俺は、伯爵家の客室で魔術書を読み漁っていた。
その横でつまらなそうな顔をしたシルビアが、ハクのふわふわの毛をなでていた。
なでる手つきの甘さに思わず指導が入る。
「シルビア、ここは優しく、そこから先は強くするんだ」
「うるさいのぅ。別にどう触ろうと妾の勝手じゃ」
「なでられるハクの気持ちも考えて! お互い気持ちよくないとだめ」
俺の指摘にシルビアは口を尖らせるも、俺の指示通りに手を動かす。
ハクの尻尾がゆらゆらとリズムよく揺れだした。
〈気持ちいい〉
「ふふん。妾とてやればできるのじゃ」
自慢げな顔して胸を張るシルビアを尻目に、ふとした疑問を俺は口にする。
「そういえば、ディアたちとのお出掛けはよかったの?」
「むぅ。小遣いがなくなったのじゃ。小娘に借りを作るのは癪じゃ」
「賭け事もほどほどにしないと」
「ぬぅー。あれさえ当たっていれば、損失を取り戻せたのじゃ」
「その考え方はだめだよ。自業自得だね」
「むぅー。しかし、あやつの予想では、絶対じゃと」
「世の中に絶対はないよ」
俺の呆れ口調にシルビアが拗ね、ハクの毛に頭を埋めた。
「妾だってわかっておるのじゃ」
ハクの毛に顔を埋めたまま、シルビアはくぐもった声でぶつぶつと不満を漏らす。
そんなシルビアをハク自身は嫌がっておらず〈ハクがなぐさめる!〉と、よくわからない使命感を抱いていた。
俺とシルビアは物理的に100キロ離れると、シルビアが俺の元に強制転移する。
本人もそのような制約があるとはつゆ知らず、叔父が俺をアーベル家へ連れ立って強制転移した時に、はじめて知ったのだ。
ヘルプ機能が、色々と調べてくれているが、解決策は未だ見つかっていない。
現状、不便はないが、今後のことを考えると課題である。
「ジークベルト」
俺を呼ぶ声に顔を上げると、木刀を持ったヨハンが、はにかんだ笑顔で俺を見ていた。
「手習いしよう」
「ヨハン君は、予選を観戦しなくていいの?」
「うん。この前、ヴィリバルト様に頭を見てもらったら、剣の才能があると言われたんだ」
ヨハンが胸を張って伝えるそばで『知っているよ』と、俺は数日前の出来事を思い出した──。
***
緊迫した室内で、ベッドに横たわるヨハンがいた。
深い眠りに落ちているようで、人が近づいても反応がない。
胸が上下しているので、息をしていることに安堵する。
「視終わったのですか」
ベッドの前で腰をかけている叔父に近づく。
「あぁ、核心部分はね」
叔父が気怠そうな顔で俺を見る。
その色気にあてられ、背筋からいいようもない何かが走った。
俺の顔が真っ赤になる。
無意識にでるものこそ本物なのだ。
頭を抱えたくなる状況だが、叔父にしては余念のない準備と警備体制、人払いの意味に納得した。
ああ、ヴィリー叔父さん、俺が来たことに安堵して、無防備な表情で微笑んでるよ。
これ人害、公害レベルなんですけど。絶対に身内以外近づけてはいけないよね、これ。
俺はハッとして、部屋の扉に目をやり、外の気配を窺う。
誰もいないことを確認して、再び叔父に目をやる。
それにしても、今の叔父は無防備すぎる。
ほぼ枯渇に近い、相当量の魔力を使用したのだろうと予測できた。
人の記憶を視る魔法は禁忌に近い。
魔法の技術や魔力、それに加え精神力が影響するのだろう。
おそらく使用できるのは、世界でも数人だと理解する。
「僕たちは今から何をすればいいのですか」
「もう一度、彼を視る。その時に土魔法で人物を作って欲しい」
叔父らしくない断片的な説明に俺は頭を傾げる。
すぐにいくつかの疑問を叔父になげた。
「もう一度って、魔力は大丈夫なのですか。それに土魔法を使用するのはいいですが、僕に視ることはできません。どうするんですか」
「彼とはまだ切れていないからね。核心部分の記憶の箇所はわかっているので、その部分だけを視せるよ」
「視せるとはどのようにして?」
叔父が俺の肩にいるスラを指さした。
「スラできるよね」
叔父の端的な説明にスラが「ピッ!〈肉!〉」と、俺の肩から下り、叔父の膝の上で交渉し始めた。
「オークキングの肉でどうかな」
「ピッ!〈もう一声!〉」
「追加でオークの肉を五」
「ピッ!〈もう一声!〉」
「わかったよ。難しいことをお願いしているからね。オークキングの肉とオークの肉二十。これ以上はさすがにだめだよ」
「ピッ!〈のった!〉」
叔父との交渉を終えたスラはぷるんっと誇らしげに体を揺らし、定位置である俺の肩に戻った。
「安請け合いして、大丈夫なのスラ?」
「ピッ〈なんとかする〉」
「なんとかできるものなの」
心配する俺をよそに、スラは見事に期待に応えた。
叔父の頭部をスラが包み込むと、念話を介して俺に情報を伝え視せる。
脳に直接送られる情景に、最初俺は戸惑いを隠せず狼狽したが、すぐに気を取り戻すと、その情景を基に土魔法の『形成』を使って再現した。
精巧に作られたそれは、子供たちの記憶を消した人物を鮮明な形で作り出せた。
「ピッ〈がんばった〉」
叔父の頭部からスラの声が聞こえる。
そのまぬけた姿に、不謹慎ながら笑いを耐えるのに苦労した。
あんな姿の叔父を拝めることは滅多にないので、いい経験だ。
叔父が俺の作製した像を見て、ひとつ頷いたのだった──。
「ジークベルト様にはこちらを」
「あっ、ありがとう」
ディアーナから渡されたお土産に、俺は表情をこわばせながら受け取った。
「お揃いでつけましょう」と、期待を込めた視線を送られ、断ることはできずにうなずく。
俺の手のひらに収まる美しい紫糸のリボン。ひも状の織物。されどリボンには変わりない。
リボンの扱いに困っている俺のそばで、ハクはチョーカー風に首へ着けてもらい、ご機嫌だ。
ディアーナたちの護衛に指名されたスラも紫糸のリボンをつけ、ご褒美のオークの肉を頬張っていた。
「小娘、妾だけなぜ色が違うのじゃ!」
「シルビア様は、私と同じ色がよかったのですか?」
シルビアが金糸のリボンを片手に、ディアーナに詰め寄っていた。
「ぬぅ、違う! わかっておろう! エマは銀糸じゃ」
「はい。私とエマは銀糸。シルビア様は金糸にしましたが」
ディアーナがとぼけた様子で首をかしげた。
それを見たシルビアが涙を浮かべ、半泣きで叫ぶ。
「わざとじゃな。ひどいのじゃ」
シルビアの狼狽に、ディアーナが困った表情を見せる。
瞼を忙しげに動かしたあと、手元にある銀糸のリボンをシルビアの方へ動かす仕草をした。
するとその横から大きな手が伸び、ディアーナの手元に別の銀糸のリボンを渡した。
「姫さん、セラ用のこれ」
「ですが」
「あとで、俺が同じ店で購入しておく。わざとじゃねぇんだろ」
言い淀むディアーナに、ニコライが優しい目をして諭す。
その発言に本格的に泣きだしたシルビアが静止し、ディアーナの答弁をまつ。
「はい。紫糸と銀糸は三本しかなくて、シルビア様の髪の色から金糸の方が映えるかと、些か考えが足りませんでした。申し訳ございません」
ディアーナが、ニコライにそう説明すると、シルビアに向かって頭を下げた。
「なんじゃ、わざとじゃないならそう言え!」
ごしごしと乱暴に涙の痕を拭い、シルビアが金糸を大事そうに懐に入れると、ディアーナの手にある銀糸を手にする。
そしてニコライに目を向け「ニコライ、妾は紫糸を所望する」と、言い放った。
「なぜ俺が」
「同じ店で購入するのじゃろ。であれば妾は紫糸も所望する」
「おまえ、ちゃっかり二本手にしただろ」
「むぅ。金糸は小娘が妾に似合うと購入したものじゃ。銀糸は小娘たちとお揃いじゃ」
「あのなぁ、このリボンは質がいいんだ。ほいほい買えるものじゃねぇ」
「ケチじゃのう」
シルビアが不服そうな顔をするとニコライの眉が上がる。
ふたりの言い合いがはじまると、そばにいたエマがあたふたする姿が見え、ディアーナが涼しげな顔でソファに腰をかけた。
俺は少し離れた場所にいたテオ兄さんの横を陣取り、謹慎中の疑問を口にした。
「ここ最近、兄さんたちは忙しそうですね」
俺の含んだ言い方に、テオ兄さんが「そうだね」と遠い目をした。
あっ、この質問はよくなかったと、テオ兄さんの反応を見て察したが、一度口にした質問を取り消すことは難しく、沈黙が流れる。
ディアーナたちが帰宅する一時間前に、テオ兄さんたちは帰宅したが、叔父がアル兄さんと客室にいると聞くと、難しい顔をしてふたりの会談が終わるのを待っていた。
そう、アル兄さんが単独で叔父を訪ねてきたのだ。
ヨハンとの手習いを終え、屋敷内に入ったところで、アル兄さんと出くわした。
「俺のかわいいジーク!」
いつもと同じ調子で、感極まったアル兄さんは俺を抱き上げた。
隣にいたヨハンが唖然とその様子を見て「ジークベルトも大変なんだな」と一言。
四歳児にして達観した発言に、伯爵家の執事が誇らしげにうなずくと「ヨハン様、歴史の先生がいらしています」と、その場から遠ざけた。
叔父の準備ができたとの執事の案内を受けるまで、俺はアル兄さんのされるがままに可愛がられた。
その間、伯爵家に仕える者たちからは生暖かい眼差しを受け続けた。
テオ兄さんと同じく遠い目をして、数時間前の出来事を思い出していると、アル兄さんが疲れた様子で、俺たちのいる応接室に入ってきた。
そして俺を見つけると物言いたげに何度か口をつぐみ、視線を外して「叔父上が呼んでいる」と告げた。
挙動がおかしいアル兄さんを不審に思いながら、俺はみんなの輪から外れた。
俺の横にハク、肩にはスラを連れて、叔父のいる客室に入った。
客室に入るとすぐに叔父が「ジークにお願いがあるんだ」と、茶目っ気たっぷりに片目を閉じた。
警戒しながらも、それに答える。
「なんでしょうか」
「じつは──」
***
「アルベルトが、護衛を離れる?」
「はい、殿下。アーベル伯より、さきほど連絡を受けました」
「ふーん。アルベルトが不在の間の護衛に支障は?」
「それがその。アーベル伯より、アルベルト殿の代わりに、この魔物をお側に置くようにとの指示がございました」
近衛騎士が、戸惑った様子で自身の手のひらを見せる。そこには、ぷるんと揺れる水色の物体がいた。
「ピッ〈よろしく〉」
「これは、面白いことになりそうだ。くっくく」
ユリウスは目を見開くと腹に手を乗せ、大笑いする。
水色の魔獣の首には、紫糸のリボンが揺れていた。
「アルベルト様、こちらです」
建物の物陰から、可憐な女性の声が聞こえた。
アルベルトが、そちらに視線を向けると、お忍び用のドレスを着たユリアーナが、落ち着いた様子で立っていた。
周囲の気配を窺いながら、アルベルトはユリアーナに近づく。
「ユリアーナ嬢」
「このような場所にお呼び出しして、申し訳ございません。城内ではお話ができませんので」
儚げな印象は初対面の時と変わらないが、王族独特の凛とした芯の強さを感じる。
『ずいぶんと雰囲気がちがう。やはり、護衛はつけていない』と、アルベルトは思った。
あの日は、彼女の事情を聴くことはできなかった──。
ユリアーナをエスコートしていたアルベルトは、貴賓室に近づくにつれ、騒然としたエスタニア王国の侍女と騎士の動きに事情を聴ける様子ではないと判断した。彼女もそう感じたのだろうアルベルトの腕に置いた手に力が入り、大変困った様子でアルベルトを見上げた。
その仕草にアルベルトは疑問を感じた。『護衛をつけず消えれば、どうなるか予想できる状況である』と、『ユリアーナ王女は、そういった判断ができない浅慮な人なのか』と、アルベルトにはそう強く印象づける仕草だったのだ。
ユリアーナを見つけた騎士が、すごい形相でこちらへ近づいてくる。
アルベルトは、素早く彼女に連絡用の使い捨ての魔道具を渡した。使い方を簡単に説明し、騎士に問い詰められる前に、ユリアーナの前を辞した。
あとは彼女が上手く説明をすると、先ほど浅慮だと感じたのにそう思った。ちぐはぐな己の判断に、アルベルトは強い不信感を持った。
その後すぐに、ヴィリバルトへ報告したアルベルトだったが、やはり己への不快感が残っていた。
そしてすぐにその答えがわかる。
「かの令嬢には、高度な『守り』が展開されている」
「彼女の地位であれば、高性能な魔道具を入手することは容易いのでは?」
アルベルトの回答に、ヴィリバルトが怪しげに微笑むと、自身の目を指す。
「私のこれでも視れなかった」
「なっ」
ヴィリバルトが所持している『鑑定眼』は『鑑定』の上位スキルである。
人物の『鑑定』ができないことは多々ある。その主な理由は、高度な『守り』の魔道具が術者のスキルより上のものであったり、単純に術者のレベルが低かったりする。
しかし、そのどちらにも当てはまることがないであろう『赤の魔術師』ヴィリバルトの『鑑定眼』が、視ることができないとは、アルベルトの背筋に寒気が走った。
言葉を失ったアルベルトに、ヴィルバルトが追従する。
「可能性があるとしたら、古代魔道具。もしくは、精霊か、──が関わっている」
「叔父上、申し訳ありません。精霊のあとが聞き取れませんでした」
「ん? 精霊が関わっている可能性があると言ったんだよ。古代魔道具は我々魔術団が所持する『移動門』もあるし、エスタニア王国が何らかの古代魔道具を所持している可能性もある。だけど、かの令嬢だけなんだよね」
ヴィリバルトは言葉を切ると微笑みながら「視れないの」と、再び目を指した。
アルベルトが息をのみ、自身が大変面倒なことに首を突っ込んでしまった事実を確認した。
「まぁ、しかたないさ。いずれにしても関わることだったのだろう。ジークの件もあるし、うやむやにはできない」
「叔父上、ジークを危険なめには」
「あわせないよ。予選が終わるまでには決着をつけよう。その分アルには存分に働いてもらうよ」
アルベルトが「はい」と了承の旨を伝えると、ヴィリバルトは満足そうにうなずき「アル、君には──」と、いくつかの指示と彼女に接触する際の注意点などをうけた。
その注意点の中に、アルベルトの不快感の答えはあった。
『ユリアーナ王女は、『魅了』を所持している可能性が高い』とのヴィリバルトの指摘だった──。
ユリアーナの案内で、建物中に足を踏み入れるアルベルト。
アルベルトは気合を入れるように己の片腕を叩く。
その腕には赤いリボンが揺れていた。
「テオバルト殿、ニコライ殿、こちらです」
腕を大きく振り、破顔した表情でテオバルトたちを呼ぶルイス。
大変目立つ行動に、テオバルトたちは、顔を見合わせ、あきらめにも似たため息を出す。
少しでも注目される時間を減らしたい彼らは、素早くルイスのそばに詰めた。
「ルイス殿」
「おふたりとも、動きに隙がない。さすがですね」
テオバルトの咎めた物言いを前にしても、ルイスには効果がないようだ。
関心した様子で、ふたりを褒める。そのルイスの案内で、城の外れの庭園、王族たちのプライベート空間にふたりは足を踏み入れた。
テオバルトの眉間に皺が寄る。
ヴィリバルトに相談した結果、エリーアスの思惑を探るよう指示された。
表向きは友好的に彼らに協力する姿勢を見せなければならない。しかし、彼らの隠しもしない堂々とした対応に、早まったかもしれないとテオバルトは思った。
「ようこそ。アーベル侯爵のご子息テオバルト殿。ニコライ殿」
庭園の中央で、黒髪に眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の男が、テオバルトたちに声をかけた。
そのたたずまいから、エリーアス殿下であることを瞬時に判断したテオバルトたちは、頭を深く下げ、失礼がない挨拶を交わす。
「お初にお目にかかります。私はテオバルト・フォン・アーベル」
「ニコライ・フォン・バーデンです」
「エリーアス・フォン・エスタニアだよ。エリーとでも呼んでくれ」
エリーアスが、その場の空気を和ませるかのように冗談めいた口調でそう言った。
テオバルトが顔を上げると、眼鏡の奥にある深い緑の瞳と視線が合う。なぜか不思議な違和感をテオバルトは感じた。
「堅苦しい挨拶はその辺で、ついて来てくれ」
エリーアスはそう言って、足早に庭園の奥に入っていく。
テオバルトたちもその後に続いた──。
***
エリーアスの私的空間である部屋の中で、テオバルトの感嘆とした声が響く。
「素晴らしい作品の数々ですね」
「テオバルト殿は、わかる人だね」
「えぇ、僭越ながら、とても興味を注がれます」
「理解してくれる人がいて嬉しいよ。残念なことにルイスは、この点についての理解は乏しいんだ」
「殿下の趣味は高尚ですので、凡人の私には理解ができず、申し訳ございません」
「ルイスは、堅苦しすぎる」
「申し訳ございません」
ルイスの一連の動きを冷めた目で見ていたエリーアスは大きく溜息を吐くと、テオバルトに別の作品を勧めた。
ルイスの視線がすがる様にエリーアスを追っている。
見かねたニコライが、ルイスの肩に手を置き、小声で問いかける。
「なぁ、ルイス」
「なんでしょう。ニコライ殿」
「殿下はお前が望んでいるような……テオが見ているのってただの流木だよな」
ルイスのあまりにも悲観した諦めの表情を見て、ニコライは途中で話題を変えた。
何年も積み重ねてきた関係を、とってでの者が指摘したところで、その関係性を変えることは難しい。
行動を起こせるほどの意志が当人にあるか。それに、それぞれの事情がある。『俺とアーベル家のように』とニコライは思った。
「そうですよね! ただの流木にしか見えませんよね!」
ニコライの言葉に、ルイスが嬉しそうに同意する。
その目には、同士をえた喜びに満ちており、ニコライは『それでよく従者を務めれるな』と、表情豊かなルイスに目を細めた。
ルイスの相手をニコライがしているのを横目で確認したテオバルトは、流木の魅力を伝えるエリーアスに確信をつく。
「殿下は、なにをお求めで」
テオバルトの問いに、流木から視線をテオバルトに向けたエリーアスは、少し困った表情を浮かべた。
「そんなに警戒しないでくれ。私は味方だよ。ディア、いや、ディアーナのね」
テオバルトが、エリーアスの『味方』発言の意味を思惑していると、エリーアスが緊張した面持ちで発した。
「エスタニアの闇を取り除く手伝いをしてくれないかい」
空気が一瞬のうちに固まった。
エリーアスの発言は、聞く人が聞けば内乱を匂わせるものだ。テオバルトの眉間に皺が寄る。
その表情を見て、エリーアスは一度己を落ち着かせるように瞳を閉じると、強い眼差しをテオバルトに向けた。
「他国の者に願うことではないのは、承知だよ。しかし、我々では、もうどうにもならない。マティ、うおふぉん、マティアスが動いてはいるが、所詮子供の知恵。大人たちの思惑に太刀打ちはできない」
エリーアスの顔に影が差す。
「私は継承権を放棄するつもりだった。しかし、運命は動いてしまった──」
エリーアスの決意に、テオバルトはどう答えればいいか判断に迷う。
テオバルトの首元にある赤いリボンは揺れず、ただ時間だけが流れていった。
「スラ。ジークがとても心配していたよ」
「ピッ!<主がうれしい!>」
ユリウスの肩の上で飛び跳ねるスラを横目にヴィリバルトは、にやけた表情を隠すこともなくユリウスに伝える。
「殿下。とてもお似合いですよ」
「ヴィリバルト。思うことは多々あるが、これが思いのほか役に立つ」
「ピッ<がんばった>」
スラがユリウスの肩から離れ、ヴィリバルトの腕に飛び乗ると催促するように鳴く。ヴィリバルトが腰にある『魔法袋』から出来立てのオークの肉柚子胡椒和えを取り出した。
スラがそれに飛びつく。
室内は柚子胡椒のいい香りに包まれ、緊迫した空気を和らげる。
「それで、いつまでこの状況が続く」
「決勝トーナメントまでには、状況を把握するつもりですが」
「つもりとは」
「ひとつ、厄介なことがあります。私の勘が確かなら、精霊を敵に回す可能性があります」
「それは、なんとも恐ろしい勘だな」
「万に一つの可能性です。ただいまアルベルトが、その調査を始めています」
「…………我々マンジェスタ王国は、他国の内乱に首を突っ込む気はない。アーベル侯爵家の独断で動くのであれば、関与はしない」
「ありがとうございます」
ユリウスの英断に、ヴィリバルトが胸に手をあて頭を下げた。
***
ユリウスの私室から、ヴィリバルトが退室するのを待って、近衛騎士が室内に入ってきた。
ヴィリバルトが人払いをしたのだ。
近衛騎士のひとりが、バルコニーに立つユリウスに声をかけた。
「殿下」
「武道大会終了後、直ちにマンジェスタ王国に戻る。いかなる事があっても、この決定に変更はない。ただし、アーベル侯爵家はその範囲ではない」
ユリウスの決定に、近衛騎士のひとりが室内から消えた。
マンジェスタ王国の者たちに決定を伝えに行ったのだ。
「内乱か。無関係な民が苦しむな」
ユリウスの呟きが静かな部屋に響く。
発言を許されない近衛騎士たちは、その重苦しい雰囲気に、息を呑む。
アーベル侯爵家が除外された意味を彼らは熟知している。
「おまえはどう思う」
ふいにユリウスが肩にいるスラに問いかけた。
「ピッ<主がなんとかする>」
「ふっ。おまえたちのジークベルトへの信頼の高さはすごいものだな。しかし、事は簡単ではない」
「ピッ!<主をみくびるな!>」
「では、お手並みを拝見するか」
「ピッ!<まかせろ!>」
力強いスラの返事に、ユリウスは思う。
『アーベル家の至宝であるジークベルトなら、被害を最小限にとどめるのではないか』と、そんな淡い期待を胸に宿したことを、自嘲気味に笑った。
「姉上と接触したものは誰かつかめたのか」
「申し訳ございません。いま」
ダンッと、机を叩く大きな音が、男の声を遮った。
「すでに数日経った。貴様らは何をしている」
遮った男の指がトントンと机を叩き、男の苛つきがわかる。
「トビアス殿下、落ち着いてください。私どもは随時報告を」
「報告? 情報もなにもなく、なにが報告だ」
「もっ、申し訳ございません」
トビアスの怒気に圧倒された男が、膝をつき深く頭を下げる。
その様に、こみ上げてきた怒りが収まる。
トビアスは、机に片肘をつきその上に顔を置くと、床に頭を下げたままの男に問うた。
「エリーアスはどうしている」
「はい。エリーアス様は、アーベル家の者を私室に」
「アーベル家だと!」
トビアスの顔が真っ赤に染まり、腰かけていた椅子を倒し、男の前に立った。
「なぜ、報告が遅い。おまえは無能かっ」
「申し訳ございません。しかし、殿下、ぐっ」
トビアスが男の顔を蹴り上げた。
そして、「言い訳はいいんだよ。おまえが無能で、役立たずであることがわかった」と、男の頭を踏む。
トビアスは顎で扉の前にいる護衛を呼び、「処分しろ」と冷たく言い放った。
すると男が絶望した顔して、「でっ、殿下。お待ちを、わたしはっ」と、乞うが、トビアスは冷めた目で一掃する。
室内から男が消えると、トビアスは乱暴にソファに腰をかける。
「おまえの紹介は、役に立たん」
「それは申し訳なく」
優雅にお茶を飲む男。一連の騒動にも我関せずで、傍聴していた。
従者が、お茶のおかわりを入れる。
「ビーガー、おまえはどう思う」
「そうですね。今までエリーアス様は中立の立場を固持してきました。しかし、連日の動きから見て王太子派であるのは明確」
そう言ってビーガーは、新しいお茶に口をつける。
「継承権を主張して第三派となることはないか」
「アーベル家と接触したことで、その線は消えたかと」
ビーガーの言葉に、しばしトビアスが思案すると、口を開いた。
「ディアーナか。あれは見目だけはいい。あと数年すれば利用しがいがある」
「殿下。アーベル家を敵に回すのはあまり得策ではないかと」
「たかが、一国の侯爵家。なにを恐れる?」
トビアスが挑発するようにビーガーに問うが、ビーガーは沈黙したまま、頭を横に振る。
その態度に、つまらなそうな顔したトビアスが、なにかを思い出したのか口元を緩めた。
「マンジェスタの王太子に毒をくれてやったが、すぐに見破られた。面白味もない」
「殿下、お戯れはほどほどに」
トビアスの突拍子のない行動に、ビーガーは目を見開くと眉間に皺を寄せ、苦言を伝える。
予想とちがうビーガーの反応に、トビアスが沈黙した。
気まずい空気が、室内に流れる中、ビーガーの表情が引き締まると、いつになく真剣な面持ちでトビアスを見る。
「殿下、例のものを入手しました」
「そうか。間に合うか」
「すでに配下の者に手配をしております」
ビーガーの報告にトビアスの機嫌が浮上した。
その口元を緩めると、「やっと、馬鹿どもに誰が王に相応しいか、わからせられる。フハハハハハ」と、高笑いをする。
その様子をビーカーは、目を細めながら慈愛ににた眼差しで見つめる。
しばらく、トビアスの高笑いが続いたが、折を見たビーガーが問う。
「エレオノーラ妃殿下にお伝えはなさいますか」
「よい。母上には、正式に王太子となった時に報告する」
「殿下のお心のままに」
ビーガーが胸に手をあて臣下の礼をとる。
「なぁ、ビーガー。姉上を自由にしたのは間違いだったか」
「ユリアーナ様は、殿下を裏切ることはございませんよ」
「そうだな。いらぬ心配をした。姉上のすべては俺のものだ」
トビアスが嬉しそうに微笑んだ。
「アルベルト様、こちらです」
黒い影が、アルベルトをそこへ導く。
「これで、八個」
時限装置付きの小型の魔道具が、天井裏の隠れたスペースにあった。
アルベルトは、ヴィリバルトから預かったボフール製の魔道具を手早く起動する。キラキラと白い粉が舞い、小型の魔道具を包み、その機能を停止させた。
瞬時に凍らせる威力から、ヴィリバルトが魔法を提供したのだと確信する。
何度見ても幻想的な景色に感嘆の声を上げそうになるが、アルベルトは我慢した。
「時間がない。すぐに次を探せ」
「御意」
黒い影たちが、アルベルトの指示に従い、競技場の方々へ消えていく。
アーベル家の影。精鋭部隊が、その鼻を利かせ『武道大会爆破テロ』の阻止にあたっていた。
ユリウス王太子殿下の容認を取ったヴィリバルトが、ギルバルトに依頼したのだ。
アーベル家の影が、他国で動く。その意味は計り知れない。
アーベル家当主の決断に、否はない。
アルベルトは、凍った小型の魔道具を見つめ、あの日、ユリアーナの告発を思い出した。
***
ユリアーナに案内された場所は、錆びれた礼拝堂だった。
以前は孤児院として活動していたが、亜人の子供を保護していたことがわかり、廃墟となった。
ユリアーナは目を伏せ「私が訪問しなければ……」と、言葉を詰まらせる。
庇護欲をかき立てる彼女の姿に、アルベルトは片腕に結ばれた赤いリボンを無意識につかんだ。
「アルベルト様?」
沈黙するアルベルトに気づいたユリアーナが、声をかけた。
アルベルトは「すまない。なんでもない」と、首を振り、ユリアーナに話を続けるよう催促する。
「ユリアーナ嬢、あまり長居はできない。本題に入ってほしい」
「あっ、はい」
ユリアーナは返事をするも、次の言葉をなかなか出せないでいる。
すると、アルベルトが礼拝堂の椅子に深く腰をかけると、腕を組み目を閉じた。
その行動に、ユリアーナは表情を隠すこともなく、泣きそうな顔で微笑んだ。
アルベルトの心意気が態度でわかったからだ。
ユリアーナの葛藤を理解し、心の整理ができるまで、急かすことなく、待つことを選択したアルベルトの厚意に、ユリアーナは、祭壇前に膝をつくと祈りだした。
ユリアーナが祈りだしたことを察知したアルベルトは、もうひとつの問題について考えはじめた。
ときより、ユリアーナから発せられる微量の『魅了』に気づいたからだ。
アルベルトは、彼女の行動から無意識に『魅了』を振りまいているように思えた。ユリアーナの『魅了』は、悪意がなく、感情がそのまま『魅了』に感化され、垂れ流れているようだった。『まるで訓練されていない赤子のようだ』と、アルベルトは感じた。
ひとつの可能性を思い出す。
『本人が自覚していない可能性もある』と、ヴィリバルトは言っていのだ。
しかしその可能性は、ほぼないとしてアルベルトたちは却下した。
『ステータス』がある限り、外的要因で他者から干渉されたり、能力そのものが封印されていなければ、自身の能力を把握できないことはありえないからだ。
万が一、王族であるユリアーナが、他者の干渉を受けているとすれば、すなわち、犯人は王族しかいない。
彼女の過去の背景から、弟のトビアスが怪しくも思えるが、物心がつく前と考えれば、彼女の母親である側妃エレオノーラとの結論が高くなる。
アルベルトは、グッと唇を噛んだ。
このまま自覚しなければ、将来ユリアーナは精神崩壊が起きる。能力にのまれてしまうからだ。
魅了などの精神干渉系のスキルは、幼少期から徹底的にコントロールを叩きこまれる。徐々に汚染される精神との闘い。それが精神干渉系の能力だ。
だから、幼少期から力をコントロールして、能力にのみこまれないようにするのだ。
ユリアーナの年齢から考えれば、すでに汚染が進行している状況だろう。
『早急に叔父上へ相談しなければ……』
そう結論づけたアルベルトは、祈るユリアーナの姿を捉えた。
片腕にある赤いリボンが、静かに揺れていたことにアルベルトは気づくことはなかった。
「武道大会の爆破計画ですか」
「はい。そう耳にしました」
ユリアーナは淡々とその事実を口にした。その表情から静謐な雰囲気が漂っている。
「目的は、マティアスの失態を他国の貴賓たちに見せ、継承権の剥奪を狙っているようです」
「なんて浅はかな……。失礼」
「いいえ。私も愚かなことだと思います」
ユリアーナはアルベルトの発言を肯定する。
一旦、言葉を切ると、「だけど、私はトビアスを守りたいのです」と、自嘲気味にそう言った。
強い意志を感じる金の瞳に、アルベルトは吸い込まれそうになるが、己を律するように、かわいいジークベルトを思い浮かべ、踏みとどまる。
片腕の赤いリボンが揺れていた。
***
ユリアーナの告発は、あらゆる面でアルベルトを翻弄した。
ヴィリバルトへの定期的な報告と指示。アーベル家が関与することの責任と重圧。
そしてなにより、ユリアーナとの密会に心が躍る自身の心境の変化に戸惑いとともに、あきらめににた感情が芽生え、アルベルトはそれをゆっくりと受け入れていく。
そんなアルベルトの様子に、ジークベルトを含めた家族が、とても心配していたことに本人は気づかないでいた。
「ご協力に感謝をいたします」
徐々に計画の全貌が明らかとなり、阻止に向けて動いていたアルベルトへ、ユリアーナが、最後の情報を告げ、謝辞を述べる。
彼女の姿を見入りながら、『叔父上の懸念はない』と、安堵したようにアルベルトは顔を緩めた。
ヴィルバルトのもうひとつの懸念。精霊の関与はないと、ユリアーナとの幾度かの密会で、アルベルトは結論づけた。
ヴィリバルトの『鑑定眼』で視ることのできないユリアーナ。
可能性としてあげられたのが、古代魔道具、精霊の関与だった。
しかし、ユリアーナの周囲に精霊の反応はなく、彼女から奴隷術を施した精霊用の魔道具の感知もなかった。
彼女を守っている魔法は、古代魔道具、もしくは、我々が知らない新しく作製された魔道具の可能性が高い。それが彼女を守っているのだと、アルベルトは確信した。
ユリアーナは相変わらず、微量の『魅了』を振りまいているが、ユリアーナの精神汚染は進んでいないと、ヴィリバルトは断言した。
「実行日は、決勝戦当日だと言ったのですね」
「はい。マティアスの失脚を考えるには、絶好の機会だと話していました」
ユリアーナがアルベルトに向ける眼差しには、アルベルトへの信頼が窺いしれる。
「絶対に阻止してみせます」
「アルベルト様、どうかトビアスをよろしくお願いします」
ユリアーナの弟を思う気持ちに、アルベルトは同調する。
ふとアルベルトの脳裏に、ゲルトの姿が思い浮かんだ。
アルベルトの心を苦々しい思いが駆けめぐり、思わず顔を顰めた。
「アルベルト様?」
「いえ、私もユリーアナ嬢のように動けていればと、昔のことを思い出したのです」
アルベルトは、ゲルトの暴挙を止められなかった自身に嫌悪感と後悔があった。
ゲルトのジークベルトを見る目が尋常でないことに、アルベルトは気づいていた。
家族だからとの理由で、それを無視したのだ。結果、ジークベルトに大きな心の傷をつけてしまった。
そして、ゲルトはアーベル家を離れた。
「アルベルト様は、後悔しているの?」
ユリアーナの問いかけに、アルベルトは頭を横に振り、強く否定する。
「いいえ。あの時の父上や叔父上の判断は間違っていなかった。私がそれに気づき動いたとしても、防ぎようがなかった。あの出来事は、起きるにして起きたことだったと、理解しています」
アルベルトの強い意志が垣間見れ、ユリアーナは思わず視線を逸らして、うつむく。
「私は、それでも、トビアスを助けたいと願ってしまう」
「我々がどこまでできるかはわかりません。しかし、彼の方の悪行を止めることで、彼の方の延命に繋がる可能性はあります。あきらめずに、まずは阻止に注視しましょう。必ず成功させます」
アルベルトの力強い言動にユリアーナは、顔を上げる。
「はい。アルベルト様を信じます」
金色の瞳が赤を映し、ユリアーナの手がアルベルトへ伸び、ふたりの手が重なった。