「アルベルト様、こちらです」

 建物の物陰から、可憐な女性の声が聞こえた。
 アルベルトが、そちらに視線を向けると、お忍び用のドレスを着たユリアーナが、落ち着いた様子で立っていた。
 周囲の気配を窺いながら、アルベルトはユリアーナに近づく。

「ユリアーナ嬢」
「このような場所にお呼び出しして、申し訳ございません。城内ではお話ができませんので」

 儚げな印象は初対面の時と変わらないが、王族独特の凛とした芯の強さを感じる。
『ずいぶんと雰囲気がちがう。やはり、護衛はつけていない』と、アルベルトは思った。

 あの日は、彼女の事情を聴くことはできなかった──。
 ユリアーナをエスコートしていたアルベルトは、貴賓室に近づくにつれ、騒然としたエスタニア王国の侍女と騎士の動きに事情を聴ける様子ではないと判断した。彼女もそう感じたのだろうアルベルトの腕に置いた手に力が入り、大変困った様子でアルベルトを見上げた。
 その仕草にアルベルトは疑問を感じた。『護衛をつけず消えれば、どうなるか予想できる状況である』と、『ユリアーナ王女は、そういった判断ができない浅慮な人なのか』と、アルベルトにはそう強く印象づける仕草だったのだ。
 ユリアーナを見つけた騎士が、すごい形相でこちらへ近づいてくる。
 アルベルトは、素早く彼女に連絡用の使い捨ての魔道具を渡した。使い方を簡単に説明し、騎士に問い詰められる前に、ユリアーナの前を辞した。
 あとは彼女が上手く説明をすると、先ほど浅慮だと感じたのにそう思った。ちぐはぐな己の判断に、アルベルトは強い不信感を持った。
 その後すぐに、ヴィリバルトへ報告したアルベルトだったが、やはり己への不快感が残っていた。
 そしてすぐにその答えがわかる。

「かの令嬢には、高度な『守り』が展開されている」
「彼女の地位であれば、高性能な魔道具を入手することは容易いのでは?」

 アルベルトの回答に、ヴィリバルトが怪しげに微笑むと、自身の目を指す。

「私のこれでも視れなかった」
「なっ」

 ヴィリバルトが所持している『鑑定眼』は『鑑定』の上位スキルである。
 人物の『鑑定』ができないことは多々ある。その主な理由は、高度な『守り』の魔道具が術者のスキルより上のものであったり、単純に術者のレベルが低かったりする。
 しかし、そのどちらにも当てはまることがないであろう『赤の魔術師』ヴィリバルトの『鑑定眼』が、視ることができないとは、アルベルトの背筋に寒気が走った。
 言葉を失ったアルベルトに、ヴィルバルトが追従する。

「可能性があるとしたら、古代魔道具。もしくは、精霊か、──が関わっている」
「叔父上、申し訳ありません。精霊のあとが聞き取れませんでした」
「ん? 精霊が関わっている可能性があると言ったんだよ。古代魔道具は我々魔術団が所持する『移動門』もあるし、エスタニア王国が何らかの古代魔道具を所持している可能性もある。だけど、かの令嬢だけなんだよね」

 ヴィリバルトは言葉を切ると微笑みながら「視れないの」と、再び目を指した。
 アルベルトが息をのみ、自身が大変面倒なことに首を突っ込んでしまった事実を確認した。

「まぁ、しかたないさ。いずれにしても関わることだったのだろう。ジークの件もあるし、うやむやにはできない」
「叔父上、ジークを危険なめには」
「あわせないよ。予選が終わるまでには決着をつけよう。その分アルには存分に働いてもらうよ」

 アルベルトが「はい」と了承の旨を伝えると、ヴィリバルトは満足そうにうなずき「アル、君には──」と、いくつかの指示と彼女に接触する際の注意点などをうけた。
 その注意点の中に、アルベルトの不快感の答えはあった。
『ユリアーナ王女は、『魅了』を所持している可能性が高い』とのヴィリバルトの指摘だった──。

 ユリアーナの案内で、建物中に足を踏み入れるアルベルト。
 アルベルトは気合を入れるように己の片腕を叩く。
 その腕には赤いリボンが揺れていた。